- 早川書房 (2014年6月26日発売)
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感想 : 643件
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Amazon.co.jp ・本 (286ページ) / ISBN・EAN: 9784150119553
作品紹介・あらすじ
SFの抒情詩人が豊かな感性と叡智をこめて現代文明を痛烈に諷刺! 名作待望の新訳版華氏
みんなの感想まとめ
書物が禁じられ、焚書が行われる未来社会を描いた作品は、思想や言葉の力を改めて考えさせます。主人公のモンターグは、書物を焼く仕事を通じて自らの人生観が揺らぎ、自由や知識の重要性に気づいていきます。彼の出...
感想・レビュー・書評
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書物が禁制品とされ、焚書が行われる未来社会。
焚書で有名なのは、秦の焚書坑儒、ナチス・ドイツの焚書だろうか。日本でも、GHQによる焚書が行われている。いずれも特定の思想や情報を抑制するために行われたもの。それだけ書物の影響が大きい事を示す証左でもあると思う。また、デジタル社会においては、ネットの規制、例えば中国における言論統制もある意味では焚書と言えるのだろう。思想や言葉は人々を集団化させる力を持つ。それを焼き払ってしまいたいのだ。
この小説は、そんな焚書を巡る話。主人公のガイ・モンターグは、書物を焼くことを仕事とする「昇火士(ファイアマン)」。自分の仕事に誇りを持っていたが、ある日、風変わりな少女クラリスと出会い、彼の人生観が大きく変わる。書物の価値や自由の重要性に目覚めていく。
失礼ながら翻訳が悪いのかと思ったが、そもそも有名な本としてそこかしこで引用されており、読む前からストーリー展開が分かっているという始末で、恐らくそれが悪かった。だからと言ってここでネタバレは書かないが、認識している展開を追体験するような読書なので、ワクワク感があまりない。
ある目的にとって、つまり、ある本を楽しみたい人にとって、その本の解説本は、読まないでおくべきなのかもしれない。焚書そのものを肯定する事は決してないが、読むべき本、避けるべき本、読むべき順序というのはあるのだろう。何となく教養として知っておくべき一冊みたいな感じになり、残念ながら楽しめなかった。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
<火を燃やすのは愉しかった。
ものが火に食われ、黒ずんで、別のなにかに変わってゆくのを見るのは格別の快感だった。(P11)>
舞台は、現在とはちょっと違う方向に進んでいるアメリカ。この社会では人々が本を所有したり読んだりすることを禁じられている。本を隠し持つことは重罪で、本を所有していることが分かると昇火士(しょうかし/ファイアマン)が家ごと火を放って燃やしてしまう。題名の「華氏451度」は本(紙)が自然発火する温度である。昔は火を消していたファイアマンが、いまでは火を付けて燃やすのだ。
主人公のガイ・モンターグはファイアマンとして本を燃やすことに何の疑問の感じず、むしろ快感さえ覚えていた。だが隣に越して来た17歳の少女クラリスとの会話と、ファイアマンとして出動した家で本を隠し持っていた老女が本と共に心中したことにより、自分のやってきたことや、自分の生きている管理社会に疑問を持つようになる。
家庭には「ラウンジ壁」が取り付けられている。他の家のラウンジ壁とは壁回線で繋がり、その関係を「ラウンジの家族」と呼んでいる。この社会では人と人との直接的なコミュニケーションが希薄で、ラウンジの親族連中こそが信頼できる相手となっている。
