- Amazon.co.jp ・本 (336ページ)
- / ISBN・EAN: 9784093522984
作品紹介・あらすじ
中年女性の屈折した心理を描く「蟹」他6篇
外房海岸を舞台に、小学一年生の甥と蟹を探し求めて波打ち際で戯れる中年女性の屈折した心理を描き、第49回芥川賞を受賞した「蟹」。
ほかに、知人の子供や道端で遊ぶ子供に異常な関心を示す、子供のない女性の内面を掘り下げた「幼児狩り」。
夫婦交換による男女の愛の生態を捉えた「夜を往く」、「劇場」など、日常に潜む欺瞞を剥ぎ取り、その“歪んだ愛のカタチ”から、よりリアルな人間性の抽出を試みた、筆者初期の短篇6作を収録。
感想・レビュー・書評
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「幼児狩り」「劇場」と読んでピンと来なかったのでう〜んと思っていたが「堀の中」「雪」「蟹」ととても面白く読んだ。「夜を往く」はまたなんかう〜んだった。どうも、設定が小説じみてくればくるほど、SM感の度合いが高まれば高まるほど、よく分からず乗れなかった印象。
「堀の中」は、この人が描く謎の母性愛云々よりも、青春を奪われ行き場のない感情を抱く戦時中の少女たちの閉塞感が良かった。「雪」が一番好き。同じ病を抱えてしまったというのはちょっと出来すぎてている気がするが、義母への屈折した想いが見事すぎるくらいに描かれていた。母娘問題のある種の到達点はこの時点で「雪」に見られるのか、と驚いた。誰か私に教えて欲しかったよ。「蟹」はくどすぎないところが良かった。「幼児狩り」はくどくてお芝居じみている感じがして乗れなかったので、そのあたりの塩梅がもっと引き算されていて、さらりと読めるのと、結核の転地療養という妙に爽やかさを感じる設定が小説全体を生き生きとさせている気がする。
なんだかんだと言ってしまったが、読んでいて結構楽しかった。しかし日本の王道的な小説陣が、こう、じっとりしてるというか、カビが生えそうなくらいじめじめしているのは、どうにかならないものなのか。 -
昭和30年代の初期短編6作。表題作「幼児狩り」がタイトル、内容ともインパクトがすごい。主人公の女性は、ドMな上に、現代風に言えばいわゆる「ショタコン」の一種と思われ、いろいろ性癖が複雑骨折していてすさまじい。これが約50年前の昭和36年に書かれたというのだから驚き。偏見かもしれないけどいわゆる男性のロリコン=幼女趣味は性的対象だけど、女性のショタコン=少年幼児が可愛い、には屈折した母性愛が含まれていて直接的な性欲とは別物だと思う。この主人公の女性も、ただただ可愛い子供を眺めているのが大好きな反面、親に虐待される子供を想像して恍惚としたりもする。
同じくドM女性+幼児という組み合わせだけど昭和38年の芥川賞受賞作「蟹」は、「幼児狩り」ほどの露骨さはなく、性癖については匂わせ程度で文学作品としてきちんと「仕上がっている」感じ。
基本的に登場する女性主人公はほぼドMで、その性癖ストーリーと関係なくない?という場合でも無駄にドM設定。美女とせむしという奇妙な夫婦に興味を覚えた女性が彼らのプレイに参加して自分の性癖を満足させる「劇場」あたりはまだしも、血のつながらない母と妾腹の娘の歪んだ共犯関係がなかなか興味深かった「雪」までも、ラストで結局そっちかよ!となったのは勿体なかった。
完成度としては「塀の中」が素晴らしい。戦時中、工場で働かされる女学生たちは塀の中(寮)から出してもらえない。そこに迷い込んできた男児を、まるで子犬でも飼うかのように匿い育てる少女たちの心理は、母性愛、閉塞感からくる鬱屈、退屈しのぎ、将校への反発など非常に複雑な成分から醸成されていて、さらにその秘密の思いがけない終焉と、その後の彼女らの行動なども相まって、色々と考えさせられる。
※収録作品
幼児狩り/劇場/塀の中/雪/蟹/夜を往く -
小川洋子さんのラジオで「蟹」が紹介されていて、昭和文学全集を図書館から借りて読んだ。大庭みな子の作品もおさめられていた。どちらも芥川賞作家。「蟹」も「幼児狩り」もグロテスクで気色悪さがあるのだが、また覗いてみたいと思わせる力がある。
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寂聴さんの親友。
最新刊「いのち」で、出てきた作家さんなので、一読。
女性の嫌な部分を描いた作品。
うまく表現できている。
この作家が出現した当時は衝撃が走ったことだろう。
特に続けて読む楽しさは、得られそうにもないので、
ここで終わり。 -
河野多恵子という人は
暴力を介してしか愛情を実感できない人々について多く書いた
谷崎潤一郎からの影響を自認していたようだが
時代のコメディアン谷崎とは決定的に異なる薄暗さを抱えていた
敗戦によって失われた父性信仰への憧れを
そこに重ねることもできよう
「幼児狩り」
10にも満たない男児ばかりに性的な目を向けてしまう女
なぜそうなったのかよくわからないが
夜は残虐な夢を見て楽しんでおり、いろいろ拗らせていることが窺える
「劇場」
オペラ劇場で出会った美女
彼女の夫は、見た目に彼女とは不釣り合いなせむし男だった
主人公は彼女らの佇まいに性的なシンパシーを受け
マゾヒズムに目覚めてゆく
「塀の中」
戦時中、軍需工場に動員された女学生たちの話
単調な作業への嫌気と、家に帰してくれない軍人への反発と
それになにより空襲で焼かれることへの恐怖など
そういったものから生まれてきた鬱憤を溜め込んで
悶々と毎日を送っていた彼女らは
空襲された地区に救援物資を届けたある日
焼け出され、母親とはぐれてしまった男児を拾う
すぐに届け出ればいいものを
信用できない大人たちへの気後れから報告をためらい
さらに気散じの欲しさで
女学生たちは男児の「飼育」を始めてしまうのだった
「雪」
雪にまつわるトラウマと、持病の神経痛
複雑な生い立ちから苦労させられてきた記憶
それらネガティブなものどもなんて
母親との和解と死別を契機にすべて解消されたっていいだろう
そんな希望を持ってはみたが
やはり人生そう甘くない
「蟹」
結核患者…といっても戦後のことで、いい薬があるもんだから
大事に至ることなく回復へと向かっていた
にもかかわらず、夫に無理を言って転地療養させてもらう女の話
お見舞いに来た義弟夫婦の子供を捕まえて
かっこいいところを見せようとするのだが、上手くいかない
なにがしたいんだろう…
不在の夫に対し、父性で張り合っているようでもあるが
「夜を往く」
幼馴染の女どうしで
非常に親密な夫婦づきあいをしている
もう一息でどうにかなりそうなのに
向こうでも何か感づかれたのか
その夜は、約束をすっぽかされてしまった
仕方ないので変態趣味を共有する夫と
さみしく夜の散歩に出る話 -
新潮文庫から出ていた初期作品の復刊。
収録作には全て、執着心というか情念というか、落ち着かない、ざわざわするような『何か』がある。それが『子供』『蟹』『雪』などの形を取って描き出されている。
『幼児狩り』『塀の中』『蟹』と、6篇中3篇で子供(幼児)が重要な役割を果たすが、一番、闇が深いのは『塀の中』ではないだろうか。