わが青春の台湾 わが青春の香港 (中公文庫, き15-18)

著者 :
  • 中央公論新社
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  • Amazon.co.jp ・本 (288ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784122070660

作品紹介・あらすじ

台湾人の父と日本人の母のもと、日本統治下の台湾に生まれ、東大に学び、戦後は帰郷して台湾独立運動に参加するも、二・二八事件後香港へ亡命――。直木賞作家の波瀾に満ちた半生記(一九二四~五四年)であると同時に、激動の東アジア史の貴重な証言ともなっている。デビュー作「密入国者の手記」を特別収録。〈解説〉黒川 創


【目次】

わが青春の台湾

 二人の母に育てられて/文学少年から政治青年へ/全学連の「種蒔く人」/台湾独立に傾く/さよなら、私の台湾


わが青春の香港

 編物に明け暮れた台湾のロレンス/青春の賭けに破れて商人となる/花嫁のいない結婚初夜/小説家を志して再び日本へ


〈特別収録〉密入国者の手記

感想・レビュー・書評

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  • 金儲けの神様と言われる邱永漢先生のエッセイ。
    著者は、日本人と台湾人のハーフとして日本統治下の台湾で産まれる。そのため台湾人として育ったが、台湾では日本人と差別されてきた。
    教育熱心な母に育てられた著者は成績優秀で東大進学のため戦時中に日本に移住する。東京大空襲、原爆投下を日本で経験し、東大大学院を卒業したのち、故郷台湾に帰国する。

    帰国した目的は、台湾人による台湾を建国するため。当時の台湾は、日本統治からやっと解放されたと思ったら、大陸の内戦に敗れた国民党が逃れてきて、日本より更に酷い政治を行なっていた。

    仲間と共に台湾独立運動に疾走した著者は国民党に目をつけられたため、香港に亡命する。
    台湾の独立を諦めた著者は紆余曲折を経て、香港でビジネスを立ち上げ、香港人と結婚する。

    そして、その後は再び日本に渡り、今度は小説家に転身、数々のビジネス、投資を成功させ、金儲けの神様と言われるまでになった。

  • 邱永漢といえば金儲けの神様という触れ込みで多くのマネー本を書いていた流行作家というイメージだった。台南に生まれ、日本人の実母を持ち、国民党軍侵攻後の台湾独立を目指した若者であったということが驚いた。安全な海外から台湾独立を叫んでも誰も呼応しないという嘆きには胸を打たれる。王育徳とのつながりも興味をそそられた。

  • 戦争の動乱の中、出生地の台湾、学生時代を送った日本、ビジネスを始めた香港を舞台にした自伝で、第二次大戦期の混乱や生活風景も興味深く、映像化でもしたら抜群に面白そうな内容だった。日本では特高に尋問されたり、戦後台湾では革命運動に熱意を燃やしたり、香港では花嫁の実家の伝統慣習に困惑したり、環境ごとの激変はそれぞれが別人生のよう。のちにペンでも財でも大成功する著者だが、本書のくだりではその萌芽が見えるに留まり、概ね下積み時代の青春記。裕福な一族の生まれとはいえ、親が子供たちの教育に力を入れた事が著者の人生を決定づけており、境遇が変わっても生き抜ける強さは、ユダヤ人のそれに似たものを感じた。

  • 台湾、日本、香港――戦中戦後の波瀾に満ちた半生を綴った回想記にして、現代東アジア史の貴重な証言。短篇「密入国者の手記」を特別収録。〈解説〉黒川 創

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著者プロフィール

邱永漢
一九二四(大正十三)年、台湾の台南市に生まれる。東京帝国大学経済学部を卒業後、一時帰台し、台湾独立運動に関与。のち香港へ亡命し、対日貿易を手がける。五四(昭和二十九)年から日本に定住、五六年、「香港」で外国人として初めて直木賞を受賞し、作家生活に入る。八〇年日本に帰化。実業の才を生かし、株式投資、マネー関係の入門書の執筆や、ビル経営など多角経営を行い、「金もうけの神様」と呼ばれた。二〇一二(平成二十四)年、没。著書に『香港・濁水渓』『食は広州に在り』『中国人と日本人』『わが青春の台湾 わが青春の香港』『邱永漢短篇小説傑作選 見えない国境線』『お金持ちになれる人』『お金に愛される生き方』などのほか、『邱永漢自選集』(全十巻)、『邱永漢ベスト・シリーズ』(全五十巻)がある。

「2022年 『邱飯店交遊録 私が招いた友人たち』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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