身分帳 (講談社文庫)

著者 :
  • 講談社
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  • Amazon.co.jp ・本 (464ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784065201596

作品紹介・あらすじ

映画監督西川美和が惚れ込んで映画化権を取得した、『復讐するは我にあり』で知られる佐木隆三渾身の人間ドラマ!

極寒の刑務所から出てきた男、山川一。軽微なものから殺人罪まで、決して少なくない前科を重ねた山川が、ついに満期で出所したのだ。
背中には派手な彫り物もある、だがその世界からはもう足を洗った。しかし戸籍もなく、母を知らず、こうして出所したのに会う手掛かりもない。そんな時、ある元テレビディレクターの目に山川の奇異な姿が留まる。「一緒にお母さんを探しませんか」--気が短く不器用極まりない男だが、どこか愛嬌があり、何よりこの社会でやり直したいと真面目に職探しを始める山川。しかしそんな男を黙って受け入れてくれるほど、社会は優しくないのだった・・・

刑務所から出て歩き始めた自由な世界は、地獄か、あるいは。
魂に迫る筆致で描く佐木隆三の名作が復刊。伊藤整賞受賞作。

感想・レビュー・書評

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  • もともとは佐木隆三原作「復讐するは我にあり」みたいな映画を作りたいという夢を持って監督業を始めた西川美和が、遂には絶版になっていた日焼けした「身分帳」文庫本にたどり着いたことで陽の目を見た再販である。そして傑作「すばらしき世界」という映画も生まれた。。

    本書を手にしたのは、西川美和監督の長い寄稿文が載っているからである。そのことも含めて感じるのは、電子書籍で読んで欲しくないということだ。文庫本の紙感触を感じて欲しい。90年11月、山川は自身がモデルの単行本が出来上がった4ヶ月後、福岡市のアパートで病死した。旭川刑務所出所者の男が感じた手触りを感じて欲しい。山川は、ドラマ化する時にどんな俳優に演じて欲しいかと聞かれて大いに照れて「高倉健かなあ」と言ったらしい。しかし実際は苦み走った無口な男ではない。西川美和監督は役所広司をキャスティングした。望みうる最高の役者だった。映画では、三上という名前になっていて、その経緯も書かれている。

    山川は、子供の頃から親はいなくて裏の世界に入り、1匹狼的なヤクザ生活の末に、恋人を庇って殺人を犯す。几帳面で地頭はいいのだが、直ぐにカッとなる性格で、前科10犯、刑務所でも反抗的態度を繰り返し13年間務所暮らし。出所後の「再出発生活」はすんなりと進まない。そういう世界があるのだと、私たちは詳細に知ることになる。

    人間は複雑だ。実は私の知人に、隣の住人がヤクザみたいな人で、少しの物音でもすぐに文句を言うと怯えまくっている方がいる。山川も、隣人との騒音で何度もトラブルを起こしている。彼にしてみれば不正義を正しているつもりなのだろう。けれども生来言葉は荒い、激昂すると暴力を止められない。いや、止めようと何度も努力している。そのことを多くの人はわからない。複雑な人間を役所広司は立体感を持って演じた。私の知人の隣人がそういう人だとは言っていない。けれども、怯えてばかりではどうしようもない。小説内では、そして現実にも居たようだが、小さなスーパーの店主で町内会長は、山川の啖呵に怯えることもなく親身に相談に乗っている(映画では六角精児が演じた)。世界は、冷たいばかりではないのだ。

    逃げ出した隣人もいた。山川の身分帳を見て取材を始めていたライター角田は、チンピラに絡まれている市民を助けるため山川がやってしまった半殺し場面を見て逃げ出した。映画は違う展開を見せる。ライターは心優しく臆病な仲野大賀が演じ、最後まで山川を見守り、ある意味山川の合わせ鏡の役割を持つ。

