人類と気候の10万年史 過去に何が起きたのか、これから何が起こるのか (ブルーバックス)

著者 :
  • 講談社
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  • Amazon.co.jp ・本 (224ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784065020043

作品紹介・あらすじ

人類は、たいへんな時代を生きてきた! 驚きの地球気候史
福井県にある風光明媚な三方五湖のひとつ、水月湖に堆積する「年縞」。何万年も前の出来事を年輪のように1年刻みで記録した地層で、現在、年代測定の世界標準となっている。その水月湖の年縞が明らかにしたのが、現代の温暖化を遥かにしのぐ「激変する気候」だった。
人類は誕生してから20万年、そのほとんどを現代とはまるで似ていない、気候激変の時代を生き延びてきたのだった。過去の精密な記録から気候変動のメカニズムに迫り、人類史のスケールで現代を見つめなおします。

○氷期と間氷期が繰り返す中、人類誕生以来、その歴史の大半は氷期だった。
○現代の温暖化予想は100年で最大5℃の上昇だが、今から1万1600年前、わずか数年で7℃にも及ぶ温暖化が起きていた。
○東京がモスクワになるような、今より10℃も気温が低下した寒冷化の時代が繰り返し訪れていた。
○温暖化と寒冷化のあいだで、海面水位は100メートル以上も変動した。
○縄文人はなぜ豊かな暮らしを営めたのか。
○平均気温が毎年激しく変わるほどの異常気象が何百年も続く時代があった。
○農耕が1万年前に始まった本当の理由。

「年縞」とは?
年縞とは、堆積物が地層のように積み重なり縞模様を成しているもので、樹木の年輪に相当します。2012年、福井県にある風光明媚は三方五湖のひとつ「水月湖」の年縞が、世界の年代測定の基準=「標準時計」になりました。世界中の研究が、その年代特定で福井県水月湖の「年縞」を参照するようになったのです。この快挙を実現したプロジェクトを率いたのが著者です。

「プロローグ」より
水月湖では、地質時代に「何が」起きたかだけではなく、それが「いつ」だったのかを世界最高の精度で知ることができる。タイミングが正確に分かるということは、変化のスピードや伝播の経路が正確に分かるということでもある。(中略)水月湖の年縞堆積物から気候変動を読み解くプロジェクトはまだ進行中であり、今も続々と新しい知見が得られつつある。本書ではそれらの新しい発見のうち、とくに私たち自身の未来と関連の深いものについて、なるべく分かりやすく紹介してみようと思う。

感想・レビュー・書評

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  • 水月湖に行ってきました。宿泊は湖畔の水月花という旅館です。水月湖は静かな神秘的な湖で、夜になると周りにほとんど明かりが見えません。満月の時には、美しい月が湖面に映ります。もちろん、年縞博物館にも行きましたよ。たまたま中川毅氏がいて、雑誌の取材を受けていました。ぜひ、読んでください、感動します。世界基準ですよ。中川氏の写真は、インスタに載せました。

  • 何億年という長い縮尺で地球の気温変化を見たとき、今は寧ろ寒冷な時代にいる。何万年というスケールまで落としてみると、温暖な時代と寒冷な時代を約10万年ごとのサイクルで繰り返しており、今は温暖な気候「間氷期」にいる。長いサイクルで見ると、いま騒いでいる地球温暖化も大したことがないことだと思えるかもしれないが、困ったのは、今いる間氷期は安定して気候にあるが、氷期は気候の不安定さが増すということだ。すなわち今の農耕を基本とした生活スタイルでは安定した食料供給が難しくなる。かと言って気候に対して柔軟性のある狩猟採集スタイルも、温暖な気候で爆発して人口を賄うことは不可能。。
    これからの気候変動では、人間の大脳をフル活用して、知恵で生き延びていくしかない。

  • 2021年のノーベル物理学賞を真鍋氏が受賞したことで、二酸化炭素の温室効果による地球温高にあらためて注目が集まっています。
    ですが、地球の気候変動を考えると、現在の「地球温暖化」問題が実は産業革命のはるか前、8000年前から起こっていたとも言え、さらにはその「人類による地球気候の影響(温暖化)」によって、本来であれば到来するはずであった氷期(人類文明の危機)を回避しすることができたとも言えるのです。
    さらに、この後の世界で「地球温暖化」が進むのか、あるいは「氷期」が再来するのか、その分析を過去の地球の天候の歴史を紐解くことで分析しよう、というのが本書の内容です。

    未来を予測することは難しく、想定することも対策を考えることも困難を極めますが、それでも私たちは生きてゆかねばなりません。
    結論としてはいささか物足りないところもありますが、個人レベル・社会レベルでどのような姿勢でこれからの気候変動を考え、臨むべきなのかを考えるきっかけになりました。

  • 地質学に無知な私でも置いてきぼりにしない読みやすい構成になっている。まるで壮大な物語を読んでいるようだった。

    重要な学説と著者らの研究について豊富な図・データを用いて解説しているため、得られる知識も多い。読者の関心が高いであろう地球温暖化と氷期についても色々と考えさせられた。「世界標準ものさし」水月湖、いつか行ってみたい。

  • この本の作者が携わった福井県南部の水月湖の堆積物試料(この5万年の気候変動を知る上で世界で最も正確な年縞堆積物試料)から分かる、人類が活動しているこの10万年にどういう気候変動があり、今後、言えることは何かを、水月湖堆積物試料が世界一となる苦労話と共に語っている本。とても勉強になる知識ばかりある本なので経緯や薀蓄を書いていると写本ぽくなってしまうので、書かれていることを自分なりに解釈したメモを備忘録まで以下に記しておく。

    ・地球の気候は地球と太陽の位置関係によって数万年単位では一定の法則性を持っているよう(ミランコビッチサイクル)だが、それ以下の短い期間や超長期間なると複雑な要素が相互に影響しあう典型的な非線形、カオスとなり本質的に予測は不可能である。(youtubeで「2重振り子」の映像を見ると簡単な要素同士でも掛け合わせると複雑系になってしまうことが直感的に理解できる)

    ・この500万年ほどの傾向は地球は寒冷化に向かっていることであり(ヒマラヤができたことが原因の一つか?)、寒さは堆積効果があるので(例えば氷河)、容易にはその傾向は収まらない。

