ハプスブルク帝国の情報メディア革命―近代郵便制度の誕生 (集英社新書)

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  • Amazon.co.jp ・本 (224ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784087204254

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  • メディア史における大革命と言えば、十五世紀に起きたグーテンベルグの活版印刷を指すことに異論はないだろう。しかし、印刷の本質とは情報の蓄積というところにあり、大量に蓄積されるだけでは価値を生み出さない。情報は、伝達されて初めて情報になるのである。本書はそんな情報蓄積メディアの革命から時をおかずして起こった、情報伝達メディアの革命”ヨーロッパ郵便網”に着目した一冊である。

    ◆本書の目次
    序章 :十六世紀のメディア革命
    第一章:古代ローマの駅伝制度
    第二章:中世の伝達メディア
    第三章:近代郵便制度の誕生
    第四章:郵便機器
    第五章:ヨーロッパ各国の郵便改革
    第六章:郵便と検閲と新聞
    第七章:「手紙の世紀」と郵便馬車
    第八章:国庫金原理の終焉と郵便の大衆化
    終章 :郵政民営化の二十一世紀

    本書は2008年に刊行されているものなので、おそらく郵政民営化のあり方へ一石を投じることを目的として書かれたものと思われるが、今読むとソーシャルメディアの原点を辿る一冊のように読めて、非常に興味深い。

    ◆”ヨーロッパ郵便網”とソーシャルメディアの類似点
    ・駅伝方式での情報伝達
    中世ヨーロッパでは宿駅と呼ばれる拠点ごとに馬と配達人が交代する駅伝方式で、手紙等の情報伝達が行われていた。このありよう、RTやシェアによって、友人間のつながりを媒介として伝播させていく、ソーシャルメディアの伝達方法と原理が同じである。

    ・パブリックでオープンな情報伝達
    現代において、手紙とはプライベートでクローズドなものを指すが、当時の手紙とは「宛先に届くには届いたが、途中で開かれて、複数の人々に読まれるということが大旨常態であった」とのことである。その意味で手紙とはジャーナリズムであり、そののちに新聞というメディアを生み出していくことになったそうである。ここに、ミドルメディアによるキュレーションという昨今の潮流の原点をみることができる。

    ・インフラの整備による情報発信の拡大
    郵便網が整備された十八世紀のヨーロッパは、まさに「手紙の世紀」と呼ばれるくらい情報発信の量が飛躍的に伸びた時代でもある。TwitterやFacebookの登場により、情報の発信量が飛躍的に増えた昨今の状況とも酷似している。ちなみに拙ブログにおいても、エントリーを書きだす際には”Post”というアイコンをクリックする。当時の時代背景を考えながらPostするのは、非常に感慨深いものである。

    史実によれば、郵便網というメディアはその後、時間・空間と言う概念に決定的な影響を与え、ヨーロッパ文化の近代化を根本から促進させることとなる。しかし現在の郵便メディアの衰退は、自身が作りだしたグローバリゼーションの波に、逆に呑み込まれてしまったようにも思える。はたして、ソーシャルメディアの運命はいかに・・・

  • 郵便は中世ヨーロッパの帝国の情報伝達制度として生まれた。起源は古代ローマの駅伝に遡る。世界の政治経済といかに密着し発展してきたか、歴史に疎い私にも分かりやすく興味を促された。幾度もの危機を切り抜け、やがて個人の私信にも利用が浸透し、国家の情報管理制度から国民の福祉サービスへと体制は移行する。スピードを要する情報伝達メディアがインターネット主流となった現在、書簡の温かみや美しみ、人との繋がりの深度が失われつつあるのは悲しい。時間と距離に晒し届けられる郵便のロマンに、次世代へのリリーフたらんことを願いつつ。

  • (後で書きます。参考文献表あり)

  • 素晴らしい本。
    もう一度読み返す。

  • ヨーロッパにおける近代郵便制度の誕生と発展の歴史。
    ハプスブルグ家が郵便を発明した訳ではないだろうが、ハプスブルグ帝国全盛の時と場所で、従来の飛脚が郵便に進化したといって良いのであろう。何時をもって近代郵便の誕生とするかどうかは難しいが、15世紀末というのが通説のようだ。ハプスブルグ帝国よりタクシス家なる一族に委託契約されたようなので、郵便事業の最初は民営だったことになる。郵便事業は、メディアとしての重要性、情報戦争の武器、収益を上げる大権等等、いろんな意義付けをされながら、国営化と民営化の間を行き来した歴史を持つ。
    それまでの飛脚に対して、要所要所に局を配置し、組織的な「網」で手紙を届ける仕組みは、瞬く間に欧州全体に拡がった。もちろん、郵便制度の萌芽期には「信書の秘密」という高次の概念はなく、郵便物の監視が郵便局の仕事とされていた時代すらある。こうした手紙の覗き見が、ジャーナリズムの端緒であったという見解が印象的で、活版印刷の時代と情報拡散の時代が重なったことで、ジャーナリズムが発生したことになる。歴史の偶然は面白い。

