- Amazon.co.jp ・本 (256ページ)
- / ISBN・EAN: 9784103362135
感想・レビュー・書評
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先日、「月まで三キロ」を読んだことをきっかけにずっと積読のままにしていた本作を読みました。
内容としては、理系チックな生物や物理、地学といった知識が出てきますが、メインは人間関係で、割とホッコリする内容だったと思います。
本屋大賞ノミネート作ということもあり、その他のノミネート作と比べると好き嫌いはあるだろうし、もっと心にグッとくる作品もあったので、この順位だったのは妥当だったように感じました。
しかし、もちろん本屋大賞ノミネート作なので、良作であることには変わりありません…
短編によって好みは分かれると思うのですが、私は表題作の「八月の銀の雪」が1番好きでした。
就活に悩む主人公の境遇にとても共感しただけでなく、本編のメッセージもありきたりではあるのですが、アプローチの仕方がユニークでとても良かったです。 -
地球科学×小説の短編5編。つくりは、『月まで3キロ』に似ている。
文章も題材もとても好き。定期的に出してほしい。
理系の知人曰く、「科学がわかると、ひとつひとつの日常や現象が、とてもおもしろく見える」のだそうだ。そういった一つ一つの面白みを、拡げて作品にしているのかなぁ。どうして作家になったのか、知りたいところ。
主人公たちのこれから、が気になる5編。
八月の銀の雪…表題作。就活がうまくいかない大学生の主人公。いつものコンビニで再した、人生うまくやっているはずの元同級生の清田。叱られてばかりのコンビニ店員のベトナム人、グエン。ある日、グエンに大切な論文の行方を尋ねられ…。何年かけても人類が到達できない、地球のコアに降る雪、ロマンティック。
海へ還る日…シングルマザーと、くじらの歌声。上野の博物館に行きたくなる。海全体をつかってコミュニケーションをしているなんて、くじらは本当に壮大。子どものころ(大人になってもだけど)、七つの海のティコという世界名作劇場のアニメが大好きだったのだけど、それを思い出す。
アルノーと檸檬…甲乙つけがたいけど、この話が一番好き。取り壊し予定のアパートに住んでいるおばあさんの家に、鳩が迷い込む。主人公は管理会社の下っ端で、何とかおばあさん(と鳩)に出て行ってもらいたい。家に帰れなくなった伝書鳩と自分を重ね、思い出すのは自分の夢、ふるさと。
玻璃を拾う…SNSで絡んできたのは、珪藻マニアの変わった人。とにかくおはぎ食べたい…。淡い恋の予感。
十万年の西風…人間の好奇心によって得られた様々な発見、それを利用しようとする技術について考える。核兵器、原発。風船爆弾なんて、知らなかったなあ。はるか上空の感覚をとらえる、という凧。なるほど、感じてみたい。 -
社会の中で生きにくさを感じた時、他の生きものに目を向けることで救われることがある。
人とは違う時間軸で生きている、人とは違う世界の見方をしているものたちがいる。それを感じるだけでも、違うんじゃないかな。
宇宙の茫漠な時間に想いを馳せた時、悩みは小さなことだと思うことがある。逆に小さな世界の力強さ美しさを知り、力づけられることがある。
本作は、そんな自然と生きものに出逢う5つの短編。
生きにくさを抱えた主人公たちが、地球の層構造、クジラ、伝書鳩、珪藻、気象に魅せられた人に出逢うことで人生を見直すきっかけを得る。
それぞれの悩みの内容と出会う自然科学の話が見事にリンクしていて、ほんとにうまい。
どの話も優しく心に沁みてきます。 -
口下手な就活大学院生、幼子を抱えたシングルマザー、夢をあきらめ意に沿わない仕事に従事する男性、後輩に彼を奪われた女性、不正をやり過ごすことができず仕事をやめた男性。それぞれ心に傷を持つ主人公たちが、科学によってほんの少し勇気をもらえる話。
主人公たちの抱える傷を決して「ちっぽけ」だなんて思っているわけではないのだが、地球規模で世界をとらえると、それらが急に些細なことのように感じてくるのが不思議だ。
それぞれの話に出てくる科学的な世界は、とても詩的で美しい。
表題作『八月の銀の雪』では、地球の中心部、内核にある鉄でできた銀の森に銀色の雪が降り注ぐ様子を描く。自分の足元のずっと奥の方でそんな幻想的な世界が繰り広げられているなんて、想像するだけで心の中が温かいもので満たされるような気持になる。
