ばかもの

著者 :
  • 新潮社
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  • Amazon.co.jp ・本 (172ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784104669035

感想・レビュー・書評

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  • 大学生の男の子が、年上の女に夢中になっている。ヒデにとって額子はものすごく興奮させられる謎だ。とてもエロい文章なのに、頭のわるそうなヒデが幸せそうで、いっそ爽やかな感じ。ところが次の章では、ヒデは笑えそうなくらいひどい状況で、額子に捨てられるところだ。そこからゆっくりと、ヒデは壊れてゆく。
    愛らしきものがあったのかさえ定かではない関係。でも額子との別れは、ヒデにとって、どこにも行きつかずにすむことのできる時間の終わりだったのだろう。それぞれに七転八倒した時間のあとに、ふたたび抱き合うヒデと額子。思ってもみなかった場所にたどり着いてしまったネユキ。最初から着くしかなかったところから動けない加藤。
    この心に行き場はない。どこかにたどり着きたいわけではない。それはあなたのことではない。それでも、ひりひりとした心をかかえて隣で生きている人へ、寂しさと愛おしさをこめて口の中で転がす小石のように、「ばかもの」とよびかける言葉が響く。

  • 大学生の男の子だったヒデと年上の彼女、額子の物語。

    冒頭はあからさますぎるほどの性描写から入り、電車で読んでいてどきどきしてしまった。
    大学生のヒデは冒頭で額子にあっさりと酷い振られ方をする。そのあと女の子と付合ったりも仕事を始めたりもするのだけれど、あれよあれよという間に酒に溺れて、本当に文字通り何もかもを失ってしまう。
    酒浸りの生活からなかなかふんぎりのつかなかったヒデだったが、額子のお母さんとの再会で病院へ入院する決意をする。
    苦しみながらもお酒から脱したヒデは、額子も同時に大きな痛手を負っていたことを知る。
    互いに苦悩の人生を経て二人は再会し、そこにわずかな希望の光が射す。

    「ばかもの」との台詞が二回出てくるシーンがあるのだけれど、あまりにも秀逸。
    そして片腕を失った額子の脇の毛をヒデが剃ってあげる場面の描写もまた美しい。
    堕ちてゆくヒデの描写、そしてラストシーンの僅かな希望の光、限りなく星5つ(完璧)に近い星4つ。

  • 底の方でもだえながら生きる男の姿が強烈でとにかく痛々しい。決してなにか大きな失敗で全てを失ったわけではないし、絶望的な状況に追い込まれたわけでもありません。せいぜいアル中になったくらいで、だめっぷりとしては中途半端な小粒です。最底辺にまで落ち込むこともできないし、かといって這い上がることもできない。このままじゃだめだと思いつつも、どこかで諦念もある。

    主人公ほどではないにしても、中途半端な小粒ぷりって、自分自身にもあるものだと思います。どっちつかづのまま日々が過ぎていって、ときどき立ち止まって気づくけど、いつのまにかまた同じ状況に戻るような。そうした反復へ抗いたい欲求とそうできない諦めとを抱えて生きていくような。そんな自分自身の状況とリンクするような気がするからこそ、痛々しく感じる。主人公と年齢的に近いと言うのもあるかもしれない。

    終盤、主人公はひとつの救いのようなものを感じると共に、別のひとつの衝撃もうけます。誰かを感じられる感覚と共に、何も感じられない感覚も受けます。そうしてやはり中途半端な状態のまま小説の幕は閉じますが、果たしてその先彼がどう感じてどう生きていくだろうと考えさせられるものがあります。たぶんきっと、やっぱりもだえながらもそれなりに生きていくんんだろうと思うのですが、そんな、不確実な感覚それ自体も、やはり生きることそのものなんだなあと考えたり。

    それにしても、最近の絲山秋子の作品はどんどん先鋭化していっている気がします。人と人との微妙な距離や関係を描くというところは変わっていないものの、「沖で待つ」のようなのんびりした感じはなくなり、はりつめた緊張感と痛々しさが強まっているように思う。かつてと今とでどっちがいいかは難しいところのですが…