    ・数十万年のスケールで見た場合、正常な状態とは「氷期」のことであり、現代のような温暖な「間氷期」はむしろ例外的状態である。

    ・今回の間氷期は例外的に長く続いており、これはむしろ人間の諸活動によって(要するに温暖化活動によって)維持されている可能性がある。

    ・間氷期の、特に気候の相転移が起こる前の安定した気候の時代だったからこそ、未来の予測が可能であり、予測が可能であったから現代文明は構築された。逆に気候が不安定な時代や氷期に文明社会が生まれた形跡は一度もない。(それでも人類は生延びていたが)

    ・相転移による気候変動は極めて大幅(数度の変化)であり、極めて短期(3年とかで)行われる可能性がある。そういった、現在の人間が引き起こす気候変動よりもっと激しい気候変動を内部から発生させる力を自然は潜在的に持っている

    ・文明ではなく、生物としての人間はそれらの劇的な気候変動を乗り切れる、圧倒的な適応性を持っているので、安定的な間氷期時代の文明でだけで世の価値を決めきるべきではない。

    いやあ、俯瞰でものを見る、という意味でこれほど為になる本もそうそうないように思えました。

  • 私の思い過ごしかもしれませんが、地球温暖化という言葉よりも「気候変動」という言葉を見かけることが多くなったような気がします。地球温暖化は過去に今以上に激しかったこともあれば、その逆に寒冷化が進んだ時期もあるようです。そして地球にとっては寒冷化によるインパクト(悪影響)が大きかったのも事実です。

    記憶に残るところでは1993年の冷害による「米騒動」、幸い翌年には大豊作となったことや、経済面で大きな事件(円高)が起きてしまい忘れ去られてしまいましたが。

    さて、この本では地球の気候変動について、数十年単位のミクロ(人間にとってはミクロではありませんが)ではなく、10万年も遡って地球の気候がどのように変化し、それに対して人類がどのように対応してきたかが解説されています。つい最近まで温暖化と騒いでいましたが、今は2つの氷河期の間の「束の間の」間氷期にいるようですね。

    地球の軸が傾いていることは小学校で習う基本事項ですが、この動き(祭差運動)に変化が生じてきているという事実は、何かを暗示しているような気がしました。私たちは、どんなに文明が進んだとしても、地球上で暮らしている生き物であり、地球の動きには抗うことができないのだなと、改めで感じさせられた本でした。

    以下は気になったポイントです。

    ・もっとも長く連続した年縞堆積物、いわば年縞のチャンピオンが日本にあることは一般には知られていない。1991年の春、福井県の若狭湾岸にある水月湖という湖で、存在が確認され、1993年の調査では45メートル・7万年の時間をカバーしていることが確認された(p8)

    ・年平均気温の1℃の差は、日々の変化の中の1℃とは違う、1年間において1日の例外がなく温度が高くなって初めて達成されるもの、2013年の東京都と宮崎の年平均気温の差は0.8度、年平均気温1度の上昇(過去130年間の変化)は、東京が宮崎になったということ、氷期は今より10度低いが、これは鹿児島が札幌のようだと理解できる(p22、23)

    ・酸素の同位体比から復元した過去5億年の気候変動から見ると、寒冷な時代であると見て取れて、氷期が終わった後の温暖な時代、今から1億-0.7億年前は、北極にも南極にも氷床が存在しなかった(p29)

    ・地表が雪や氷で覆われると寒冷化に拍車がかかり、容易にその状態から抜け出せなくなるが、脱出を助けたのは、止むことのない、火山活動だったと考えられている、温室効果ガスの温室効果により氷を溶かし始めた(p31)

    ・最近の80万年のスケールで見ても、現代と同等あるいはそれより暖かい時代は全体の1割ほど、残り9割は氷期である(p34)

    ・水は4℃の時に一番重くなるので、いったん4℃の冷水塊が湖底に定着してしまうと、冬にどれだけ湖面が冷やされても湖面近くの水は湖底まで沈むことができない、酸素を供給できない(p86)

    ・自然界に存在する炭素は、質量数12,13,14の三種類の同位体があるが、14のみが放射能をもち、別の物質に代わるが、12と13は変化しない。これらの変化を見て、その試料の年代を推定するのが、放射性炭素年代測定である(p104)

    ・地球に季節があるのは、地軸が傾いているから、日本の場合は、北半球が太陽に向いているときが夏、反対の場合が冬。公転軌道は楕円形なので、地球が夏に太陽に近く冬には遠くなって季節が明瞭になる(p139)

    ・地軸の向きは、23000年で円運動をしている、つまり11500年後には、地軸は反対側に向くことになる、すると地球が太陽に近づくときには日本は冬、遠ざかるときには夏になり、寒さ暑さが緩和される。地軸の向きは夏冬のコントラストの強さに影響している(p140)

    ・最近の数万年に限っては、公転軌道が円に近くなっていて、太陽から遠いときと近いときの差がなくなっている、10万年の時間をかけて軌道が楕円、円を繰り返す。真円になると氷期となっていた(p142、154)

    ・メタンは5000年前、二酸化炭素は8000年前から、ミランコビッチ理論から外れだした、この原因をアジアにおける水田農耕(有機物の発酵により大量のメタン発生)、欧州による森林破壊(光合成を低下させて二酸化炭素増加)とした(p161)

    ・グリーンランドの氷期の終わりが急激な変化であったことは、氷床研究から示唆されている、長くても3年程度である(p167)

    ・天明の大飢饉は、アイスランドのラキ火山や浅間山の噴火によって、大量のチリ、ガスが放出されて日傘効果で寒冷化が起こったとされる、ピナツボ火山の噴火が原因とされる1993年の冷夏、1783年ラキ火山による欧州の社会不安(p178)

    ・マヤ文明の悲劇の第一段階は、8世紀後半から40年にわたって緩やかに続いた乾燥化、西暦810年頃には、9年間に6回の干ばつが起きた、そして47年間回復したが、910年に6年間で3度の干ばつが起きて崩壊した(p183)

    ・氷期の生活戦略は全てにおいて圧倒的に狩猟採集であり、農耕ではなかった、農耕が受け入れられたのは氷期の後の温暖な時代である(p187)

