- Amazon.co.jp ・本 (256ページ)
- / ISBN・EAN: 9784062755399
作品紹介・あらすじ
小説家と女性誌編集者が過ごす、京都の一夜を繊細な心理主義的方法で描き、現代の「性」を見つめる「高瀬川」。亡くした実母の面影を慕う少年と不倫を続ける女性の人生が並列して進行し、やがて一つに交錯する「氷塊」。記憶と現実の世界の間をたゆたう「清水」など、斬新で、美しい技法を駆使した短編4作。
感想・レビュー・書評
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有坂汀さん僕も『氷塊』は面白かったと思いました。僕も『氷塊』は面白かったと思いました。2013/05/26
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高瀬川、と氷解、が好きでした。
高瀬川は少し官能小説のようでもあるのだけれど、陳腐でなく愛情を感じるまでもないような、表現の仕方で。
でもやっぱり、少し男性目線かなと。
氷解が良かったのは特異な文章構造でときたま2人の人生が交差するところに少しはっとさせられる。
女の人から見た目線、思考、感情と
男の子が考える構想と現実のあい交える妄想と
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芥川賞作家、平野啓一郎氏が描く『現代』。実験的な作風を数多く取り入れたのが特徴です。ラヴホテルで一夜を共にする男女を描いた表題作に、少年と女性の運命が交錯する『氷塊』など4つの物語が収録されています。
芥川賞作家、平野啓一郎氏による短編集です。『ロマンティック三部作』の完結編ともいえる『葬送』を刊行した後にはガラリと作風を変えて、現代が舞台となっている他、『追憶』では活字を音符のように使ったり、『氷塊』では二つの物語が同時に展開し、ある一転で交差するなどの実験的な試みをいくつもされていることが特徴的な一冊です。
それでも印象的なのは表題作である『高瀬川』と最後の収録されている『氷塊』でございました。『高瀬川』は大野という新進作家と、女性ファッション誌の編集者である裕美子とのラヴホテルで過ごす濃密な『一夜』が描きこまれております。二人の『出会い』のきっかけから京都の夜で過ごす瞬間。ジャズの流れる店で交わされる会話やその後のラヴホテルの様子。前作である『葬送』から一転した作風で、コレをリアルタイムで読んだ方は本当にびっくりしたことであろうと察せられます。二人が一夜を過ごし、お互いの下着をつめたペットボトルを川に投げ込む瞬間がとても印象に残っております。
個人的に読んでいて一番面白かったのは最後に収録されている『氷塊』でした。これは前述したとおり、二つの物語が上下で同時に進行する作品となっており、筆者の『意気込み』が伝わってくるようでございました。上の段で展開されるのは母親を失った少年の物語で、彼は図書館に日参しながらある女性のことを目で追い、母親の『影』を追うようになります。その少年の繊細な内面描写は『母を失った』という喪失感を抱えながら、父親の再婚相手にも打ち解けることなく、『本当の母親』を求めるというなんとも切ない展開でした。
対して下の段では東京で文学部の美学科を専攻し、大学院の修士課程まで出た女性が主人公です。彼女は親の反対を押し切って画廊に就職するのですが、仕事に行き詰まりを感じ…。故郷の新美術館の学芸員に親の勧めでなることで帰省するのですが思惑が外れてその計画が凍結され、彼女が配属されたのが県庁の教育委員会文化課美術館新設室という箇所でした。彼女は倦んだ毎日を送り、不倫をするようになります。その待ち合わせに使っていた場所が上段の少年が通っている図書館でした。『不倫』という形で逢瀬を重ねる彼女の中に去来するものを本当に丁寧に描き込んでいて、とても読んでいて複雑な女性の心理というものを楽しむことが出来ました。
そんな二人の運命がところどころで『交錯』する瞬間があり、二人の物語が同時進行で進んでいるということと、最後のほうでそれが交わっていくというラストに平野氏の持つ『技量』というものを存分に感じさせるものでした。本書に収録されている物語は結構前衛的な試みがなされているものもあるのでそういった意味では最初に違和感を感じるかも知れませんが、読み進めていくとやはり面白かったです。 -
28歳くらいの時の作品かと。人生何周してるんですか?
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上手い
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小説の可能性を模索した、短編作品。
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とにかく実験精神に溢れた挑戦的な文学。
最初の掌編は記憶と流水のイメージを重ね合わせる。屁理屈っぽさすらあり読むのが少し苦しいが、ここで語られていることが後の3作のモチーフになるため、よく読むと読後感が変わる。
「高瀬川」は性交のための一夜の営みがクールっぽく描かれるも、何度か挟まれるダサい描写が印象的だ。
「追憶」は最後のページを読んで思わず拍手。なお、文庫と単行本で文字組はかわるの?と思って単行本も見てみたが、流石に同じだった。
「氷塊」は上下段の小説が同時間軸で展開され、終盤に交差する。読み応え抜群。 -
いずれも実験的な試みを含む短編四編を収録しています。
「清水」は、京都の街を歩きながら、自己の意識が刻々その現実感をうしなって不確かな過去へと流れ去っていくことに対する想念をつづった作品です。
表題作「高瀬川」は、小説家の大野と雑誌の編集者である裕美子が身体をかさねる物語です。著者はこれまでにも、現代文学のさまざまな可能性を宣明するような試みをこれまでにもつづけてきており、本作もその一環であるということはいちおう理解できます。大野がラブホテルの汚さに神経質になったり、彼がうっかりひざで裕美子のふとももを踏んでしまったりといったシーンに、多少目をみはることもありましたが、正直なところこの程度の作品であれば神崎京介でも書けるのではないかという感想をいだいてしまいました。
「追憶」は、作品の最後に示される現代詩めいたテクストをズタズタに切り裂いて複数のテクストが錯綜する作品世界をつくりあげた実験的な試みです。
「氷塊」も、自分の本当の母親に出会ったのではないかと考える中学一年生少年と、妻子のある医者と不倫関係にある女性の二人の物語が、並行した二つのテクストとして配置され、それがやがて交錯する帰結をえがいています。ジャック・デリダ『弔鐘』のような思想書での試みなどもありますが、そもそもさまざまな人物の物語をひとつのテクストのうちにえがくことのできる小説でこうした試みをおこなうことに意味があるのか、よくわからないというのが率直な感想です。