- Amazon.co.jp ・本 (448ページ)
- / ISBN・EAN: 9784087458787
感想・レビュー・書評
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辺境冒険家の高野秀行がある日気がつく。
ソマリランドのような数多くの武装勢力が群雄割拠する危険地帯について、胸筋を開いて話し合える相手はまずいない。でも、日本中世史研究者の清水克行がいるのではないか?
というわけで、一冊まるまる2人の対談本である。
辺境の人類学と民衆歴史学のコラボ。実は私の関心ベクトルと大きくは重なる。数多くの参考になる所があった。一部を紹介。
◯「被りすぎている室町社会とソマリ社会」
⚫︎中世にも、幕府法とは別に村落や地域社会や職人集団の法慣習があった。西洋的近代的法律土着的な法や掟が共存しているソマリランドとにている。
⚫︎盗みの現行犯は殺しても良いというルールがある。それは損得の問題ではなくて、共同体の秩序の問題だから。だから田舎の方が安全。都会は隣の人間がわからなくなるからかえって危険。
⚫︎室町時代は確かに殺伐としていたけど、肩が触れ合ったぐらいで相手を威嚇する東京の電車の方が危険だと思う。手を出すのは最後の手段で、手を出したら殺し合いになるかもしれないとわかっているから。中世は「なぜ人を殺してはいけないのか」という疑問は愚問。「人を殺したら、自分や家族も同じ目にあうから」その問いそのものが出てこない。
⚫︎ソマリの氏族による庇護と報復のシステムは「喧嘩両成敗の誕生」で描かれている室町時代の日本とまったく同じ。ただし、賠償金は発生しなかった。これは日本独特。一般的には、自力救済→公に復讐→復讐が制御(賠償金発想が生まれる)→復讐が禁止。日本には「人の命は金に換えられない」という強固な意識がある。
(←血は血で贖われなければならないという気持ちが強い←死刑制度が無くならないのは、そのせいか)
⚫︎綱吉の生類憐れみの令は、「戦国時代は百年も前に終わったのに、犬鍋をしたりかぶいたりして、何やってんだ」というメッセージ。富士山噴火とか地震とかあって、治安維持をする必要があった。
◯「未来に向かってバックせよ」
⚫︎経験や技術でカバーできるとわかってしまった人間は、もう神の方には逆戻りしないのか。(略)でもまた新たな神が出てくる。それが硬直すると、また別の神が出てくる。
⚫︎中世は古代社会の枠組みが一回吹っ飛んで一から秩序を組み立てた。一種の実験場。それが、アジア・アフリカの辺境と似てくる。
⚫︎ローマ帝国が終わり、辺境にあたる西ヨーロッパから封建制が始まった。中華帝国から少し離れて日本に封建制が始まる。
⚫︎戦国時代は未来は後ろにあった。「あとあと」にあり、「さき=前」の過去は見ることができる。「あと=後ろ」の未来は予測できない。所が、16世紀になると、その言葉がごっちゃになる。人々が未来は制御可能なものだと認識し始める。ソマリも言葉はごっちゃ。
◯伊達政宗のイタい恋
⚫︎中世から近世にかけて古米の方が高かった。何故ならば、炊くと増えるから。→タイ・ミャンマー・インドは今でも古米の方が高い。ミャンマーではもう一つの理由は美味しいから。
⚫︎江戸時代は飢饉の時でも、商人は米を酒に変えて都市部に流通させた。
⚫︎経済が石高制にシフトしたのは信長の頃。中国銭が入ってこなくなって(中国の銀経済シフト)、輸入銭は不安定なのでコメ経済に切り替わる。