    ・私達は農耕と近代科学を前提とした人口を抱え込んでいる、もし狩猟採集に戻らざるを得なくなれば、生き残れるのは、1万人に一人である(p205)

    2017年3月12日作成

  • あつかうテーマの壮大さ、面白さ、さらに読みやすさから、全ての人にお勧めしたい2017年発行のブルーバックスの1冊です。

    本書があつかうのは古気候学。有史以前の気候変動を解明する研究で、基本的には地質学の一分野。解明する手段としては、放射性炭素法、花粉分析、年輪年代学などがありますが、本書が主題とするのは福井県にある水月湖の「年縞」です。
    年縞とは、湖底などの堆積物によってできた縞模様のこと。
    水月湖の底には、7万年以上の歳月をかけて積み重なった年縞があり、いくつかの奇跡が重なってできた世界的に珍しい貴重なもので、考古学や地質学における年代測定の「世界標準」になっています。
    縞模様は季節ごとに異なるものが堆積することにより形成され、春から秋にかけては土やプランクトンの死がいなどの有機物による暗い層が、晩秋から冬にかけては、湖水からでる鉄分や大陸からの黄砂などの粘土鉱物等によりできた明るい層が1年をかけ平均0.7mmの厚さで形成されます。したがい、年縞に含まれる花粉の化石を調べれば、当時の植物分布がわかるし、現在の表層花粉と比較分析すれば当時の気温も推定できることになります。

    著者の中川毅さんは立命館大学古気候学研究センター長。水月湖底の年縞を世界標準にしたプロジェクトのリーダーであり、「時を刻む湖」(岩波科学ライブラリー)の著書もあります。

    地球は365.25日かけて公転しますが、その軌道はおよそ10万年の時間をかけて、円くなったり長細くなったりを繰り返します。一方、南極の氷に含まれる酸素と水素の同位体比から復元した、過去80万年の気候変動を見ると氷期と温暖期は10万年ごとにリズミカルに繰り返しています。大雑把に言えば、公転が円い時期は氷期であり、細長い時期は温暖期となります。
    しかし、水月湖の湖底から見える風景はもっと複雑です。

    ○氷期と間氷期が繰り返す中、人類誕生以来、その歴史の大半は氷期だった。
    ○現代の温暖化予想は100年で最大5℃の上昇だが、今から1万1600年前、わずか数年で7℃にも及ぶ温暖化が起きていた。
    ○東京がモスクワになるような、今より10℃も気温が低下した寒冷化の時代が繰り返し訪れていた。
    ○温暖化と寒冷化のあいだで、海面水位は100メートル以上も変動した。
    ○縄文時代の始まりは日本における温暖期の開始時期
    ○平均気温が毎年激しく変わるほどの異常気象が何百年も続く時代があった。
    ○氷期の終わりは世界的な農耕の拡大時期
    ○夏の日射量が、中緯度の気候を左右する決定的な要因のひとつ。日射量は23,000年で一巡する歳差運動に影響する。夏の日射量が多い年は温暖となる

    さらに、「氷期が終わって気候が安定してから、今まですでに1万1600年もの年月が流れている。古気候学の知見によれば、過去3回の温暖な時代はいずれも、長くても数千年しか持続せずに終わりを迎えた。つまり今の温暖期は、すでに例外的に長く続いているのである」という恐ろしい見解もあります。
    そして著者は「不測の事態を生き延びる知恵とは、時間をかけて『想定』し『対策』することではない。(中略)必要なのは、個人のレベルでは想定を超えて応用のきく柔軟な知恵とオリジナリティーであり、社会のレベルでは思いがけない才能をいつでも活躍させることのできる多様性と包容力である」と断言します。

    とにかく面白いブルーバックスの科学読み物。老若男女全ての人にお勧めしたい本です。






  • タイトル通り。興味があればぜひ。

  • もっと評価されてもいい本。とても面白かった。

    気候変動に関する予測はどれも絶望的なものばかりで、これに関する一般書はその事実を開示することで我々を憔悴させて終わるものが多い気がする。温暖化をすぐに止めることが現実的に不可能である以上、必要なのは気候が変わることが止められないならどういう心構えが必要なのかを多少なりとも提示してくれる本だ。本書だって、何も今後の気候変動に関してあえて楽観的なことを言ったり、まして温室効果ガスの排出による温暖化を否定するような内容では一切ない。ついでに言うと、今後我々が向かう方向に関して明確な答えを示してくれるものでもない。ただ、そもそも地球にとって、生物にとって、あるいは人類にとって気候変動とは何であったのかという前提を抜きに、今後を悲観するばかりでは何も建設的な議論ができないのだということに気づかせてくれる。
    自分は文系であるとはいえ環境問題に関心がある方だし、今までも気候変動を深刻に受け止めているつもりではあった。でも本書を読んで、そもそも気候変動とは何かについて全然知らなかったんだなと思った。

    あと、学者が問題解決に取り組んでいく中での苦労の話とか、学説が国際的な学術ネットワークの中でどのように編まれていったのかという話が散りばめられていたのも良かった。そういうのを読めるのは、学者が書いた一般書を読む醍醐味の一つだと思っている。水月湖の湖底の調査についての苦労話は著者の別の本により詳しく書いてあるらしいので、ぜひそちらも読みたい。

    相手が誰であっても、基本的に自信を持ってお薦めできる本だった。

  • 何千年、何十万年という過去の気候変動についてどのような研究で理解が進んできたのか、そこに日本が重要な役割を果たしてきたことなど、エピソードを交えて丁寧に書かれてる。たいへん興味深く面白く読んだ。将来的な気候変動を冷静に論じるためにも理解しておきたい。

  • 科学的な話もストーリーが織り交ぜられ、読みやすく、すんなり読み終わった。
    農耕と狩猟採集に関する考察は面白かった。たしかに、毎年のように変化が激しい世界では、農耕では太刀打ちできないだろう。
    これからの世界がどう変わっていくか、カオス的な見地から予測は難しいということだった。人為的な温暖化は進むらしいが。
    人類が発展してきた最近は安定で温暖な期間だったということだが、これからは全く異なる世界になるかもしれない。これまでの常識にとらわれないで、臨機応変に対応していくことが必要になるんだろう。
    不安定な世界になったとき、人類は科学技術で乗り切ることができるだろうか。

