透明人間は204号室の夢を見る (集英社文庫)

著者 :
  • 集英社
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  • Amazon.co.jp ・本 (208ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784087441093

感想・レビュー・書評

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  • 『書けないときの苦しみは窒息に似ている。浜に打ち上げられて、ぱくぱく口を開いている魚の気分だ。必死に跳ね、もがいても、一向に酸素は得られない』。

    人は誰でも何かしら夢中になれることがあると思います。他の全てのことを差し置いてもあることに夢中になれる瞬間。それは幸せ以外の何ものでもないでしょう。それは、スポーツかもしれません、芸術かもしれません、そしてまた、趣味の世界かもしれません。夢中になれるものがあると、人は強いものです。他にどんな辛いことがあっても、そのことを楽しみに生きていく、強く生きていく、それはとても幸せな人生だと思います。

    では、そんな夢中になれることが仕事だったとしたらどうでしょうか?生活の全てをそのことに捧げることができるのは一見素晴らしいことのようにも思えます。仕事以外のことであれば、人によっては道楽と見られ、憚られる場面だって出てくるでしょう。しかし、それが、仕事である限り、誰にも文句は言われません。それが生活の糧でもあるからです。

    さて、ここに『子どもの時分から、文章を綴ることはほとんど日課だった』というひとりの女性が主人公となる物語があります。高校生の時に書いた小説が新人賞を受賞し、華々しいデビューを飾ったその女性は、『小説をすべての中心に据えて暮らすつもりだった。暮らしていけると思っていた』と、専業作家の道を目指します。この作品はそんな女性が『書けない』苦しみの中に彷徨う様を見る物語。そんな女性が『そうだ、書きたくて書きたくて、書いたのだ』という瞬間のその先に小説を書くことの意味を知る物語です。
    
    『目に見えない本がある。書棚にあるその本を、誰も手に取らない。視線も向けない』と、『本棚番号608、六段に仕切られた棚の、上から三番目』に置かれた『茄子紺の背表紙』を見るのは主人公の佐原実緒(さはら みお)。現在は『データをまとめる記事』をおこす『ライターのような仕事』もしている実緒は、『六年前に、とある出版社の新人賞を受賞し』、茄子紺色の本は『佐原澪』という名で高校生の時に出したデビュー作でした。『今では、実際の書店ではまず見かけない』というその本を偶然に駅ビルの大型書店で見つけた実緒は、『自著が買われる瞬間を見たい』と思い、『たびたび覗きに来てい』ます。そんな時、『大学生風の男』が茄子紺色の本を手にしました。結局は、『すぐに棚に戻された』ものの、実緒は、そんな男性の後をつけます。電車に乗り、『三つ目の駅で下車した』男性は『大学のキャンパス』を通り過ぎ『白いタイル張りのマンションに入って』いきました。『マンション向かい』から気配を探る実緒は、『二階の角部屋に』人影を見かけます。スマホの地図アプリを開き、男性のマンションに『赤い印をつけた』実緒。そして、家に帰った実緒が『ベッドに横たわり目を閉じ』ると、『身体はみるみるうちに透けてい』きます。『今、私は透明人間だ』と思う実緒は『これから自分はあの人のところに行く』と強く思います。そして、『玄関のドアをすり抜け、外に出た』実緒は男性のマンションへと向かい、『二階へ続く階段を探し』ます。『あの人の部屋まで、あとわずか』と、『ベッドの上で』『シーツを強く握り締めた』実緒。そして、実緒はパソコンの電源を入れ、『メールソフト』を立ち上げます。『今日はライター業の依頼はおろか、ダイレクトメールの一通も』ないことを確認した実緒は、『ファッション誌』の『読者ページの作成』を進めます。『少し小説から離れてみたほうが、もしかしたら書けるようになるかもしれないよ』と編集者から言われたことを思い出す実緒は、『四年前、とうとう書けなくなった』と『書けない』苦しみの中にいました。高卒後、大学に進まず『小説をすべての中心に据えて暮らすつもり』だった実緒、『暮らしていけると思っていた』実緒。そんな実緒は、再び男性のマンションを訪れ、『201のポスト』に女性宛のハガキを確認した後、『204のポスト』に『千田春臣』という宛名の封筒を目にします。それによって男性の部屋を『204』と特定した実緒。そして、実緒は、アパートに帰り物語を三日かけて執筆します。そして、『小説を印刷した三枚の紙だけ』を封筒に入れて、男性の『204のポスト』に差し入れた実緒は、『魂が喜びで震えた気がし』ました。そんな行為を繰り返していく実緒は、偶然に千田と千田の彼女の津埜いづみと知り合います。一方で『私は透明人間だ』と、そんな二人の元へ透明になって訪れもする実緒。不思議な書名に納得感を感じる結末へ向けた実緒の日常が描かれていきます。

