冷血(上) (新潮文庫)

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  • Amazon.co.jp ・本 (475ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101347257

作品紹介・あらすじ

クリスマスイヴの朝、午前九時。歯科医一家殺害の第一報。警視庁捜査一課の合田雄一郎は、北区の現場に臨場する。容疑者として浮上してきたのは、井上克美と戸田吉生。彼らは一体何者なのか。その関係性とは? 高梨亨、優子、歩、渉──なぜ、罪なき四人は生を奪われなければならなかったのか。社会の暗渠を流れる中で軌跡を交え、罪を重ねた男ふたり。合田は新たなる荒野に足を踏み入れる。

感想・レビュー・書評

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  • 唯一読むハードボイルド系の小説が高村薫さん。
    久しぶりに手に取った合田警部補シリーズ。

    第一章「事件」
    語り手がシーンによって変わるのだが、後に被害者家族になるであろう一家の語り手は高梨家の長女歩(あゆみ)。
    と言ってもまだ13歳になったばかりの、私立中学生だ。
    元気だし、日によってコロコロ変わる気分は年頃の女の子だ。
    でももうただ走って遊んで…な年頃は過ぎていて、女性としてのおませな一面も覗かせる。
    親に気を遣う時もあれば、我が家は幸せなのだろうかと考えたり、急に大人びてゆく近所の男子を意識したり。
    父親と母親の会話の内容も、殆どは理解している。
    自問自答するときにも「ううん」なんて使わない、「いいえ」だ。
    それでもディズニーシー行きは楽しみ。
    友達とはしゃいだりもする。

    一方、今後事件の捜査線上にあがってくる男二人のシーン。
    こちらは戸田吉生、井上克美、それぞれの男が語り手となる。
    ネットの掲示板募集で知り合ったが故に、それぞれの目線で相手を語る時はトダでありイノウエだ。

    やっぱり高村薫さんは上手いな、と思う。
    何かを言い表す時の言葉のチョイスが、あゆみのシーンと、戸田・井上のシーンで、別人かと思う程に違う。
    例えば朝の学校。
    登校のシーン。
    「……あゆみが歩きだしてすぐ、後ろから勢いよく追いかけてきたユキとアリサがそうだった。おはよう!おはよう!おはよう!三つの声が重なり、半分は笑い声になってリーフパイのようにさらさらと壊れた」
    かと思えば井上の心の声。
    「克美は一瞬血管が切れそうになり、次の瞬間にはそれに反転して笑い出したくなり、予定になかった混乱を感じたと同時に予備のエンジンがもう一つドカンと爆発して、勢いがつくのを感じた。そら、この感じだ。欲しかったのはこの感じなのだ」
    不気味だ。危ういったらない。
    他にも、その手の改造車の車種や仕様、スロットの機種や仕様も事細かだ。
    こんな方向に残酷な文章もあった。
    首を吊った女性の半ミイラを見たという井上の回想。
    「切ないほど静かで、利根川の川霧の底でひとり、誰にも聞こえない歌をさわさわと歌っているようだった」

    背表紙を読んでから本書を開いたので戸田と井上が何かやらかすとは思っていたが、読み始めて直ぐに感じる戸田のヤバさ。
    戸田は歯がボロボロだ。
    しかも今現在も患った歯が痛い。
    雑踏ですら頭蓋骨に響き、それが歯の神経に響く。
    音叉を用いて表現された歯痛は、高村薫さん、流石だ。
    歯痛をのど飴で紛らわす戸田。
    いよいよ耐えられなくなると鎮痛剤を服用するが、歯痛と鎮痛剤のぼんやりした状態で世の中を仰ぎ眺める苛立ちのような、諦めのような、淡々とした視線が怖い。
    どんどん悪化してゆく歯痛の行き着く先、のたうち回る痛みで自分の世界が変わるだろうかと思う、その危うさ。

    一方井上は不器用で潔癖、そして気分が鬱へ躁へとコロコロ変わる。
    金属バットを振り回しても硬球には当てられないが、人の頭くらいならスイカ割り(と本人は思っている)。
    ナイフを持ったが最後、人の腹を切りそうで直感的に避けてきたと、これもまた本人曰く。
    頭の中で、スロットのリールの映像と共にそれらを思い返すシーンは、気分が不安定な井上を上手く表現していて怖い。