  • 地球の浪漫を感じられる本。全く想像のつかない世界観に引き込まれる。三方五湖にある水月湖は世界有数の良質な湖底堆積物が…とかビックリな内容が沢山で、地質を調べる方は本当にロマンチストなんやろなーって感じました。
    未知の世界、普段縁のない話は、最初は入ってこなかったけど、最後には、この水月湖に是非一度行ってみたくなった❗️

  • 北京から蘇州へ向かう高速鉄道の車内で読み始める。

    著者は古気候学という分野の専門家。
    初めて読む人だなあ、と思っていたら、福井県の水月湖のボーリング調査をしたチームの一人。
    堆積物の中に含まれる花粉の化石の分析を専門とする。
    師匠が安田喜憲さんと知って、おおっ、と思い出した。
    安田さんの文章は、たしか中学の教科書に載っている。
    今、花粉分析は少し下火になりつつある研究方法だとのことだが、放射性炭素年代測定(アメリカには分析の専門会社がある!)の限界について、初めて知った。
    炭素14の最初の存在量からの減少で測るのに、最初の存在量がわからないため、千年単位の誤差が出るという。

    地球温暖化にかかわる議論に、新しい視座を与えてくれる。
    既に氷期に入っていておかしくない地球が未だに暖かい時期にあるのは、農業開始による二酸化炭素増加という説がある。
    かなり今の温暖化の議論の布置が変わってしまいそうな話だ。
    現在、大局的には気候変動はマイルドだが、突然予想外の大きな変化をする。
    複雑な系には、安定相と周期相、そして乱雑な相があることによるのだそうで、そういわれると納得だ。
    天候の変動での災害は、あの東日本大震災の人的被害と比べても桁違いの被害をもたらすが、今の人類の力でそれに対策することは難しい。
    古代文明でも一年程度の気候災害に対応する備えはあったが、では現在ではといえば、大きく水準は変わっていないらしい。
    人口が少ない時代には、狩猟採集生活のほうが、予想外の気象変動にうまく対応できるという話も驚く。
    結局、社会としてどこまでのコスト負担に耐えられ、どのような在り方をしたいのかを問い直す必要がありそうだ。

  • 地道に日本の小さな湖の堆積物を調査した結果、10万年分の気候の変動の歴史からいえば、地球は寒冷期に向かっており、文明による温暖化がなければ、もっと寒くなっていたらしい。
    自然の力は、人間の力をはるかに超え、大きな寒暖を繰り返している。学者さんの根気強い作業に頭が下がります。

  •  大変勉強になった。
     温暖化は徐々に進むというわけでないかも知れない、比較的短期間で大きな気候の変化が起きるかも知れない、....という考察は、すごく面白かった。2年続き、3年続きで天候不順が生じることもあり得ると書かれていて、読者として、食糧の備蓄をどれくらい持っておけばよいのかとか、食料生産のための水資源の確保をどうすればいいのかとか、考えさせられることが多かった。年縞の本は、これで3冊読んだが、研究が大きく進んだんだなぁと感じた。

  • 著者の中川毅氏は、古気候学、地質年代学を専門とし、立命館大学古気候学研究センター長を務める。
    本書は、敢えて分ければ大きく2つのトピックから成っている。ひとつは、著者がリーダーとなって進めてきた、福井県にある水月湖の湖底の堆積物の研究結果が、2012年に地質学における「世界標準時計」に採用されたドキュメントであり、もうひとつは、水月湖の研究によって解明された事実を含めて再現された、過去15年の気候変動の歴史がどのようなもので、それが将来の気候を予測するにあたり如何なる示唆をもたらすのかという分析・考察である。
    私が注目したポイントは以下である。
    ◆従来から様々なアプローチで気候の将来予測が行われており、その一つとして、1920年代から支持される、地球の軌道要素と気候を結び付けて考えたミランコビッチ理論などがあるが、気候予測においては、「これまでの傾向が今後も続く」と考える線形モデルも、「二度あることは三度ある」と考える周期的モデルも、直感的に過ぎる。
    ◆ある種の複雑な系(例えば、株式市場や人間の健康状態)は、安定相と周期相と乱雑な相が存在し、それらが予想不可能なタイミングで急激に切り替わる(相転移する)ことがあり、安定期から相転移する場合には前触れがあるように見える。グリーンランドの氷床から得られたデータをもとに再現された過去6万年の気候変動を見ると、気候変動もそうした系のひとつと考えられる。
    ◆福井県の三方五湖のひとつである水月湖は、濁流によって土砂が流れ込まず(流れ込む川がない)、湖底に生き物が棲んでおらず(湖底に酸素がない)、長い時間存在し続けたという珍しい特徴をもち、その結果、湖底には、1年に1枚ずつ溜まる「年縞」と呼ばれる地層が45メートル(7万年分)溜まっている。水月湖プロジェクトでは、この年縞堆積物を完全な形で回収することに成功し、2012年に、放射性炭素(14C)年代測定の標準換算表IntCalに採用され、過去5万年までを対象とする地質学の「世界標準時計」になった。そして、水月湖の年縞堆積物に含まれた花粉の分析によって、過去15万年の、水月湖周辺の植生景観が再現され、更に気候変動が明らかになった。
    ◆最後の氷期が終わってから、現在まで既に1万1,600年に亘り安定した気候が続いており、今の温暖期は歴史上例外的な長さである。現代の「安定で温かい時代」がいつかは終わるというシナリオにおいて、気候変動が「カオス的遍歴を示す非線形の大域結合系」だとすれば、演繹的に予測することは現実的ではなく、その一方で、近年は「何十年に1度」という自然災害が毎年のように起こっていることは、何かの予兆のようにも見える。
    水月湖プロジェクトにより明らかになった過去の気候変動を踏まえつつ、近年の異常気象と将来の気候変動について考えるきっかけを作ってくれる良書である。
    (2017年4月了)

