鼠たちの戦争 下巻 (新潮文庫 ロ 14-2)

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  • Amazon.co.jp ・本 (376ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784102219225

作品紹介・あらすじ

前線で闘う兵士たちを鼓舞するため英雄に祭り上げられた狙撃手ザイツェフ。彼を抹殺することでソ連軍の士気をくじこうとするトルヴァルトは、獲物をおびき出すべく、ソ連兵を無差別に狙撃していた。女狙撃兵ターニャは、標的とされた憤りと怯えとで焦燥にかられるザイツェフをいたわり、二人の間に愛が通い始める。が、平穏な時もつかのま、ついに非情なる対決の日がやってきた。

感想・レビュー・書評

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  • 第二次世界大戦に於けるドイツ対ソ連で最も過酷な戦場となったスターリングラード。記録によれば、1942年8月から5ヶ月間にもわたった攻防での死者は200万人。当初60万人いた住民は、戦闘終結時には1万人を下回る数しか生き残れず、まさに死の街と化した。この惨禍をもたらした要因は、両陣営の勝敗を左右する軍事拠点としての重要性にあったとされている。本作は、地獄絵図の如き様相を呈したスターリングラードを舞台に、廃墟と瓦礫の闇に〝鼠〟のように潜り、熾烈な戦いを繰り広げた狙撃手に焦点を当てた戦争冒険小説の傑作である。

    物語は、狙撃手として超一流の腕を持つことでは互角、人格的には相反する二人を軸に進行する。驚異的なスピードで戦果を上げていたソ連軍曹長ザイツェフ。そして、この男を狩るためだけに現地へ赴くナチス親衛隊大佐トルヴァルト。
    シベリア人の猟師として鍛え上げられたザイツェフは、最前線にいる同志のために身を挺して戦い、厚い信頼を得ていた好漢。一方のトルヴァルトは裕福な貴族の出で、ベルリン郊外にある射撃学校校長。同胞を平然と捨て駒とすることを厭わない冷血漢で、己のプライドと栄誉を優先。徹底したニヒリストでもあった。
    ザイツェフは実在した人物だが、トルヴァルトの存在については、諸説あり定かではない。当然、作者は史実をなぞらえつつも、フィクションとしての大幅な脚色を加えている。

    勝つためには、鍛え上げてきた技倆のみならず、敵を上回る強靱な精神力を有さねばならない。常に死と隣り合わせの状況下で展開するドラマは凄まじい緊張感と焦燥を伴って読み手に迫ってくる。敵スナイパーの腕に瞠目し、或る種の共鳴さえ生じさせていく二人。原始的で直感勝負となる狙撃手同士の戦い。その最終的な対決が、どのような結末を迎えるのか。透徹だが熱いクライマックスは、いうまでもなく本作最大の読みどころとなる。

    弾丸一発で訪れる死。その残酷で虚無的なエピソードの数々は、ひたすらに重く、虚しい。戦場に於ける葛藤と絶望。ザイツェフは祖国の英雄として讃えらながらも、愛する女兵士一人さえ守ることの出来ない己の非力と脆弱な精神に悶え苦しむ。この極限状態にいる者の心の揺らぎを端役に至るまで繊細に表現するロビンズの筆力に圧倒される。

    物語は狙撃手二人の死闘がメインとなるが、重要な役割を担う者は他にもいる。特に、トルヴァルトの補佐を勤めるドイツ軍伍長モントは、終盤の語り部として、退廃感漂う情景へと読み手を導く。兵士らは生きて故郷へと帰り、愛する家族とともに平凡な日常へと戻ることを夢見る。だが、眼前の死以外に救いの道は無く、強烈な餓えの中で遂には人肉を貪るまで堕ち、人ならざるものへと化す。やがてはナチス崩壊へと至る決定的敗北。それをモントの眼を通して記録した第三部は、鮮烈なイメージを残すことだろう。

