- Amazon.co.jp ・本 (298ページ)
- / ISBN・EAN: 9784093865968
作品紹介・あらすじ
絵師歌川国芳の弟子たちと二人の娘の物語
明治六(一八七三)年、歌川国芳の十三回忌の施主はただ一人の遺族で〈一勇斎芳女〉と名乗る国芳の次女。だが直前に行方知れずになったりして、どこかつかみ所のない女だ。
追善書画会に顔を揃えた落合芳幾、月岡芳年、河鍋暁斎、歌川芳藤、そして三遊亭圓朝などの弟子たちは、それぞれ新しい時代の生き方を懸命に模索していた。
そして、彼らの心の中には、いつも師匠の国芳がいる。中でも暁斎は、仮名垣魯文と絵新聞を始めると意気盛んだ。のちに日本の漫画雑誌の嚆矢となるこの雑誌は、その名も『日本地(ニッポンチ)』。
結局、弟子たちの生きざまを見届けたのは昭和まで生きたという芳女(お芳)だった。彼女も絵を描いているが、名を残した作品は今のところ三枚続きの錦絵があるだけだ。主に春画や刺青の下絵、皮絵などを描いていたらしい。彼女が最後まで守っていた国芳の遺品とは? そして国芳に終生愛されながら早世した長女の登鯉が、最後に選んだ人生の選択とは?
自身も日露戦争時に『日ポン地』なる雑誌を出していた新聞記者の鶯亭金升は、お芳から話を聞き出していくうちに、思いもかけない〈国芳の孫〉の存在を知る。
【編集担当からのおすすめ情報】
著者の「国芳一門浮世絵草紙」シリーズ(全五巻)は、幕末までの国芳と登鯉、弟子たちの物語でしたが、本書は明治以降の国芳とお芳、弟子たちの物語になっています。
二〇一八年刊行『がいなもん 松浦武四郎一代』で中山義秀文学賞と舟橋聖一文学賞を受賞した著者の受賞第一作になります。
感想・レビュー・書評
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新聞記者の鶯亭金升が歌川国芳の末娘・お芳に、国芳の十三回忌が行われた明治六年頃を中心に、国芳一門のそれぞれの半生を語るエピソード集。
同作家さんの「国芳一門浮世絵草紙」シリーズの後日談らしい。シリーズはお芳の姉・登鯉を主人公に据えた騒動記らしいが、そちらを読んでいなくても楽しめた。お侠な登鯉とは対照的に地味なお芳が中年を過ぎて語るスタイルなので落ち着きがあるし、一門の弟子たちの浮き沈みを語りながらもどこか物悲しさもある。
お芳同様に有名絵師の娘と言えば、お芳に『女絵師なんていうのになったところで、哀れな末路が多い』という例にあげられた北斎の娘・応為。彼女とは対照的に、河鍋暁斎の娘・お豊は『立派な女流画家』になっただけでなく『女で初めての教授』として女子美術大学の教授にも抜擢されるほど出世した。
お芳の回想の中の登鯉は美人薄命の言葉通り、華やかな人生をあっという間に駆け抜けた女性として描かれている。
いまだに彼女を想い続ける男たちは多くいて、お芳が惚れて振られた男も後に姉を想い続けていると知る。
お芳は男性運という点では恵まれていなかったかも知れないが、そんな男たちのせいで困ったときには誰かが助けてくれている。芸術作品としての絵を描く『絵師』ではないが、千代紙など数々の小さな仕事をこなす『絵描き』として身を立てている。
国芳はじめ一門の人々の思い出と共に絵を描きながら昭和の初めまで生きた彼女と、登鯉の短くも華やかな人生と、どちらが良いかなんて決められない。
だが有名絵師を父に持つ辛さは応為もお豊も登鯉もお芳も、皆同じだったかも知れない。
河鍋暁斎と言えば最近読んだ柴田よしきさんの「お勝手のあん」シリーズに登場したのを思い出したが、この作品での暁斎は柴田作品と違って随分やらかしている。
