- Amazon.co.jp ・本 (312ページ)
- / ISBN・EAN: 9784087505917
感想・レビュー・書評
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ソウル
市場があれば、国家はいらない
チベット
寺院
朝 草の匂いのする雑炊もののようなもの
昼 パパ 土の塊のようなパン 青汁
夜 食事なし詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
藤原新也(1944年~)は、インド、中近東、東南アジア、チベット、アメリカ、日本などを対象に、写真、エッセイ、紀行などを発表してきた著述家。小説や(石牟礼道子、瀬戸内寂静らとの)対談なども手掛けている。1972年発表の処女作『印度放浪』は、沢木耕太郎の『深夜特急』(1986年)以前に、アジア(インド)を放浪する若者のバイブルとなり、1981年に発表した本書では毎日芸術賞を受賞。1983年発表の『東京漂流』は、大宅壮一ノンフィクション賞に推されたが、本人の意思により辞退している。また、同年発表された『メメントモリ』は、本書(1983年文庫化)と並び、今も版を重ねるロングセラーである。
本書は、トルコのイスタンブールから中東・パキスタン、インド、東南アジア、中国、韓国を経て日本に至る、1年以上に亘るアジア横断を、多数のカラー写真を添えて綴ったものであるが、一般にイメージされる旅行記とは相当に趣を異にする。
それは、藤原氏の、類を見ない着眼、感性、洞察力、表現力をして初めて可能ならしめているのであろうが、ある光景、あるエピソードが、ほぼ例外なく人間の本質や人生、或いは人間社会というものに結びつき、様々なことを考えさせるからのだ。
そして、“東洋”という地域は、藤原氏にとって、最もその感覚を刺激する場所なのである。
【以下、下巻について】
藤原氏は、「全東洋」はインド亜大陸を境にして、「乾いた鉱物世界の西東洋・イスラム教の世界」と「潤った植物世界の東東洋・仏教の世界」に、明確に分断されているというのだが、下巻はその東東洋の世界を辿ったものである。
そして、藤原氏は、なぜこの旅に出、それにより何を得たのかについて、末尾で次のように語っている。
「旅をはじめてから、きっかり十年目にして、「旅の氷点」が訪れた。私は凍ったまま、ほとんど無意味な旅をだらだらと続けていた。・・・こういった場合、生きものがうっとうしくなる。特にニンゲンがうっとうしい。・・・この時期の私の写真や文章にはニンゲンが登場しない。 これは一つの危機である。」、「私は、起死回生の旅に出た。『全東洋街道』が、その旅である。私はこの長い旅の中で、まずニンゲンに会うことを自分に課した。・・・いかなるニンゲンに対してもとことん付き合うことにした。旅のなかごろ、カルカッタに着いた頃、不意に、私は回生したように思う。再び、ニンゲンが無性に面白くなって来た。凍てついた旅が溶けはじめた。私は自分をとりもどした。・・・人間の氷点を溶かしてくれるものはニンゲンだ。ニンゲンの体温だ。とにかく付き合ってみたまえ。「人間は肉でしょ。気持ちいっぱいあるでしょ。。。」あのイスタンブールの娼婦、ドルマが呆けたような顔をして、ふともらした言葉の意味するものの中で、ヒトは溶ける。私の老いと無関心を甦えらせた、アジアのニンゲンの天才どもにちょっと脱帽」
私は下巻の中では、上海と香港に最近訪れているが、本書の写真や描写、特に、上海で藤原氏が道行く人びとを撮った写真に写る、藤原氏(のカメラ)に向けられた人びとの好奇の眼と、私の知る上海(の人びと)の違いに、隔世の感を禁じ得ない。東東洋は、藤原氏の旅から40年の間に、世界の中でも変化の大きかった地域であり、とりわけ上海は最も変貌した街といえるだろう。だが、同時に思うのだ。人びとの中身は、そんなに簡単に変わるものなのだろうかと。。。表層の変化と、連綿と受け継がれる人びとの血と文化。。。
様々な意味で「東洋」を、「ニンゲン」を、考えさせてくれる作品である。
(2020年1月了) -
2006
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すばらしい!
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(1983.09.26読了)(1983.06.26購入)
内容紹介
東洋の魂を求めて放浪400日!チベットでは山寺にこもり、チェンマイでは売春宿に泊まる…。全アジア都市の聖・食・性を写し出す、毎日芸術賞受賞のオールカラー・人間ドキュメント。
☆関連図書(既読)
「インド行脚」藤原新也著、旺文社文庫、1982.07.23
「全東洋街道(上)」藤原新也著、集英社文庫、1982.11.25 -
インドに憧れを抱く。
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・1/12 読了.
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チベットの地図にも載っていないお寺にいつか行ってみたい。