- Amazon.co.jp ・本 (160ページ)
- / ISBN・EAN: 9784103533818
作品紹介・あらすじ
この島のできる限りの情報が、いつか全世界の真実と接続するように。沖縄の古びた郷土資料館に眠る数多の記録。中学生の頃から資料の整理を手伝っている未名子は、世界の果ての遠く隔たった場所にいるひとたちにオンライン通話でクイズを出題するオペレーターの仕事をしていた。ある台風の夜、幻の宮古馬が庭に迷いこんできて……。世界が変貌し続ける今、しずかな祈りが切実に胸にせまる感動作。
感想・レビュー・書評
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芥川賞その2
沖縄の古びた郷土資料館の整理を手伝っている未名子は、宇宙や海底や戦地にいる人へオンライン通話でクイズを出題する仕事をしていた。
そして、双子の台風が接近した晩、幻の宮古馬が未名子の家の庭に迷いこんでくる。
さざなみのように広がっていく、
なんとも幻想的で不思議な世界観だ。
静かな小説だが、落ち着いて読ませてはくれない。
途切れた物語が多すぎた沖縄。
少しでも資料として残そうとする未名子。
でも、戦争がなく、大災害がなければ、その資料も役立つことなく消え去ってしまうだろう。
その方がすばらしいことと、宮古馬の上で揺られながら未名子が思うラストは、ほんわかと温かく素敵だ。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
「居た場所」は未読だが、これまで読んできた作品の中で間違いなく、高山羽根子さんの最高傑作だと思います。
終戦間際の琉球の地獄のような状況も、今現在の様々な国の抱える悩みや苦しみも、周りの倫理観の違いによる痛みを抱える孤独な人たちも、すべて引っくるめて、絶えず変化している真実たちの、その瞬間瞬間を、大切に、愛おしく、汲み取っていくことのささやかな幸せを実感させてくれた、この物語は、高山さんならではの、淡々と穏やかな語り口でありながら、内奥で熱く猛り狂っている情念の凄まじさも感じ取れるような、底知れぬ深淵を見た思いがしました。
人の骨の一部でさえも、その人の生きてきたすべての体験や知識、思いや感情まで、すべて入っているように思われて、改めて、かけがえのない偉大なものであることを実感させられ、人生には良いことも悪いこともあるけれど、それらが形になっている、ただそれだけで何か讃えたい気持ちにさせられる。
また、主人公の「未名子」という名前にも意味合いを感じ、孤独な人生で毎日同じ暮らしをしていても、それなりに生きてはいるけれど、彼女自身の、ふと望んでいた事を実現させた、今の思いを巡らしてみると、彼女自身が生きている証、所謂、名前のようなものが新たに命名されたようにも感じられるのです。
おそらく、70年ぶりに琉球競馬が復活したことは(2013年)、高山さんもご存知だろうし、それを最も喜んでいる一人なのかもしれません。
歴史上のごく僅かな期間の、取るに足らない、些細なことなのかもしれない出来事や知識にも、大切なものは、たくさん存在するし、そうしたものに目を向けることの大切さを、高山さんは教えてくれた。
そして、それらを築き上げてきたのは私たち人間なのだ。 -
沖縄・首里の外人住宅街の一角に建つ『沖縄及島嶼資料館』。民俗学研究家の順さんという年老いた女性が、長年私的に収集した沖縄の資料を収蔵している建物だ。
本書の主人公、未名子は、家の近所だったこの資料館に小さいころから通っており、今は順さんの収集した資料のアーカイブ整理をボランティアで行っている。
資料館の存在もちょっと不思議だが、未名子が収入を得るために働いている職場もかなり変わっている。たった一人しかいない事務所で、パソコンから登録者に対して通信でクイズを出し、回答してもらう、というものだ。
