幼児狩り・蟹 (P+D BOOKS)

著者 :
  • 小学館
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感想 : 7
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  • Amazon.co.jp ・本 (336ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784093522984

作品紹介・あらすじ

中年女性の屈折した心理を描く「蟹」他6篇

外房海岸を舞台に、小学一年生の甥と蟹を探し求めて波打ち際で戯れる中年女性の屈折した心理を描き、第49回芥川賞を受賞した「蟹」。

ほかに、知人の子供や道端で遊ぶ子供に異常な関心を示す、子供のない女性の内面を掘り下げた「幼児狩り」。

夫婦交換による男女の愛の生態を捉えた「夜を往く」、「劇場」など、日常に潜む欺瞞を剥ぎ取り、その“歪んだ愛のカタチ”から、よりリアルな人間性の抽出を試みた、筆者初期の短篇6作を収録。

感想・レビュー・書評

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  • 自らのための備忘録

    「幼児狩り」
     一行目から「キタ! ブンガク」と久しぶりに感動しました。言葉の魔術師。文学とは言葉と想像力で何をやっても良いのだということを知らしめてくれた一作です。
     男の子がシャツの裾を摑んで脱ぐところを想像する描写、また西瓜の種を指先で掘りだす仕草の描写、もうむしゃぶりつきたくなるほど可愛らしい。そして「凧揚げ」のシーン(p.27-30)。これを形容する言葉は持ちませんが、河野多惠子が異才の文学者だということがよくわかりました。
     《あてがはずれて、彼女はたかぶりはじめていたのである。そんなとき、彼女はよく不思議な世界の訪れを受けた。彼女がなおもそんな風にしているのは、その訪れを待ちうけているからだった。もう兆してあるのかもしれない。/その夢想の世界がひろがりはじめ、そこに身を投じ去るとき、晶子はいつも恍惚として、われを忘れた。心臓を波打たせ、たらたら汗を流しさえした》(p.26)

    「劇場」
     《あの「リゴレット」の劇場へこのせむし男と美女を配してみたくてたまらなかった日出子の要求は、今ここで、それをあまるくらいにかなえられた。せむしの夫に人前てリゴレットを歌われ、それを黙って見ていなければならない美女が羨しくってしようがない。が、その羨しさは日出子を嫉妬の快楽へと誘うのだった》(p.69)
     《しかし、日出子はそんな吟味をすることさえ忘れていた。そこを出る頃にはもう満ち足りてしまっていて、それどころではなかったのである》(p.71)
     《その人達を知るようになってから、彼女ははじめて男を見、女を見たような気がした。これまで見てきたのは皆、人間ばかりであったような気がした》(p.72)
     「嫉妬の快楽」「満ち足りる」という言葉の意味がよく伝わってきます。

    「塀の中」
     相変わらず男の子の描き方が秀逸。
     いくつか、河野多惠子節とでもいう表現を。
     《指導にあたっていた看護婦がそれを調べた。手当ては完璧だった。だが、場所が違っていた。 「上膊骨折でしょう、このひとの負傷は……。ここ、上膊ですか?」 「いいえ。下膊です」  武子は素直に誤りを認めた。が、先方が、 「上膊と下膊の区別くらいできないじゃあ、いざというとき役には立ちませんよ」  そう言ったとき、彼女はその素直さを引っ込めてしまったのだ。 「どうしてでしょう」  と彼女は言いはじめた。 「いざというときこそ困らないと思いますが。いざというときには、真っ赤な血が噴きだしたり、骨が突きだしたりしているんでしょう。それッ、とそこを縛ればいいんです。上膊か、下膊か、その区別ができなくて困るのは、今みたいなときだけだと思います」──》
     《彼女には、トンボの浴衣まで妬ましくなった。折柄仕上った手拭の洋服を、手荒く畳んで後へ押しやると、子供に言った。 「シン坊。おばちゃん、もうすぐいなくなるのよ」  彼女は漸く近づいてきた、報告当番のことを言っていた。 「どこへ行くの?」  子供は驚いて、踏むのをやめた。確かに利き目があった。 「お家へ行くの」 「ほんとに行ってしまうの?」 「そう」  みるみる子供の眼には涙が溜ってきた。  もういいのだ、おばちゃんたる確証を得たのだから。が、正子は意地悪くいった。「シン坊がきらいになったから」  子供はわっと泣いた。それを眺めながら、彼女は、はじめて胸がすうっとした。 「からかうもんじゃないわよ」  咲子がたしなめた。》