    「透明人間は204号室の夢を見る」と、ファンタジー作品のような書名が摩訶不思議な雰囲気を漂わせるこの作品。そんな物語を二つの視点から見ていきたいと思います。まずは、書名にも登場する『透明人間』の描写です。SF作品に時々登場する『透明人間』。ドラえもんで言えば”透明マント”が該当するでしょうか?この作品では、主人公の実緒が『ベッドに横たわり目を閉じて』、『ゆっくり五つ深呼吸をす』ることで『身体はみるみるうちに透けていく』というシーンが描かれていきます。再び『瞼を開け』、『爪も指も、きれいに透けている』ことを確認した実緒は、『玄関のドアをすり抜け、外に出』ます。『今、私は透明人間だ』と強く思う実緒。そんな『透明人間』状態の実緒を表現する奥田さんの視点はリアルです。『日向をいくら歩いても影は現れなかった』、『時折強い風が吹いたが、空気の流れは実緒の身体をやすやすと通過していった』、そして『車体を通過して電車に乗り込んだ。中の混雑も実緒には関係ない』と続く表現の数々は、えっ、まさか?という思いを読者の中に掻き立てます。そんな実緒は、『私に服なんていらない』、『自分は透明人間だ。どうせ誰も自分を見ない、誰からも見えやしない』という思いの先に、『裸のまま家事をし、本を読み、雑誌の記事や掌編小説を書いた』という日々を送るようになっていきます。『自分は透明人間で、全裸が本来あるべき姿』と思う実緒。そこには、実緒の過去と現在に関わる複雑な感情をベースにした物語が存在し、その表現に嫌悪感を感じる方もいらっしゃるかもしれません。これ以上触れるのはやめますが、不思議な書名にも繋がるこの表現、奥田さんが『透明人間』を使って描こうとされるあまりに重くて深い物語には、SFなのかなあ、この作品…と軽く手にした自分を恥じました。これから読まれる方には、是非その設定の妙に浸っていただければと思います。

    次に触れたいのは、この作品の主人公・佐原実緒が『小説家』だということです。『子どもの時分から、文章を綴ることはほとんど日課だった』という実緒。そんな実緒は、高校の夏、プールの授業で級友たちの身体を見て『細くて白い腕や脚が、ぼうふらみたいに踊っている』と感じたことに『着想』を得ます。

    『学校生活の息苦しさや、閉じた空間でうごめくぼうふらたちの欲望、一瞬のうちに去来した夏の影のような濃い感情を、言葉で結晶にしたいと思った』。

    そんな感情の先に『原稿用紙で百枚を超える』小説を執筆し、『新人賞に応募し』たところ、『高校三年の秋』にめでたく受賞の連絡を受けます。この受賞作の内容はこれ以上知ることはできませんが、小説家が作品を書く上で”ひらめく瞬間”を描写したものとして、とても興味深いものを感じました。『受賞後、生活は一変』、『十冊近い雑誌からの取材依頼がきた』という実緒の転機。それまで『人と会話を成立させ』ることを苦手とし、『分かりやすくいじめられるというよりは、触れてはならないものとして扱われ続けた学校生活』を送っていた実緒が華々しい人生へと向かうその起点。しかし、現実は甘くなく『とうとう書けなくなった』という大きなスランプに陥る実緒。そんな感情を奥田さんはこんな風に表現されます。

    『書けないときの苦しみは窒息に似ている。浜に打ち上げられて、ぱくぱく口を開いている魚の気分だ。必死に跳ね、もがいても、一向に酸素は得られない』。

    どんなことにもスランプというものはあるのだと思いますが、作品を生み出してナンボという小説家という職業にあっては作品が生み出せないのは致命傷です。その苦しみをあまりに絶妙に表現される奥田さん。もしかしたら、経験者は語る、といった部分もあるのかなと思いました。そんなスランプに陥った実緒が出会った存在、それが自らのデビュー作を本屋の書棚で手をとってくれた千田でした。千田の暮らすマンションの『204のポスト』へ『掌編』を届ける日々を送るようになった実緒は、『書きたいことが止まらない』という感情の中に執筆を続けます。ここで登場するのが、上記のスランプの表現と対になるこんな表現です。