クイズの解答者は国も地域もバラバラで、あまり詳しくは明かされないが、他と隔絶された環境にいる、という共通点があることがうっすらとわかってくる。
このような、ちょっと不思議な、でもそれほど変化のない毎日を送っていた未名子の家に、突然沖縄在来の『宮古馬』が現れたことから、彼女の日常は徐々に変化を見せていく。
とりとめのない話で、意図をつかみきれているのかはなはだ心もとないのだが、本書のテーマは、沖縄の風土や『宮古馬』に象徴される古来の文化が、現代において異質であるとみなされ、かつて存在したという記憶さえも失われて上書きされていく社会、マイノリティというだけで排除される社会に対するアンチテーゼなのではないかと感じた。
沖縄は、廃藩置県で区画が引き直され、太平洋戦争では地形さえも変わってしまうほど破壊された。また、沖縄を通る台風は、自然や建物を根こそぎ持っていくほどの力を持っている。
資料館のある外人住宅街は、戦後建てられたもので、現在はおしゃれな雑貨屋などがひしめくエリアとなっている。そのような一角で、誰に見せるわけでもなく、どこかに発表するわけでもなく、淡々と地域の雑多な資料を収集し続ける順さんと資料館は、周囲の人にとって気味の悪い存在と映っている。
未名子も同様である。事務所のパソコンを修理しに来てくれる地元の電気屋は、得体のしれない事務所で働く未名子を気味悪がる。突然未名子の前に現れた『宮古馬』も、電車やバスが走る現代ではあまりに浮いた存在で、相談に行った警察でも迷惑がられる。
クイズ解答者の人物像やこれまでの人生については、物語の最後の方に、一人語りという形で明らかにされるが、皆どこかかつての暮らしになじめず、あえて現代と隔絶された環境に身を置いている者ばかりであることがわかる。彼らと少しずつ心を通わせてきた未名子は、最後に一つのお願いをする。
あっという間に変化していく社会の中で、当たり前に存在していたものの記憶もあやふやになっていく。未名子の行動は、そのような社会に対してあまりにもわずかな抵抗ではあるが、少しだけ未来に希望を感じさせる。 -
沖縄の郷土資料館で収集物を撮影する仕事を持つ未名子。世界各地、異国の人間にオンラインでクイズを出す仕事もしている。台風の次の朝に庭にうずくまっていた馬の世話を始める。第163回 芥川賞受賞作。
沖縄の過去、未名子やクイズに答える人の過去、未名子を通じて共有される。写真に撮られず記録に残らない過去の出来事、個人が経験した出来事、小さなことかもしれないけれど、どれもそれはあったことで、個人を世界を支えたもの。だれも知らないまま終わること、でもそれを守ろうとする未名子、過去から現在、未来へと繋がっているもので、できる限り、残しておきたいんだろうな。
またしても不思議な世界に入り込んだような感じ。 -
物語の前半、人付き合いが苦手で孤独と閉塞感を抱えた未名子が『沖縄及島嶼資料館』で資料の整理をし、ネットを通じてクイズを出す『問読者』の仕事をする姿が淡々と描かれている。
クイズの回答者も、それぞれの事情により閉塞された空間で孤独を抱えている。(その事情は後半に明かされるのだが)
ある台風の日に、庭に馬が迷い込んだことで未名子の気持ちが動き出す。
その馬は『宮古馬』
よる琉球競馬は、失われた琉球の文化であり、その衰退は琉球の歴史そのものだ。
沖縄の文化は細切れだという。頻繁に襲う台風により、琉球処分により、沖縄県の爆弾により破壊され続けた。
沖縄の文化の記録を残さなければと未名子は思う。その思いが未名子の背中を強く押したのだろう。
『首里の馬』執筆中に首里城炎上の惨事が起きたそうだ。(このことは、物語では触れていないが)
「景色が大きく変わってしまって、元の状態がわからなくなったときに、この情報がみんなの指針になるかもしれない。この資料が誰かの困難を救うかもしれない」の文には、首里城の惨事を彷彿とさせる。