学校は映像授業、医療器械が発達しているので病人が出てもスイッチを押すだけ。人々は超小型ラジオ「巻き貝」を耳に入れて通信を聞いたりお喋りしている。
犯罪者への処罰は過酷で、本を所有していたら逮捕だし、反抗したらその場で殺してかまわない。こちらもSF武器が出てきます。昇火士の乗る「火竜」、犯罪者(本所有者)のデータをインプットして追い詰める「機械猟犬」などなど。
…作者はこの小説を「テレビによる文化の破壊」を憂いて書いたらしいが、この現在だってネット社会で似たような感じになっているんじゃないの… (^_^;)
そしてこのアメリカはどこかの国と戦争しているらしく、空には爆撃機が飛んでいる。しかし国民には、どこと戦争して、戦況がどんんものなのかは公表されない(徴兵されないのか?)し、国民も無関心になっている。
そう、管理して、本を奪うことは、国民から思考を奪うこと。
ガイ・モンターグの妻のミルドレッドはこの管理社会にそのまま管理されて、望まれている
ミルドレッドは本に対して「本は一方的で冷たいじゃない。でもラウンジ壁の家族は私と話してくれるし私を一人にしないわ」という。
本が好きな私としては、本を嫌う人の気持ちが「なるほど!そういう感覚か!」とちょっと納得したところも。でも本を好きな人にとっては、本は冷たくないんだよね。
しかしこの希薄さは、やっぱり人々の心を蝕んでいる。人々は憂さ晴らしに車を高速で飛ばし事故を起こし、意識せずに睡眠薬を一便飲み、道を歩いている人間を轢き殺す。
ガイ・モンターグのような昇火士が所属する昇火局の仕事は、社会の異端者を見つけ出しすこともある。しかしそんなモンターグは自由な思考を奪われること、焚書という行為に疑問を持ってしまった。そこで「本を読んでみよう」と決意する。見つかったら重罪だ。分かるかもしれない、分からないかもしれない。しかし試してみなければそれこそ何も分からない。
まあモンターグは本を読んでも理解はできないのですが…。そりゃ急にシェイクスピアとか旧約聖書とかガリバー旅行記とかの一節読んだってわからんですよ。
あ、この小説には本の一節が引用されているのですが、読書に詳しい人だったら「これはシェイクスピアだ!ここを引用した意味は…」などが分かるのかな。
しかし本を理解できないにしても、この監視社会の言いなりではいけないと考えるようになっている。そして妻ミルドレッドや、昇火士の仲間たちともうまくいかなくなる。そしてモンターグ自身にも危険が…
中盤でモンターグは社会との齟齬、昇火士やミルドレッドに苛立ちを感じるようになり、かなり危険なことをしでかします…。読みながら「やり方ってもんが急すぎる!」と結構本気で焦りましたよ。
しかしこんな管理社会でも本を残そうとする草の根活動の人たちはいるわけです。後半モンターグは彼らと接触して、いつか本が大切になる社会へ希望を繋ぐのだった。
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考えないことは自分の人生に参加しなくなること。
あってはならない社会として書かれているけれど、現在の社会とも重なるよね…。ラウンジ壁は、インターネットやSNSに夢中になって信じてしまうこと。本を嫌う理由も「言い分はわかった」ではある。
この社会の人たちは何もかもスピード重視。そして読書はゆっくりするもので、その分情報も考えながら取り入れる事ができるんだな、と改めて思った。 -
ブラッドベリは10代の頃心酔してたが本書はSF過ぎると思って?未読のままだったので夏休み課題図書風に読んでみる。その頃なら純粋に感動したかも。今読むと描かれている世界が今の日本の状況に似ていて別の意味で怖かった。見えてない焚書ありうるかも。
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職場の後輩に勧められた一冊!
