デンジャラス

著者 :
  • 中央公論新社
3.50
  • (22)
  • (60)
  • (71)
  • (15)
  • (2)
本棚登録 : 513
感想 : 69
本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています
  • Amazon.co.jp ・本 (287ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784120049859

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
絞り込み
  • 谷崎潤一郎の3番目の妻・松子の妹で、「細雪」の雪子のモデルと言われる重子を主人公に、晩年の谷崎と周囲の女性たちを描いた小説。松子、重子に加えて、松子の連れ子で重子の養子となった清一の嫁、千萬子の3人の女性が主要な登場人物。千萬子は、最晩年の谷崎潤一郎が愛した女性と言われ、「瘋癲老人日記」に颯子として登場する女性のモデルと言われている。また、谷崎と千萬子は、大量の手紙のやり取りをしていたが、それらは、「谷崎潤一郎=渡辺千萬子 往復書簡」として出版されている。
    本作品「デンジャラス」に登場する主要人物は、上記の女性たちを含め実在の人物であり、また、小説の中の出来事も実際に起こったことをなぞっているようであるが、物語としては、完全に桐野夏生の創作したフィクションである。

    本小説のクライマックスは、物語の最後に、重子が谷崎潤一郎に対して、千萬子との関係で意見をする場面である。この場面のあと、谷崎潤一郎は、千萬子に手紙を書くのをやめたとしている。その中で、 重子に千萬子との関係を責められた谷崎潤一郎は重子に土下座をし、重子は谷崎潤一郎を足で踏みつける。

    【引用】
    私は足袋を穿いた右足を、兄さんの左肩の上に置きました。兄さんがぴくりとして身じろぎします。
    「なら、千萬子はどないするんや」
    足先に力を籠めます。兄さんの肩は固くて岩のよう。
    「千萬子とはもう二度と会わないようにいたします。明後日、千萬子が東京に来たら、私は会わずに熱海に帰ります。どうぞ私を信じて、お許しください」
    【引用終わり】

    松子・重子は谷崎潤一郎よりも、かなり年下とは言え、既に五十代。千萬子は二人の子供の世代であり、まだ若い。かつて、松子・重子をモデルに谷崎潤一郎は小説を書いたとされている。それを、松子・重子は、自分たちは谷崎潤一郎に愛されていたのだ、少なくとも谷崎潤一郎の関心の中心にいたのだと解釈する。ところが、谷崎潤一郎の関心は、千萬子に移り、毎日のように手紙をやり取りし、また、彼女のために京都に新しく家を建てたばかりか、自らと彼女の関係をテーマにした「瘋癲老人日記」という小説を書く。その愛情と関心が、松子・重子から千萬子に移ったまま谷崎潤一郎は亡くなったと世間一般には解釈されているようだが、実は、谷崎潤一郎の心の中にいたのは重子であったと桐野夏生は解釈して、それを小説にしたのが、この作品だ。この解釈が、桐野夏生の創作したフィクションである。
    「瘋癲老人日記」の中で、谷崎潤一郎がモデルとなっていると解釈されている「卯木老人」は、千萬子がモデルの嫁の「颯子」の美しい足に惚れ込んで、その足の指をしゃぶらせて貰うシーンがある。上記の、重子が土下座をした谷崎潤一郎を足蹴にする場面は、もちろん、そのシーンを意識して描かれた場面であろう。
    しかし、この場面も小説全体の中に位置づけると、唐突な印象をまぬがれない。この場面の前まで、重子が谷崎潤一郎を足蹴にしたことはないことはもちろん、引用場面のような、ぞんざいな口のききかたをしたこともない。しかし実際には、谷崎潤一郎は重子に足蹴にされることを心待ちにしていたし、重子も谷崎潤一郎を支配することを望んでいたのだろう。そのような潜在的な欲望が、この場面として描かれ、千萬子よりも重子を谷崎潤一郎は欲望していたという解釈なのだろう。

    私自身は、実は谷崎潤一郎の小説を読んだことはなく、松子・重子・千萬子という谷崎潤一郎を囲む女性たちのことも全く知らなかった。しかし、そういったことを知らなくても、この小説は全く問題なく読める。
    小説の中で、桐野夏生は重子に、「瘋癲老人日記」の嫁の足を卯木老人がしゃぶる場面を、「私は"老人の性"とは、かくも妖しいものだったのか、と驚きを覚えたのです。」と語らせているが、上記の引用場面で、重子もその妖しさにつかまってしまったということなのかもしれない。

  • 谷崎潤一郎の家庭をモデルに、文豪がモデルとして必要とする女たちの葛藤を描きます。
    「細雪」のヒロイン・雪子のモデルだった重子が主人公。

    谷崎の3人目の妻・松子は現れるだけで場が華やぐような女性。
    その妹の重子はそれほど目立たないが、小説「細雪」での「雪子」は4姉妹の中で一番大人しいが芯のある、引き込まれるような魅力のある女性として描かれていました。
    重子は自分をそんなふうに見てくれた義兄に感謝し、惹かれるものがあったのです。