    勿論、戸田も井上も狂っているわけではないから、普通に日常を過ごしたり、昔の出来事を思い返したりもする。
    たとえば戸田は、国立近代美術館の工芸展へ行くような男。
    木工にきょうみがあり、街路樹を見上げて、この木はなんだっけ?と思ったりする。
    たとえば井上は、落ち着くから水辺が好きだという男。
    印象的に利根川が出てくる。

    「事件発生。前の晩からぐらぐらしていた渉の乳歯が一本、朝一番に抜け落ちた」
    第一章「事件」であるし、戸田・井上が何かするぞ!と読者が思いながら読んでいるところへ、あゆみからの一声。
    著者の、この翻し方は上手いなと思った。


    第二章「警察」
    ここからの展開はスピード感が変わる。
    すでに事件は起きていた。
    分刻みの表記がなされ、緊迫感が張り詰める。
    そして、合田雄一郎が登場する。
    事件は私が想像していたよりも酷くいたましいものだった。
    え?あの二人ここまでやったの?という思いだ。
    あまりにも容赦なくて不快感でいっぱいになる。
    と同時に、"いかにも"な杜撰で無計画な有り様が、確かに第一章のあの二人の印象のままだとも思った。

    杜撰な為か、合田たち警視庁の捜査は逸れること無く、トントン拍子で犯人二人に迫ってゆく。
    途中に挟まれる合田の心の声でも、二人の動きは読まれているように思えた。

    次第に明らかになるにつれ、第一章からより鮮明になる井上の"静"と"動"の二面性。
    家族の有り様。
    戸田の抑圧された子供時代と、得てしまった解放感。
    長く患っている歯痛。
    そして、「……二人合わせて16号線の全域をカバーしていたことになる」との何気ない文章が不思議と印象に残った。

    で、上巻で呆気なく二人は捕まる。
    え?
    これって下巻はどっち方向に進むんだろ。
    読み始める前は『冷血』とは事件の惨状だと思っていたけれど、違うのだろうか。
    そんな表面的なものだけではなくて、もっと底深い、根深い何かも含んでのタイトルなんだろうか。
    「機械が強盗に及んだような無機質な現場の様子と、事件前後のホシ二人の様子の間の距離が、捜査が進むにつれてどんどん開いてくる感じ…………それが一段と顕著になった」
    本当だよねぇ。。。

    「海岸の風景に引き寄せられて神戸まで来たか」
    「使用された形跡のない、播州三本打刃物のハイス鋼彫刻刀各種十本」
    これらには、僅かに人間らしい一面が悲しく見え隠れして、胸がきゅうっとしてしまった。

    さぁ、下巻読もう!


    ☆仕舞屋…商売をやめた店

    • kuma0504さん
      高村薫は文体なんですよね。
      合田雄一郎シリーズを、現在一作飛ばして、ここまでは読んでいます。
      もう、一冊読むのにかなりエネルギーを要するので...
      高村薫は文体なんですよね。
      合田雄一郎シリーズを、現在一作飛ばして、ここまでは読んでいます。
      もう、一冊読むのにかなりエネルギーを要するので次に行けないんです。でも、農業をする合田も早く見てみたい‥‥。
      2023/12/03
    • 傍らに珈琲を。さん
      kumaさん、おはようございます

      おぉ。同じかもしれません。
      私は、1作=『照柿』を飛ばしてしまってます。
      今のところ『レディ・ジョーカー...
      kumaさん、おはようございます

      おぉ。同じかもしれません。
      私は、1作=『照柿』を飛ばしてしまってます。
      今のところ『レディ・ジョーカー』が良かったかなぁ。。。
      ブクログを始めるだいぶ前に読んでしまったので、レビューはあげていませんが。

      今回、面白いんですけど、
      戸田と井上の起こした惨劇が酷すぎて読むのがキツいです(汗)
      あとは個人的には"とまれ(=ともあれ)の多用"が気になっちゃって少々読みづらい。
      まぁこれは、私が普段"とまれ"を使わないからなんでしょうが。

      kumaさんも読まれてるんですね!
      あとでレビュー拝読させて頂きまぁす♪
      2023/12/03
  • 重い、内容ももちろんだが、情報量が多すぎて重い。
    私の処理能力では、ギリギリの部分が多く苦労した。
    しかし、悪い気はしない。むしろ、集中して読書に臨まなければならないことに喜びを感じる。