本の存在は知っていたが、なかなか取る気にはなれなかった・・・
解説に書いてありましたが歴史的な焚書を行ったのは始皇帝とヒトラー(小さな焚書は度々あり)
近年というか、最近の20数年間 少年犯罪や猟奇犯罪が起きるとその犯人が見ていた漫画やゲームの残虐性が問いただされてきた。
わたしはこれ自体が現代版の焚書と華氏451度の世界の始まりではないかと考える。
メディアや政治家達は安易に結論を付けたがる、仮に人が犯罪を犯すまでの公式を
XY/16f(£;Φ17/C)
みたいなものであると仮定して『難しい』から簡易式として
A=X+Y
みたいな方が『解りやすい』をやっており、そもそもがその簡易式が正しいかという検証が行われてきた形跡がない。
ひとの心や人格は漫画やゲームに単純に支配形成される物では無い事と、先ずは 生活環境と人間関係の方が人格形成に影響が大きいかもしれないが家族のプライバシー等も考慮して直接触れてはいけないと言う風潮自体が問題がある事だと思う。
何を言いたいかと言うと、小説や漫画を沢山読んだ所で、人としての優しさや残酷さと言うものは身に付かず、只々 語彙が増えていくと言う事を、本を読まない人達が議論するのでは無く、本を読む人達を中心とした議論が大切なのでは無いかと思う・・・
何れにしても、本を読まない人達への配慮と偏見等により本書のような世界に到達しない事を祈ります。
近未来の世界で本を所持する事が犯罪とされており、建物の非可燃化が進んだせいで廃業に追いやられた消防士達が昇火士として、人と本を焼いていた!?
主人公のモンターグは昇火士としての自分の生活等に疑問を持ちはじめており、とある少女との出会いが彼の世界を揺るがしはじめていく・・・
本書が70年以上も前に出版されていた事に驚きです。 -
ディストピア小説の古典的名著といえば、まず名前が挙がるのがジョージ・オーウェルの『一九八四年』、オルダス・ハクスリーの『すばらしい新世界』だが、それらの小説に勝るとも劣らないのが1953年に上梓された、SF作家レイ・ブラッドベリの描いた焚書をテーマとした本書『華氏451度』である。
この『華氏451度』とは紙が燃え上がる温度のことで、摂氏でいえば約232度の高温のことである。
本書で描かれるのは、本の所持が禁じられた未来社会。
主人公のモンターグは、本を発見したらそれを昇火器で昇火することを生業とする昇火士(ファイアマン)である。
本を焼却することになんの疑問を持っていなかったモンターグであったが、本を守ろうとして彼が一緒に焼却し、殺してしまった女性の姿を見て、本には命をかけるほどの価値があるということに気がつき、焚書社会に反抗していく姿が描かれていく。
ここに描かれている社会は、もちろん架空の社会であるが、深読みしてみると非常に現代社会と状況が似通っている部分が多い。
本書に出てくる多くの人が夢中になっているのは「ラウンジ壁(スクリーン)』と呼ばれるテレビに似たような機械で、これは自宅内に設置されており、見るものに対していろいろな情報や映像を提供し、さらには簡易な会話なども楽しめる。
人々は、本を読むことを禁じられ、常にこの「ラウンジ壁」を見ながら自ら考えることを放棄し、「ラウンジ壁」からの情報を鵜呑みにし、それに依存してしまっている状況にある。
この本を読んでいて、ふと思ってしまった。
この「ラウンジ壁」は、今の社会でいえばまさしくテレビであり、さらに言えばテレビよりもインタラクティブな機能をもっている「スクリーン」、つまりまさにスマートフォンのことになるのではないだろうか?