    谷崎は、身近にいる女性との交流の中でモデルを見つけ、作品に昇華していく。
    崇めるように愛した妻の松子のことはもちろん、若い女中たちも可愛がり、深い仲というわけではないが何かとお喋りしたり物を買ってやったりしていた。
    その反面、好みに沿わない人物は次第に自分の生活から押し出してしまう。そんな冷酷さにも重子は気づいていました。

    「細雪」では、婚期の遅れた「雪子」がやっといい相手を見つけ、旅立つ所で終わります。
    夫の家柄がいいというのは同じですが、現実の重子の結婚は実はあまりうまく行かなかったよう。
    しぶしぶ結婚した相手になにか不満ができると姉夫婦の家に舞い戻り、ここでの生活が一番幸せだと感じます。子供の頃から慣れている習慣や行事なども姉妹で出来るし、女性に優しい谷崎がリードする、かなり優雅な生活ですからね。

    しかし、重子がキッチンドリンカーになってしまうとは。
    しかも、谷崎がそんな重子にも興味を持ち、かなり気に入っていた様子なのがまたなんとも‥
    重子が養子にとった跡取り息子の嫁・千萬子は若くて物怖じしない、小説にも流行にも詳しい女性。若い世代の動向を知りたい谷崎の気持ちを掴み、すっかりお気に入りとなります。
    姉の松子とともに、苦々しくそれを眺める重子。
    完全に負けたかと思われましたが‥
    意外な勝ちポイントを掴むことに。
    このあたりは創作なのでしょう‥か?

    谷崎がイメージして作り上げたやや歪んだ麗しい環境で、意識し合う女たち。
    綾なす世界の層の厚さ、危うさ、妖しさ。
    谷崎作品を全部読んでいるわけじゃありませんが~
    「細雪」は大のお気に入りの小説なので、満足の行く読み応えでした。

  • 小説を書くためならば、息子の嫁でさえも
    愛せる男・・・さすが、谷崎潤一郎。
    現実と小説の境目をわざと曖昧にすることで
    人々のさらなる関心と興味を集めていた谷崎作品は
    最も身近にいる女性たちに
    深い喜びと嫉妬をもたらしていたのですね。
    細雪のモデルになった重子さんの誇りと恥辱の間を揺れ動く心に魅入られてしまいました。
    今度は千萬子さんサイドから見た
    谷崎とその女たちの物語を読んでみたいと思う。

  • 作家、谷崎潤一郎とその周辺の人々について、彼の義妹(奥さんの妹)重子の目線で描いた物語。
    その妹というのが代表作「細雪」の4姉妹で重要な役割を果たしている女性のモデルとなっていて、谷崎潤一郎の妻も同じくあの4姉妹の長姉として描かれている。
    彼女たちはそれを自身の矜持としているが、不思議とお互い敵対はしていない。
    むしろ、お互い上手に支え合っている。
    そんな中、重子の養子の嫁という共通の敵が現れる。
    現代的ではっきりとものを言う、お嬢様育ちのその娘を谷崎は気に入り、それから長い事、二人は精神的に結びつき、姉妹を苦しめることとなる。

    久々に物語の中に入って読むことができた。
    これと言って衝撃的なことが書いてあるとか、文章が派手だとかそういう事はないのに、何故かぐいぐいと引き込まれる。
    静かに興味を惹かれる内容と文章だった。
    さすがな筆力だと思う。
    実際の人物を描く話というのは全く面白味のない、ただあった事だけをつらつら書くというのがあるけど、この話は中には創作もあるのかもな・・・と思わせるものが私にとっては面白かった。

    谷崎潤一郎の本は一冊しか読んだことがないけど、どちらかというと妖しげな女性の世界を描いてる美しい文学というイメージがあって、それがこういう環境の中で生まれたのだな・・・と思うのも興味深かった。
    この話では谷崎潤一郎を中心とした人間関係を描いているけど、それでも彼は脇役の一人で彼の生い立ちだとか、詳しくその人となりにこれには描かれてないのに、十分とどういう人だったのか、その言葉遣い、している事から伝わってきた。

    私はこれを読んでいて途中から自分の矜持、自信といったものを人に頼るのは危険だな・・・と思った。
    この物語ではそうした姉妹が最後にはある意味勝つ訳だけど、それも一歩違えば敗者になっていたという危うさがある。
    他人に自分のよりどころとするものを求めるのは常にその人次第になるため危うい。
    不安で不安定な状態になる。
    この物語で印象的だったのは主人公の重子とその姪とのやりとりの場面。
    重子は常に控えめで、自己主張をしない姪をはがゆく思っている。
    と言うのも、姪は谷崎の実の子供ではなく連れ子で、本人もそれを自覚しているため、いつも遠慮をしている。
    だけど、彼女はそこから離れて何とか自立できないか、模索している。
    その様子と常に姉や義理の兄に頼り生きている主人公の姿が対照的。
    それで言えば、最初は谷崎潤一郎の心を奪う嫁の千萬子という女性も見た目は自立した現代的女性かと思いきや、意外と谷崎に頼られ頼っている。
    千萬子は陽で、姪は陰と重子は思っていたかもしれないけど実は反対ではなかったのかな・・・と思う。
    そのあたりも面白かった。