    正直、山川のような男が隣に住んでいると、鬱陶しいかもしれない。ちょっと怖いだろう。でも本書を読むと様々な想像を働かせるのに役立つのは確かである。人間は面白く悲しくすばらしい。

  • 映画を先に観て良かったので本も読んでみました。
    西川美和監督がこんなに面白い本が絶版状態にあるとはと書かれていますが、本当に面白く一気に読み終えました。
    主人公である山川一さんは再犯を繰り返し、出所後も上手く世間とは関われません。
    真面目で几帳面、人情に厚く、礼儀正しく優しくもあり、とても魅力的な人です。
    そんな裏表のない彼の周りには人が集まります。
    ですが曲がった事が許せない性格だからか中々思うように事が運びません。
    その生き様に目が離せなくなります。
    映画と本、両方ともおすすめです。

  • 男は戦争孤児だった。
    父・母はもちろん、自分の正確な名前や誕生日すら知らない。
    補導された時に書きやすいよう画数の少ない「山川一」と名乗るだけだ。
    米軍キャンプや闇市で生き延び、補導され孤児院をたらい回しにされる。
    12歳で暴力団に居場所を得、何度も警察に捕まり前科を重ねた。
    殺人も犯した。
    その数は十犯。服役中も喧嘩騒ぎや看守への暴行で刑を追加され、23年もの間服役していた。
    極寒の旭川の刑務所を満期で出所した時は43歳だった。
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    こんな人生があるのかと衝撃。
    もっと驚いたのは、山川には実際のモデルがおりこの物語はフィクションに見せかけたノンフィクションだということ。

    山川の出所後の生活が始まり、読者も一緒に伴走する。どれほど荒んだどうしようもない男かと思うが、そうではない。

    短絡的で自分の意思を曲げようとせず、気に入らないことがあるとすぐ暴力で解決しようとするが、目を背けたくなるほどまっすぐで義理堅い人物だった。

    社会に馴染もう、職を得ようと躍起になるがなかなか周囲は暖かく迎えてはくれない。
    イライラしながら、ささいな悪意や優しさに触れながら…涙しながら…
    数人の協力者とともに、もがきながら自分が納得のいく生活を求めていく。

    もっと上手くやればいいのに、とヤキモキしながら山川と些細なことに一喜一憂する。

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    就職した運送会社で事故を起こし、経営者に叱責されカッとなって刃物で脅してしまう。
    そのことを世話を焼いてくれるスーパーの店主に咎められる場面が印象的。

    店主「あんたの生き方、考え方を改めるべきなんだよ。口先だけなら誰でも『命の尊さ』を言える。
    本当に命の尊さが分かる人間なら、簡単に人に刃物を突きつけたりしないはずだ」

    山川「…俺も聞きたいんやけど、お説教をするっちゅうんは、やっぱり気分がええもんやろ?」

    社会人として真っ当な言い分を持って諭されたとしても、それを素直に受け取ることはできない。
    決して社会に揉まれて山川が丸くなるという美しい話ではない。そして大事件が起こるわけでもない。

    それでも山川を応援したくなるのは、乱暴者ながら可愛げのある一面を見せたり、人間の魅力があるからだろう。
    著者・佐木さんの厳しくも暖かく彼を見守る目を通して、物語を見ているからだろう。

    最後はもう一波乱起こりそうな雰囲気を残してブツ切られたように物語は終わる。

    モデルである実在の田村さんが病死したためだ。その様子は本編が終わってからの『行路病死人』に描かれている。

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    悪人は刑務所に入れられておしまい。
    その先を考えることは少ない。

    この物語を読んで、少なくとも私が知らないだけで刑務所のその先を必死に生きている人がいることを意識した。

    山川の人生には同情が滲むけど、彼のように「俺は真っ直ぐ生きた」と自分を納得させられる生き方は、少し羨ましい。

  • 佐木隆三『身分帳』講談社文庫。

    1993年に刊行された伊藤整賞受賞作の傑作ノンフィクション小説。『すばらしき世界』というタイトルで映画化が決まったことから、めでたく復刊の運びとなったようだ。

    事実に基づいたノンフィクション小説なのだが、事実と事実の間を創作でつなぐ形式で物語が展開し、非常に読み易い。生々しい描写と無駄を省いた淡々とした硬質な文章は知らぬ間に読み手を物語に引きずり込んでいく。

