天路の旅人

著者 :
  • 新潮社
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  • Amazon.co.jp ・本 (576ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784103275237

作品紹介・あらすじ

「この稀有な旅人のことを、どうしても書きたい」。「旅」の真髄に迫る、九年ぶりの大型ノンフィクション。第二次大戦末期、敵国の中国大陸の奥深くまで「密偵」として潜入した若者・西川一三。敗戦後もラマ僧に扮したまま、幾度も死線をさまよいながらも、未知なる世界への歩みを止められなかった。その果てしない旅と人生を、彼の著作と一年間の徹底的なインタビューをもとに描き出す。著者史上最長にして、新たな「旅文学」の金字塔。

感想・レビュー・書評

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  • 中国・チベット・インドを歩いた密偵の壮絶な旅路 『天路の旅人』

    沢木耕太郎氏のノンフィクション作品『天路の旅人』は、戦時中に中国で密偵となり、戦後も帰国せずに中国・チベット・インドを歩き続けた西川一三氏の人生を描いたものです。

    沢木氏は、西川氏に何度もインタビューを行い、彼が残した3000枚超の原稿をもとに、約30年の歳月をかけてこの作品を完成させました。

    西川氏の旅路は、電車も自動車も少ない時代のアジアの広大な土地を、ほとんど歩いて渡ったものです。日本人であることを隠すため、戦時中から送還されるまで蒙古人としてなりすまして暮らしました。

    この本は、西川氏の驚異的な体験と、彼が見た風景や人々、文化や宗教、歴史や政治など、アジアの多様な魅力を伝えるものです。

    【こんな人におすすめ】
    •ノンフィクションが好きな人
    •長編小説が好きな人(著書は500ページ超です)
    •旅や紀行文が好きな人
    •戦時中、中国で生き抜いた日本人について知りたい人

    【読みどころ】
    •西川氏が帰国後に書き上げた原稿は、300ページの文庫本6冊分に相当するボリュームです。彼は、自分の体験が「後世の日本に役立つはずだ」と信じて、細部にわたって記録しました。
    •沢木氏は、西川氏のインタビューから執筆完了まで、実に30年弱の月日を要しました。西川氏の話を聞くだけでなく、彼の家族にも取材を行い、信頼性の高い作品に仕上げました。
    •西川氏の旅路は、第二次世界大戦が終了して間もない中国、蒙古、チベット、インドなどの国々を舞台にしています。当時の生活様式や風俗、宗教や文化などが、生き生きと描かれています。西川氏が見た風景や人物、食べたものや体験したことが、読者の五感を刺激します。

    【読み終えて】
    西川氏は、戦時中に中国で密偵となり、戦後も帰国せずに中国・チベット・インドを歩き続けた一人の人物です。彼の約9年間の歩みは、旅路に終始圧倒されるものでした。

    密偵として始めたばかりの頃は、旅の準備に不慣れであり、ラクダを慣らすのも苦労する様子が伺えます。しかし、帰国する直前には、現地の人の生活様式に溶け込むまでに適応していることがわかります。この変遷が細やかに描写されています。

    西川氏の旅は、単なる冒険ではなく、自分自身と向き合う修行でもありました。彼は、旅に出ると生活が単純化されていくことで、生きる上で何が大切なのか、どんなことが重要なのかを思い知らされるのです。西川氏の旅は、私たちに多くのことを教えてくれます。この本を読んで、西川氏の壮絶な旅路を追体験してみる、時代をさかのぼる体験をしてみませんか?