    前半は、ひたすらに登場人物ごとの行動や日常が、描かれる。何も起こらない中で、起こっている何かしらが物語を進めている。

    そして事件は起こる。
    あまりに理不尽な出来事に、言葉が出てこない。
    世間はクリスマス雰囲気の中、歯科医一家4人殺害事件が発生した。

    警察の内部事情や、犯人捜索の活動は、特に詳細に書かれてはいるが、どこか読者を置いてけぼりにする感は否めない。
    しかし、虱潰しに行われると捜索の、気の遠くなるような努力には感心する。

    登場人物の一人である、雄一郎の考察は興味深く、有意義な読書時間を体感できた。

    上巻では判断できないので下巻へ進む。

  • 歯科医一家を殺害した事件を描いた作品である。高村薫氏の作品を読むのは二作目であるが、合田雄一郎が登場する作品は初めて読んだ。物語は下巻に続くので、上巻のみでこの物語について言及するのは難しい。何せ、上巻の前半は被害者である歯科医一家の長女と加害者二名のモノローグが交互に語られているのみだからだ。緻密に、静謐に、しかし内容はかなり過激な、高村薫節とも言うべき筆致は本作でもいかんなく発揮されており、それゆえ物語の進行はどうしても遅滞気味となる。

    後半は一転、殺人事件に対する警察の捜査プロセス、すなわち加害者二名の逮捕とそこに至るまでの捜査、そして容疑者の取り調べが描かれる。前半のモノローグですでに加害者は明かされているので、「誰が犯行を行ったのか?」といった謎解きに類いする興趣はない。すべてを読み終えてわかることかもしれないが、加害者(二人の加害者のそれぞれ)の犯行に至るまでの心の移ろいや主人公たる合田雄一郎の考えや心理を掘り下げていく物語であろう、と予感している。

    警察小説、推理小説といった、いわば謎解きに軸足を置くいわゆるミステリー小説を望む人には、この作品を読み続けるモチベーションの維持は困難ではなかろうか。幸い、私は『晴子情歌』で高村薫の語りは体験しており、かつ魅せられているので、大きな違和感はなかった。警察小説を望んで合田雄一郎との邂逅を果たしていたならば、いささか期待外れで、本作品を上巻読了時点で投げ出してしまった可能性もあるのではないかと思う。ミステリー小説にしばしば備わっているスピード感のある展開を望む者には、繰り返すが本作はお勧めできない。

    高村女史の描く作品は、氏の美学に基づく表現で、ひたすら人間を描きだす。人間の持つ一筋縄では言い得ないものを、氏は緻密な言葉を費やして紡ぎだし、具現化しているのだと思う。

    とまれ、本作品はまだ半ばまでしか読んでいない。下巻ではもっと高村節を読むことができるであろうと期待を込めて、作品自体への言及はすべてを読了したときにあらためて書いてみたい。

  • 第一章を読み終えるのに、毎日義務の様に読んで実に一週間かかった。読んでも、読んでも、ページを捲るのが身毒なって已めて終う。歯科医師一家四人殺害事件。犯人は2人の男。それだけは、嫌でも事前に情報が入る。

    高村薫なのだ。始まりは、事件一週間前の被害者の娘の一人称の述懐。そして、2人の犯人の夫々の述懐と続く。ここまで読んだならば、何が待っているかは容易に想像がつく。一般のミステリーではない。高村薫なのだ。一人称述懐タイプの描写は詳細を極める。被害者の娘、中学一年生の歩(あゆむ)は徒らに純粋で生意気で聡明だ。実際、数学オリンピックをを目指す子供はそうなのかもしれない。犯人たちは、あまりにも短絡的に犯行を繰り返す。次第と運命の日に近づいてゆく。最近のゲーム世代の小説家のように、大量猟奇殺人鬼をキャラとして描いたりはしないのだ。

    高村薫の粘菌のような描写が続く。読んでいられない。もう止めろ、と私の中の臆病が叫ぶ。もう辛抱が切れかけていた頃、突如スイッチが切り替わるように第二章「警察」に変わった。