    殺人罪を始めとする数々の罪で収監されていた44歳の山川一は、昭和61年の2月に極寒の旭川刑務所から満期で出所する。父親も知らず、母親も知らず、戸籍も無いままに、幼い頃から罪を重ねて来た山川にとって、自らの生きた証を示すものは刑務所で作成された『身分帳』のみだった。

    『身分帳』とは刑務所で作成される『収容者身分帳簿』のことである。

    出所した山川は人権派弁護士の世話で普通の生活を取り戻す。実直ではあるが、生来の短気と不器用極まりない性格の山川は真面目に職探しをするが、世間の風当たりは冷たく、途方もない蕀の道だった……

    小説『身分帳』補遺として、著者と本作の主人公のモデルとの交流を描いた『行路病死人』を収録。

    本体価格840円
    ★★★★★

  • 読み応えありです。若い頃、映画館で「復讐するは我にあり」を観ました。震えました。緒形拳さん演じる主人公が場当たりに殺人を犯して、日本中を逃げると言うストーリー。緒形拳さんの演技が脂が乗り切っていて、凄い。その後、この物語にモデルがいることを知りました。その時に原作を読もうと思いましたが、なんだか怖くて読めませんでした。今回初めて著者の作品を読みました。キッカケは西川美和さんにより映画化されたと言うことです。著者のイメージは犯罪者と真摯に向き合い、数多くの裁判を傍聴した小説家と言うイメージ。前置きが長くなりましたが、面白かった。人生の大半を少年院・刑務所で過ごした主人公が、更生を誓い、それを応援してくださる方々にも恵まれながら、持って生まれた性格などから思うようにいかない様子が「身分帳」を絡めて描かれています。筋を通す性格・直情型の性格。喧嘩すらしたことのない私自身にも、そんな傾向があります。主人公の生きづらさが、多少は理解できるような気が勝手にしています。興味深いのは後日談と言える作品と解説と西川美和さんの文章です。著者の他の作品も読んでみたくなりました。

  • こればかりは購入しました。

    西川美和監督の、すばらしき世界、観たかったけど、行けなかったから。

    山川の人生。無骨で真っ直ぐで、
    うまいことできない人生。
    それだけに、人の心を、私の心をうつ人生。

  • 一見すると時代小説のタイトルかと思うも、さにあらず。正式には『収容者身分帳簿』。受刑者の生育歴から受刑状況の一切の記録を指す。その書類の厚さは服役態度によって変動する。

    本書は実在の人物の身分帳を基にした実話。人生の大半を獄中で過ごした受刑10犯の田村明義。昭和61年『どうせ死んでも無縁仏として葬られて終わる。それではあまりにも悔しいから、自分のことを小説にしてほしい』と、身分帳を著者に送付したことが本書が編まれる端緒となった。

    著者はノンフィクションノベルの形態を取り、田村明義こと山川一(やまかわ はじめ)名で、話は進行していく。また、田村明義の晩年を綴った『行路病死人』も収録。

    田村明義という人物
    昭和16年5月生まれ。本籍は群馬県前橋市。父母の欄は空白で『男』とあるだけ。戸籍はなく、預けられた孤児院の保母から『母は博多芸者で、父は海軍大佐』と聞かされる。母親は戦後の混乱期に出産後すぐに孤児院に預け、以降行方知らず。自身の誕生日も名前も判然とせず、出生届が未提出ゆえ戸籍もなし。物心のついた孤児院時代から、ようやく人生はスタートする。

