- Amazon.co.jp ・本 (256ページ)
- / ISBN・EAN: 9784087442762
作品紹介・あらすじ
チベット、台湾、クアラルンプール、京都……。
言葉の魔力がいざなう、アジアへの旅路。
はるかな歴史を持つ僧院で少年僧が経典の歴史に触れる「……そしてまた文字を記していると」、
雨降る村でかつて起こった不思議な出来事を描く「Jiufenの村は九つぶん」、
時空を超え、熱帯雨林にそびえる巨樹であった過去を持つ男の物語「天蓋歩行」など、
アジアの土地をモチーフに、翻訳家でもある気鋭の著者が描く、全五編の幻想短編集。
【著者略歴】
谷崎 由依(たにざき ゆい)
1978年、福井県生まれ。京都大学文学部美学美術史学科卒業、同大学院文学研究科修士課程修了。近畿大学文芸学部講師。英米小説の翻訳や校正を手がける。2007年、「舞い落ちる村」で第104回文學界新人賞を受賞。2013年にアイオワ大学国際創作プログラムに招かれ、アメリカにて滞在制作を行う。2017年、『囚われの島』で第39回野間文芸新人賞にノミネート。
感想・レビュー・書評
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ちょうどワクチンを打って、ぼんやりと頭の中がスローに流れていくような時間に、読んだ。
幻想小説は、捉えどころがなくて、なかなか言葉にしにくかったりする。
言葉が、音になって、音が世界に、形を与える。
言葉だけでは輪郭が曖昧で、でも音を発するということは、物性を持ったということのように思った。
どうして、同じ国に住んでいるだけで、隣にいる他人の表情に言葉を得るのだろう。
なのに、大切な人の発する苦しさや寂しさは、言葉になっても癒やしてやれないのだろう。
物語をまとめることは今の私には出来そうにないので、ニュアンスだけを置いてみる。 -
アジアの諸地域を舞台として設定してはいるが、どちらかといえばそれは背景であって、そこに身を置く登場人物たちの思いや動きが主。しかも、たとえば京都編だから万人にとって京都らしいかといえばまた別で、学生の群れが醸し出す猥雑さという側面を知る読者にはある種の生々しい京都らしさだと感じられそうだが、そうでない読者にはむしろ京都らしいと全く思われないかもしれない。
個人的には前半のチベット編、台湾編、京都編はそういう特徴も含めて面白がれたが、後半にかかってインド編はごく短編ゆえに難しく感じ、マレーシア編は散文的すぎて消化できず半分ほど読んだところで手が止まってしまった。
擬音や当て字の表現も独特で、違和感なく読める読者の方がよほど少ないのではないか。読点で音の隙間を作っている部分などは面白いが、他はちょっと凝りすぎに思えた。 -
世界各地を舞台にした幻想短編小説集。三人称、客観的視点で綴られ、独特の言葉のチョイス(英語による擬音語など)でストーリーに入りづらい。
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擬音語を英語で書いていたり、ふりがなを現地?の言葉にしていたりして面白かった。そのまま日本語で読むよりも、小説の舞台へ入り込むことができた気がする。「……そしてまた文字を記していると」がよかった
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おわ、なんか文体?独特だな…(第一声)
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山尾悠子が推していたので気になった。ちょうどいいタイミングで文庫化してくれた。
「……そしてまた文字を記していると」「Jiufenの村は九つぶん」「国際友誼」「船は来ない」「天蓋歩行」を収録。
いずれもアジア諸国を舞台とした幻想譚。滔々と流れる密やかな語り、漢字を飾る外国語のルビ、物語世界における言語の表現に相当すると思しいローマ字綴りの日本語の擬音が特徴的で、言語によって語り言語によって読むことを是非なく意識させられる。それは言語によって世界を規定する営みだったり、規定に沿って世界を解釈する試みだったり、ある言語の似姿を他の言語に見つけることだったり、ある言葉を別の言葉に発展させることだったり……。そうした幼年期からの体験と、その体験に先立つ言語以前の言語の影がちらつく、身の内から震えが来るような物語に、読み終えてなお興味津々。「おもかげ」とはよく言ったものだと思う。
全編通して完全といった趣だけど、中でも「……そしてまた文字を記していると」と「国際友誼」が好きかも。
解説でダニエル・ヘラー=ローゼン『エコラリアス』を知った。これも大収穫。 -
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https://opac2.lib.setsunan.ac.jp/webopac/BB50268658