    久しぶりの合田雄一郎。私は単行本の「太陽を曳く馬」も読んでいない。「新リア王」から「太陽を曳く馬」に続き合田雄一郎も登場するこれらの文庫本化を飛び越えて、高村薫は何故こちらの文庫本化を急いだのか?本書を読んだところで、雄一郎の捜査のように「答」がひとつ出てくる見通しは何一つ無いが、また何故この物語が2002年に設定されているのかも、何一つ見通しは立たないけれども、ひとつ事実としてあるのは、第一章にきっちり7日掛かった私は、第二章はきっちり1日で済ませたということだ。もちろん、雄一郎の因縁の元妻が2001年の9.11で亡くなっていたことなどを見逃す粗い読書はしなかった。義兄との関係は、進んでいるのか?いないのか?それはわからなかった。

    事件は、想定内の経過を経て犯人逮捕に向かう。これでやっと物語の半分。一切見通しは立たない。合田雄一郎シリーズ、いったい何処に向かうのか。

    2018年11月12日読了

    • 傍らに珈琲を。さん
      kumaさん、こちらにもおはようございます!

      粘菌のような描写←ほんとそれ!
      網目のように何処までも伸びて絡み付いて…
      流石の描写です。
      ...
      kumaさん、こちらにもおはようございます!

      粘菌のような描写←ほんとそれ!
      網目のように何処までも伸びて絡み付いて…
      流石の描写です。

      見通し立たないですよね、私も、どこに向かうんだろ…って思いながら下巻を読んでます。
      が、キツいです。
      今のところ井上があまりにもイノウエで、やりきれないなぁ。
      戸田もだけど。

      高村薫さんに飲み込まれてます。。。
      2023/12/03
  • 高村薫『冷血(上)』新潮文庫。

    文庫化されたので再読。合田雄一郎シリーズ。冒頭から幸せな四人家族の日常と二人の男の出会いから二人の男が無計画、無軌道に悪の道にのめり込んで行く過程が交互に描かれる。そして、二人の男による冷血無比な最悪の事件がクリスマス・イヴに発覚する。

    著者の狙いなのだろうか、まるでノンフィクションのような冷めた視点で極めて克明に事件の過程を描いているように感じた。それだけに読み手は現実に起こった事件であるかのような錯覚を覚えると共に、背筋に冷たい物を感じるような不気味さを覚えるのである。

    上巻では事件の発生に至る過程、事件の発覚から容疑者の二人が確保される所までがじっくりと、まるで今の時勢を俯瞰するかのような視点で描かれる。

    果たして……

  • クリスマスイブの日に起こった一家4人皆殺し事件。
    歯科医の夫婦、いい学校に通う2人の子供たち
    人に憎まれることとは無縁の幸せな家族が殺された。
    犯人は2人の男。
    ネットで知り合った井上と戸田。
    後先考えないような杜撰な犯行と凶悪性
    なぜ2人は幸せな家族を皆殺しにするに至ったのか?

    うむむ…読むのに時間がかかってしまった。
    じわじわと描かれる家族の姿と井上と戸田の人生
    井上と戸田の行動と思考と人生の描写が、高速道路を走る車の中から風景を眺めているような感覚の描き方で、なんというか「自分ではない全く関係のない人の知らない人生」を覗き見るようなスピード感のある不思議な描き方でひやっとしながら読む。

    それがまた、人が自分の人生を捨てているような…
    どうでもいいような投げやり感
    がじわじわと怖さを増す。

    下巻、読みたいけど…
    珍しく読むのに躊躇してしまっている。
    どうしようか…

  • これまで読んできた高村薫さんの合田雄一郎シリーズは、硬質な文体と徹底して描かれる、果てのない巨大な組織や権力の闇が印象的。この『冷血』もそんな合田雄一郎シリーズの一作。そして今回描かれるのは、個人の内に潜む言葉にできない闇。

    第一章で描かれるのは闇サイトで出会った二人の男が、犯罪を重ねていく様子。ただこの描き方が普通のサスペンスとは大きく違う。
    会話文からもかぎ括弧を排した独特の文体。執拗で詳細な描写。そして男たちの内面。
    ATMを襲撃したり、コンビニ強盗をしたりと二人は罪を重ねていくものの、その場面に興奮の要素は薄い。
    金、スリル、社会への恨み……
    思うところはいくらでもありそうなものなのに、二人ともそれらの執着がまったく感じられない。さしたる考えもなく、野放図に流れに身を任せ、どこか気だるげに罪を重ねる二人。時代設定は2002年から2003年の話なのですが、言葉にしがたい現代の閉塞感、行き詰まり感というものを今の時代に読むと余計に感じます。