    12歳で非行少年として京都の少年院に収容され、数々の問題を起こし各地の少年院を転々。18歳で満期出所後、暴力団の構成員となるも、喧嘩により服役。20歳で満期出所するも暴力団との関わりは絶てず、出所しては刑務所に戻ることの繰返し。33歳で殺人事件を起こし、懲役10年の判決を受け、旭川刑務所に服役。44歳で出所。

    本書はその身分帳に沿い、旭川刑務所に服役するまでと出所後、東京での社会復帰の歩みを丹念になぞっていく。

    人生の再スタートを切るべく積極的に社会に分け入り、必死に馴染もうとする主人公。そこにあるのは凡々たる日常。例えば電車に乗る、スーパーで買い物をする…といった中にある様々な世間のルールが立ちはだかる。それに中々順応できず、衝突と挫折を繰り返す。激しく戸惑い、うろたえ、疲労を覚える毎日。長年、裏社会と塀の中でのみで生きてきたひとりの男のリアルな悲哀が描かれる。

    ただこの山川という男、根っからの『悪人』ではない。激情な性格ゆえトラブルは絶えないが、一方でその性格を裏返せば、竹を割ったような性格で裏表がない。純粋で武骨で生真面目。神経質で潔癖症。読書家であり、読み書きの能力も高い。そんな彼の良い面を見極め、真っ当な人間になるよう救いの手を差し伸べる周囲の人たち。

    著者は、この物語を<社会復帰がままならない弱者VS 世間の冷酷さ>といった左翼文学的視点で切り取り、描こうとはしない。身分帳を読み込み、主人公と接し、関係者への取材で得た真実のみを拾い上げ、更正にもがく姿を活写する。それは次から次に試練を与え難関に挑む冒険小説を読んでいるかのような気分をもたらせてくれる。

    読者の多くは、主人公のキレやすい性格から再び犯罪に手を染めるのではないかと気を揉む一方で、純真で生真面目で慎ましい生活態度に次第に惹かれていくはず。

    それはかつて見た景色で、学生時代、母親にやんちゃの友人の話をする際、『あいつ、あんなゴンタくれやけど、根はそんなに悪い奴をちゃうねん!』とフォローの一言を必ず添えたことを思い出し、田村明義こと山川一の波乱の半生を読み終えた。

  • 昭和61年2月、殺人罪など前科10犯の男(仮名・山川 一)が、極寒の旭川刑務所から刑期満了で出所した。 東京の身元引受人の弁護士を頼り、人生を再出発しようと職探しを始めるが、世間の規範への順応が難しく、衝突と挫折の繰り返しに紋々とする日々。・・・前科者の社会復帰に立ち塞がる「日常生活」のぶ厚い壁、不遇の境遇(私生児、無戸籍、孤児院、ヤクザ) ・・・いたたまれぬ苦しさに息詰まる、佐木隆三著の衝撃のノンフィクション・ノベル。

  • 佐木隆三によるノンフィクション・ノベル。1990年に単行本が刊行、93年に文庫化されたが、絶版状態になっていた。
    2020年に西川美和監督による「すばらしき世界」の原案とされたことを受けて、同年、復刊された。
    20年発行のこの文庫版には、本編の他、後日談にあたる『行路病死人』、文芸評論家による解説に加えて、西川が復刊にあたって寄せた一文も収録されている。

    舞台は昭和61年2月。
    男がいる。受刑10犯である。13年という長い年月を獄中で過ごした男が出所する。東京の弁護士が身元引受人となる。男は極寒の旭川から列車に乗って東京に向かう。
    最初の事件は「はずみ」のようなものだった。キャバレー店長をしていた男は、ホステスの引き抜きでトラブルになり、刀を持ったヤクザ者に襲われた。その刀を奪って逆にヤクザ者を斬り殺してしまった。
    その後、服役中に受刑者や看守と幾度もトラブルを起こし、刑期は延びた。処遇困難者として各地の刑務所を渡り歩いた。
    どうにか出所まで漕ぎつけ、今度こそ刑務所に舞い戻ることなく、社会で生き抜こうと思っている。
    身寄りはない。持病がある。すぐには働けない男は、生活保護を受けながら、生活を立て直そうと奮闘する。