  •  過去の気候史を紐解くためにどんな調査が行われているのか、などこの分野の最新情報満載。一級の科学ドキュメント。
     避けて通れない、気候変動と地球温暖化の関係。これについては、気温のカーブは8000年前からあるべき変動よりも上方に変化している、これは人類が農耕を始めた時期と一致する、よって人為的な温暖化はそこから始まったと解すべき、という驚くべき説が紹介されます。
     過去10万年におきた気候変動をつぶさに検証すると、数年で気温が数度変化したイベントが何度かあったことがわかる。2100年には〇度気温が上がる、という地球温暖化のペースをはるかに上回るペース。人類はその変動に耐えてきた、と。
     今の地球はこの10万年では珍しく温暖で安定した気候にある。それがゆえに農耕が定着し、人口を増やすことができた。基本的にはこの10万年の地球は今よりもっと寒く、変動の幅が大きい。その気候を相手に農耕にトライするよりは得られる食物は少なくなるが狩猟中心に暮らし、「その範囲で生きていく」というのが賢い選択となる。
     気候変動で面白いのは太陽との距離と地軸のブレ。地球の公転軌道は真円に近くなったり少し楕円に伸びたりを10万年周期で繰り返す。楕円になったときに夏と冬の日射量に差が出ることで寒冷化する。現在は温暖な時期に入っている。この公転軌道の変化に加え、歳差運動により2万3千年周期で地軸がぶれることで地球の気候変動はかなり説明できる。面白いのは、地球の気候が10万年、あるいは23000年かけてゆるやかに変わるのではなく急激な寒冷化温暖化を繰り返す中で全体として寒くなったり(氷河期)暖かくなったり(間氷期)すること。
     湖や内海に静かに沈殿した堆積物を分析することでこれらの気候変動がわかる。実は条件を満たす場所はほとんどない。何万年というスパンでみると干上がるものもあればさらに沈降してサンプルが取れない深さになるものもある。洪水が多い場所だとその堆積物で底がかき回される。また酸素が少ない環境も大事で酸素が豊富だとそこに生物が住み着き巣をつくり堆積物をかき回してしまう。実は日本にある水月湖は過去15万年分の堆積物がたまっている湖で世界最良のサンプルが取れる。サンプルを取ったあと、各国の研究所が分担して縞模様の解読を行い、「マップ」ができた。これをもとに過去の気候変動を探っていくのである。
     同じような良質のサンプルがとれる場所が中南米にあり、詳細に分析したところ、マヤ文明が何年に滅びたか特定できた、という。
     ではこれらを踏まえ、これから予想される気候は?というと、「わからない」。先に書いた、大まかなトレンドはわかるかどうして短期間に激しい変動がおきるのかはわからない。したがってこのあとの予想もできない、と。

  • こんなにも気候は変わるのか、こうやって調べていくのかと色々知ることができる内容だった。
    読みやすく、難しい専門用語も少ないため、分かりやすい内容だった。

  • 前著「時を刻む湖」(岩波科学ライブラリー)と同じかそれ以上にワクワクドキドキしながら読み進めました。なぜ水月湖にきれいな年縞が見つかるのか、その理由を他人に話せるぐらい理解できた。水月湖には直接川から水が流れ込まない。湖底は塩分濃度が高いため、水の対流が起きにくく、湖底には酸素が行き渡らない。そのため、生物が存在できない。その結果、湖底をかき乱されることが無くなった。さらに、近くに活断層があり、ここ数万年は沈降が続いているため、湖底が浅くなることもない。といった奇跡的に好条件がそろったために日本の福井県に、世界的に認められる年縞がつくられた。さらに今回は金子邦彦先生からインスピレーションを得て考えたというカオスのモデルもおもしろい。そして、最終章。11600年前まで続く氷期では気候変動が激しかった。現在まで続く間氷期は気候が穏やかである。気候が激しく変動する場合、農耕をしたとしても安定して食糧を得ることができない。したがって、農耕が可能だったとしても、狩猟・採集の方がより食糧を得るのに適していたと考えられる。決して1万年前に人類の知恵が向上し、農耕を始めたというわけではなさそうなのだ。なんともおもしろい議論だ。今後さらに何が分かってくるのか、ワクワクする。

  • 2017.5.26文教堂書店

  • 2019/08/05

  • 堅いタイトルであんま読む気にならないなーと思ってたけど中身は面白い。

    十万年ごとに氷期と温暖期を繰り返すとか、1970年にはどんどんさむくなっていくと学者は考えていたとか。

    研究に対しての情熱も熱い。

    著者自身は過去を知るために、そのことが楽しいからやっている。

  • 人の一生からは想像できない時間軸・自然を相手にした謎解きを読んでいるようで面白かった.

    地球はこれまでどのような気候であったか.それを踏まえ未来,人類はどのような気候に相対することになるのか.
    この複雑で難解な問いを紐解いていくにはまず,過去の地球・地域の気候を明らかにしていく必要がある.

    長い年月をかけて蓄積した福井県の水月湖の湖底に眠る年縞は,この難解な問いに対して世界で認められた正確で緻密な物差しを与えてくれている.
    この年縞は現代から遡って約7万年という長い期間に対する非常に正確で緻密な史料を提供してくれており,本書ではその例として放射性炭素年代測定におけるキャリブレーションの提供,年縞に積もった花粉の分析による年代ごとの植生の推定,その他各年代ごとの雨量や気温の推定といった成果が説明されている.

    そのほか,地球の気候変動の規則性を推し量る理論であるミランコビッチ理論などが紹介されており,地球の気候史の概観が与えられている.
    当然であるが地球の気候は非常に複雑な系の一つであり,単純な線形変化や周期変化だけでは説明ができないカオス性がありつつも,年縞をはじめとして徐々に解像度が高まっている過去から現代に続く気候史を俯瞰することで,現代の気候が置かれた現在位置や,一つの可能性として伺えるシナリオ,現代の人類が気候に影響を与えているかどうかに対して示唆を与えている.

    人間の経済活動がもたらす気候変動の懸念に関する意見を耳にすると,気候変動にはさも人間だけが影響を及ぼしており,人間の活動が自粛されれば,過去の姿,期待する姿に戻るかのような錯覚を覚えるが,実態は全く異なっていることが改めて理解できる.人間の活動が環境に影響を与えていること自体は否定し得ないが,それがさも気候変動の主原因であり,人間の努力でなんとかできる・すべきであるという考えは,人間中心主義的な傲慢さの表れれはないかと改めて感じる.
    一方で気候変動がもたらす経済や生活への影響は現実問題として無視できない.気候の変動性に対する”反脆弱さ”が求められていると思う.

    水月湖には年縞をテーマとした博物館があるらしい.是非行ってみたい.