    そして人間関係の希薄さというものも感じます。一緒に罪を犯すというのは運命共同体のようなものなのに、二人は互いに相手への興味や執着がとにかく薄い。
    お互いの心理描写のとき相手の名前が常にカタカナで書かれるところや、会話でもかぎ括弧が使われないところなんかは、関係の希薄さ、相手への興味のなさが表れているように思いました。

    その他人への執着のなさは、二人が盗みに入ることに決めた家族に対しても見られます。これから盗みに入る家の人間を目の当たりにしても、感情が揺れるどころか、彼らをまったく別世界の顔のない人間だと思ってしまう。他人への余裕のなさ、無関心、自己主義、ここにも今の社会の病巣が表れているようにも感じてしまう。

    そして第2章からは合田をはじめとした警察の捜査の章に。ここの細かい描写も見どころですが、何より警察の捜査から改めて明らかになる、犯人たちの行き当たりばったりの行動にどこか末恐ろしいものも感じてくる。
    目撃者や監視カメラのことも全く気にする様子もなく、罪を重ねていく男たち。その不可解さと自覚のない破滅衝動が、混沌とした社会と、人間の情感の闇を示しているように思えてくる。

    1章で二人の内面はさんざん描かれたのに、それでも彼らの真の犯行の動機が、まったく見えないのがあまりに特異。下巻でその闇が明かされるかどうか。

  • 最初は登場人物の文体で落胆しそうになったが、後半高村調になり、いつもの読書の幸福に浸ることができた

  • 2019年読んだ本が300冊ぐらいになるなか、最も印象的だったタイトルここに落ち着きそうなんですけど、まずカポーティの財産を受けて書かれていること。
    そして、たぶんどんな時代に読んでも現実と作品の虚構がシンクロすること。
    って意味で、いま自分がどういうフィクションを欲しているのか、正月早々あからさまになってたんだねえ。てなこと思う師走かな。

  • めちゃくちゃ面白いです。髙村 薫、おそるべし。流石すぎる。いやもう、めちゃくちゃ面白いです。面白い、と言ってしまうのは語弊があるほどに、凄惨な内容なのですが、、、便宜上すみません。面白い、という表現になってしまいます。

    まさに重戦車。始動は遅く鈍重だが、走り出したら最後、「そいつ」は全てをなぎ倒し突き進み、もはや誰にも止められない、という読書感。本当にもう、圧倒的です。あまりにも緻密な描写。あまりにもゆっくりと進む物語進行。読み進めるのが、最初は苦痛なくらいでした。全然ページが進みませんでした。ホンマに細かいんだもん。

    でも、その世界観に慣れてくると、もうね、圧倒的に浸れちゃうんですよね。唯一無二、です、まさに。

    ま、唯一無二、とか言った直ぐ後に、こう思っちゃってるんですが、髙村 薫の存在感って、なんだか、ドストエフスキーと、めっちゃ似てる気がするんですよね。自分、ドストエフスキーの作品、ちゃんと読んだものって殆ど無いのに、こんな事いって申し訳ないのですが。

    あくまでも、あくまでも、世間一般における、その存在感の認識が、自分が感じるだけでの表現なのですが、「髙村 薫と、ドストエフスキーは、存在感が似ている」というね、印象です。あくまでも自分の中での印象。ま、それくらいね、なんというか「屹立している」って感じがね、するんですよ。

    あと、2021年現在の日本文学界で言いますと、もう10年くらい前から?毎年、「今年こそ村上春樹がノーベル文学賞を獲るか!?」っていうのが、風物詩みたいなものになってる気がしますが、自分としては、村上春樹は、めっちゃんこ好きなんです。めっちゃんこ好きなうえで、実は、もし次のノーベル文学賞受賞者が日本人から、というか日本文学から出るとしたら、髙村 薫に、一番ね、受賞して欲しいんですよね。ってくらいに思ってるくらいに、髙村 薫、好きです。

    好きです、って軽々しく言えないくらいでもある。畏怖。ですね、どっちかゆうと。あらゆる作家が、その個人という存在に於いて唯一無二であることは間違いないでしょうが、髙村 薫こそが、本当にホンマに、唯一無二の存在感を感じますね、僕は。「圧倒的にどこにも属していない」感を、バンバンに感じちゃう。いやもうねえ、凄いよねえホンマ。