現代の人々は電車の中でも、食事中でも、いつでもどこでも手の中にある光る板を眺めている。恋人とのデート中でさえ、相手の顔を見ているよりもスマホを見ている時間の方が長いのではないだろうか。
約15年前、あのiPhoneが登場するまでは、人々のその手の中にあったのは新聞であり、文庫本であり、漫画雑誌であったのだが、その光景は今や一変してしまった。
「すべてのスマホが悪だ」などということを言うつもりは毛頭ないが、皆が多かれ少なかれ「スマホ中毒」状況にあるのは間違いないだろう。
この状況は、ある意味においては、本書で描かれている世界よりも「異常な世界」なのかもしれない。
話を戻すが、現代社会はもちろん焚書社会ではないし、本を読むことも所持することも当然自由なのであるが、ここに驚くべき調査結果がある。
若干古いデータで申し訳ないが、文化庁が平成30年に16歳以上の男女3590人に調査した
「1か月に大体何冊くらい本を読むか」という問いに対して
「読まない」と答えた割合が47.3%、
「1、2冊」と答えた割合が37.6%
なのである。
つまり、約85%の人たちは「月に2冊以下」しか本を読んでいない状況である。
このような数字を見ると、今の私たちはあえて自ら「焚書社会」を作り上げ、そして「スマホ社会」に移行していると言っても過言ではないだろう。
本書に描かれた社会と現代社会が直面している状況はまさに紙一重といっても良いのかもしれない。
このレビューを読んでいる人は、誰もが毎月それなりの冊数の本を読んでいる奇特な人たち(笑)だろうが、もしこの本を読んだとしたらそれぞれ思うところがあると思うので、未読の方はぜひ手に取ってもらいたい。
本書は、焚書社会を通じて破滅へ突き進んでいく社会を描いたディストピア小説の傑作である。 -
【感想】
傑作たるSFは、その設定がいかに浮世離れしていようとも、どこかしらで現代社会との接点を持ち、読み手に警句を与えるような内容になっている、と私は思っています。
本書は1953年に書かれた古典SF小説ですが、まさにその「傑作の条件」に当てはまっています。
例えば、ベイティー隊長の言葉。
「そして大衆の心をつかめばつかむほど、中身は単純化された」
「むかし本を気に入った人びとは、数は少ないながら、ここ、そこ、どこにでもいた。みんなが違っていてもよかった。世の中は広々としていた。ところが、やがて世の中は、詮索する目、ぶつかりあう肘、ののしりあう口で込み合ってきた。人口は二倍、三倍、四倍に増えた。映画や、ラジオ、雑誌、本は、練り粉で作ったプディングみたいな大味なレベルにまで落ちた。わかるか?」
隊長の言葉は、現代社会における「情報」の扱われ方を的確に言い当てているのではないかと思います。人口が増え、情報の供給量が増大すると、スピードがぐんと上がり、咀嚼し終わらないうちに口に入るようになってきた。すると、情報のうち複雑で飲み込むのに時間がかかるものは遺棄され、大味のものしか残らなくなった。これはまさに、「大衆の心をつかめばつかむほど、中身は単純化された」事例だと言えるでしょう。
思えば、本書に出てくるテクノロジーは現代社会を鏡に映しているようです。ラウンジ壁はスマホ。巻貝はワイヤレスイヤホン。時速100マイルで疾走するカブトムシは、さながら刹那的な欲望を高速で発散させるためのSNSと言えるかもしれません。歩くときも寝るときもスマートフォンに没頭し、情報の洪水に身を晒す私たちは、ミルドレッドと同じ穴のムジナです。そんな私たちが本や新聞を「時代遅れの古いメディア」と言ってはねのけている今、まさに、フィクションが足元にまで迫っているのかもしれません。
――平和がいちばんなんだ、モンターグ。国民には記憶力コンテストでもあてがっておけばいい。ポップスの歌詞だの、州都の名前だの、アイオワの去年のトウモロコシ収穫量だのをどれだけ覚えているか、競わせておけばいいんだ。不燃性のデータをめいっぱい詰めこんでやれ、もう満腹だと感じるまで「事実」をぎっしり詰めこんでやれ。ただし国民が、自分はなんと輝かしい情報収集能力を持っていることか、と感じるような事実を詰めこむんだ。そうしておけば、みんな、自分の頭で考えているような気になる。動かなくても動いているような感覚が得られる。それでみんなしあわせになれる。
