怒り(下) (中公文庫 よ 43-3)

著者 :
  • 中央公論新社
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  • Amazon.co.jp ・本 (279ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784122062146

感想・レビュー・書評

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  • どこまで信じれるか、そして許せるか、後悔を乗り越えられるか、テーマが一貫してました。

  • 【感想】
    人を心から信じる事の難しさ。そして、自分が人に信じてもらう事の難しさ。
    それがこの作品のメインテーマでしょう。
    物語自体のミステリアスな描写や、真犯人である田中の猟奇性も目に留まったが、やっぱり「信じることの難しさ」が読んでいて痛切に心に残った。
    そういう意味で、人と人とのつながりを表すヒューマンドラマだったんだなと読み終わって感じた。

    特に、上巻に続き、優馬と直人の友情には心にグっときたね。
    結局、二人は死別してしまったが、直人は最期まで優馬の事を信じていて、優馬は直人に対する誤解を解くことができ、そのあたりは読んでいてちょっと涙がこぼれました。
    (読者である自分さえ、心のどこかで直人を信じてやれなかったので・・・・)

    そして、もう一組の田代・愛子親子のエピソードも、結局は途中で田代の事を信用できなくなってしまったのだが、最終的に元の鞘に収まって良かった。
    この2組が特に、相手の事を信じながらも疑ってしまう葛藤を繰り返していたので、月並みな言い方だがハッピーエンドで終えて安心しました。
    逆に、田中の最期は呆気なさすぎたが・・・笑

    最後に、事件を追っていた刑事も、この3組と同じように「この人を信じきれない」という悩みをプライベートで抱えていて、こちらは他と違ってバッドエンドで終わってしまったのが可哀相だった。
    普通に言えばよかったのに。。。笑

    ていうか、この吉田修一は「パレード」の原作者でもあるんですね。
    映像化されている作品が多くて、素晴らしい作品が多いなぁ。
    機会があれば、この作者の別の作品も読みたいなと思いました。


    【あらすじ】
    山神一也は整形手術を受け逃亡している、と警察は発表した。
    洋平は一緒に働く田代が偽名だと知り、優馬は同居を始めた直人が女といるところを目撃し、泉は気に掛けていた田中が住む無人島であるものを見てしまう。
    日常をともに過ごす相手に対し芽生える疑い。
    三人のなかに、山神はいるのか?犯人を追う刑事が見た衝撃の結末とは!


    【引用】
    1.中学卒業後、直人は施設を出て静岡県の自動車工場で働きながら定時制の高校に通い、卒業後に都内の小さな旅行会社に転職、国家資格も取ろうとしていた。
    だが丁度その頃、心臓に疾患が見つかり、薬を飲みながらうまく付き合っていくしかない病気を持つことになる。
    直人は体調が悪くなっていき、勤め先は働き方を工夫してくれたが、結局退職を決める。
    優馬はその直後に直人と出会った。

    2.上野署から電話があったその前日、上野公園の茂みに倒れていた直人が発見された。
    司法解剖の結果、死因は心臓疾患による呼吸停止であった。
    上野署から電話があった時、俺はあいつを裏切った。大西直人という男など知らないと言った。
    あの時、俺は逃げた。あいつを裏切って逃げたのだ。


    【メモ】
    怒り 下巻


    p231
    直人がそんな男ではないと分かっていたくせに、最後の最後で信じてやれなかった。上野署から電話があった時、俺はあいつを裏切った。大西直人という男など知らないと言った。
    「知りません。」
    あの時、俺は逃げた。あいつを裏切って逃げたのだ。


    p252
    「このカフェであった時、直人、初めて優馬さんと暮らしていることを私に教えてくれたんです。優馬さんと一緒にいると、なんだか自分にも自信が湧くんだって」

    直人は両親2人に愛されて育ったが、4歳を迎えた頃、両親が交通事故で亡くなった。
    直人は母親の兄夫婦に引き取られたがうまくその家に馴染めず、数ヶ月ほどで施設に預けられた。
    この施設で知り合ったのが彼女だった。以前直人が妹だと言った彼女だ。血は繋がっていないが、今でも兄妹だと思っていると彼女は言った。