    【主人公 西川一三】※ウィキを要約。
    1936年 山口県出身の西川は、満鉄を退社し、興亜義塾に入塾する。
    1943年 同塾卒業後、駐蒙古大使館調査部に配属され、西北支那に潜入する特命を受ける。モンゴル僧に変装し、チベットに向かう。
    1945年 1年10ヶ月の単独行の末、チベットの都ラサに潜入する。日本の敗戦を知るも、地誌と地図の作成を続ける。
    1946年 デプン寺で仏教修行と語学学習を行う。木村肥佐生と西康省踏査の協力を約す。
    1947年 西康省を踏破し、チベット新聞社で働く。シーチェバ派の師に付き、免許皆伝を得る。
    1948年 修行僧となり、ブータン、シッキム、インド、ネパールを潜行する。
    1949年 インドで逮捕され、翌年帰国する。戸籍から抹消されていたことを知る。
    1950年 GHQから出頭命令を受けるが、外務省に先に訪れる。GHQで1年間にわたって西域潜行の情報を聴取される。
    1952年 登山家の西堀栄三郎にチベットやネパールの情報を提供する。
    その後 盛岡市で理美容材卸業を営む。

    【本書より抜粋】※数字はページ。
    旅に出ると生活が単純化されていく。その結果、旅人は生きる上で何が大切なのか?どんなことが重要なのか?を思い知らされることになる。火がおきてくれれば湯が沸き、太陽の光を浴びれば体が暖かくなる。たったそれだけで幸せになる・・・・。101

    無一文になったことによって、西川は旅人として逆に多くのものを得るようになっていく。130

    もしかたしたら、困難を突破しようとして苦労をしているときが旅におけるもっとも楽しい時間なのかもしれない。(省略)困難のさなかにあるときは、ただひたすらそれを克服するために努力すればいいだけだから、むしろ不安は少ない、と。163

    聖と言い、卑と言う。だが、聖の中にも卑はあり、卑の中にも聖は存在する。361

    溜め込みすぎるということは、荷を重くすることであり、前に進む歩みを進みづらくすることである。もしかしたら、それは托鉢においてだけのことではなく、生きていく上での大事なことなのかもしれない。451

    日本の敗戦を知り、国家という後ろ盾がなくとも、ひとりの人間として存在していけるという確信が生まれた瞬間であった。499

  • かなり時間が掛かってしまいました。
    あの沢木さんの作品だから間違いない!とは思いつつ読み始めたけれど、イントロと終盤は引き込まれたけど、肝心の中部分がワクワク感が少し希薄なのが残念でした。
    まあ戦中から戦後の一人の無骨で過酷で一途な個人の旅物語であり、個性は人さまざまであるとここでも認識しましたけれど。
    こういう不器用だけど多くを語らない一途な個人が多い時代だったのは我が家の故人からも大いに感じ取れていましたけれど笑
    こんな旅人もきちんと居たことに意味意義を感じる作品でした♪
    こう言う物語を残す事がとても大切なことだと再認識します!

  • 本書は、「秘境西域八年の潜行」という本を書いた西川一三という人物と、彼の想像を絶する旅について書かれたものである。
    西川一三は1918年生まれ。戦前に満鉄に入社するが、1941年に退社し情報部員、本書で使われている言葉で言うと「密偵」を養成する機関である興亜義塾に入塾する。その後、1943年に「西北シナに潜入し、シナ辺境民族の友となり、永住せよ」との命を受ける。そして、西川の「旅」が始まる。途中で日本の敗戦を知るが、そのまま旅を続ける。本書の裏側には、西川がたどった足跡の地図が描かれている。モンゴル、中国内陸部を経てチベット。ヒマラヤを何度も行き来しながらネパール、インドも訪れる。1949年にインドで逮捕され、翌年に帰国。以降は、亡くなるまで岩手県で小さな会社を営む。2008年に89歳で亡くなる。密偵となってから、西川はモンゴル人の僧侶と身を偽って旅を続ける。当時の交通事情から考えると、そのほとんどが徒歩の旅である。徒歩で、中国からチベット、ネパール、インドを、身を偽りながら旅をしたのである。時に臨時に働き、時に僧侶として托鉢・喜捨を受けながら旅と生活に必要な糧を得つつ。
    本書の構成は、まだ生きている西川に沢木耕太郎が会うところから始まる。そして、終章とあとがきは、沢木耕太郎と西川の遺族のやり取り等が記されている。最初と最後の部分にはさまれた、間の14章部分で、沢木耕太郎が西川の旅を再現している。題材は、西川の著書である「秘境西域八年の潜行」、そして、新たに入手できた西川の、その著書の生原稿、そして、生きている間に西川との間に行われたかなりの回数の沢木耕太郎によるインタビュー、その他の資料である。
    沢木耕太郎が描いた西川の旅のすさまじさに心を動かされる。