この時代ならではなのか、国芳一門ならではなのか、暁斎に限らずとかく皆泥酔するまで飲んで大騒ぎして、皆揃って刺青まで入れて遊郭に入り浸って、喧嘩もして、新築の家に絵を描きまくって、めちゃくちゃだ。
国芳一門の人々は一緒にいたくない人ばかりだが、傍から見る分には楽しい。
暁斎同様、一門にいたのは僅かな期間だけだったのは落語家の圓朝で、彼の話も別の作家さんで読んだことがあるのだが、こちらでも真面目であちこちに気を使う彼が描かれている。
絵師も落語家も何がきっかけて売れっ子になるかは分からない。だが売れっ子になったからと言ってずっと上り調子でいられるわけではなく、何がきっかけで落ちぶれるかも分からない。
圓朝も芳年も思わぬことで足を掬われた。しかし芳年の画の真似ばかりしていた芳幾は仕方ないと言えるかも知れない。
逆に芳春のようにスパッと絵の道を諦めて別の道に行ったものの、息子が役者として成功して楽隠居出来たり、芳宗のように師匠である国芳の手伝いばかりして自分の絵はパッとしなかったものの、人気芸者となった娘のおかげで一門で一番立派な葬儀まで出してもらった者もいる。
しかし絵師として成功出来なかったことを本人たちはどう思っているのか。
結局のところその人の幸福や人生の良し悪しなんて誰にも分からない。本人はパッとしない人生だったと思っていても傍からは十分すぎるほど幸せに見えることもあるし、その逆もあるだろう。
肝心のタイトルだが「ニッポンチ」とは『日本のポンチ絵(風刺の入った漫画)』を略した造語で、河鍋暁斎と仮名垣魯文が創刊した雑誌らしい。残念ながら三号までしか発刊されなかったそうだ。
その雑誌のこと自体はエピソードとしてチラッと語られるだけだったが、『ポンチ絵』のように面白おかしく、でもちょっと哀しい皮肉のような一門の人々の人生をパラパラと見せられる作品ということだろうか。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
おもしろかった。歌川国芳の次女、芳女が国芳一門を語るという設定、芳女が主の最終章は鶯亭金升が聞き手。非常に興味深いが、とてもとても哀しい。長女の登鯉(芳鳥女)、芳虎、芳藤、暁斎、周延、芳年、田蝶、竹内久一父子、圓朝、芳延、芳春、芳幾、芳宗父子芸者島次、山田春塘。御一新の前後での浮世絵業界の様子や、西洋文化が入ってきたころのことなど、国芳一門の浮世絵ファンならいっそう臨場感をもって読めるかと思う。個人的には国芳はもちろん、芳年が好きなので彰義隊の上野の戦争で写し絵を描き、PTSDになっていく件がサラッと描かれすぎて物足りなく感じる。ともかく、興味深く読んだが、最終章が”ポンチ”ではない(主観)ので、読了後に本を閉じた時に、なんとなしに違和感を感じた。内容とは関係なく、装丁とタイトルの問題ですな。
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幕末から明治の時代。
体制も変わるなら、暦も変わる、価値観まで政府主導で変えてしまうといった天と地がひっくり返るような出来事が庶民を襲ったのはこの時代。
そんな時代の最後の巨匠が、歌川国芳である。
新聞記者の永井総太郎ことペンネーム鶯亭金升が国芳の娘お芳に聞き語りをしたように書かれているのがこの本。
その時代の気風も描ききっており、ノンフィクション風小説は記録小説といってもいいほどの仕上がり。
あまりに膨大な情報が詰め込まれて物語を形成し、読み手にも圧倒的な臨場感を与える。
幕末〜明治のとんでもない時代、浮世絵師の娘として、才能があるにもかかわらず、あまりに大きな名前の父親を持ったお芳の苦悩にも共感。
面倒見のいいことで後世にも有名な国芳の個性あふれる弟子たちの生き方も実に丹念に描かれていて、興味は尽きない。