  • [ 内容 ]
    十六世紀、神聖ローマ皇帝マクシミリアン一世により整備されたヨーロッパ郵便網は、ハプスブルク家の世界帝国志向がもたらした情報伝達メディアであった。
    皇帝からその郵便制度創設を命じられたタクシス家はじめ商人たちもこの情報インフラにこぞって群がっていった。
    郵便網は瞬く間にヨーロッパ中に広がり、濃密なネットワークを構築していく。
    そしてヨーロッパは郵便を駆使して最初の世界経済システムを作り上げた。
    近代郵便制度とは、グローバリズムがすすみ郵政民営化がなされた今日、国家行政と郵便事業の関係を考える上で興味深い示唆に富む、ハプスブルク家の夢の産物でもあった。

    [ 目次 ]


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    共感度(空振り三振・一部・参った!)
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    [ 関連図書 ]


    [ 参考となる書評 ]

  • フェルメール展に、「手紙を書く婦人と召使い」という画がある。追加出品されたものだが、その説明に「手紙は、いまの電子メールのように当時流行していた」といった趣旨のくだりがあった。「手紙」という日常的な風景以上に思っていなかったが、この説明はなるほどと目を開かされた感じがした。現在では、一般庶民の手紙が全国、あるいは全世界に簡単に出し、送られてくることに誰も疑問も持たないに違いない。しかし、そのようなユニヴァーサル・サービスが登場したのには、どのような歴史と経緯があったのか、と。そう思って図書館で手にしたのが、この本だ。

    表紙裏の説明は、こうだ。――十六世紀、神聖ローマ皇帝マクシミリアン一世により整備されたヨーロッパ郵便網は、ハプスブルク家の世界帝国志向がもたらした情報伝達メディアであった。皇帝からその郵便制度創設を命じられたタクシス家はじめ商人たちもこの情報インフラにこぞって群がっていった。郵便網は瞬く間にヨーロッパ中に広がり、濃密なネットワークを構築していく。そしてヨーロッパは郵便を駆使して最初の世界経済システムを作り上げた。近代郵便制度とは、グローバリズムがすすみ郵政民営化がなされた今日、国家行政と郵便事業の関係を考える上で興味深い示唆に富む、ハプスブルク家の夢の産物でもあった。

    グーテンベルグの活字が生み出した情報の蓄積に、新たな情報伝達のメディアができたのがヨーロッパの「近代」と言うわけだ。ただ、その郵便網というものも、抵抗なしにどんどんと広がった、というわけではない。小さく分かれた諸侯の領土を郵便馬車が「治外法権」をもって走り回ることは、当時としても簡単なことではなかった。Aという地点からBという地点へのルートは、直線という最短距離からすれば、大回りをしなければならなかった。やがて情報伝達のスピードを求められるようになると、1頭の馬が駅ごとに泊まって行く冗長なことから駅ごとにリレーをして前へ前へとひたすら早く、速くを実現していく。また情報を発信したり、到着する日が、行動の中にビルドインされ、1週間の行動が郵便の発着の日によって規定されるようになる。待ち遠しい手紙、せわしなくやってくる請求……。旅行をするのも郵便の駅逓伝いに行くのが安全であった。駅逓システムは新聞の起源とも深く関わっていた。確かに明治初年の新聞などにも、たとえば郵便報知新聞などの名前が残り、また船の日本郵船、大阪郵船などという会社名にも「郵便」という言葉がついていたことにも、その辺の事情がうかがえる。

    http://books.shueisha.co.jp/tameshiyomi/978-4-08-720425-4.html[試し読み]してみると『駅逓長タクシスの手に落ちた反乱「書信」』というエピソードから始まる。情報は検閲されていたのだ。信書の秘密が守られる、というのは、ずっと最近になっての話だ。

