悪意の手記 (新潮文庫)

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  • Amazon.co.jp ・本 (190ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101289540

感想・レビュー・書評

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  • ある意味での不幸に魅入られて壊れた一人の物語。
    病気を患い死を意識し、そのことを受け入れ、しかしその致死率の高い病は治り、急に元の環境に戻るというのは、生きることに気が抜けたような、そんな印象さえ抱かされた。
    彼は悩み、常に死というものを常に考えていたような気がする。

  • なかなかの重厚感。
    殺人を究極的には悪と捉えながらも、生きることの意味を悪意・甘え等に陶酔する主人公を通して投げかけてくる。戦争未経験の世代にとって、出来る範囲での究極の探求とも思える。
    この作家はやはり追いかけるに値する作家の一人と再認識。
    しかしこれを読むとドストエフスキーの濃密さに改めて想いをはせる、それこそ重い話を短編でなく延々と語り続けるんだから。

  • これほど殺人という現象、人間、罪と罰のあり方を描き出したものはないと思う。陸田氏の手紙を読んでからは特に。
    罪も罰も殺人も、すべて自分のものだ。自分でしかない。死刑や判決は決して罪にも罰になりえない。償いは誰かが与えるものではなく、自分でするより他ない。それを生きてしないことを認める死刑は、たしかに池田さんが言うように、誰もが当たり前に訪れる死を人工的に成し遂げるという点で不自然であり、極刑だ。しかし、それでも罰を自ら受けるという機会を与えないで済ませてしまうという点で、死刑は極刑どころか、なんとも「やさしい」刑罰なのだ。
    巷にあふれるドラマやニュースでは、殺される人間も場所も時間も違う。殺人は特殊な事象。だが、殺人という点ではこれほど普遍なものはない。なぜ中村さんがこれほど描けたのか、どこまでいっても彼は人を殺したことがないにも関わらず。わからないから池田さんは陸田さんに語らせたのだ。なのに、それをどうして一人で中村さんは成し遂げることができたのか。
    彼がどのような体験や思いをしてきたかなんて興味はない。知りたくもない。それはひとつの物語にしか過ぎないから。だが、中村さんはことばとしてこの作品に託し、語りだした。彼を突き動かした内なるこえ。ひとの存在前に考えが存在していたとしか思えない。作家として選ばれた彼の運命か。
    ここまで描ける中村さんであっても、たどり着けないところがある。それは「やれば」「できて」しまうという恐ろしいまでの深淵。やろうと「思う」とどうして「できて」しまうのか。この恐ろしいまでの事実。「考え」がなぜ「行動」となるのか。陸田氏も中村氏も「悪意」や「思念」がすべて自分を支配するという語りをしている。それでも。
    悪意はどこにも存在しない。裏返せばどこにでも存在する。どこからそれが生まれてくるのか。しかも、どうしてそれがひとりの人間の中にあり、それが目に見える行動に変わるのか。「金のため」「寂しいから」「殺してみたいから」そんなものあまりに短絡的すぎる。
    どうか、生きている限り、中村さんには語ることを続けてほしい。生きて語り続けてほしい。

  • 15歳のとき、百万人に一人がなるという奇病に冒されてしまう主人公。

    突然「死」というものを突き付けられる。
    症状が悪化し全身に激痛が走るようになりながら
    ジワジワと死の恐怖にのみ込まれてゆく。

    自分以外の人間に当たり前のようにある「生」
    生を、光を否定し、憎悪が増してゆく。
    憎悪が増すことで、
    これまでになかったチカラが彼を動かす。

    彼は親友を殺してしまう。
    人殺しは人殺しであることを悩まずに生きていくことができるのだろうか。

    そして人はなぜ人を殺してはいけないのか。

    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

    理屈ではなく、どうしようもなく、
    膨れ上がってしまった憎悪の中で、
    闇の中で、
    溺れるようにもがき苦しむ人間の感情の襞を
    その襞の震えを
    この小説の中で感じる事が出来る。


    ~引用~

    「近頃の異常な犯罪に、明確な動機があるかい?
    あいつらは絶対に人間を殺すということをしでかさなければならなかったのかい?

    いや、そんな事をする必要はなかったんだよ。
    そんな必要はないのに、彼らはそういう事をやるんだ。

    『人を殺してみたかった』
    そんなのは言ってみただけだよ。
    少なくともそう信じ込んでいるだけだよ。

    こんな不可解な言葉が、
    その不可解さゆえに、
    世間からもっともらしくセンセーショナルに聞こえる事を、彼らは知ってるんだ。

    なら、なぜ彼らは人を殺したのか。
    絶望がそうさせるんだよ。

    少なくとも、彼らが絶望だと思い込んでいる彼らの生活や、
    人生の状況がそうさせたんだよ。

    人間を殺すことに直接結びつかない、
    例えば両親の不仲や、
    仕事に就けないことや、
    引き籠って自分の人生に希望が持てないだとか、
    そういう関係ないことが理由になってるんだ。

    ならなぜそういった絶望した人間の行動が殺人へと繋がるのか、わかるかい?

