八月の銀の雪

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  • 新潮社
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  • Amazon.co.jp ・本 (256ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784103362135

感想・レビュー・書評

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  • 本屋大賞ノミネート作品ということで積読していた作品。初めましての作家さんで、期待も込めつつ読み進めたところ、自分好みの作風で、読了後から早速、伊与原さんの他の作品も読んでみたいと思った。

    本作は全5章から成る短編集。
    5つ全て違う分野で、短編とは言え、それぞれの分野について作者が丁寧に下調べしたことが伺えた。
    以下、各章簡単なあらすじとレビュー。

    ◾️八月の銀の雪
    日本で地震について学ぶ為、ベトナムから留学にきたグエンと、就活がうまくいかない男子大学生の主人公。コンビニでまごつくグエンの姿にイライラしていたけれど、次第に彼女の知性と直向きさに気付かされていく。
    自分も留学経験があるが、バイトはしたことがない。母国語以外の言語で文化も生活様式も異なる国で働くって冷静に考えて本当にすごいことだ。しかも、東南アジアやアフリカ等新興国から勉強の為に日本に来ている学生は、その国のトップレベルの学生であることも多い。
    話が脱線したが、グエンの研究に対する実直さと知的好奇心は純粋に美しい。また、彼女との対話を通して、堀川の就活に対する考えが変化していく様子も読んでいて温かい気持ちになった。

    ◾️海へ還る日
    シングルマザーの母娘と上野の博物館で働く女性の交流を描いた作品。クジラの脳の話は知らないことも多かったので勉強にもなった。
    博物館非常勤職員の宮下さんのことばがどれもすごく温かいので、特に素敵だなと思った部分を引用します。
    「大事なのは、何かしてあげることじゃない。
    この子には何かが実るって、信じてあげることだと思うのよ」

    ◾️アルノーと檸檬
    俳優を目指して上京したがうだつが上がらず夢破れたサラリーマンが、集合住宅に迷い込んだ鳩との出逢いを通じて、鳩の飼い主や伝書鳩の歴史を遡るお話。園田の俳優業への思いと挫折、父との関係、亡くなった祖父への感謝と申し訳なさ…。きっと誰も悪くないのに、家族とはどうしてこうもギクシャクしてしまうものなのだろう。いつか園田が自然と実家に帰れる日が来たらいいなと思う。

    ◾️玻璃を拾う
    主人公の女性が、微生物の珪藻を使ったアートに打ち込む男性と出逢うお話。
    女性と男性のヒストグラムの話はなるほどな〜笑と思った。
    また、珪藻アートはこれまで聞いたことがなく、気になってYouTubeで観てみたが、宝石のように美しかった。このようなミクロアートの存在と、そこに情熱を傾けている人がいるということを知れたのも良かった。

    ◾️十万年の西風
    福島の原発で働いていた男性が、茨城の海岸で凧揚げをしている男性と出逢い対話する中で、戦争(風船爆弾)と原発という、科学の負の側面に触れるお話。人々の暮らしの発展の為に研究開発されてきた科学技術が、戦争という人殺しの道具の為に用いられるとう皮肉は、歴史の授業でも学んできたテーマだが、東日本大地震を機に、原発についてもその賛否が問われるようになった。核兵器は完全悪だが、原発については津波による事故さえなければ、ここまで大々的に俎上に載ることは無かっただろう。正解がないから難しい問題だ。

    地震波、鯨、伝書鳩、微生物(珪藻)、原発…
    身近なようで奥が深く、思わず誰かに話したくなるような科学の知識に触れることができ、かつ登場人物たちの出逢いや心の動きなど、物語そのものも楽しむことができる、読みごたえのある作品だった。
    科学の好き嫌いは関係なく、老若男女問わず誰でも楽しめる作品だと思う。おすすめです。

  • 『月まで三キロ』と同じく、自然科学の知識を絡めた小説5編

    自然科学といえばどことなく冷たい感じがするがそんなことは全然なかった
    人智を遥かに超えたとてつもなく大きな自然の力を教えてもらった
    人間は全てを牛耳ろうとせずに、自然に身を委ねたらいいのではないかとさえ思えてくる

    表題にもなっている『八月の銀の雪』より 

    (地球の)内核は、地球の中にある、もう一つの星です。大きさ、月の三分のニぐらい。熱放射の光をもし取り除けたら、銀色に輝いて見える星。それが液体の外核に囲まれて、浮かんでる。この星の表面、びっしりぜんぶ銀色の森です。高さ百メートルもある鉄の木の森。正体は、樹枝状に伸びた鉄の結晶。
    そして、その森には、銀色の雪が降っているかもしれない
    これも、鉄の結晶の小さなかけらです。外核の底で液体の鉄が凍って生まれる。それが内核の表面に落ちていきます
    ゆっくり、静かに、雪みたいに」