大満足の1冊だった。 -
江戸末期〜明治にかけての雰囲気が良く出てますね。おおらか、浮き沈み、個性、粋。有名人が出てくるのもへぇ〜って感じ。もっとこの分野に詳しかったならば、より楽しめたのかもしれません。
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俺が好きな江戸時代の絵師は北斎、若冲、そんで国芳です。
北斎は画狂の名の通り、様々な描き方のアプローチから、人や自然、風景の本質を描き出す天才肌の変人という見方をしている。
若冲は、鳥や動物の情景が音まで聞こえてきそうな一瞬の切り取りに長けていると思う。
そして国芳。
この人の絵が好きなのは、江戸っ子の粋をビンビンに感じる。
武者絵のほとばしる躍動感、様々なモチーフに描く猫もかわいい。
江戸から明治へ、御一新のちの江戸改め東京。
浮世絵師として名をはせた国芳一門も、時代に乗って活躍する者、時代に取り残される者に分かれていた。
国芳の弟子たち、月岡芳年、河鍋暁斎、落合芳幾など、国芳亡き後の国芳一門の弟子たちを、国芳の妹娘、お芳の視点から描いている。
江戸っ子が大事にしてきた価値観が、時代の流れで色あせていく。
余りに大きかった国芳の背中を思い出す人々には寂しさが残る。
この本、ホントは国芳と弟子たちを描いた「国芳一門浮世絵草紙」のシリーズものの後日談なのに、いきなり後日談から読んでしまった。
シリーズを通しで読むべく注文中。 -
初出 2019〜20年「きらら」
幕末に没した浮世絵師歌川国芳の弟子たちの、浮世絵が廃れていく明治になってからの歩みを、萬朝報の記者鶯亭金升が国芳の娘のお芳などから聞く。
1)一勇齊芳女(お芳) 国芳の次女。姉が登鯉の画号を与えられたのに、父の代筆ができるようになっても認められなかった鬱屈を抱える。父の死後は外国人相手の千代紙、春画を書いたり小物の絵付けをし、昭和まで生きた。
2)芳虎 師匠の作風に似たが破門され横浜絵などを描く。芳藤 おもちゃ絵(工作用)を得意とし、尾張公の若君がお気に入りだった。
3)河鍋暁斎 幼くして入門したが、狩野派へ行き。維新後は仮名垣魯文と組んで戯作(小説)の挿絵を描き、ポンチ絵の雑誌を出版する。
4)月岡芳年 輸入された赤絵の具で血みどろ絵を得意とし、上野戦争を見物に行って写生した絵が評判になり、新聞の挿絵などで活躍するが、精神を病む。
5)芳兼 提灯屋田蝶を経営し、千社札が売れた。
芳鶴(周延) 高田藩榊原家の家士で、長州征伐、箱館戦争に従軍し、戦争画、風俗画を描く。
6)三遊亭円朝 噺家の父が出奔し、一時期国芳に弟子入りしたが、父が戻って噺家に。新しい創作噺、怪談噺、芝居噺で人気者に。
7)芳延 旗本の息子で、浅草で狸茶屋を経営。
芳春 旗本の息子で芝居好き。新聞挿絵を描く。息子は活動写真のスターに。
8)芳幾 吉原の茶屋の息子。安政大地震で家と妻を失うが、目撃した情景をスケッチし瓦版と錦絵で大当たり。芳年と競作した無残絵シリーズで人気。時代を見抜く目があり、新聞社設立に参加、写真を模したり器用に取り入れたが、人形制作で失敗。
9)芳宗(松さん) 最初の弟子で、国芳の助手として色差しをするが、自作が無く国芳の没後仕事が無くなる。娘が売れっ子芸者となったので芸者屋を開業。
小説というより史実の掘り起こし、評伝の要素が強いのかな。潰しの利く絵師より、彫師、摺師はたいへんだったろうな。 -
歌川国芳の娘や弟子たちが、まだ江戸っ子気質を残したまま、激動の時代を生き抜いていった。長く生きていれば、様々なことに出合う。悲しいこと愉しいこと、バカバカしいこと、それが人生ってモンだと納得させられる作品。