    「雪」
     もの凄くおもしろかった。母の死、夢、鼻血、二歳違い、雪。《母は片手で早子の頭を抱え込んだ。顔を仰向けさせ、 「雪だなんて、二度と言えないようにしてあげる」》《早子が自分の存在にはじめて疑問を感じたのは、彼女に対する母の態度によるのではなかった。自分の遇せられ方について吟味などし得ない程小さい頃から、彼女は自分の存在が心もとなくて仕方がなかったものである》《ふと口を衝いて出た自分の願いを一層切実なものに感じさせた》
     ストーリー、表現、何をとっても素晴らしかった。河野多惠子、いい。

    「蟹」
     男の子が出てきてから、文章が華やいだ。河野多惠子の描く男の子の可愛らしさといったら比類ない。とにかく文章が上手い。
     思い通りにいかないどころか頤使され、《武に蟹を探してやることに示した執心ぶりが、梶井に知れるな、と知った瞬間、悠子が顔まであかくなるほど羞恥を覚え》てしまうのだから、読んでいてぞくぞくしてしまう。

     第47回芥川賞を受賞した際の選評から幾つか。
    《文章がうまいがうますぎる感じで、話もうまく(ことに終りの部分で)つくりすぎていますが、才の有る人という印象をうけました》中村光夫。彼の賛否は不明。
    《女の特異の感情を美しく見せたものだが、抽象化されて、きれい事のようで、恰も美術人形のようで、僕は採れなかった》瀧井孝作。彼は積極的反対派。
    《いいと思った。新風といったものは感じられぬが、何かゆたかなものもあり、読後の印象のいい作品で、こうした作品の少い現在、充分珍重さるべきものであろう》井上靖。賛否不明。
    《私は当選させたかった。だんだんと種明かししていくあたり、心にくい技巧だが、推理めいていると評したひとがある。」「作者はそのことをすてても気にすることはいらないのだ。この作者は本質的に何かがある。豊かな情感をあたえる。文章もよろしい》丹羽文雄。積極的に賛成。

    「夜を往く」
     やはり上手い。思わせぶり。
     《よく見ると、立看板が倒れているのである。〝夜間の墓地は危険です。入ってはいけません〟──傍の家から射す明りで、微かにそう読める。福子は自分が大分前から、今夜はこのまま村尾と歩き続けて、ふたりで思いがけない犯罪をおかすか、おかされるかしてみたいような気分に陥っていたことを、はじめて知らされたように感じた》と、このようなことをサラリと言ってのける。お見事です!

     この小学館のP+D BOOKS シリーズは素晴らしい。河野多惠子は、講談社文芸文庫(高いのが難点!)にもあるようなので、図書館で借りてきてこれからも読んでいきたい。

  • 「幼児狩り」「劇場」と読んでピンと来なかったのでう〜んと思っていたが「堀の中」「雪」「蟹」ととても面白く読んだ。「夜を往く」はまたなんかう〜んだった。どうも、設定が小説じみてくればくるほど、SM感の度合いが高まれば高まるほど、よく分からず乗れなかった印象。
    「堀の中」は、この人が描く謎の母性愛云々よりも、青春を奪われ行き場のない感情を抱く戦時中の少女たちの閉塞感が良かった。「雪」が一番好き。同じ病を抱えてしまったというのはちょっと出来すぎてている気がするが、義母への屈折した想いが見事すぎるくらいに描かれていた。母娘問題のある種の到達点はこの時点で「雪」に見られるのか、と驚いた。誰か私に教えて欲しかったよ。「蟹」はくどすぎないところが良かった。「幼児狩り」はくどくてお芝居じみている感じがして乗れなかったので、そのあたりの塩梅がもっと引き算されていて、さらりと読めるのと、結核の転地療養という妙に爽やかさを感じる設定が小説全体を生き生きとさせている気がする。
    なんだかんだと言ってしまったが、読んでいて結構楽しかった。しかし日本の王道的な小説陣が、こう、じっとりしてるというか、カビが生えそうなくらいじめじめしているのは、どうにかならないものなのか。

  • 昭和30年代の初期短編6作。表題作「幼児狩り」がタイトル、内容ともインパクトがすごい。主人公の女性は、ドMな上に、現代風に言えばいわゆる「ショタコン」の一種と思われ、いろいろ性癖が複雑骨折していてすさまじい。これが約50年前の昭和36年に書かれたというのだから驚き。偏見かもしれないけどいわゆる男性のロリコン=幼女趣味は性的対象だけど、女性のショタコン=少年幼児が可愛い、には屈折した母性愛が含まれていて直接的な性欲とは別物だと思う。この主人公の女性も、ただただ可愛い子供を眺めているのが大好きな反面、親に虐待される子供を想像して恍惚としたりもする。

    同じくドM女性+幼児という組み合わせだけど昭和38年の芥川賞受賞作「蟹」は、「幼児狩り」ほどの露骨さはなく、性癖については匂わせ程度で文学作品としてきちんと「仕上がっている」感じ。