    それは別として、この本の最後の方で私の好きな場面が2つあったので紹介しておきたい。
    沢木耕太郎も「深夜特急」の中でインドを旅している。西川と沢木耕太郎はともにブッダガヤを訪れているが、また生きている西川との話の中で、ブッダガヤの菩提樹の大木の下で太鼓を叩いている男を2人ともが見たという会話になり、それを、30-40年を経たうえでの同一人物ではないか、と沢木耕太郎が感じる場面がひとつ。
    もうひとつは、最晩年の西川が、明らかに自分の死が迫っていることを意識しながら、自分のお嬢さんに「もっといろいろなところに行ってみたかったなあ・・・」と言う場面。西川ほど旅に生きていた人が言うと、巧まざるユーモアと感じると共に、インドで逮捕されなければ、この人は死ぬまで旅をしていたのだろうな、とも感じた。

    沢木耕太郎の久々の長編紀行文。楽しく読めた。

  • 西川さんは、若き日、アジアの大陸に在って、多くを求めることなく、ひとりのラマ僧として、ただ旅を生きた。
    同じように、岩手の地でも、多くを求めることなく、一商店主として、ただ日々を生きることを望んだ。
    西川さんが望んだことは、旅がしたい・現地語を学びたい・少しの酒があればいい、ただそれだけだった。
    「托鉢」「祇園精舎」「驟雨」「ラバ」「回帰熱」などをググりながら読みました。
    西川さんの生き方を通し沢山のこと学べた気がします。

  • 第二次世界大戦末期に中国からチベット、果てはインドまでラマ教の巡礼僧に扮して(密偵として)旅を続けた西川一三(ロブサン・サンポー)の8年の旅行記をノンフィクションで記載している。
    これをまとめるのに実に25年もかかったという沢木さんの苦労が前後に書かれてあり、壮大さを裏付けている。
    自署で「秘境西域八年の潜行」という本がありながら、あまりにも長大だったため、そこまで精読した人はなかなかいなさそうとのことだった。今回の天路の旅人はタイトルも惹かれるものの、長い年月をかけて本人に聞き取りをし、原稿を読み、裏付けしながら書かれていて、自分も西川という人の人生をかけた旅をしたような気分になった。

  • クローズアップ現代で「天路の旅人」を上梓したということで沢木耕太郎氏が出ていたのをたまたま見て、第二次大戦中、情報収集のため中国西部を辿った西川一三という人がいたことを知る。スタジオにはダンボールに入った西川氏の原稿もあり、そして戦後は盛岡で美容器具卸売業をし元旦以外は働いていた、と紹介されそのストイックそうな人物に興味を持った。

    検索してみると戦後になりインド滞在中、同じ諜報部員の木村肥佐生の密告によって捕らえられ日本に帰国した、とあった。読む順番としては木村肥佐生「チベット偽装の十年」 西川一三「秘境西域八年の潜行」 そして沢木耕太郎「天路の旅人」の順番になった。

    沢木氏のを読んでみると、沢木氏は木村氏、西川氏の本を丹念に読み、西川氏の膨大な著書による、西川氏の足跡を分かりやすく整理し、そして木村氏との関係もフラットな視点で示してくれていた。

    これには1年余にわたる西川氏との飲み屋での聴き取り、また西川夫人、西川氏の娘さんとの面談の成果もでていると思う。西川氏との面談で著作以外の何かが出てくるに違いないと考えていた沢木氏だが、著作以外のものは出てこなかったと書いている。だが、書かれている面談時の西川氏の様子からは西川氏の輪郭が浮かんできている。読み終わってみると、それはまさに「天路」の「旅人」であった。