    地球の中心に積もる鉄の雪ーー

    なんと幻想的な風景だろう。地球の内部でそんなことが起こっているとは!
    そして、少しずつ内核が大きくなっているというのだ
    想像するだけで、ワクワクする

    そして、話は

    僕も、耳を澄ませよう。うまくしゃべれなくても、耳は澄ませていよう。その人の奥深いところで、何かが静かに降り積もる音が聴き取れるぐらいに。

    と結ばれる
    知的好奇心をくすぐられると同時に、美しい文章と心に沁み入る話の内容に感動した

    地球の内部で、深海で、空高く更にその上で、目にも見えない微生物の世界の中で・・・いろんなことが起きているその一端を垣間見、想像できたことが嬉しい

    ちっぽけではあるが地球上に生を受けたことが嬉しいと思える本だった

  • 先日、「月まで三キロ」を読んだことをきっかけにずっと積読のままにしていた本作を読みました。
    内容としては、理系チックな生物や物理、地学といった知識が出てきますが、メインは人間関係で、割とホッコリする内容だったと思います。

    本屋大賞ノミネート作ということもあり、その他のノミネート作と比べると好き嫌いはあるだろうし、もっと心にグッとくる作品もあったので、この順位だったのは妥当だったように感じました。
    しかし、もちろん本屋大賞ノミネート作なので、良作であることには変わりありません…

    短編によって好みは分かれると思うのですが、私は表題作の「八月の銀の雪」が1番好きでした。
    就活に悩む主人公の境遇にとても共感しただけでなく、本編のメッセージもありきたりではあるのですが、アプローチの仕方がユニークでとても良かったです。

  • 地球科学×小説の短編5編。つくりは、『月まで3キロ』に似ている。
    文章も題材もとても好き。定期的に出してほしい。
    理系の知人曰く、「科学がわかると、ひとつひとつの日常や現象が、とてもおもしろく見える」のだそうだ。そういった一つ一つの面白みを、拡げて作品にしているのかなぁ。どうして作家になったのか、知りたいところ。
    主人公たちのこれから、が気になる5編。

    八月の銀の雪…表題作。就活がうまくいかない大学生の主人公。いつものコンビニで再した、人生うまくやっているはずの元同級生の清田。叱られてばかりのコンビニ店員のベトナム人、グエン。ある日、グエンに大切な論文の行方を尋ねられ…。何年かけても人類が到達できない、地球のコアに降る雪、ロマンティック。

    海へ還る日…シングルマザーと、くじらの歌声。上野の博物館に行きたくなる。海全体をつかってコミュニケーションをしているなんて、くじらは本当に壮大。子どものころ(大人になってもだけど)、七つの海のティコという世界名作劇場のアニメが大好きだったのだけど、それを思い出す。

    アルノーと檸檬…甲乙つけがたいけど、この話が一番好き。取り壊し予定のアパートに住んでいるおばあさんの家に、鳩が迷い込む。主人公は管理会社の下っ端で、何とかおばあさん(と鳩)に出て行ってもらいたい。家に帰れなくなった伝書鳩と自分を重ね、思い出すのは自分の夢、ふるさと。

    玻璃を拾う…SNSで絡んできたのは、珪藻マニアの変わった人。とにかくおはぎ食べたい…。淡い恋の予感。

    十万年の西風…人間の好奇心によって得られた様々な発見、それを利用しようとする技術について考える。核兵器、原発。風船爆弾なんて、知らなかったなあ。はるか上空の感覚をとらえる、という凧。なるほど、感じてみたい。

  • 社会の中で生きにくさを感じた時、他の生きものに目を向けることで救われることがある。
    人とは違う時間軸で生きている、人とは違う世界の見方をしているものたちがいる。それを感じるだけでも、違うんじゃないかな。

    宇宙の茫漠な時間に想いを馳せた時、悩みは小さなことだと思うことがある。逆に小さな世界の力強さ美しさを知り、力づけられることがある。
    本作は、そんな自然と生きものに出逢う5つの短編。