    作中に姉妹が口にする京都弁もどことなく妖しげである意味嫌らしさを醸し出しているのも良かった。

  • 谷崎潤一郎の妻松子の妹重子の目線で書かれている、谷崎家の妖しくもデンジャラスな暮らし。
    こういう作家の暮らしぶりの小説を読みたかったのです。
    しかも谷崎潤一郎なんて、まさにうってつけ。
    「細雪」は実はまだ読んでいなかったから、読む前にこちらを読んで良かったかも。

  • 文豪谷崎潤一郎の生涯を賭したミューズ探しの旅、と言ってしまうともう一言で終わってしまうのですが、うーん、ここまで実在していた人物及び家族を赤裸々に描いてしまうところに桐野さんの凄さを感じました。

    谷崎の築いてきたミューズ候補の女性たちで成される家族帝国ではあったけど、彼がずっと待っていたのは作品世界に縛り付けられそこから抜け出せない女性よりも、それを打ち破る自分の予想や現実を遥かに超えた女性だったのだろうかと思いました。

    終盤近くの重子がひれ伏す谷崎を足蹴にするシーンなどは、ちょっと「痴人の愛」を重なりましたが、現実で彼を本当に足蹴にした女性は小説世界のナヲミではなく重子しかいなかったのでしょうね。

    だけど、そんな重子でさえも、実は二重に張り巡らされた小説世界の住人でしかなかったのでは…とラストはちょっとゾクッとさせれました。
    一つ目の枠は超えてきたけれど、実はもう一つ枠があって…などと思うとやはり文豪って業が深いよ、と嘆息せざるを得ません。

  • 谷崎潤一郎を頂点とした、過程の中の王国とそこに生きる女性たちがねっとりとした筆致で描かれています。

    閉鎖的な環境下で彼女たちが抱く、嫉妬や羨望、優越感に焦燥…といった感情が読み手にリアルに伝わってきて、恐ろしいのについ読み進めてしまう。ラストシーンにはゾッとしました。

    過激な言葉は使われていないのに、こんなにも心を抉るのかと、桐野さんの文体に感動しました。

  • 谷崎潤一郎と彼を囲む女たちの話。
    小説のモデルとなったとも言われている
    妻や妹、息子の嫁、女中らなど
    女が彼の創作の源だった。
    女たちから見た谷崎は
    さぞかし憎らしかっただろうが
    だからこそ愛しかったのだろう。
    読み終わって謝辞を見てびっくり、ちまこさんご存命…

  • 何かの書評番組で谷崎潤一郎の「細雪」の続編的作品だと知って、映画やTVドラマで見てきたので興味が湧き読んでみた。確かに「細雪」の続編とも言える実録谷崎潤一郎一家とも言える作品であるが、これもまた著者の一方的分析のみであり今は亡き谷崎に反論のしようもない、その辺は昨今の三流週刊誌のゴシップ記事のようで、下世話な一般大衆には受けそうである。この頃の日本作家と言えば私小説ばかりで面白みに欠けるものばかりになって、文学の衰退が感じられたが、やっと最近になって文学にも多様性が出てきて世界にも御せるようになった。

  • 谷崎潤一郎の実生活を『細雪』のモデルとなった重子の視点で描いた小説。時代背景がピンとこなくてあまり入り込めなかったけど桐野夏生さんの本なのでやはり読みやすかったです。

全69件中 1 - 10件を表示

著者プロフィール

1951年金沢市生まれ。1993年『顔に降りかかる雨』で「江戸川乱歩賞」、98年『OUT』で「日本推理作家協会賞」、99年『柔らかな頬』で「直木賞」、03年『グロテスク』で「泉鏡花文学賞」、04年『残虐記』で「柴田錬三郎賞」、05年『魂萌え!』で「婦人公論文芸賞」、08年『東京島』で「谷崎潤一郎賞」、09年『女神記』で「紫式部文学賞」、10年・11年『ナニカアル』で、「島清恋愛文学賞」「読売文学賞」をW受賞する。15年「紫綬褒章」を受章、21年「早稲田大学坪内逍遥大賞」を受賞。23年『燕は戻ってこない』で、「毎日芸術賞」「吉川英治文学賞」の2賞を受賞する。日本ペンクラブ会長を務める。

桐野夏生の作品

  • 話題の本に出会えて、蔵書管理を手軽にできる!ブクログのアプリ AppStoreからダウンロード GooglePlayで手に入れよう
ツイートする
×