    『書けないときが窒息なら、書けるときは蹴伸びだ。身体をまっすぐにして、水中を前進するあれである』。

    これもイメージしやすい表現です。実緒のデビュー作の着想はプールで得たものです。そこから見事に発想を繋げていく奥田さんは、スランプを脱した感情をさらにこんな風に表現します。

    『重力から解き放たれ、余計なものは見えず音も聞こえず、水を切り裂く感覚だけが手と頭の先にある。気持ちいい。どこまでも行ける気がする』。

    こんな気持ちになれたらどんなに幸せだろうというくらいの伸びやかさを感じさせるこの表現。きっと、奥田さんもこんな感覚を何度も味わわれたのだと思います。そして、その先に生まれた傑作の数々があるのだとも思います。小説家が主人公となる作品といえば、桜木紫乃さん「砂上」、村山由佳さん「はつ恋」、そして綿矢りささん「意識のリボン」など数多くありますが、読者にはどうしても、そんな作品の主人公とその作品を書いた作家さんを重ねてしまう感情が生まれます。この作品でも、そんな思いを読者に抱かせる物語が鮮やかに展開します。そして、伏線をきちんと張った上での見事な結末、鬱屈とした物語に光差すその瞬間に是非ご期待ください。

    『そうだ、書きたくて書きたくて、書いたのだ』という主人公・実緒の苦悩の先にある物語が綴られるこの作品。そこには、『小説を書く理由など、書きたい意思がすべてだ』という実緒の強い思いが湧き上がる物語が描かれていました。『透明人間』というまさかの存在を巧みに織り込んでいくこの作品。実緒、春臣、そして いづみという最小限に絞り込んだ登場人物たちの思いが交錯する先に、それぞれの未来を垣間見せてもいくこの作品。

    『透明人間』という存在をこんな風に捉え、こんな風に意味付けることができるんだ、と今まで読んだことのない不思議な読み味の中に、緻密に計算された奥田さんの物語作りの上手さを垣間見た、そんな素晴らしい作品でした。

    • さてさてさん
      ほん3さん、こんにちは。
      いつもありがとうございます!
      奥田亜希子さん、初読みでしたが、なんとも複雑な読み味の作品でした。あまり語りすぎ...
      ほん3さん、こんにちは。
      いつもありがとうございます!
      奥田亜希子さん、初読みでしたが、なんとも複雑な読み味の作品でした。あまり語りすぎても…とは思いますが、少なくとも、”と・う・め・い・ま・ん・と!”とドラえもんが出してくれる道具の先にある世界が描かれるわけではないですね。単行本と文庫本の表紙が似ているようで主旨が違っているんですが、私は文庫本の表紙がこの作品の世界観を絶妙に表していると思いました。そんな作品です。改めて色んな作家さんがいるなあと思った次第です。そう、未読の作家さんの発掘に燃えている さてさて です。
      なので、ほん3さんの本棚で気になっていた柞刈湯葉さんがどうやら男性らしい?と知ってガッカリしています。女性作家さんの作品しか読めない、自己規制に苦しむ(笑)今日この頃の私です…。
      2022/10/15
  • ほんタメで紹介されていた本で気になり借りてきました。

    高校生の時にとある出版社の新人賞を受賞した主人公。
    当時は話題になっていたものの、6年後のいまは誰も手に取らなくなった自分の作品。誰かが買うの瞬間を見たくて書店にたびたび覗きに行く。買ってくれた人のあとをつけてしまう…ってヤバイから!って、何回か主人公につっこみたくなる(笑)
    主人公は変わり者だけど、でも、そこがいいんだよって途中からなってきました。

    いま読んだ場面は主人公の妄想なのか、現実で起きていることなのか分からなくて、境界線がぼやっとしてる感じのところもあって、先の展開が気になり読み進めました。
    妄想なのか現実なのか、確信がないから読んでいておもしろかったです。