    木村氏は、西川氏の最初に出版された芙蓉書房からの本をみて、自分を悪しざまに書いていると憤ったようだが、西川氏の著作を読んでもそうは感じなかったし、沢木氏も「中傷」や「個人攻撃」と思われる場所は存在していないと書いている。また沢木氏と面談中も西川氏は木村氏のことは一言も非難しなかったという。沢木氏が西村氏の著書で「・・木村君が私のことを、すべて密告したことを悟った」という「密告」の言葉は強すぎると感じるが、しかしこう言うしか表現のしようがなかったのだろう、と書く。西川氏に「もし西川さんが木村氏の立場だったら木村さんのことは喋りましたか」ときくと「自分だったら、自首する前に、木村君の意思を確かめます」と言ったとあった。


    木村氏の本は昭和33年の講演速記録が元。西川氏の本は氏が帰国後3年を費やして書いた3000枚余の原稿が元。

    2022.10.27

    ※「新潮」2022.8月号 第一部 
    ※「新潮」2022.9月号 第二部 

    新潮社 2022.8
    https://www.shinchosha.co.jp/news/article/2877/

    訃報 西川一三さん 2008.2.11
    http://tibet.way-nifty.com/blog/2008/02/post-01e8.html

    出版経過、テレビ番組
    「秘境西域八年の潜行」上巻 芙蓉社1967.11 
    「秘境西域八円の潜行」下巻 芙蓉社1968.2
    「秘境チベットを歩く すぐに秘境西域八年の潜行別巻との題になる」芙蓉社 1968.10
    TV東京12チャンネル「私の昭和史」司会三國一郎に出演
    ラジオ NHK で話をする
    TV「新世界紀行」1988 遥かなる秘境 西域6000キロ大探検 出演を打診されたが同じところに二度行ってもと断る。4回にわたり放送 沢木氏はこの番組で西川氏のことを知る
    「秘境西域八年の潜行」中公文庫 上中下 1990




    木村肥佐生「チベット潜行十年」1958.7.5初版 毎日新聞社 1958.8.1第9版
    木村肥佐生、スコット・ベリー編「チベット偽装の十年」1994.4.25 中央公論社

  • あの沢木耕太郎の最新刊にして最長編。
    題材は、第二次大戦末期、敵国の中国大陸の奥深くまで「密偵」として潜入した若者・西川一三。
    戦争が終わってもなお続く長~い旅が、西川氏自身の著作+著者の筆致によって、まるで目の前のことかのようなリアルさで展開されていきます。
    (今回、NetGalleyで読ませていただいたんですが、終章で終わっていてあとがきまでは含まれておらず、ひょっとするとそれ以外にも書籍版とは違いがあるかもしれません)

    「旅に出ると、生活が単純化されていく。その結果、旅人は生きる上で何が大切なのか、どんなことが重要なのかを思い知らされることになる。火がおきてくれば湯が沸き、太陽の光を浴びれば体が暖かくなる。たったそれだけで幸せになる…。」
    素晴らしい言葉なんですが、ほとんどが徒歩で、厳しい自然環境の中、残りの兵糧を気にしつつ、匪賊の強襲や当局バレを恐れつつ…というスーパーハードモードの旅。バックパッカーとも比較にならないレベルです。
    通常、旅ってのは日常とは違うハレの時間だと思うんですが、本著の旅は完全に日常と一体化し、時間の感覚ももはや「ちょっと天気が良いと数日滞在」とかそういうタイムスパン。