    中学卒業後、直人は施設を出て静岡県の自動車工場で働きながら定時制の高校に通い、卒業後に都内の小さな旅行会社に転職、国家資格も取ろうとしていた。
    だが丁度その頃、心臓に疾患が見つかり、薬を飲みながらうまく付き合っていくしかない病気を持つことになる。
    直人は体調が悪くなっていき、勤め先は働き方を工夫してくれたが、結局退職を決める。
    優馬はその直後に直人と出会った。

    上野署から電話があったその前日、上野公園の茂みに倒れていた直人が発見された。
    司法解剖の結果、死因は心臓疾患による呼吸停止であった。


    p260
    美佳は背中を丸めてしゃがみ込み、段ボールの中の猫を撫でながら、「頑張ったねえ、頑張ったねえ」と繰り返す。
    その背中を北見は見つめた。

    ふと、誰なんだ?と思う。
    今、目の前で泣いている女は誰なんだと。

    この背中を信じたい。泣いているこの女を信じたい。彼女が誰であろうと、自分の気持ちは変わらない。目の前にいるこの女を俺は信じている。

    「なぁ」
    その背中に北見は声をかけた。
    「もう、耐えられないんだ。なぁ、俺と結婚してくれないか?調べたんだ君のこと。勿論、悪いと思っている。でも、その上で、君のこと全部知った上で、俺は結婚したいと思っている。一生大切にしたいと思ってる」
    もちろん嘘だった。彼女の過去を調べてなどいない。
    ただ、彼女がどこの誰で、どんな事情があろうとも、自分は彼女を愛し続ける自信があると伝えたかった。

  • 3つの場所での話と殺人事件がどう絡むのかが気になり
    下巻はものすごい速度で読めます。

    ううむ、
    胸の中にどろっとしたようなものが残る作品。
    だからといって読んだ後悔はないけれど。

    相手を信じる大切さ
    もそうなんだけど
    じゃあ信じれば報われるかというとそうでもない。
    信じた人と信じることが出来なかった人、
    どちらかを正解としていないところが良いなと思った。

    ちなみに
    信じることが出来ずに失敗した人は
    反省して今後は相手を信用するかというと
    そうではない気がする。私自身がそういうところがあるからかもしれないけど。

    映画化の配役の観点でいくと
    渡辺謙と宮崎あおいが小説から読む私の印象とは違ったかな。
    もう少しダサい港町の親子なイメージなので
    この2人じゃシュッとしすぎている。

    他は、特に妻夫木聡や森山未來、広瀬すずあたりは適役かなと。

  • 喪失感と遣る瀬無さを感じた結末。

    やはり、惨殺事件の犯人・山神一也を中心としたミステリー、サスペンスというよりは、間接的に山神一也に翻弄される人びとを描いたヒューマンドラマだった。

    逃亡を続ける山神一也の正体に驚愕することもなく、『怒』の正体も知ることもなく、読み手に精一杯生きることに対する不信感を抱かせるような結末だった。

  • 映画を見てからの原作。

    映画だけでは消化不良、そしてその映画を見た人との感じ方にも大きな差があった為原作を読んでみた。

    こちらの方が遥かに深く心臓に突き刺さってくる感じがあった。
    自分はやっぱり映画より文字の方が好きなのかもしれない。

    映画では3つの物語の同時進行形式だったが、原作では+刑事の物語が含まれて、より「信じること」について深く掘り下げられている気がする。

    映画よりたくさん涙を流しながら読み終えた。
    それぞれの物語、それぞれの登場人物の気持ちを深く感じることができる。。。

    辰哉の行動の意味も・・・。

  • 久しぶりに上下巻の本を読んだ。
    色んな信じるがあって、こう言う終わり方じゃない方が良かったけど、じゃあどう言う終わり方なら良いのか…なんて、考えてしまったりして。
    切ない話しだった。

  • 人を信じて裏切られ悲しい結末を迎える、人を疑って後悔して失った後に気付く愛の深さ、人を信じられず裏切るが再び信頼を取り戻そうと生きていく。
    三者三様の人間の醜さと美しさが描かれて胸に迫る。
    結局、沖縄が悲しみを背負わされることになるのは本当にやるせない。