  • 額子とヒデと、最悪の別れからそれぞれに波乱万丈な人生を送ってきたわけだけれど、アルコール、左腕、ラーメン屋、愛、一度失って、少しずつ取り戻すよう手を伸ばしていく、喪失と再生の物語でしょうか
    まだ傷の多い2人ですが、希望のあるラストに救われました
    「ばかもの」というタイトルは、叱責する言葉じゃなくて、愛のある睦言のように感じました

  • 読書開始日:2022年2月19日
    読書終了日:2022年2月20日
    所感
    大好きな作品になった。
    作中のラウンドアバウトが、しっかりハマっていた。
    ヒデのアル中へのきっかけのない変遷も、アル中を断つ踏ん切りがいつになってもつかないのも、気づけばどんどん堕ちていくのも、全てがリアルだった。
    一度ハマったアル中から逃れられず、慎ましやかに生きることのみを目標に過ごしていたヒデは、額子と会う機会を得る。
    迂回した2人は、ぎこちないながらも分かち合うものがあった。
    そしてヒデが額子のいる片品に通うようになってからは、あたたかい時間が続いた。
    依存症に対して、ただただ甘えさせることは正義ではない。依存症には、翔子のような優しさと、額子のような強さが両方必要だった。
    個人的には、ヒデがどんどん他者に尊敬の念を寄せていくところが、アル中からの少しずつの離脱を表していてとても良かった。

    ジューリンってどんな字だっけ
    やんごとなき
    くすくす笑いがネズミ花火のように身体中を駆け巡る
    俺はクズだ。だけどそれを誰にも言ってほしくない
    ネユキのメールを、差し出された一枚の清潔なハンカチのようだと思った
    こんな形で「明日」がきたのだ。また濁る
    切断部までしか神経はないのに、見えなくて触ることもできない、存在しない先端が痛むのだ
    なんでこんな陳腐な言葉で考えてるんだ?ただ単に興味
    おめー、ほんと強えな⇨甘えたい男が本当に欲しかった愛情
    痛快ってこういうことなのか、とヒデは思う
    片腕でなんでもこなす額子の強さが、俺の依存症を撃退する
    俺は迂回するだろう、俺は君を忘れないだろう
    片品に通うようになってからの怒涛
    ラウンドアバウト
    とてもかなわないという素直な尊敬の念が、依存症の克服を表す
    因業
    それだけ愛してて、尊敬してるってことだよ。尊敬できる相手と一緒にいられるのって、滅多にないよ

  • 絲山秋子を読むのは、ラジ&ピースに続いて二作目。
    大学生のアホな男の子と27歳の女性の性描写で始まるところからは、最後こんな風になってるなんてとても想像がつかず、そういう意味でさくっと読めるのに遠くまで来た気分になれる本だった。

    大学生のアホな男の子がそのままアホな転落人生を送っていく話、になりかけたところで、そうじゃないラストには救われる。

    ラジ&ピースにも、はっとするような、美しい情景が1か所出てきたが、この本にもあった。150ページ。「想像上の人物」が初めてストーリーに絡んでくるシーン。

    そっか、ここが書きたかったのかー、と。
    この、映像でバシッと焼きつけるような印象的なシーンを一か所作る、というのは、他の作家であまり経験したことないので、絲山さんをとても好きになった。

  • テーマが。。。重いです。とても。アルコール依存症、解離性障害、PTSD。。。などなど本当に重い。

    内容を全く知らず借りました。作者自身も躁鬱病を患った経験を持っているみたいで、病気に付いてとても詳しく描写されてます。

    主人公のヒデが全く普通の人なのにアルコール依存症になっていく様が怖かった。。突然恋人に理不尽に振られるヒデ。でもなんとか大学を卒業し、就職も出来、新しい恋人も出来た。それでも。。。なぜかアルコール依存症へとなっていく。。。

    俺は、かつて自分をアルコールに駆り立てたものが、行き場のない思いだったことを理解している。アルコールだけではないだろう。今までやってきた殆どすべてが、行き場のない思いから発している。今だってそうだ。自分の家に帰るときにも、自分の部屋でテレビを見ている時にも、その思いはつきまとう。。。。家族や恋人といる時も。。。