『海へ還る日』では、五感を駆使して得た情報を即座に発信する人間と違い、深海に住むクジラたちはずっと深く、長く考え事をしているのではないか、という仮説が示される。
深く暗い海の底で、じっと考え続けるクジラの頭の中には、どんなすばらしい世界が広がっているのだろう。
『十万年の西風』は、他の短編とテイストが異なり、人間の好奇心から出発した科学が、後世に良くない使われ方をして地球や人間を破滅へと導いていくジレンマを、福島の原発事故と戦時中に開発された風船爆弾とを絡めて描いている。
著者は大学で地球惑星科学を研究していたそうだが、自身も俯瞰的に世界を眺めることで迷いや悩みを解消してきたのだろう。また、科学に対する人間の、科学者の責任についても自問自答する日々だったのかもしれない。
地球の神秘に対する著者の純粋な驚きとリスペクトが感じられる小説。参考文献として挙げられている本もどれも面白そうで、読んでみたい。 -
6編の短編で構成されていて、表題作の「八月の銀の雪」がトップバッター。就職活動がうまくいかない大学生と地球の内核を研究するベトナム人留学生が主人公となっていて、最近コンビニに入るたびに外国人労働者が多くなったと感じていたので、初読みの伊予原さんにすんなりととけこんだ。
2作目の「海へ還る日」は子育てに自信が持てないシングルマザーと学術的な資料や研究に使う生物画を描く画家、「アルノーと檸檬」では俳優の道を諦めた男と伝書バトの本を書く元科学記者、「玻璃を拾う」は失恋した女性と珪藻アート作家、「十万年の西風」は原発の下請け会社を辞めた男と気象研究者と、それぞれに登場する主人公たちは現代社会で誰もが抱える悩みを持っている人たち。困った状況で、彼らは科学やサイエンスに触れることでヒントを得て、前向きな気持ちを取り戻していく設定だ。6編を通して登場する主人公たちに心を寄せるというより、会話文で紹介される蘊蓄めいた科学的な理にとても興味をそそられた。
読んだばかりの「少年と犬」と同路線だったからか、2作目の「アルノーと檸檬」が印象深かった。故郷に帰れない主人公と違い、死にものぐるいで家に帰る伝書鳩は読んでいて切ない。まだ通信手段がない時代には新聞社では伝書鳩が飼われ、鳩の飼育係が居た。その飼育係は定年後もアルノーと云う素晴らしい遺伝子を引き継ぐ鳩を飼い続け、遠隔地でアルノーを放つ。ところがアルノーは自分の巣へ戻る途中でアクシデントが起き長年帰ることができない。何とかたどり着くのだがもうすでに飼育者は死んでいた。マンションに建て替えられて巣へ帰れずに隣の古びたアパートのベランダへ降り餌をもらっている。鳩は太陽コンパスと体内時計、地磁気などにより方角を知る能力に優れ帰巣本能が高いらしい。「身近な鳥のすごい事典」で知識を補ったが、人間の勝手さに腹立つ思いがこみ上げる。地球は人間だけのものではないと改めて教えてもらう。シートン動物記の「伝書鳩アルノー」も面白そうだ。
6作目の「十万年の西風」も原発も絡めて改めて頭に入れて置かなければならないテーマだろう。福島県へ続く千葉の海岸で凧を揚げている気象研究者が語る会話に背筋が寒くなった。偏西風を利用してアメリカ西岸へ打ち上げられた風船爆弾などの話は知っていたが、気象学を研究していた人との絡みが何とも悲しい。
すべて6作とも設定はほぼ同じ。起承転結といった物語の展開を望む人向きではないが、ストーリーの中で核となり会話となり語られる蘊蓄(うんちく)は耳を傾ける価値があると思う。学問を究めた結果を知ることで得られる安心感を小説の中で表現できたらと語る著者の思うところだろう。単に学術書を読んで知識を得るのは退屈だが、こういう形で得られるのは有益だ。
デビュー作の「月まで三キロ」を読んでみたくなった。 -
五つの物語からなる作品集。どの話も読みやすく、ハッピーエンドになっていて良かった。一番面白かったのは、表題『八月の銀の雪』。「こんなところに雪が降るのか!」と意外だった。
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静かに深く刺さってくる短編5編です。とりわけタイトルになっている「八月の銀の雪」と「玻璃を拾う」が私にはよかったです。主人公は軒並み不器用で自信無くて自己主張出来ない人なのですが関わり出来た相手によって曙光が射してくるストーリーがどれも素敵でした。どなたかの書評で知った作家さんですがもっともっと読んでみたくなった方ですね。経歴も異色な方ですけれど短編とは言え多大な資料をじっくり吟味された上での作品ばかりなので頭にも心にも沁みる短編集でした♪