    本著、旅の本として読んでももちろん魅力的なのですが、「途中でハシゴを外された人の本」として読むのもこれはこれで一興ではないかと思います。
    日本軍の密偵として潜入した地域で日本軍の敗北を聞かされ…、この時点で任務は消滅したと言えて「じゃあ日本帰るか」となっても良いはずなんですが、旅を続ける西川一三。
    旅をしたい、という熱意が何よりも上回ったように見え、なんだか手段が目的化したようにも思えてしまいますが、本当にそうだったんだろうか。
    日本帰国後に「インドに行きたい」と言いながらも会社を経営してその夢を果たせずに亡くなった西川。彼にとっては、目の前の実感をこそ、何より大事にしていたのかもしれません。

    そんな旅の実感がたっぷり詰まった本著。少し昔の厳しい旅の姿、その中での人の縁の不思議な交わり、鮮烈な自然の光景、堪能させていただきました。
    「放浪に必要なものは金より言葉」と言ってそれを実践してしまうのは、いや強いなぁ。。

    ちなみに、脇道ですが西川氏が使役した動物、ラクダとヤクの(人間から見た)性能の違いが印象的でした。言うコト聞かないなヤク…。とにかく逃げる(笑
    ヤクの方が高地に順応でき、川を渡れるから使わざるを得ないのでしょうが、高地という土地柄のデメリットはこんなトコにもあるのかという印象を受けました。

  • いっきに読んだと言いながら、読み終えるのに4日間も費やしました。読み応えのある沢木耕太郎さんの「天路の旅人」。

    第二次世界大戦の末期、敵国のその大陸の奥深くまで潜入したスパイ、しかしその行動は随時日本に報告するというのではなく、ラマ教の蒙古巡礼僧に成りすまして、中国の寧夏省、青海省を突破してチベットからインドまで足を伸ばす。

    それは、日本人というのは隠しているが密偵というよりは巡礼としての旅、そのものを新しい土地に人に接したいというだけで奥深く「托鉢」、僧としての修行に励む。僧として一生を過ごせば、立派な高僧になっていたのに、自分はあくまで日本人「密偵」であるという当初の使命感は最後まで揺るがなかった。

    人間の生き様、人生は長いようで短い、短いようで長い。いかに生き続けるか、そこにおもしろみがある。

  • これはやはり沢木耕太郎にしか書けない作品だなと思う。

    『深夜特急』は発売日を待ちわびて初版で読んだものだけれど、これは『深夜』に対する、ご本人からの返事というか、1つの解答のような気がする。

    それにしてももう30年以上も彼の作品を読んできているわけだけれど、いつも真っ先にそして一番感じるのは真摯さだ。取材対象の物事、相手、そして己れ自身の疑問やどうして書こうと思ったかなどに対して、どこまでも真摯。

  • ノンフィクションであるということ、第二次世界大戦末期に実際に密偵として中国の内モンゴルからチベットを経由しインドまで旅した人がいたというインパクトが何よりも大きい。
    例えば、今、西川一三さんや木村肥佐生さんと同じ任務を与えられてやり遂げられる日本人はどれくらいいるのだろう?と思ってしまった。
    私も昔から、生きている間にできるだけ色々なところに行って色々なものを見たいと思っているので、西川さんの「何も持たない代わりに自由に生きる」ことへの憧れは、ほんの少しだけど、わかる気もするけれど…
    人には本当に様々な生き方があるのだなぁと思った。こういう方のお話を一度、生の声で聞いてみたかったな。

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著者プロフィール

1947年東京生まれ。横浜国立大学卒業。73年『若き実力者たち』で、ルポライターとしてデビュー。79年『テロルの決算』で「大宅壮一ノンフィクション賞」、82年『一瞬の夏』で「新田次郎文学賞」、85年『バーボン・ストリート』で「講談社エッセイ賞」を受賞する。86年から刊行する『深夜特急』3部作では、93年に「JTB紀行文学賞」を受賞する。2000年、初の書き下ろし長編小説『血の味』を刊行し、06年『凍』で「講談社ノンフィクション賞」、14年『キャパの十字架』で「司馬遼太郎賞」、23年『天路の旅人』で「読売文学賞」を受賞する。

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