    「身分帳」というのは、刑務所で受刑者の入所態度や経歴、行動、家族関係などを記していく書類である。受刑中に事件を起こせばさらにそこに記載される。
    本書は、ノンフィクション・ノベルなので、男にはモデルがいる。実際の「身分帳」の記述を差しはさみながら、男の来し方行く末が小説として綴られていく。

    療養しながら、今後を考える。車の運転手ならば口があるだろうが、服役中に運転免許証が失効している。仮免許扱いで技能試験に通れば再発行と言われたものの、そう簡単には合格しない。教習所に通いなおすことを勧められるが、何しろ金がないのである。

    そんなこんなの日々に、アパートの住民や、町内会長も務める近所のスーパーの店長との交流がある。
    ケースワーカーに勧められて独身者向けのパーティにも出てみる。
    別れた女房とも再会する。
    九州で極道をしている弟分に招かれて、かの地までの旅も楽しんだ。

    大事件が起こるでもない、淡々とした筋運びだが、何だか読まされてしまう。
    男は幾分頑ななところはあるが、基本、前向きに人生と取り組もうとしている。しかし、何だか、どこかが噛み合わない。
    そもそも出生が軍人と芸者の間の子で、幼い時に施設に預けられている。そこを抜け出し、進駐軍のキャンプでマスコットのようにかわいがられた。一時は米軍関係者の養子になれそうだったが、うまくいかず、取り残された。以来、極道の道に入り、という人生だった。
    要領が悪いというわけでもない。多少のずるさも持ち合わせている。頭も悪くはない。周りにそれなりに親切な人もいる。けれどもどうにもうまくいかないのである。
    とはいえ、悲惨な話とばかりも言い切れない。端々に、どこか男の「かわいげ」が滲む。
    手をかけて、よじ登ろうとするけれども、ひょいとは登れない。
    全体としては頑張っているのにうまくいかない残念な顛末なのだが、生きていくってしょうもなくてうまくいかなくて、でも愛おしいよね、という思いがわいてくる。読みながら、男と並走するような気分になっていくのだ。

    併録の『行路病死人』のタイトルを見て、「ああ、やっぱりうまくいかないのか」と嘆息する。そう、その通り、この”行路病死人”はこの男なのである。
    但し、いわゆる「行き倒れ」というほど悲惨な末路ではなく、殺されたわけでもない。持病の悪化による病死である。
    こちらは小説の要素はなく、ほぼノンフィクション。連絡を受けて親交があった著者が死亡した男の野辺の送りをする顛末である。著者は葬式を上げ、偲ぶ会も開く。『身分帳』は文学賞も受賞し、そこそこ売れた本ではあっただろうが、それだけではない。やはりそこには生身の人間のつながりがあったように感じられる。著者の視線の温かさが作品に滲み出ているのだろう。

    男の人生には「戦争」が色濃く影を落とす。
    正確には孤児ではないが、その人生は戦争孤児とも通じるところがあるだろう。
    時代を背負うその人生を西川は現代に置き換えて映画にしたという。こちらも機会があれば見てみたいところだ。
    西川の解説には、生前、男は『身分帳』を映像化するとしたら誰に演じてほしいかと問われ、照れながら「高倉健かなぁ・・・」と語ったとある。こんなところも憎めないところだろう。
    さて実際、演じたのは役所広司。男はキャスティングに満足しただろうか。西川が、胸の内で男に語る言葉がじんわり沁みる。