⚫︎江戸時代は石高制が基本でその他、三貨制(金・銀・銭)になる。
⚫︎ソマリア・シリングは20年間、国家がないのにちゃんと流通していた。高額なものはドルで買って、日用品はソマリアシリングで買う。市場ではドルを出すと煙たがれる。これは日本中世でも同じ。
⚫︎ブータン東部ではお茶のように酒が出る。フランスでもお茶のようにワインが出る。
⚫︎麻を作っていたのに意外にも大麻を「吸う」という発想は日本に起きなかった。起きていたら、歴史が変わっていたかも。梅毒は戦国時代に日本に入り、「月海録」1512に最初の記述、山梨の「勝山記」1513に行っている。流行のスピードが速い。コロンブスがヨーロッパに持ち帰ったのが1493年、それから20年で山梨に到達した。
⚫︎野良猫がいないインドやアジア諸国は、野良犬が多くいるから。イスラムでは、犬は汚れた動物なので野良猫がいる。現代日本も野良犬がいないので、野良猫がいる。中世では野良犬が絵巻によく描かれるが、野良猫はいない。
⚫︎足利義持、秀吉は中国皇帝に憧れて髭を生やした。江戸時代になると、傾奇者みたいなチンピラが生やすとなり、髭を伸ばさなくなった。イスラムでは男の象徴として、特に顎ひげが伸ばされる。口髭は男らしさで、顎ひげは宗教性。
⚫︎元禄期に同性愛が廃れる。同性愛も髭と同じく男らしさの表れだった。戦国時代「女となんかとつるんでいられるか!」
◯独裁者は平和がお好き
⚫︎中世の史料は既に活字化されている。江戸時代は膨大な量があるので、くずし字が読めないと研究はできないが、中世ならばできる。
⚫︎中世ではハンセン病者は基本的に白い覆面をして柿色の帷子(かたびら)を着る(「もののけ姫」)。
⚫︎ソマリアでは定住民ではない皮職人、鍛冶屋、鋳掛、刃物研ぎ、芸能、ロマ(ジプシー)など被差別民。日本中世は鍛冶屋などは違う。
⚫︎タイでは、農民は流動的。先祖崇拝は輪廻するから墓は作らない。墓を作るのは儒教の祖霊崇拝の思想で、中国・朝鮮・日本。大乗仏教のブータンでも作らない。先祖代々の墓が生まれたのは江戸時代。地域では両墓制(埋め墓と参り墓)だった。
⚫︎味噌自体は奈良時代からあったが、庶民レベルに一般化するのは室町。九州の冷汁みたいな「味噌水」という食べ物が出てくる。料理を温めるのは結構大変。大阪自由軒のカレーが混ぜカレーになったのは、冷や飯にルーを混ぜてあたたかくしたかったから。温かいご飯が普通に食べれる様になったのは、電気炊飯器の登場から。
⚫︎学生に言っている「皆さんも若いうちに発展途上国に行った方がいいですよ。ああいう所に行って古文書を読み直すと、今まで見えなかったものが見える」もはや日本の農村では前近代は体感出来ない。歴史を考える時に辺境が役立つ。反対も真なり。
⚫︎支配する側にとって、みんなが幸せにのほほんと暮らしている状態がいい。
⚫︎ブータンの雪男も本当に信じていたら語りたがらない。未確認動物は、本当に信じている人たちに近づけば近づくほど形が曖昧になり、ぼんやりとした気配とか精霊とか、名前すらもなくなる。←弥生時代の神に姿がないのはそういうわけか!!
⚫︎妖怪を作ったのは水木しげるさんだという説もある(笑)。怖いものほど、可愛く描く。だから、ブータンの雪男には滑稽譚も多い。それは本当に怖い話をするのはヤバいと人々が思っているからではないか?