    基本的に登場する女性主人公はほぼドMで、その性癖ストーリーと関係なくない?という場合でも無駄にドM設定。美女とせむしという奇妙な夫婦に興味を覚えた女性が彼らのプレイに参加して自分の性癖を満足させる「劇場」あたりはまだしも、血のつながらない母と妾腹の娘の歪んだ共犯関係がなかなか興味深かった「雪」までも、ラストで結局そっちかよ!となったのは勿体なかった。

    完成度としては「塀の中」が素晴らしい。戦時中、工場で働かされる女学生たちは塀の中(寮)から出してもらえない。そこに迷い込んできた男児を、まるで子犬でも飼うかのように匿い育てる少女たちの心理は、母性愛、閉塞感からくる鬱屈、退屈しのぎ、将校への反発など非常に複雑な成分から醸成されていて、さらにその秘密の思いがけない終焉と、その後の彼女らの行動なども相まって、色々と考えさせられる。

    ※収録作品
    幼児狩り/劇場/塀の中/雪/蟹/夜を往く

  • 小川洋子さんのラジオで「蟹」が紹介されていて、昭和文学全集を図書館から借りて読んだ。大庭みな子の作品もおさめられていた。どちらも芥川賞作家。「蟹」も「幼児狩り」もグロテスクで気色悪さがあるのだが、また覗いてみたいと思わせる力がある。

  • 寂聴さんの親友。
    最新刊「いのち」で、出てきた作家さんなので、一読。

    女性の嫌な部分を描いた作品。
    うまく表現できている。
    この作家が出現した当時は衝撃が走ったことだろう。

    特に続けて読む楽しさは、得られそうにもないので、
    ここで終わり。

  • 河野多恵子という人は
    暴力を介してしか愛情を実感できない人々について多く書いた
    谷崎潤一郎からの影響を自認していたようだが
    時代のコメディアン谷崎とは決定的に異なる薄暗さを抱えていた
    敗戦によって失われた父性信仰への憧れを
    そこに重ねることもできよう

    「幼児狩り」
    10にも満たない男児ばかりに性的な目を向けてしまう女
    なぜそうなったのかよくわからないが
    夜は残虐な夢を見て楽しんでおり、いろいろ拗らせていることが窺える

    「劇場」
    オペラ劇場で出会った美女
    彼女の夫は、見た目に彼女とは不釣り合いなせむし男だった
    主人公は彼女らの佇まいに性的なシンパシーを受け
    マゾヒズムに目覚めてゆく

    「塀の中」
    戦時中、軍需工場に動員された女学生たちの話
    単調な作業への嫌気と、家に帰してくれない軍人への反発と
    それになにより空襲で焼かれることへの恐怖など
    そういったものから生まれてきた鬱憤を溜め込んで
    悶々と毎日を送っていた彼女らは
    空襲された地区に救援物資を届けたある日
    焼け出され、母親とはぐれてしまった男児を拾う
    すぐに届け出ればいいものを
    信用できない大人たちへの気後れから報告をためらい
    さらに気散じの欲しさで
    女学生たちは男児の「飼育」を始めてしまうのだった

    「雪」
    雪にまつわるトラウマと、持病の神経痛
    複雑な生い立ちから苦労させられてきた記憶
    それらネガティブなものどもなんて
    母親との和解と死別を契機にすべて解消されたっていいだろう
    そんな希望を持ってはみたが
    やはり人生そう甘くない

    「蟹」
    結核患者…といっても戦後のことで、いい薬があるもんだから
    大事に至ることなく回復へと向かっていた
    にもかかわらず、夫に無理を言って転地療養させてもらう女の話
    お見舞いに来た義弟夫婦の子供を捕まえて
    かっこいいところを見せようとするのだが、上手くいかない
    なにがしたいんだろう…
    不在の夫に対し、父性で張り合っているようでもあるが

    「夜を往く」
    幼馴染の女どうしで
    非常に親密な夫婦づきあいをしている
    もう一息でどうにかなりそうなのに
    向こうでも何か感づかれたのか
    その夜は、約束をすっぽかされてしまった
    仕方ないので変態趣味を共有する夫と
    さみしく夜の散歩に出る話

  • 新潮文庫から出ていた初期作品の復刊。
    収録作には全て、執着心というか情念というか、落ち着かない、ざわざわするような『何か』がある。それが『子供』『蟹』『雪』などの形を取って描き出されている。
    『幼児狩り』『塀の中』『蟹』と、6篇中3篇で子供(幼児)が重要な役割を果たすが、一番、闇が深いのは『塀の中』ではないだろうか。

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