    今のその状況を変えるために、だよ。
    こういう言い方は妙に聞こえるかもしれない。
    でも僕はそう考えてるんだ。

    昔、東京で刑事していた時、色々な犯罪者を見てきたよ。
    堕ちる所まで堕ちていく。
    自分の人生を一度破壊したい。
    凝縮された悪意が爆発を望む場合もあるだろう。

    でも彼らが潜在的に考えているのは、その後さ。
    犯罪を犯すことで、警察に救いの手を求めている、と言っても言い過ぎじゃないかもしれない。
    逮捕される瞬間、この手の犯罪者はほとんど抵抗を示さないんだ。

    普段の生活から逃れるように犯罪を犯す。
    もちろん状況はより絶望に近づくだろう。
    でもその状況が嫌で仕方がない場合、
    自殺をも視野に入れてる場合は特に、
    幾らかの自棄の感情も手伝って、
    この現状を終わらせることが出来るのならどうなったって構わない、
    この目茶苦茶な俺をどうにかしてくれとでも言うように、
    犯罪を、しかも注目されるような犯罪をして、
    警察に助けを求めるように逮捕されて連れていかれる事を望むんだ。

    彼らは居場所を求めていて、
    結果的に、警察はそれを与えることになる。
    自殺する代わりに人を殺してるようなものだよ。
    あとは何もしなくていい。
    将来の事も、自分の生活の事も考えないでいい。
    弁護士や検察が勝手に話し合い、自分の処遇を決めてくれる。
    まるで赤子に戻る事を望んでいるかのようだよ。

    勇気が出ずに死にきれなかった自分を、
    他人の手が、死刑と言う形で丁重に殺してくれる場合だってある。

    彼らはね、結局自分の事が可愛くて仕方がないんだ。
    少年事件なんて、もっともその傾向が顕著だよ。

    捕まれば、鑑別所や少年院の中で、
    今まで経験したことのない暖かさと熱心さで、囲んでもらえるんだ。
    非行の原因は寂しさであって、
    自分を見てもらいたいがゆえの行動であるなんて、よく知られた事だよ。

    犯罪が酷ければ酷いだけ、皆が注目する。
    彼らは絶望を口にするが、潜在的に救いを求めてるんだ。
    本当に迷惑な奴らだよ・・・」


    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

  • 読ませる。と言う部分ではすごいな~!と思ったけれど、正直しんどい。間違いなく、私には不向き。

  • 某芸人さんが書かれた帯に惹かれて手に取った作品。
    この作家さんの作品は初めてでした。
    過度な装飾や不自然な気張りのないシンプルな文章で、ことばがすんなり体に入ってくるような読みやすさを感じます。
    内容は、手記の体裁をとった殺人者の独白構成で、決して愉快ではないです。心が健康なときに読まないとひきずられてしまいそう。。
    淡々とした文で、でも温度をもっているような語りには説得力があってのめりこんでしまいます。
    この作家さんの入門としては断然『掏摸』をお奨めしますが、独特の世界に触れられる大変興味深い作品です。

  • 「どうして人を殺してはいけないのか?」という、真っ向からは聞きにくい、考えにくい問題がテーマになった本です。

    私は、この主人公を嫌いにはなれませんでした。でもきっと、個人差はあると思います。

  • ちょっと共感できる部分もあり、、、自分も何かの拍子にこんな風に狂っちゃう気がして怖かった。それぐらいリアルな狂い方。

  • ダークサイドのお話ではあるんだけど、決してそれだけでは終わらないお話だなぁって思った。登場人物の誰かに共感するのはとても難しい。でもわかるなぁ…って感じることもあって。
    ここまで突き詰めて考えるのが怖いから、見ないようにしていた思考の先を見せられたような本でした。

  • 大病の苦しみに耐えるために世の中を恨み、その恨みに耐えるために、より強い苦しみを自ら選択してしまう。それこそが動機なき殺人というものの一つの理由なのでは?というのがテーマ。

    しかし、重くて暗い。
    しかも、なぜそんなことで、という点が多く、共感はなかなか得られなかった。

    自分は文学よりエンタメ寄りなんだな、と少し悔しい感じで認識を新たにした。

    中村氏の作品を幾つか読んできて、概ね好みではあったが、狙いがわかるだけにこれはちょっと、と思った。

    2014.4.20読了

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著者プロフィール

一九七七年愛知県生まれ。福島大学卒。二〇〇二年『銃』で新潮新人賞を受賞しデビュー。〇四年『遮光』で野間文芸新人賞、〇五年『土の中の子供』で芥川賞、一〇年『掏ス摸リ』で大江健三郎賞受賞など。作品は各国で翻訳され、一四年に米文学賞デイビッド・グディス賞を受賞。他の著書に『去年の冬、きみと別れ』『教団X』などがある。

「2022年 『逃亡者』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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