  • 怒涛に繋がっていく、
    というよりも、
    それぞれの人間が自らの信頼を疑い、
    愛する人物を疑い、
    独りよがりに不安を掻き立てていく様と、
    それらが事件へと集約され、
    何かが起こりそうな恐怖と興奮で、
    一気に読まされ、
    その慄きが頂点に達した時、
    絶望的な結末へと駆け抜けるその疾走感。

    北見の話しを挿入したのは正解。
    そして、希望の回復と、
    これから更に待ち受けるであろう闇との、
    そのまたコントラストが眩い。

    吉田修一節完結、というラストに、
    いやぁ、あっぱれ。

  • 何だこれは。
    言葉が出ない。遣る瀬無いなぁ。

    殺人事件はオマケみたいなもので、これはミステリーではなく恋愛小説だと私は認識しました。

    ゲイカップル、切なすぎるだろ。。

    タイトルのインパクトが大きすぎて、何だかミスマッチな気がしました。
    沢山の謎とモヤモヤが残ったけれど、コレはコレで良いのかも。
    何とも言えない余韻が残っているので浮上するのに少し時間が掛かりそうだなー。

  • とある企業に就職して間もない頃、訳あって会社の施錠を一人任されたことがあった。防犯カメラも守衛もいない小さな会社で、この人はなぜ私が悪さすることを心配しないのだろうとふと思った。何年も貢献してきた社員ならともかく、人となりさえまだ掴みきれてないだろう人間を相手にだ。

    形のないものが目に見える世界を想うことがある。今の気持ちはこれだと差し出し、これを見てくださいと広げてみせる。その世界はどんなだろうか。想像してみてその後に落胆する。結局そういうものは、目の前に出されても認識できないままなのだろう。彼らの前に現れた人物たちが、みな犯人でなければいいのにと思う。どうして私はそう願うのか。どうして私は最初から彼らを疑うのか。真実を知った時も同じように思うのだろうか。そう思って下巻に進んだ。

    私はずっと人に対して、自分が信じているのだからそれでいいと思っていた。それは傲慢なのかもしれなかった。信頼とは繊細なもので、双方の均衡が必要で、崩れた途端に歪みが生じる。それは自分とは何ら関係のない事件が直接的にも間接的にも引き金になることがある。秘密を持つもの特有の魅力と、それ故に生じる疑念の間で、魅入られた側は激しく揺れる。消えないしこりと引き換えにしかその先に行くことはできないのか。相手の愛情を求めるほど、信じる行為は過酷なものだった。自然と似ていた。

    ここではある殺人事件と、三人の身元不詳の男たちに関わる人間たちの物語によって話が進む。犯人の特徴はその三人それぞれに当てはまるものであり、周りの人間たちは自身の中にある疑いと信じたい気持ちと戦う。その信頼への戦いは対犯人ではなく、家族や自分自身にまで広がる。

    その緊迫は読者にまでおそらく広がっていったはずである。何も知らないことはもちろん疑念に繋がりやすいが、知っているからこそ信じることができないという悲しさ。人を信じる行為は直感と経験と自身の覚悟と、そういう複雑な行為の上で成り立っている。

    私たちはたまたま身元不詳の彼らの一部を知り得た。犯人の怒りも同様に、まだ明かされていない熾烈なものであるかもしれない。やり切れない思いを抱えた彼らの、どこへ放たれない怒りは多くの人間にはこの先も知られることはない。

    余談。
    只々優しい青年である直人をも疑う。完全に物語に埋没した私は優馬を責めきれない。このパートの真相にはどうしても涙が止まらなかった。

著者プロフィール

1968年長崎県生まれ。法政大学経営学部卒業。1997年『最後の息子』で「文學界新人賞」を受賞し、デビュー。2002年『パーク・ライフ』で「芥川賞」を受賞。07年『悪人』で「毎日出版文化賞」、10年『横道世之介』で「柴田錬三郎」、19年『国宝』で「芸術選奨文部科学大臣賞」「中央公論文芸賞」を受賞する。その他著書に、『パレード』『悪人』『さよなら渓谷』『路』『怒り』『森は知っている』『太陽は動かない』『湖の女たち』等がある。

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