    何回か主人公の思いついた掌編も、あらすじ程度だけど紹介され、それぞれがユニークなあらすじで実際に読んでみたいな。この作者さんの他の作品も読んでみたい。

  • 「書かなくては、自分の言葉を書かなくては、いつか本当に消えてしまう」
    小さい頃から孤独だった実緒の側にずっとあった本。自分も賞を取ることができて注目されたのに、時間が経ち忘れられて誰も読まなくなってまた孤独になる
    生きづらさを抱えながら、クラスの人気者のあの子のようにキラキラした青春を夢見ていた実緒の前に現れたのはいづみと春臣。
    楽しい時間も束の間、実緒の行動によって3人の関係に陰りが見え始め、、
    孤独であったが故に人との関わり方がちょっと常識からズレてたり、生きづらさを感じてるのに結局孤独である方が生きやすかったりするのかな⁇と感じました
    この作品を読んで、本屋さんでいろんな本を手に取って一冊一冊の出会いを大切にしたいなと思える作品ですぜひ読んでみてください。

    • さてさてさん
      まきさん、こんにちは!
      私も読みました!この作品。なんとも不思議な書名に魅かれて手にしましたが、予想のさらに上を行く内容にとても驚きました。...
      まきさん、こんにちは!
      私も読みました!この作品。なんとも不思議な書名に魅かれて手にしましたが、予想のさらに上を行く内容にとても驚きました。
      まきさんも引用されていらっしゃる『書かなくては、自分の言葉を書かなくては、いつか本当に消えてしまう』という先に描かれる、小説を書く意味を問う物語。奥田亜希子さんの作品初読みでしたがとても良かったです。
      2022/10/15
    • まきさん
      さてさてさんコメントありがとうございます!
      さてさてさんが同じ本読んでるだなんて、感想見た時に嬉しくなっちゃいました笑
      表紙は可愛いのに内容...
      さてさてさんコメントありがとうございます!
      さてさてさんが同じ本読んでるだなんて、感想見た時に嬉しくなっちゃいました笑
      表紙は可愛いのに内容はほんとに驚きでしたね、、
      いつもたくさんの本を紹介してくださってありがとうございます!
      2022/10/15
    • さてさてさん
      まきさん、ありがとうございます。
      私が読んだ段階でレビューは16件しかなくて、あれれれれ…と思ったんですが、そこにまきさんのお名前があって...
      まきさん、ありがとうございます。
      私が読んだ段階でレビューは16件しかなくて、あれれれれ…と思ったんですが、そこにまきさんのお名前があって嬉しかったです。もっと読まれてよい本だと思うんですが…。
      こちらこそ、今後ともよろしくお願いします!
      2022/10/15
  • 高校生で小説新人賞を受賞したが、それから6年間、小説が書けないままの実緒。書店で自分の著書を手にする青年を目撃し、思わず後をつけ、家と名前を特定する。

    それ以来、嘘のように書けるようになった掌編を彼(春臣)の郵便受けに投函し続けていた実緒だが、やがて彼の恋人(いづみ)とも知り合い、3人で交流するにようになり…。



    実緒が一方的に送り付け続けていた掌編を、春臣がいづみに見せて(もしくはいづみが偶然見つけて)、その内容に非凡なものを感じたいづみが、自分名義の作品に仕上げて新人賞に応募。実緒はいづみのゴーストライターとして、歪な三角関係を続けていく…みたいな展開を想像していたが(実緒の場合、その展開でも喜びそう)、春臣が物凄く冷静でまっとうなリアリストだった為、そうはならなかった。

    春臣が実緒の本を手に取ったのなんて、本当に偶然と言うか、意味の無い流れの中の一瞬の行動で、たぶん彼は、実緒の紡ぎだす全てが、不可解で気持ち悪くてたまらなかったんだと思う。

    一番相容れない相手に希望を見出してしまった実緒の、突っ走り方がリアル。
    「こじらせ女子×SNS」系ストーリーを書かせたら、この作家さんに敵う者はいないんじゃないかと思う。

    そんな純度の高い青春ゾンビである実緒も、ひと夏の全裸生活とストーキングを経て、次の段階に向かう。本来向けるべき矛先・向かうべき居場所へと、変態を遂げる。

    人に見つけて貰うんじゃない。
    自分は自分にしか見いだせない。
    ラスト、透明人間の気づきが、鮮やかな輪郭を象った。

  • いづみのようにこういう風になりたいという憧れをもつことはできないし、春臣の言う自分の感覚を絶対視できないことには共感できる。
    自分で自分を認めることができないから、誰かに縋って承認して欲しいと願ってしまう。
    そんな中、実緒のもつ孤独は圧倒的で、だからこそ透明になって想像力に突き動かされる。
    想像力は自分の中から生まれる。
    憧れや不安、寂しさ、孤独、祈りが託される。
    想像は現実を凌駕することもある。
    透明だからこそ見ることができる先が、行くことができる場所があると信じたい。