    ===================================

    “自然科学は善悪の判断には本質的に無力である”

    古気候学:有史以前の気候が研究対象.地質学の一分野

    年縞:1年に1枚ずつ堆積する薄い堆積物
    福井県の水月湖:最も長く連続した年縞体積が見られる世界でも有数の場所.いわば地質学の定規「年代の目盛り」

    地層に残された遺物→「何が」はわかったとて「いつ」がわからなかった.例:恐竜が反映していた時代の推定には人間にとって永遠とも言える数万年もの誤差がある

    「気候変動」という言葉は80年代.ほとんどのメディアで取り上げられていなかった森林伐採や水質汚染がトレンドだった.
    ★10年後,20年後「温暖化は一過性の環境活動ブームネタに過ぎなかった」と行っているかもしれない.そのときは別の問題を話題にしながら.
    ★思い返せば「オゾンホール」という話を全然聞かなくなったな.
    ★負い目を感じさせてその罪滅ぼしとして商品を買わせる。企業のプロパガンダのレトリック

    放射性炭素年代測定
    ・炭素は同位体により3種類存在。
    ・そのうち一つ(C14)だけが放射能を持ち時間の経過とともに減少する
    ・この減少する炭素を、減少しない炭素の量を比較することで経過時間(年代)を推定する
    ・c14は5万年でなくなってしまう。5万年しか計れない
    ・誤差がどうしても発生。標準時計にはなり得ない

    物差し=c14年代を正確な年代に読み替えるための換算表

    ケッペンの気候区分
    →気候を区分けする分かりやすい目安が気温と雨量
    →ケッペンはこれに景観(植生)を持ち込んだ
    →腹落ち感があり、今なおその根幹が活きる気候区分

    ミランコビッチ理論
    地球の公転軌道の離心率の周期的変化、自転軸の傾きの周期的変化、自転軸の歳差運動という3つの要因により、日射量が変動する周期

  • 「過去に何が起こったか」に情報量がかなり寄っている

  • 福井県の水月湖での研究結果から、過去の気候変動について解き明かす。そして未来がどうなっていくのかについて論じる。

    いずれ寒冷期が来ると思う、生活は大変なことになるなあ。目先の温暖化ではなく、大きな時間の流れから物事を考えるための一冊です。

  • 気候変動を10万年単位で捉えるとどう見えるのか、今後どうなりそうか、わかりやすく解説されている。

    温暖化が叫ばれて久しいが、10万年単位で見ると、現代は氷河期間の比較的安定した時期とのこと。すなわちまた氷河期に入る可能性があるようだ。

    もちろん過度な温暖化に繋がらないようなアクションも必要だが、他方、近視眼的になりすぎず、冷静に気候変動を捉える必要性を感じた。

  • いやー面白かったし、自分の教養が深まったと実感できる本。異常な温暖化が注目されるけど、今後注意すべきは氷期なんだね。

  • 『#人類と気候の10万年史』

    ほぼ日書評 Day712

    カーボンオフセットやガソリン車廃止等の「温暖化対策」には全く意味がない…という結論にも至りかねない、驚きの現実が明かされる一冊(無論、著者の主張はそれではない)。
    地質学的に見た場合には、現在問題になっている「温暖化」というのは、非常に気候の安定している、いわば例外的期間における微小な変動でしかないというのだ。

    今日問題となっている温暖化とは百年に数℃というもの。一方で、氷河期と間氷期の境目においては、わずか数年で平均気温が7 ℃も上昇した形跡が認められる。7度といえば、東京が沖縄になり、モスクワが東京になるレベル。

    こうした大変動が10万年周期と2万3千年周期の組み合わせで起きている。
    前者は地球の公転軌道が楕円と真円に近い形の間を行き来する期間。後者は地軸の傾きが1回転する期間(歳差運動周期)。これにより、地球と太陽の距離が近くなったり遠くなったりし、夏に近ければより暑くなるという単純な話だ。

    これは理論上だけの話ではなく、きわめて状況の安定した湖の堆積物(著者が主に研究しているのは、福井の水月湖で、7万年分の「年縞」と呼ばれる堆積物の年輪のようなものが湖底に保存されている)を調べることで、実際にあったことが証明されている。
    具体的には、湖底の堆積物をボーリングし、含まれる花粉や落ち葉の化石を調べることで、当時の草木の植生が手にとるようにわかり、その背景にある気候変動も明らかになるのだ。
    さらに、こうした「年縞」を標準の年表とし、放射性同位体の多寡と組み合わせることで、異なる地域間の年代特定も可能となり、同湖から得られた情報(気候変動の証左)がこの特定地域だけに限定されるものではないことも証明されるという。

    この万年単位の変動が、徐々にではなく数年程度のスパンで発生する(前述の数年で7℃)となった場合に、多少の差はあれ気候の安定を前提とした農耕に支えられる現代文明は極めて脆いものとなる。
    そこまでの規模でないにせよ、マヤ文明は9年の間に6度の飢饉(降水不足)で滅びたし、日本も1993年細川内閣当時のコメ凶作で国内備蓄では間に合わず「タイ米」を緊急輸入したことなど、評者世代には記憶に新しいところ。
    本書で警鐘の鳴らされるような事態を想定外とするのではなく、可能性としては考えておく必要がありそうだ。

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  •  地球の気候変動を福井県にある”水月湖”の堆積物から調査し、気候のメカニズムを解き明かしていく。内容は、すっきりしていて読みやすい。ただ、私の場合、気候変動という巨大なスケールについてイメージをつかみにくく、流し読みになってしまった箇所もあった。

     気候変動の歴史や予測は、酸素や水素、炭素の同位体から推測することができ、氷期と温暖期が定期的に入れ替わっていることが発見された。これは、地球の公転軌道の影響、すなわち離心率変動が原因であり、「ミラコビッチ理論」と呼ばれている。通常は、氷期の期間がほとんどだが、地球が楕円軌道を描くとき、温暖になる傾向にある。

     水月湖の堆積物が上質な理由は、酸素が存在しないことやその地形により、水が安定状態で保持されるためである。酸素が存在しないのは、海水の塩分が流れ込むことで、水の温度が下がっても塩水よりは重くならないためである。この堆積物に含まれる花粉は、植生景観を判断することに役立つ。植生景観の重要性はケッペンの「気候区分図」が証明している。例えば、温暖な時代ではブナなどの照葉樹林、氷期ではスギなどの針葉樹林が分布しやすい。