記録を残すことで未来の誰かと繋がる。そんな繋がりもあることに未名子は思い至る。
抱えていた孤独と閉塞感から解放されていくラストがあたたかい。 -
第163回芥川賞受賞作。
おかげさまで最近わりと早くこういう本が手に入り、
新鮮なうちに読めるようになりました。
高山羽根子さんは第160回と161回の候補にもなったそうですが、
その時は古市くんの候補作を読んでいて、
高山さんのことは全く記憶にありません。
自分の傾向としては、芥川賞作品について
すごく面白いとか感動するとかより
「これが芥川賞か」と思って読む、
そして選考委員の評言(今回まだ無い)や文化人のレビューを読み「なるほど」と感心する、という楽しみ方を選択しています。
これから読む方のために、二つ参考に書いておきます。
一つ目。116頁に「テラブガマ」とあり、なんだっけ?と思ったら、48頁をごらんください。
二つ目。「琉球処分」について、最近読んだ安部龍太郎さんと佐藤優さんの対談『対決!日本史』214頁にわかりやすい説明があったので、ここに書いておきます。
(面白かったので、この本もぜひ読んでください)
安部「土地をもっている武士なんて誰もいません。土地はお上から預かっているものなのです。江戸時代の日本では、完全な公地公民制が敷かれました。」
佐藤「だから明治維新が起きたあと、版籍奉還をやらなければいけなかったのですよね。」
安部「おっしゃるとおりです。江戸幕府から預かっていた土地(版)と民衆(籍)を、各地の大名はいったん朝廷に返還しなければなりませんでした。」
佐藤「この版籍奉還のときに、琉球だけは琉球藩を作るのです。どうしてかというと、琉球には江戸幕府から預かっているものがありません。返すものがないということで、琉球王国はいったん琉球藩として編成されました。琉球以外の地域では廃藩置県ができても、いきなり沖縄県を設置することはできなかったのです。
まず琉球王国から琉球藩に変わった短期間を経て、そのうえで琉球藩が沖縄県へと再編成されました。琉球処分が完成するまで(明治12年=1879年)、沖縄では二段階の手続きが必要だったのです。」 -
居酒屋で隣になった方からオススメされた本作(笑)
うーん…素直に言うとあんまり面白さが見出せなかったかなぁ…
ただ作品のせいというよりも、自分の知識と想像力…というか人間力というか…そこらへんが足りてなかったのかと(笑)
特に戦後の状況とか、そのへんの雰囲気とか感覚というのがイマイチ掴めていなくて…よく分からんな…と思いながら、最後まで頑張って読み切ったという感じ。
沖縄の歴史、その情報を守ろうとする主人公。
作品に漂う、物悲しく孤独な雰囲気。
そこにアクセントを加える独自の設定。
「世界の果ての孤独な業務従事者へのクイズを出すという不思議な仕事」と「宮古馬」等々…
作者の土俵であるSF的なオリジナリティーを入れながら構成されるこの独特な雰囲気がウリなのかなと。
やらんとしてることはわかるし、評価された面も何となく分かるんだけども…
自分にはちょっと…という感じでしたね。
ハマる人にはハマるんだと思います。
あと、個人的にはカンベ主任がけっこう好きでした。
一つ一つの言葉を大切にするというか…こういう感じの喋り方をする方ってとても誠実な気がして。
感想をまとめると「目指せカンベ主任」かな(笑)
<印象に残った言葉>
・瞬間、小さい悲鳴を飲みこんだのは、カーテンを引き開けた目の前、未名子の家の小さな庭にいっぱいの、大きな一匹の生き物らしき毛の塊がうずくまっていたからだ。(P63)
・あいさつの声ひとつ取っても、大きく明瞭なことこそが価値があって優れている、と信じて疑わない人間のことが幼いころから苦手だったというのもある。(P79)