  • 2022.3.2

  • 実際に体調が悪くなるくらい、自分のことをかかれているのでは?と思う小説だった。主人公の実緒は高校生で小説新人賞を受賞して本を出版し、以来6年間新しい小説が書けずくすぶっている。こうありたかった青春、ただ友だちがほしかったこと、書きたいけど書けないこと、ふと出てくる実緒の胸をつくセリフ。春臣はなんかへんな女だな、でも彼女が仲良くしたいって言うし、と仕方なく一緒に遊んでいるようで、ふとした実緒の話に影響を受けるというか、ちゃんと受け止めて考えている様子があって、だから自分の実家の話なんかもぽろっとしているのだと思う。だからこそレースの描写ひとつだけで、実緒が犯人だと分かった。オチとしてはばれるしかないと思っていたからやっぱりばれたー!つらいー!と思ったけど、ある面では、気付いてくれたんだなとも思う。レースの描写ひとつだけで、彼は実緒に気づいた。というのは、ちょっと救いだとも思った。

  • 実緒が小説を書けなかったのは、圧倒的な経験不足かなと思った。
    実際に経験したことから着想を得て書いていくタイプのようだから、高校を卒業して、人との関わりがぐっと少なくなって、それでインプットされないからアウトプットもできなかったのではないかな。
    春臣といづみとの関わりは、実緒にとって今までにないものだったし、きっと今までにないものが書けるようになったんじゃないだろうか。

    春臣へのストーキングはもちろん客観的に見たら気持ち悪いしダメなことだけど、読んでいる間は不思議と嫌悪感がわかない。実緒の視点で当たり前のことのように書かれているからだと思う。
    実緒は、相手がそれをどう思うかわからない、というより、想像していない。小説を書くくらいだから、人の機微が全くわからないわけではないだろうに、多分、普段の生活でそれを使わないからできないんじゃないかな。
    春臣が掌編を読もうが読むまいが、それをどう思おうが、そこは実緒にとって自分の想像でしかなくて、現実の春臣ことは考えていないんだと思う。

    飴の包みをとっておいたり、二人の髪の毛をとっておいたり、車内の会話を録音したり、気持ち悪いんだろうけど、私は気持ちがわかってしまった。
    大切な思い出をはっきり残しておきたい気持ちはすごくわかる。
    さすがに髪の毛は捨てるし、録音も実際にはしないけど、私も良い思い出が薄れていってしまうのがすごく嫌だった。全部録音録画したい。それが無理なら書き留めておきたいと思ってた。
    実緒にとってはずっと憧れてたことだから、なおさらだったと思う。

    いづみに接触したのは純粋な善意だと思う。それがなければ春臣とも関わるなんて思ってもみなかったんじゃないかな。
    春臣といづみは育ちが良くて、誠実で真面目で、実緒が幻滅するような子たちじゃなかったのがよかった。
    いづみは下心もあって近づいてきているんだろうなとは思っていたけど、ちゃんと仲良くなってから、という気遣いや、あんなふうにありがとうと言われたらもう言えない、というまともさがあってよかった。
    春臣が出来過ぎなくらい実緒に合っていた。いづみほど純粋じゃなくて、どこか何かをあきらめている雰囲気とか、本の趣味とか。実緒の言ったちょっとしたことを覚えていて、手紙の犯人がわかってしまうところも。

  • 静かな雰囲気で、途中読むのとまったりしたけど、最後の10ページで感情揺さぶられた…。

  • 小説家としてスランプ真っ只中の実緒はずっと孤独を生きてきて、もう友達や恋人ができることはないだろうと諦めている。人との距離がわからない実緒はストーカー紛いな行為を繰り返してしまう。孤独は恐ろしいけど孤独であればあるほど、実緒は小説家としての勢いを取り戻していくのが切なかった。

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著者プロフィール

1983年愛知県生まれ。愛知大学文学部哲学科卒。2013年『左目に映る星』で第37回すばる文学賞を受賞しデビュー。他の著書に『透明人間は204号室の夢を見る』『ファミリー・レス』『五つ星をつけてよ』『リバース&リバース』『青春のジョーカー』『魔法がとけたあとも』がある。

「2021年 『求めよ、さらば』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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