    行き場の無い思い。。。それだけで人は依存症になるのだろうか?いや、それだけで十分なのだろうか。。。。

    怖いな。と思った。そうだったらいつ自分もそんな風になるかも知れないと思った。お酒の飲み方を注意され荒れるヒデ。全く自分が何をしたのか覚えてない。

    人から言われても信じられずにいる。。缶ビールを買うとき、2缶ではもっと飲みたくなった時不安だからと数を増やすヒデ。

    そして。。。想像上の人物も作り出す。(この時点からもう依存症への傾向は出ていたのだろうか。。)隔離性障害。。。そして再会した昔の恋人は身体障害をかかえていた。。。。


    なんともやりきれない二人ですが、最後は一筋の光が差して終わってます。ふたりのばかものの将来はどうなっていくんだろう。。。

    最初はかなり大人の小説(笑)です。 びっくりしました。 最初の二人の関係と、最後の二人の関係。全く違います。同じ恋人同士なのに。。。こうやって成長していく関係もあるんだな。。。

    しかし。。。。元気な時に読むことはお勧めします。。。あまりにヘビーな内容です。。。でもだからか?一気には読めたのですが。。。本当に、疲れてる時は止めたほうが良いと思います。(笑)

  • 初めて読んだ糸山秋子だったけど

    この本ではまりました。

    私は、心理描写がたくさん書いてある作品が好きなんだけど

    この作家は「なるほどね」って深く納得できるほど

    ある状態にある人の心理状態を描くのがうまい。

    うん、この人、ホント、うまいよ!!

  • アルコール依存の描写がすごい、と思いました。
    ああ、なんか、すごいわかる。
    私も気を付けなくては。

  • 絲山秋子さんの作品は「沖で待つ」「ラジ&ピース」を読みました。
    「沖で待つ」は芥川賞作品です。
    これも短く読みやすかったです。

    赤城山、高崎、前橋と群馬県の地名が出てきます。
    「ラジ&ピース」も舞台は群馬県でした。

    ヒデという20歳過ぎの男と額子という27歳の女の二人が中心です。
    「ガクコさんてどんな字書くの」と聞かれて額子は「額田王の額」と答えますが、ヒデは額田王を知りません。
    19歳からの2年間ヒデはあまり大学に通わずに額子に狂っていました。
    そして結婚が決まった額子に捨てられてしまいます。

    その後、ヒデにはネユキという新しい恋人ができますが、ネユキは宗教にのめり込んでしまい、ヒデと言葉が通じなくなってしまいます。
    ネユキはその後、その宗教団体の中の殺人事件で逮捕されてしまいます。
    このことでヒデはショックを受けます。

    大学を1年遅れて卒業したヒデは就職します。
    ヒデは28歳になったころ、私立中学の教師をしている翔子という恋人ができます。
    ヒデは酒浸りになり、翔子の両親はヒデと翔子の結婚に反対します。
    ヒデと同棲していた翔子は出ていきます。
    ヒデは飲酒運転で事故を起こし、免許を取り上げられてしまいます。

    このあとはヒデの更生物語です。
    依存症から抜けるために断酒会に参加したりもします。

    結婚していた額子が夫の運転する車の事故で片腕を失い、その後は一人で暮らしているということをヒデは耳にします。
    額子のいる尾瀬付近の山里をヒデは訪ねます。
    まだ35歳くらいなのに白髪になった額子を見てびっくりします。

    額子は通信制の大学で勉強したいといいます。
    蜻蛉日記や更級日記など1000年も残るような文学を読みたいと言います。

    「ばかもの」という題名ですが、このせりふが最初と最後で巧みに使われています。
    読後感の良い作品でした。

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著者プロフィール

1966年東京都生まれ。「イッツ・オンリー・トーク」で文學界新人賞を受賞しデビュー。「袋小路の男」で川端賞、『海の仙人』で芸術選奨文部科学大臣新人賞、「沖で待つ」で芥川賞、『薄情』で谷崎賞を受賞。

「2023年 『ばかもの』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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