    目次
    序章 16世紀のメディア革命
     駅逓長タクシスの手に落ちた反乱「書信」/ ときは16世紀、郵便ネットワークは旅行業も兼ねた/ 私信の監視が郵便総裁の重要な職責だった/ ハプスブルク家に恩恵をもたらしたネーデルランド領有/ 古代ペルシャ定刻の宿駅制度が範
    第1章 古代ローマ帝国の駅伝制度
     近代郵便の雛形、駅伝リレー輸送システムの開発/ 船より断然早く、日に3回郵便が発着した/ カエサルは情報ネットワークとして駅伝制度を導入/ 歴代皇帝たちの駅伝制度改革
    第2章 中世の伝達メディア
     王の使者としての伝令使、騎馬飛脚/ 使僧に託され全ヨーロッパを往来した「死者の巻物」/ 16世紀に全盛を誇ったパリ大学飛脚制度/ 「北欧商業」の潤滑油、ドイツ騎士団の飛脚制度/ ドイツの都市飛脚、北イタリアの上人飛脚の台頭
    第3章 近代郵便制度の誕生
     ミラノで復活した古代ローマ駅伝制度/ 近代郵便の祖タクシス家の台頭は、ヴェネチア商人飛脚から/ 近代郵便制度元年は1490年?/ 「信書の秘密」が大原則として確立するのはまだ先の話/ フィリップ美王―ブリュッセル―フランツ・フォン・タクシス/ ハプスブルク家国家行政と郵便事業の中間項としてのタクシス家/ 「近代郵便大憲章(マグナ・カルタ)」の誕生
    第4章 郵便危機
     皇帝カール5世、タクシス家当主パプチスタを帝国郵便総裁に任命/ ルターを筆頭にプロテスタントはタクシス郵便を嫌った/ 郵便コースの宿駅充実が旅行概念を変えた/ カール5世の退位。第1期ヨーロッパ世界経済システムの危機/ 新しい都市空間ネットワークを生み出した商人が復活させた都市飛脚
    第5章 ヨーロッパ各国の郵便改革
     ルドルフ2世、1597年に帝国郵便を創設/ 帝国郵便と領邦郵便の奇妙な内縁関係/ 中途半端に終わったルドルフの郵便改革/ フランスの郵便制度の近代化/ 郵便制度でも辣腕宰相リシュリー/ 郵便収入を国庫金原理に組み入れたフランス/ 中央集権化に向かったイギリスの郵便制度
    第6章 郵便と検閲そして新聞
     粉みじんに打ち砕かれたミラボーの「信書の秘密」遵守演説/ 信書の秘密裏の開封は郵便の歴史そのもの/ 新聞は郵便インフラを起源とする/ ドイツ30年戦争――情報を求め濃密化する郵便網
    第7章 「手紙の世紀」と郵便馬車
     ハプスブルク普遍主義の看板が降ろされた/ 郵便組織の整備――18世紀は「手紙の世紀」となった/ タクシス家の帝国郵便に伍する国営プロイセン郵便/ 郵便契約でドイツの郵便網は統一された/ 郵便契約によるヨーロッパ大陸横断郵便コースの形成/ げに恐ろしきドイツ郵便馬車の実態とは?/ スピード、旅の「民主化」、公共性が郵便馬車の人気の理由/ 馬車の客は、旅の快適より、なによりスピートを求めた
    第8章 国庫原理(郵便大権)の終焉と郵便の大衆化
     「信書の秘密」遵守を謳った革命精神はしっかり灯った/ 1ペニー料金制の導入、そして郵便切手の誕生/ 帝国郵便からタクシス郵便へ、そしてドイツの郵便分裂/ 1850年、ドイツの郵便統一なる/ 1875年7月1日、ハプスブルク家の近代郵便が万国郵便連合に結実
    終章 郵便民営化の21世紀
     近代郵便制度は恐ろしいほどの強制力を後世にのこしたメディア革命であった/ ヨーロッパの近代化を根本から促進させた「非物質的遺産」/ 21世紀の途轍もないグローバリゼーションのなかで
     
    といった、中世ヨーロッパの歴史とともに郵便の歴史をおさらいしたことであった。

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著者プロフィール

1948年生まれ。早稲田大学大学院博士課程に学ぶ。明治大学名誉教授。専攻はドイツ・オーストリア文化史。著書に『ハプスブルク家の人々』(新人物往来社)、『ハプスブルク家の光芒』(作品社)、『神聖ローマ帝国』(講談社現代新書)、『ハプスブルク帝国の情報メディア革命─近代郵便制度の誕生』(集英社新書)、『超説ハプスブルク家 貴賤百態大公戯』(H&I)、『ウィーン包囲 オスマン・トルコと神聖ローマ帝国の激闘』(河出書房新社)、訳書に『ドイツ傭兵の文化史』(新評論)などがある。

「2022年 『ドイツ誕生 神聖ローマ帝国初代皇帝オットー1世』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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