◯異端のふたりにできること
⚫︎「地図のない場所で眠りたい」(講談社)に、高野さんの取材ノウハウがある。コレが清水克行が大学授業で伝授されたノウハウと同じ。
⚫︎最初に親しげに近寄ってくる人の話は信用できない。
⚫︎民俗学調査の授業のテキストが本多勝一「事実とは何か」だった。
⚫︎演繹的になる文章はネタが弱い時。帰納的な時はネタだけでストレートに結論に行ける。
◯むしろ特殊な現代日本
⚫︎日本の自殺の多さは異常。中世でも江戸時代でも抗議の自殺があった。ソマリアではない。欧米でも自殺は「負けを認めたことと同じ」。
⚫︎タイは年間一万人。自殺すると借金棒引き制度があり、多い。
⚫︎日本は鎖国があったからアジアアフリカみたいな近世にならなかった。その代わり、外交は下手になった。空気を読むばかりで自分の思うところを言わないのは、異民族に支配されたことがないからでは。
⚫︎今の若い人は「好きなことをやりなさい」「個性的でありなさい」とり言われて凄く苦しんでいる。独自の個性を作るのは大変だから、沢山の中から自分に合ったキャラを一つ演じている。
⚫︎中古車で品質が落ちていないのに根が下がるのは日本だけ。これはケガレ意識が関係している。
◯清水克行「あとがき」
⚫︎立派な超時空比較文明論になった。
◯表紙
⚫︎よく見て欲しい。馬に見立てたバイク乗りの中世アウトローが槍を持って走っている。装画は山口晃作「奨堕不楽園」(部分)。この対談のためにわざわざ描いたかの様な見事な画。
高野秀行13冊目。
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昨年『アヘン王国潜入記』を読了して以来すっかり高野秀行氏のファンとなり、折りをみて著作を買い求めている。
個人的に対談形式の本にはどうも読みづらさを感じることが多く、このタイトルの購入も後回しにしてしまっていたのだが、そんな苦手意識を払拭するほど魅力的な一冊だった。
・新米より古米の方が高価な国がある
・男子厨房に入らずの発祥はじつは近現代?
・男性作家が見る男色文化やブロマンス
・独裁者が平和を好む理由
・「犬飼うべからず」の中世日本と「猫を
放し飼いにすべし」の江戸初期
・ヒゲから見る豊臣秀吉と足利義持
などなど、頁をめくってもめくっても興味を惹かれる話題ばかりで嬉しい驚きがあった。
学生時代にこんな本と出会えていたら、もっと日本史と世界史の学習に熱心になれたかもなあ。
高野さんと清水さんの対談本・第二段『ハードボイルド読書合戦』も近日手に取りたい。 -
「謎の独立国家ソマリランド」で有名な辺境をかけめぐるノンフィクション作家と、日本中世史を専門とする歴史学者の対談。
それだけ聞くと、「何その組み合わせ?」となるのですが、文庫カバー裏の紹介文にあるとおり、「現代アフリカのソマリ人と室町時代の日本人はそっくり!」なのだそうで。。
読んでいて感じたのは、「あぁ、面白い大学の授業ってこんな感じだったな」ということ。一本筋ではなく、むしろ脱線が本著の本質なのではというくらいに会話が脱線するのですが、それがいちいち興味深い。
対談集というのが余計に取っつきやすくさせているのですが、こういう「高い知的レベルの雑談」みたいな本、なかなか無い気がします。個人的には、仕事の後のクールダウンにはピッタリです。
しょーもない話ですが、もし若い人が入ってこなくて困っている学術分野があったら、こういう対談本を作って中学・高校に課題図書として押し込むと良いのではないでしょうか(笑
気軽に読める非常に良い本でした。 -
情報量が多すぎて……笑
・後先・未来、お国の使われ方の話
・戦士の去勢=サラリーマン
・フランスのコース料理の起源はロシア
・暖かくて甘くて軟らかくなったは保温の効かないものに保存用に塩分多め?