     気候変動は様々な要因が複雑に絡まっており、一概に一つの要因で決まるわけではない。加えて、その記録を詳細に残している堆積物を見つけ、長い時間をかけて記録を解析するのは、非常に骨の折れる作業であることが推測される。このような推測が先行きの見えない気候を耐え抜くカギになるのだろう。

  • 1012

    中川 毅
    1968年、東京都生まれ。1992年、京都大学理学部卒業。1998年、エクス・マルセイユ第三大学(フランス)博士課程修了。Docteur en Sciences(理学博士)。国際日本文化研究センター助手、ニューカッスル大学(英国)教授などを経て、現在は立命館大学古気候学研究センター長。専攻は古気候学、地質年代学。趣味はオリジナル実験機器の発明。主に年縞堆積物の花粉分析を通して、過去の気候変動の「タイミング」と「スピード」を解明することをめざしている。


    温暖化をあつかった書籍は、ちょっと大きな書店であれば棚をひとつ占有するほどだし、温暖化の主犯格とされる二酸化炭素に対してある種の敵意を感じる人の数は、商業的にも無視できない水準に達している。そのため、たとえば国際的なハンバーガーショップが南米の緑化事業に貢献したり、ハリウッドの芸能人が速くてスタイリッシュなスポーツカーの代わりに、燃費のいい日本のハイブリッド車を選んだりする。これらはすべて、 20 年前には想像もつかなかった現象です。

    むしろここで問題にしたいのは、「気候変動を止めよう」という目的設定のほうである。1980年代に数百万人の命を奪ったアフリカの干ばつは、当時は「異常気象」という言葉で表現されていた。気象が異常であるとはどういうことだろう。言い換えるなら、正常な気象とはいったい何だろう。

    そこで次に、人間社会の話をいったん忘れて、地球の歴史を気候という視点から振り返ってみよう。

    また、現代が大きな傾向の中ではむしろ寒冷な時代であることも見て取れる。現在は氷期が終わった後の温暖な時代であるが、それでも北極と南極には夏でも消えない氷が残っている。いっぽう、たとえば今から1億年前から7000万年前頃の地球は今よりはるかに暖かく、北極にも南極にもいわゆる 氷床 が存在しなかった。これは、IPCCが予測する100年後の地球よりもはるかに温暖な状態です。

    生態学は、多様性と生産性を基本的には「是」であると考える傾向を持っている。そのどちらの視点から考えても、当時はむしろ「いい」時代だったように見える。  同様に、今からおよそ2億7000万年前から2億5000万年前頃もきわめて温暖な時代だった。地質学的にはペルム紀と呼ばれるこの時代、地球の平均気温は、温暖化の進んだ現代と比べても 10 ℃近く高かった。また世界中でシダ植物の大森林が繁茂し、巨大な昆虫類がその間を飛び回っていた。この時代もまた、生産性と多様性を価値とみなす生物学の視点では、豊かな時代だったと表現せざるをえる。

     図1・4のもうひとつの特徴は、温暖な気候には限度があるということである。地球の温度は、極地の氷がなくなるほど温暖になることはある。しかし海の水が沸騰するほど極端な高温になることはない。何らかのメカニズムによって、温暖化には上限が設定されている。温暖化によって生態系が豊かになると、地球全体で光合成がさかんになり、空気中の二酸化炭素が減って温室効果が薄れることが原因だとする説もある。いわゆる「負のフィードバック」がかかった状態です。

    地球の公転軌道と気候の間に関連があることを最初に指摘したのは、セルビアの地球物理学者ミルーティン・ミランコビッチだった。日本での知名度は高くないかもしれないが、祖国セルビアでは、肖像画が最高額紙幣に使われるほどの英雄です。

    「二度あることは三度ある」と考えるのが、人間に深く染みついた「癖」のようなものであることはすでに指摘した。だが人間にはおそらくもうひとつの癖がある。それは、しばらく続いた傾向を将来にまで延長したがる傾向、つまり「これまで続いたことは今後も続く」と考えたがる傾向である(バブル期の投資家の典型的な心理である)。 10 万年スケールで繰り返す氷期、そして数十年スケールで見たときの持続する寒冷化、この2つの「観測事実」は当時の人々にとって、世界がすでに氷期の入り口に立っていると判断するのに十分な状況証拠に思える。

    グラフが直感的に本物「らしく見える」という感覚をきわめて重視した人に、ポーランド生まれの数学者ブノワ・マンデルブロがいる。マンデルブロは、従来の数学が現実の世界を必ずしも適切に表現しないことに強い不満を感じている。

    18 世紀の英国の造園家ウィリアム・ケントは、「自然は直線を嫌う」と指摘して、大陸ヨーロッパで主流だった幾何学的な庭園の様式を拒絶した(図2・8)。たしかに、自然の風景の中に単純な直線はめったに存在しない。単純な円や、単純な三角形を見ることもほとんどない。そのいっぽうで、直線や三角形、円といった単純な図形や、それらを記述する単純な数式は、中学校で真っ先に教わる数学の基本中の基本である。現実の風景と数学的な図形の間には、それだけ深刻な乖離があった。それは同時に、初等数学の学習者の多くが「これがいったい何の役に立つのか」と自問してしまいがちであることの本質的な原因にもなってる。

    マンデルブロは、数学と現実の間にあるこのようなギャップに正面から立ち向かった。彼が創始した「フラクタル幾何学」と呼ばれる数学は、それまでの数学とは比べものにならないリアリティーで自然界を描写することができた。たとえば植物の葉っぱを表現するのに、楕円と直線を組み合わせるのは誰でも思いつく方法である(図2・9左)。そのように描かれた図形は、たしかに植物の葉っぱであることは理解できるが、その表現が自然の本質に迫るものであるかというと、答えはおそらくノーです。

    そのような区分で言うと、ボール200個のモデルは、楕円と直線で描かれた葉っぱよりは、フラクタルが産み出す葉っぱのほうに近い手触りを持っていないだろうか。本書ではもう少しだけ、私のこの「感覚」に沿って話を進めてみたいと思う。ある種の複雑な系には安定相と周期相、および乱雑な相が存在し、それらが予測不可能なタイミングで急激に切り替わるということをとりあえず受け入れた場合、現実世界にはどういう意味があるのだろう。

