笑いオオカミ

著者 :
  • 新潮社
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  • Amazon.co.jp ・本 (388ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784103510062

感想・レビュー・書評

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  • 一風変わったタイトル。読了後、わかったような気もするが、わからないような気もする。
    冒頭に、在野の動物学者であった平岩米吉の著作(『狼―その生態と歴史』)からのかなり長い引用を含め、ニホンオオカミに関する説明がある。
    だが、物語は直接はオオカミに関連せず、1人の少女と、少女を「誘拐」した1人の少年との長いような短いような「逃避行」の顛末である。

    時代は戦後まもなく。
    少年は父親と墓場で暮らしていたが、父の死後、施設に引き取られて生きてきた。
    少女の父は余所の既婚女性と浮気をしていたが、その夫が復員兵として帰ってきてのっぴきならない状況になる。挙句、復員兵が持っていた包丁で3人が心中するという異様な死に方をする。以後、しっかり者の母はひとり親として少女とその兄の2人の子を育ててきた。だが、兄の方は病弱で死亡。現在は少女と母の2人暮らしである。
    実は、少年は墓場で、少女の父を含む心中の3人を発見していた。男2人は死に、女はまだ生きていた。警察にそれを知らせてその場を離れた。長じて、少年は過去の新聞記事を調べて事件の顛末を知り、少女の家を訪ね、母に会ったこともあった。その後も一度、少女に会っている。
    濃いようでもあり、薄いようでもある、不思議な縁である。

    何年かの後、少年は施設を出て就職、初めての休暇をもらったので旅に出てみようと思い立つ。
    少女は学校帰りだった。
    偶然なのか待ち伏せだったのか、とにかく2人は顔を合わせる。
    少年が何気なく誘い、少女も何となくそれに乗る。
    そんなわけで2人の旅が始まる。

    少年は北を目指す。だがこれといったあてのない旅である。
    少女は男の子のふりをすることにし、2人は列車に乗る。
    2人は『ジャングル・ブック』や『家なき子』の登場人物に自らをなぞらえ、互いをその名で呼ぶ。
    ぎゅうぎゅう詰めの列車に揺られ、駅で弁当を買い、途中下車した先で短い冒険もする。
    腹を壊したり、熱を出したりとハプニングもあるのだが、その旅はどこかファンタジックで、おままごとのようでもある。

    戦後、不安定な時代である。狂犬病の犬もうろつけば、ヤミ米の摘発もある。チフスやコレラの蔓延もある。ところどころに当時の新聞記事の引用があり、時代背景が覗く。
    決して治安がよいとはいえない世界を、2人は『ジャングル・ブック』のアケーラとモーグリとして、『家なき子』のレミとカピとして、流れ流れていく。
    北に向かっていたはずの旅はいつしか東京近郊に舞い戻り、舞鶴へと向かい、行先は転々と変わる。

    終盤に近付くにつれ、物語は現実と幻想、いや別の現実を行き来する。
    混乱期、あるいは強盗に殺され、あるいは犬にかみ殺され、あるいは溺れ死んだ、不幸な死に方をした幾多の子供たちの魂が2人に乗り移り、2人は幾度もその現実を味わう。歴史に飲まれた悲しい命たち。でも確かにそこにいた命たち。
    彼らはそうしたものたちの「代弁者」となっているかのようである。
    一方、彼らの現実の旅は、もちろん、永遠に続けられるものではなかった。

    あるいは著者がここで描こうとしているのは、いわゆる教科書的な家族ではない、人と人とのつながりが可能であるのかということなのかもしれない。
    著者は、太宰治の次女である。だが、物心ついたときには父はこの世にはいなかった。本書の少女と同様に、父の情死後、しっかり者の母に育てられ、兄は病死している。少女の境遇と似ており、もちろん、自分を少女になぞらえている部分もあるのだろうが、それだけではないように思う。また、その文才が父から受け継いだ天賦のものと見ることもできるのだろうが、著者はおそらくそれを喜ばないだろう。父が遺したのはむしろ、「父不在の家庭」という面の方が大きかったのではないか。
    標準的ではない家庭で育った著者は、ある種、肩書や属性に囚われない生身の人間同士の関係が見えていたのではないか。不安定な時代に生きる、既存の「枠」から少々外れてしまった少年と少女の姿を借り、紋切型ではない「群れ」の可能性を追っていたようにも見える。

    生きること自体の哀しみ、そこにときおり宿るほのかなぬくもり、そんなものが漂う世界である。アケーラとモーグリ、レミとカピと過ごした旅の余韻が残る。

  •  ニホンオオカミは1905年に絶滅とのことです。津島佑子「笑いオオカミ」、2000.11発行、全385頁。オオカミの化身なのか、17歳の少年、にしだみつお。その少年と一緒に旅に出る12歳の少女、ゆき子。読み続けると面白いかもしれないなという印象はありますが、歳のせいだと思います。根気が続かないで、68頁で失速しました。

  • 幼い時に出会い、思春期にまた巡りあった二人の道中は旅なのか、誘拐なのか。
    どこまでが現実で、どこまでが空想なのか。

    戦後日本という苦しいジャングルの中をさ迷う二人とともに、読者もまた物語の迷宮をさ迷う。

  • 途中で小休止

  • 津島佑子は凄い!
    発想が凄過ぎ。墓地の溝で寝て生活する親子。アケーラとモーグリ!その冒険譚なのだが、こうだと読んでるといつの間にか物語がアスペクトが変わってしまってる。気がつくと変わった後なのだ。そんな風に違う次元にやすやすと読者を誘う。不思議に凄い小説だなぁ。

  • 気がつくと時間も空間も越えてしまっている、津島佑子の目。
    そして、生きているものの目線と死者の目線がある時にふと入れ替り、他者と自分との境目がわからなくなってしまうような、感覚。

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著者プロフィール

津島 佑子(つしま・ゆうこ) 1947年、東京都生まれ。白百合女子大学卒業。78年「寵児」で第17回女流文学賞、83年「黙市」で第10回川端康成文学賞、87年『夜の光に追われて』で第38回読売文学賞、98年『火の山―山猿記』で第34回谷崎潤一郎賞、第51回野間文芸賞、2005年『ナラ・レポート』で第55回芸術選奨文部科学大臣賞、第15回紫式部文学賞、12年『黄金の夢の歌』で第53回毎日芸術賞を受賞。2016年2月18日、逝去。

「2018年 『笑いオオカミ』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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