    生きにくさを抱えた主人公たちが、地球の層構造、クジラ、伝書鳩、珪藻、気象に魅せられた人に出逢うことで人生を見直すきっかけを得る。
    それぞれの悩みの内容と出会う自然科学の話が見事にリンクしていて、ほんとにうまい。 
    どの話も優しく心に沁みてきます。

  • 口下手な就活大学院生、幼子を抱えたシングルマザー、夢をあきらめ意に沿わない仕事に従事する男性、後輩に彼を奪われた女性、不正をやり過ごすことができず仕事をやめた男性。それぞれ心に傷を持つ主人公たちが、科学によってほんの少し勇気をもらえる話。

    主人公たちの抱える傷を決して「ちっぽけ」だなんて思っているわけではないのだが、地球規模で世界をとらえると、それらが急に些細なことのように感じてくるのが不思議だ。

    それぞれの話に出てくる科学的な世界は、とても詩的で美しい。
    表題作『八月の銀の雪』では、地球の中心部、内核にある鉄でできた銀の森に銀色の雪が降り注ぐ様子を描く。自分の足元のずっと奥の方でそんな幻想的な世界が繰り広げられているなんて、想像するだけで心の中が温かいもので満たされるような気持になる。
    『海へ還る日』では、五感を駆使して得た情報を即座に発信する人間と違い、深海に住むクジラたちはずっと深く、長く考え事をしているのではないか、という仮説が示される。
    深く暗い海の底で、じっと考え続けるクジラの頭の中には、どんなすばらしい世界が広がっているのだろう。

    『十万年の西風』は、他の短編とテイストが異なり、人間の好奇心から出発した科学が、後世に良くない使われ方をして地球や人間を破滅へと導いていくジレンマを、福島の原発事故と戦時中に開発された風船爆弾とを絡めて描いている。

    著者は大学で地球惑星科学を研究していたそうだが、自身も俯瞰的に世界を眺めることで迷いや悩みを解消してきたのだろう。また、科学に対する人間の、科学者の責任についても自問自答する日々だったのかもしれない。

    地球の神秘に対する著者の純粋な驚きとリスペクトが感じられる小説。参考文献として挙げられている本もどれも面白そうで、読んでみたい。

  • 6編の短編で構成されていて、表題作の「八月の銀の雪」がトップバッター。就職活動がうまくいかない大学生と地球の内核を研究するベトナム人留学生が主人公となっていて、最近コンビニに入るたびに外国人労働者が多くなったと感じていたので、初読みの伊予原さんにすんなりととけこんだ。
    2作目の「海へ還る日」は子育てに自信が持てないシングルマザーと学術的な資料や研究に使う生物画を描く画家、「アルノーと檸檬」では俳優の道を諦めた男と伝書バトの本を書く元科学記者、「玻璃を拾う」は失恋した女性と珪藻アート作家、「十万年の西風」は原発の下請け会社を辞めた男と気象研究者と、それぞれに登場する主人公たちは現代社会で誰もが抱える悩みを持っている人たち。困った状況で、彼らは科学やサイエンスに触れることでヒントを得て、前向きな気持ちを取り戻していく設定だ。6編を通して登場する主人公たちに心を寄せるというより、会話文で紹介される蘊蓄めいた科学的な理にとても興味をそそられた。
    読んだばかりの「少年と犬」と同路線だったからか、2作目の「アルノーと檸檬」が印象深かった。故郷に帰れない主人公と違い、死にものぐるいで家に帰る伝書鳩は読んでいて切ない。まだ通信手段がない時代には新聞社では伝書鳩が飼われ、鳩の飼育係が居た。その飼育係は定年後もアルノーと云う素晴らしい遺伝子を引き継ぐ鳩を飼い続け、遠隔地でアルノーを放つ。ところがアルノーは自分の巣へ戻る途中でアクシデントが起き長年帰ることができない。何とかたどり着くのだがもうすでに飼育者は死んでいた。マンションに建て替えられて巣へ帰れずに隣の古びたアパートのベランダへ降り餌をもらっている。鳩は太陽コンパスと体内時計、地磁気などにより方角を知る能力に優れ帰巣本能が高いらしい。「身近な鳥のすごい事典」で知識を補ったが、人間の勝手さに腹立つ思いがこみ上げる。地球は人間だけのものではないと改めて教えてもらう。シートン動物記の「伝書鳩アルノー」も面白そうだ。
    6作目の「十万年の西風」も原発も絡めて改めて頭に入れて置かなければならないテーマだろう。福島県へ続く千葉の海岸で凧を揚げている気象研究者が語る会話に背筋が寒くなった。偏西風を利用してアメリカ西岸へ打ち上げられた風船爆弾などの話は知っていたが、気象学を研究していた人との絡みが何とも悲しい。
    すべて6作とも設定はほぼ同じ。起承転結といった物語の展開を望む人向きではないが、ストーリーの中で核となり会話となり語られる蘊蓄(うんちく)は耳を傾ける価値があると思う。学問を究めた結果を知ることで得られる安心感を小説の中で表現できたらと語る著者の思うところだろう。単に学術書を読んで知識を得るのは退屈だが、こういう形で得られるのは有益だ。
    デビュー作の「月まで三キロ」を読んでみたくなった。