    第一章 事件
    高梨あゆみ(歩)。戸田吉生。井上克美。この3人それぞれの視点からで、話が進んでいく。それぞれの一人称視点で、それぞれの物語が描かれる、感じ?ですかね。ま、不穏です。不気味です。焦燥です。あゆみの視点は、いわばマセている感じ?トダヨシオとイノウエカツミの視点は、ま、無軌道なワルのそれ、と言いますか、うーん苛立ちと狂気だね、って感じ。

    トダヨシオの、あっこまで歯が痛いのにあっこまで頑なに歯医者に行かない感じ、すげえ狂ってる感ヒシヒシで凄くこう、凄い。いやでもなんか、分かる。なんか分かる。自分で自分を勝手に苦しめて勝手にそれが苛立ちの快感になってるあの感じ。マジ狂ってるな。どマゾだな、って感じ。でもなんか、分かる。分かる俺が嫌だ。

    第二章 警察
    ココでいきなり、もう事件後。すげえ悲惨な事件がいきなり発生している。惨い。惨すぎる。で、まさか合田雄一郎刑事が登場するとは!?ビックリしました。合田シリーズだという事を、全く知らないまま読み始めたので。そうか~。合田シリーズだったのか。もうね、ほぼほぼ、髙村 薫の、ライフワークになってるんでしょうね。合田雄一郎シリーズ。

    この章の、警察内部の描写がもう、とにかく凄い。いやもう凄い。一つの殺人事件が起こる、ということは、これほどに、警察の人員を、動かすのか。これほどに様々な、細かな細かな手続きが、発生するのか。犯人を捕らえるためだけに。事件を解決するためだけに。

    「だけに」という言いかたは、あまりにも失礼にあたる気がするので申し訳ないという思いが大いにあるのですが、いやでもあえて「ただ単に殺人事件が起きただけで」という言いかたを、させてください。本当にすみません。毎日毎日、この日本で。いやもういうならば世界で。どれほど沢山の事件が起こり、どれほど沢山の殺人が起こり、どれほど沢山の殺人事件が明らかとなっているか?途轍もない数であろうことは間違いないでしょう。

    その、一つ一つの事件が、これほどまでに当事者以外に影響を及ぼしているのだ!という驚愕。これはもう、とんでもないことですよ。で、とんでもないことであるのだが、それはもう、恐ろしいことに「日常の風景」なのだ。これは、自分の勝手な予想なのですが、この日本ですら、一年のうちで「一日も殺人事件が起きなかった日」って、一日もないんじゃないでしょうかね。今この瞬間でも、日本の何処かで、誰かが殺されているんですよ、きっと。で、その度に、これほどに沢山の、主に警察ですけど、関係のない人々が、それに巻き込まれるんだ。という。おっとろしいことですよ、うん。

    ああ、俺、できるだけ、犯罪起こさないようにしよう。ましてや人殺しはしないぞ、ってね、思いましたね。だって、誰かが誰かを殺さなければ、というか犯罪しなければ、なんですけども、こんなに警察の人に無理に動いてもらう必要、ないですやん?たった一つの殺人が、これほどまでに、無関係な人々を動かすのだ。という驚愕の事実を、イヤという程理解しました。いやもう、髙村 薫、凄いです。

    で、この上巻だけを読んだ限りでは、この小説、トルーマン・カポーティの「冷血」を、明らかに下地にしている、と思っております。題名も一緒だし。で、カポーティの「冷血」を読んだのはかなり昔なんで、もう結構な記憶のうろ覚えモードになってしまっていますが、あの一家殺しへと向かう犯罪者二人の意識の流れ、とかも、ほぼ一緒だった、気がする。いや実は全然違っていたらホンマすみません、なのですが。

    下巻で、どう、物語は、進むのか?髙村 薫の書いたこの物語から、自分は、なにを感じるのか?全ては下巻を読み終えた後の気持ちが全てを知っている、のだろう。下巻、心して、読みます。ま、これぞ読書の愉悦です。髙村 薫、ホンマに凄い人です。

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著者プロフィール

作家

「2022年 『ベスト・エッセイ2022』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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