    戦争の実体をどう伝えるか。戦場の死をどう描くか。読み終え、心に深く残るものがあれば、その作家は反/非戦を正しく捉えている。戦争の世紀といわれた二十世紀が終わろうとする1999年に本作を上梓したロビンズも、声高に叫ぶのではなく、不条理な死を冷徹に書き記すことで、より鮮明に戦争の無残なる実体を指し示す。かつてない規模の市街戦、その中で実際に起こったかもしれない狙撃手の戦い。ルポルタージュの手法を用いて描いたこの物語は、己らの暴力によって破局へと突き進む人類の暗い未来をも照射するのである。

  • 原題 WAR OF THE RATS

    ドイツ軍が〝Rattenkrieg〟と呼んだスターリングラード攻防戦。市街戦の様相はまさに鼠たちの戦争。

    ヴァシリ・グリゴーリエヴィチ・ザイツェフ(ソ連赤軍、実在の人物)とハインツ・トールヴァルト(ドイツ軍大佐、架空の人物とされる)によるスナイパー対決。長距離精密射撃もさることながら、狙撃戦と心理戦が魅力かな…殺し合いなんだけどね。

    この小説にもでてくるけど、ザイツェフはこの攻防戦の最中に廃墟で狙撃手学校の先生をし、その生徒たちも戦果を上げた。ザイツェフにはウサギという意味があり、生徒たちは子ウサギと呼ばれたとか。

    赤軍にはターニャのような女性の兵士も多く、今でこそ普通だけれども、社会主義の国という感じがする。
    戦争に男も女もなく、ハッピーエンドもないんだ。

  • 1942年第二次世界大戦転換点の一つとなったスターリングラードの戦いを描いた作品。ドイツ対ロシアの狙撃手の様子を史実に基づいてフィクションにして伝えている。
    戦場の兵士たちの過酷な状況が表されており緊迫感がよかった。
    小説を通して実際の戦いを知るのはとてもためになる。

  • 戦争ものを読み慣れないからか翻訳が合わなかったのか最初はあまり集中して読めなかったけど、後半の一騎打ちは面白かった。ターニャがいいキャラ。
    大体実話に基づいているらしく、まさに事実は小説より奇なりですね。

  • サイドストーリーや、戦場の悲惨さの描写が多すぎて、肝腎の対決の緊迫感を削いでいる。決着も呆気ない。最後のターニャのエピソードは蛇足。戦記文学ではなくてエンターテインメントです。

  • 第二次世界大戦中、スターリングラード攻防戦で実在した、ソ連軍のヴァシリ・ザイツェフという狙撃手を採り上げたこの小説。

    ザイツェフの組織した狙撃手学校の生徒によって増え続ける被害に対し、
    ドイツ軍はカウンタースナイパー、トルヴァルト大佐を送り込む。
    トルヴァルトの任務はただ一つ、ザイツェフを殺すこと。
    狙撃手対狙撃手の戦いが、スターリングラードの地で、静かに始まる…。


    映画で『スターリングラード』という、エド・ハリスが最高だったというだけの中途半端な作品がありましたが、それの原作っぽいです。
    この作品は、『戦争というマクロな世界で起こる、狙撃手同士のミクロな戦い』という隙間を突いてきた…というだけの感想しか浮かんでこず。
    いえね、ただ、戦場で姿を隠しながらの読み合いというのは燃えます。

    もちろん、ザイツェフは実在した人物ですし、全くの嘘でもありませんが。
    戦争モノとしては次作の『戦火の果て』が優れているし、
    狙撃手対狙撃手の話としてはS・ハンターの『極大射程』の方が面白かったり。
    …ハンターもアレが頂点で、あとは転げ落ちていく一方ですが。


    …ということで、『こういう史実があったんだよ』というのを示すだけに留まってる感が。
    もーちょい東部戦線の地獄っぷりが丁寧に丹念に念入りに綿密に書かれてたら、
    ハァハァしながら読んで大興奮して悶絶してたと思うんですが(変態め)。

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