  • 五つの物語からなる作品集。どの話も読みやすく、ハッピーエンドになっていて良かった。一番面白かったのは、表題『八月の銀の雪』。「こんなところに雪が降るのか!」と意外だった。

  • 科学、どうかな?と思っていたけど、とても良かった。
    科学に人間がうまく絡んでいて、あたたかくて優しい話のつまった短編集。
    登場人物はそれぞれみんな何かを抱えている。‶なにかありそうだなこの人・・・”と匂わせながら、少しずつその人の抱えているものが明らかになる。この感じが好き。

    あまり短編集を読まないから見当違いなことを言っていたら恥ずかしいけれど、表題作が一番最初にくるのって珍しいような気がする。
    その表題作「八月の銀の雪」が良くて読み始めてすぐ引き込まれた。作戦かな?
    そしてどのお話もすごく良かったのでそれぞれについて書いてみよう。


    「八月の銀の雪」
    「みんな、なんで自分たち住む星のこと、知りたくならないのか。内側がどうなってるか、気にならないのか。表面だけ見てても、何もわからないのに」
    これは人間にも通じるんだろうなと思っていたら案の定。


    「海へ還る日」
    ヒトが発達させてきたのは、インプットした知識を言葉や文字、道具、技術を使って発信する「外向きの知性」。
    対してクジラは「内向きの知性」を発達させているのかもしれない。人間よりも深く考え事をしているのかも。
    クジラ、やっぱり不思議な生き物だ。


    「アルノーと檸檬」
    家に帰る鳩と、実家に帰れなくなった主人公。
    帰ってきたときには飼い主も家もなくさまよっていたアルノー19号。寂しい。。。
    「そこからどんなに遠く離れたところにいても、帰るべき場所がいつも見えている。そして時期がくれば、何の迷いもなくそこへ向かって飛んでいく。シンプルで、うらやましいような気もしますよ。私にはね」
    最後、主人公が実家に帰って終わるわけではないところがまた良いなと思った。


    「玻璃を拾う」
    これ好き!実写化するなら野中はぜひ本郷奏多くんで・・・!
    「今はもう、作ってないんです。何も」
    お葬式のときの指の震え、製作のときの指の震え。
    胸がきゅっとなる。でもきっともう大丈夫だと思えるラストが素敵。


    「十万年の西風」
    収録作のなかで一番科学が強いかな。
    どこか重松清作品を思わせるような柔らかくて切ない雰囲気。
    「十万年前や十万年後を語るなら、放射能なんかじゃなくて、暖かいとか凍ってるとか、そういう話がいい。人間は、その好奇心ってやつを、そういうことだけに向けていられないんですかねえ。空とか風とか、のどかで平和なことに」

  • 静かに深く刺さってくる短編5編です。とりわけタイトルになっている「八月の銀の雪」と「玻璃を拾う」が私にはよかったです。主人公は軒並み不器用で自信無くて自己主張出来ない人なのですが関わり出来た相手によって曙光が射してくるストーリーがどれも素敵でした。どなたかの書評で知った作家さんですがもっともっと読んでみたくなった方ですね。経歴も異色な方ですけれど短編とは言え多大な資料をじっくり吟味された上での作品ばかりなので頭にも心にも沁みる短編集でした♪

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著者プロフィール

1972年、大阪府生まれ。神戸大学理学部卒業後、東京大学大学院理学系研究科で地球惑星科学を専攻し、博士課程修了。2010年、『お台場アイランドベイビー』で第30回横溝正史ミステリ大賞を受賞し、デビュー。19年、『月まで三キロ』で第38回新田次郎文学賞を受賞。20年刊の『八月の銀の雪』が第164回直木三十五賞候補、第34回山本周五郎賞候補となり、2021年本屋大賞で6位に入賞する。近著に『オオルリ流星群』がある。

「2023年 『東大に名探偵はいない』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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