・寿司は酢して発行して酸っぱくなったもの→酢を使うのは発酵させずに酸っぱくするため
・江戸は文書社会、識字率の高さ→緻密な政策の成功
・日本の物の怪は本来は造形されておらず、見えないもの、気配→絵姿を書く=合理的な精神によるステップ。それにより恐怖心の薄れ→信じない
この辺り特に興味深かったです❣ -
とにかく面白い。
風土や信仰などからどういう習慣があって、どういう歴史になって今の常識や思考回路に繋がっているのかを、具体的に知れてとてもよかった。それが対談形式だからとっつきやすくて、特にアジアやアフリカの土地ごとの違いは知らないことが多くて興味深かった。
日本も含めそれぞれ違って面白いのに、段々周りに合わせるように変わっていったらつまらないなあと思った。
意外に思ったのは、独裁者が平和を求めるというところ。独裁とか軍事政権とか、その言葉がなんだか自由を奪われるみたいな印象で、とにかくよくないとばかり思っていたから、説明されるとなるほどと納得した。
それから日本人の物に対する感覚とか、へえーと思うことが沢山あって、もっと他にも色んなことを知りたいと思った。 -
日本の室町時代とソマリランドが似ている、ということから始まった対談だが、それだけに留まらず、広く日本の歴史や海外の民俗について興味深い話題が続出する。意気投合したお二人の会話はテンポもよく、読んでいる方も引き込まれる。
登場する用語はもちろん、研究者や文献についても脚注で説明されているので、読者が興味をもった事柄を踏み込んで調べるのに役に立つだろう。
文庫版では単行本にはない新たな対談も追加されていてお得。 -
世界の辺境に取材に行くノンフィクション作家の高野さんと、室町時代が専門の史学者である清水さんが対談形式で日本や世界について語る。
ソマリなどアフリカやアジアの後進国で見られる社会システムと日本の室町時代のシステムが似てる、という話題から入っていくのだけれど、話がそれだけに終わらずにあちこち飛んでいくのが面白い。
なんで世界中で日本の中古車が多いのか(日本は「穢れ」とか「モノにも魂がある」的な感覚があるので、他人のものを使うのを好まない。だから日本は誰かが一度でも乗ると車の価格が極端に落ちてしまう)とか、同じ米作なのにアジアと日本はなぜメンタリティが違うのか(ムラ単位で年貢を払わされて共同責任だった日本と、税金は個別で支払い、なんなら支払わずに逃げちゃうケースも多かったタイ)などなど、寄り道の雑談にこそ興味深い話がたくさんあった気がする。
学問って縦割りであまりよそと交流しない印象があるけど、こうやってクロスオーバーさせることで広がるんじゃないかな。
経済学や政治学と史学、地理学なんかを組み合わせると「だからこういうシステムなのか!」みたいな理解がある気がする。
思い出した頃にまた読み返したいかも。 -
日本史は苦手だがタイトルが気になって読んだ。対談なので読みやすかった。もののふ道とか馬の価値とかも知らなかったし、宗教や国家に対する考え方も興味深かった。文庫には追章もあってお得。
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面白すぎる。「辺境の怪書、歴史の驚書、ハードボイルド読書合戦」の前に出版された本。「驚きと興奮に満ちた対談本」とあるが、偽りなしと感じた。
こんにちは
ずっと読みたいと登録だけしてある本です(笑)
想像以上にテーマが多岐に及んでいて面白そうです♪
読むのは先...
こんにちは
ずっと読みたいと登録だけしてある本です(笑)
想像以上にテーマが多岐に及んでいて面白そうです♪
読むのは先になりそうですが、kuma0504さんのレビューで先行して楽しませていただきました!
ホントに多岐に渡った対談なので、ものすごく面白かったのですが、まとめてみたら、何がなんやらわからない多岐に渡ったものになりまし...
ホントに多岐に渡った対談なので、ものすごく面白かったのですが、まとめてみたら、何がなんやらわからない多岐に渡ったものになりました(笑)。
それもそのはず、2人とも早稲田出身(清水克行さんは5年後輩)で、あの時代あそこはなんか『普通にしていたらいけない』という雰囲気があった様です。
早稲田出身の有名人を少し並べるだけでも、
作家だけでもで恩田睦、三浦しをん、小川洋子、村上春樹、和田竜、俵万智、朝井リョウ、乙武洋匡、重松清、綿田りさ、角田光代‥‥と、非常に多いのが特徴。芸能人は更に多い。
ちょっと調べた時には出てこなかったけど、五木寛之も早稲田中退でした。今さっきあげた作家の中で、おそらく『青春の門』に影響された作家や芸能人はかなり多いはず。普通に生きていてはいけないんた、という強迫観念が、高野秀行さんの頃まではあった様です。今はもうなくなっているのかもしれないけど。