  • 役所広司さんの写真のカバーがかかってて、それが本来のカバーよりちょっとサイズが小さくて、「カバーが二重にしてあるな」って気づくしかけなのかな?と思いました。「身分帳」という小説は、随分前に出版されて、その後絶版になっていたようだ。このたび掘り起こされて、映画化に伴い、また本が出版されたということのようだけど、それによって、初版の「身分帳」に関係者の ”その後” が追加されたことによって、このルポの重みがいや増し、感動を呼ぶ…という感じになっている。
    もともとの「身分帳」は、人生の大半を刑務所で過ごした 主人公の田村氏が、刑期満了で出所し、日々を危なっかしく過ごしていく様子がリアルに描かれたものである。身寄りのない田村氏に、身元引受人の弁護士、アパートの近所のスーパーの主人で町内会長、同じアパートに出入りする新聞配達の若者たちが関わり、彼と社会をつなぐ役割をする。
    長い刑務所生活で、カッとなりやすい自己を分析し、なんとか重大な犯罪を犯すのを踏みとどまる田村氏だが、やはりそう簡単にはいかず、せっかく自分を心配してくれて、手を差し伸べてくれている人がいるのに、変な態度で人の思いを踏みにじってしまったり、信頼を裏切るようなこともしてしまう。読んでいて、ハラハラしたり、悲しかったり、それでも彼を見限ることなく関わろうとする人たちに、感心させられたりする。
    田村氏は凶悪犯罪を犯した人に違いなく、もし現実にこんな人が自分の身近に住んでいたら恐ろしいとは思うのだが、なんというか、時々すごく「まっとうなこと」を言うし、もしかしたら彼が正しくて世の中が間違っているのでは、と考えてしまうようなところがある。だからこそ、周りの人も彼をほおっておけなかったり、この人を題材に小説を書こうと思ったりした、というわけだ。
    とにかく自分を曲げることができず、かたくななまでに「道理を通そう」としたために、わやくちゃな人生になってしまった、という感じで、文字通りドラマチックな人生なのだ。
    あわわわ・・・あわわわ・・・と、彼の波瀾万丈な人生に巻き込まれたような感覚に陥りながら読み進め、文庫本のページ数をけっこう残したまま「身分帳」は終わる。

    ↓このあとネタバレ注意




    そしてページをめくると、主人公の田村氏が福岡で孤独死し、作家が警察から呼ばれる、っていう「後日談」が展開される。
    ここで私はもう、胸がいっぱいになって、号泣でした。
    田村氏は殺人という、許されざる犯罪を犯したことには違いないが、一生懸命生きた。「幸せになる権利があったか」「許されていいのか」とか、そういう考えが、不思議と浮かんでこない。とにかく一生懸命に生きた、ただそれだけだ。
    時がきて、その命が尽きるまで、人は、一生懸命に生きるしかないのだ。

    後日談はその後もいろいろと続く。昭和が終わり、戦後の厳しい時代を生きた人ひとたちも、もうこの世からいなくなっていく。刑務所も変わる。人権意識も根付く。田村氏が生きた、暴力団が影響力をもっていたり、町内会長が近所の人達のトラブルを仲裁したりする時代ではなくなった。でも人は生きていく。
    「生きる」ということを、ストレートに、まざまざと、精魂込めて書いた、すごい物語だと思った。

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著者プロフィール

1937年4月15日朝鮮咸鏡北道穏城郡訓戒面豊舞洞167番地で生まれる。
1941年12月末朝鮮から関釜連絡船で広島県高田郡小田村へ帰国。
1950年6月広島県高田郡小田村中学校から八幡市立花尾中学校へ編入。
1956年4月福岡県立八幡中央高校を卒業して八幡製鉄所入社。
1963年5月「ジャンケンポン協定」で第3回日本文学賞を受賞。
1976年2月「復讐するは我にあり」で第74回直木賞を受賞。
1991年6月「身分帳」で第2回伊藤整文学賞を受賞。
2006年11月北九州市立文学館の初代館長に就任。

「2011年 『昭和二十年八さいの日記』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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