    また人がどのタイミングで大病を患うかも、私たちは基本的に予測する方法を持っていない(そんな予測ができるようになったら、私たちの人生観はずいぶん違ったものになるだろう)。  保険会社は人生のシナリオを描いて見せることに非常に 長けているが、シミュレーションと現実の間におそらく乖離があることも、私たちは心のどこかで本能的に理解している。株とか健康の話になったときに私たちが発揮する、そのような冷静さとか知恵のようなものを、気候変動について考える場合にも持つ必要があるようになる。

    もっとも深遠な知恵の多くは、経験を通して培われる。健康マニアになるには、強迫観念と読書だけで足りる。しかし、複雑系の代表例である人体が、どんなに気をつけていても常に意のままになりはしないことを理解するには、ある程度の経験を重ねて大人になる必要がある。いっぽう、さまざまな気候変動をじっさいに経験しながら知恵を育てることは容易ではない。ほとんどの地質学的な事象に対して、平均的な人間の寿命は短すぎる。それでも万が一の場合に通用する「知恵」を養おうとするなら、過去にじっさいに起こった事象について、経験ではなく研究を通して学ぶ以外に方法はない。

    400年は人間にとっては長い時間だが、地質学にとっては一瞬に近い。図3・1の右端に、グレーの細い帯がある。400年はちょうどこの帯の幅に相当する。私たちが「観測」してきた気候変動が、地球が持っているさまざまな顔の中ではごく一面にすぎないということを、この図から実感していただけるのではないかと思う。

    グリーンランドの研究は、気候が時として本当に激変することを教えてくれた。とはいえ、グリーンランドは地球の中でもかなり特殊な場所である。

    最後に、笑い話のような笑えない話が人間による 浚渫 である。湖は歴史的に、水運の大動脈になっている場合が多い。いっぽう、湖の底にはゆっくりと土が堆積する。つまり水深が浅くなっていく。浅くなりすぎて船の航行に支障を来すほどになると、経済活動を維持するために浚渫がおこなわれる。それによって水深は確保されるが、貴重な堆積物は永久に失われている。

    湖底に酸素がなく、しかも流れ込む川がないことによって、水月湖には理想的な堆積物がたまる素地が整った。じつは理想的な堆積物は、肉眼で見ただけですぐにそれと知ることができる。湖底の酸素濃度を測る必要も、周辺の地形を見る必要もない。条件を満たした堆積物を縦に切ると、断面にきわめて細かい独特の縞模様が発達しているのである。水月湖の底から見つかった堆積物は、典型的にそのような縞模様を持っていた。

    この縞模様の正体は、1年に1枚ずつたまる薄い地層である。日本のように四季が明瞭な地域であれば、湖の底にも季節によって違うものがたまる。湖底をかき乱す生物がいなければ、季節ごとの層は破壊されずに保存されて、美しい縞模様を作る。

    じつは、水月湖の年縞が世界でいちばん「美しい」かというと、必ずしもそうとは限らない。たとえば明瞭な雨期と乾期を持つ中南米や、春先の雪解け水が青白い粘土を運んでくる北欧などでは、水月湖以上に鮮やかな年縞が見つかることがある。しかし、水月湖のように7万年も連続してたまった年縞は他に例がない。それは、ほとんどの湖が時間とともに浅くなり、やがて埋まってしまう運命だからである。

    福井県南部の景勝地、水月湖の湖底の泥は、世界でも例のない奇跡の堆積物だった。自然が最高の材料を提供してくれている以上、人間がそれをぞんざいに扱って台無しにするわけにはいかない。最高の試料を手に入れて、前例のない密度で分析をおこなう必要がある。

     過去の気候変動の様子は、どうすれば復元できるのだろう。答えのカギは、高校の地理の教科書にかならず載っている、1枚の地図が握っている(図5・1)。この地図を作ったのは、ロシア生まれのドイツ人地理学者、ヴラディーミル・ペーター・ケッペンである。ケッペンは、世界の気候を分かりやすく分類することをめざし、生涯をその研究のために捧げる。


     この問題に画期的な解決をもたらしたのが、花粉分析と呼ばれる手法だった。すなわち、植物の葉っぱではなく花粉に注目するのである。花粉の直径は数十マイクロメートル程度のものが多く、葉っぱよりも格段に小さい。また花粉症の方はよくご存知だと思うが、とにかく大量にまき散らされる。スギの例では、1本の木が生産する花粉の量は数十億粒に達する。とくに風媒花の花粉は空中に長くとどまるため、森から遠く離れた場所であっても、1立方メートルの空気の中に数百粒もの花粉が飛んでいる場合がある。

     花粉は、植物にとっては雄の生殖細胞である。つまり、遺伝情報を担うDNAを雌のところに届けることが、花粉に期待される使命である。ところでDNAは、乾燥や紫外線によって比較的容易に損傷を受ける。もともと水の中で進化した植物にとって、陸上は私たちが想像する以上に試練に満ちた場所なのだ。それでも遺伝情報を無事に送り届けるために、植物はDNAを安全に包み込むカプセルを発達させた。それが花粉である。  そのような理由で進化しただけあって、花粉の膜はきわめて堅牢な物質でできている。

     この3人の活躍については、拙著『時を刻む湖』(岩波科学ライブラリー)で紹介しているので、もし興味があったら手に取ってみてほしい。彼らがこれから 20 年は研究の前線に立ち続けるのであれば、少なくともこの分野はしばらく安泰だと思うことができる、それほど才気にあふれた若者たちだった。

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著者プロフィール

1968年、東京都生まれ。1992年、京都大学理学部卒業。1998年、エクス・マルセイユ第三大学(フランス)博士課程修了。Docteur en Sciences(理学博士)。国際日本文化研究センター助手、ニューカッスル大学(英国)教授などを経て、現在は立命館大学古気候学研究センター長。専攻は古気候学、地質年代学。趣味はオリジナル実験機器の発明。主に年縞堆積物の花粉分析を通して、過去の気候変動の「タイミング」と「スピード」を解明することをめざしている。

「2017年 『人類と気候の10万年史 過去に何が起きたのか、これから何が起こるのか』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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