・ただ未名子は、そんなことはないほうがいい、今まで自分の人生のうち結構な時間をかけて記録した情報、つまり自分の宝物が、ずっと役に立つことなく、世界の果てのいくつかの場所でじっとしたまま、古びて劣化し、穴だらけに消えてしまうことのほうが、きっとずっとすばらしいことに決まっている、とあたたかいヒコーキの上で揺られながらかすかに笑った。(P158)
<内容(「BOOK」データベースより)>
この島のできる限りの情報が、いつか全世界の真実と接続するように。沖縄の古びた郷土資料館に眠る数多の記録。中学生の頃から資料の整理を手伝っている未名子は、世界の果ての遠く隔たった場所にいるひとたちにオンライン通話でクイズを出題するオペレーターの仕事をしていた。ある台風の夜、幻の宮古馬が庭に迷いこんできて……。世界が変貌し続ける今、しずかな祈りが切実に胸にせまる感動作。 -
主人公の未名子は沖縄に住み、奇妙な仕事を2つしている。
1つは私設資料館の資料の記録保管。1つはインターネットを通じたクイズの出題。
いずれも正式な仕事というよりは、アルバイト的な仕事である。
私設資料館は、民俗学者を長く続けていた女性が、最後の研究対象として沖縄を選び、建てたものだった。未名子は、不登校がちだった10代の頃から、なぜかこの施設に魅かれ、通ってきてはインデックスの整理にいそしんでいた。
クイズの出題の仕事は、「オペレーター」として募集されていたもので、世界のどこかにいる誰かを回答者として、3つの言葉から1つの答えを導いてもらう形式だった。いずれの回答者も日本語は堪能だったが日本人ではなく、素性はよくわからない。このクイズがどのような目的でなされているのかも不明だったが、未名子にはあまり気にならなかった。
孤独な彼女はどちらの仕事にも向いていた。
ある朝、未名子の家の庭に、突然、1頭の馬が現れる。それは、今は途絶えた琉球競馬に使われる「宮古馬(ナークー)」だった。突然現れた大動物に戸惑い、一度は駐在所に届けたものの、未名子はやはりこの馬を飼うことに決める。名前はヒコーキ。琉球競馬の名馬にちなんだ名である。
時を同じくして、資料館の館長の女性が病に倒れ、未名子の人生に、大きな転機が訪れようとしていた。
いささかふわふわとした物語の中に、港川人、「ソテツ地獄」、「鉄の雨」と沖縄の歴史が散りばめられる。インターネットの向こう側には、クイズの回答者たちの人生がちらつく。あるいは宇宙飛行士になる夢を絶たれ、あるいは家族との深い断絶を抱え、あるいは戦地のシェルターで暮らす。彼らの人生にもまた、未名子とは異なるが、どこか似通った孤独が滲む。
豊かさを内包する物語ではあるが、瑕疵を挙げるとすれば沖縄の歴史に対する視線がどこか第三者的であることだ。もちろん史料には多くあたってはいるのだろうが、個々の出来事の描写は、通り一遍であまり厚みが感じられない。その「薄さ」は、沖縄に生まれ育ったはずの未名子の視線というよりも、沖縄在住ではない著者自身の視線を感じさせてしまう。
地域に根差した歴史と、インターネットが象徴するグローバルな観点との絡みがいまひとつ心に響いてこないのも、そのあたりに理由があるのではないだろうか。
宮古馬とともに、未名子は人生の別のステージへと踏み出す。
生きづらさを抱えた1人の女の子が、ささやかではあるが、ささやかであるがゆえの「価値」を見つける幕切れである。
ある意味、彼女自身は物語の主人公にはならない。彼女は自らの役目を”物語の記録者”だと自覚する。
その役割はごくごく小さいのだけれども、伝説の馬にまたがるその姿は、どこか壮大なファンタジーの主人公のようにも見えてくる。 -
孤独とつながり。断絶と連結。
すごくゆったりとした空気感で進んでいく物語で、掴みどころのない読後感が残るけど、「ものすごく分かる」わけでもなく「全然わからない」わけでもない。深ーいっていいたいけどそこまで読み解けた訳でもなく、文学って感じ。
(なんだこの感想は。)
通信で繋がる彼らと最後に交わしたクイズの意味か、いつかわかればいいな。
良い本でした。