――さあ、これでなぜ書物が憎まれ、恐れられるのか、おわかりになったかな?書物は命の顔の毛穴をさらけだす。気楽な連中は、毛穴もなくつるんとした、無表情の、蠟でつくった月のような顔しか見たがらない。われわれは、花がたっぷりの雨と黒土によって育つのではなく、花が花を養分として生きようとする時代に生きておるのだよ。 -
華氏451度(摂氏233度)──この温度になると紙は引火して燃え上がる。451と刻印されたヘルメットをかぶり、昇火器の炎で書物を焼き尽くす男たち「昇火士(ファイアマン)」。モンターグは社会で禁制品になった本を焼くその仕事に誇りを持っていた。そんなある晩、風変わりな少女・クラリスと出会う。彼女と話す内に、この社会に疑問を抱くようになり──。
ディストピアSFを読みたい熱が高まり、白い表紙の『すばらしい新世界』に続き、黒い表紙の『華氏451度』へと手を伸ばした。SF小説によくあるダークな黒表紙がカッコいいよね。焚書が公然と行われている社会が舞台。消防士ならぬ、昇火士が昇火器を持って本を燃やす絵面がいい。その行為の邪悪さが鮮やかに照らし出されている。本という身近なものがテーマになることで、SFへの橋渡しとなり、質感や香りなどが自然と伝わってきた。
また、詩のような文章表現と皮肉が入り交ざった描写も美しい。
「少女は彼がかぶっていた幸福の仮面を奪って芝生を駆け去ったが、いまさら彼女の家の玄関をノックして、返せというわけにもいかない。」
「忘れてしまえ。ぜんぶ燃やしてしまえ、なにもかも燃やしてしまえ。火は明るい。火は清潔だ」
などなど、ファンタジー寄りの叙情的な語りが好き。後半はそこに哲学性も加わって、その勢いは増していく。「現実にあったはずの愛が灰に変わり、現実に残された灰がいつか愛に変わる物語」とでも表現したくなる。
『一九八四年』や『すばらしい新世界』のように、ディストピア感たっぷり系ではない。寓話に近いかも。本がない=文化も語彙もない=テレビ漬けになって表層的なコミュニケーションになる=思考しなくなり、その代償として悩みがなくなる、みたいな話なのかな? 妻・ミルドレッドがモンターグとまともな会話ができず、壁にかかったテレビとしゃべり続けているところは狂気を感じた。現実に目覚めたモンターグからしたら悪夢だろう。
テレビを鵜呑みにすることへの警鐘については、まさしくその通りという感じ。テレビに限らず、面倒でもなるべく一次情報を得て考えることが大事。あと、ぼくにできる「ささやかでも、救いに向けて自分のできること」は、まさに読書と感想を伝えることかもしれない。ここのシーンを読めただけでも価値があった。
p.125
「わたしは事実については話さんのだよ」フェーバーはいった。「事実の意味をこそ話す。わたしはここにすわっている。だから自分は生きているとわかるのだ」
p.137
「もう誰もぼくの話など聞いてくれません。壁に向かってはしゃべれない。向こうがぼくに向かってわめくだけですからね。妻とも話せない。妻は壁のいうことしか耳にはいらないんです。ぼくは、どうしてもいいたいことを聞いてくれる相手がほしいんです。じっくり時間をかけて話せば、それだけで意味があるような気がするんです。あなたには、なにを読めばいいのか教えていただきたいと思って」(モンターグ)
p.140,141
「テレビは“現実”だ。即時性があり、ひろがりもある。あれを考えろ、これを考えろと指図して、がなりたてる。それは正しいにちがいない、と思ってしまう。とても正しい気がしてくる。あまりに素早く結論に持ちこんでしまうので、“なにをばかな!”と反論するひまもない」(フェーバー)
p.144
「モンターグ君、きみがさがしているものは、この世界のどこかにある。しかし、ふつうの人間がさがしものの九十九パーセントを見いだすのは本のなかだ。かならず、という保証を求めてはいかん。ひとつのもの、ひとりの人間、ひとつの機械、ひとつの図書館に救われることを期待してはならんのだ。ささやかでも、救いに向けて自分のできることをしなさい。そうすれば、たとえ溺れようとも、少なくとも岸に向かっていると自覚して死んでいける」(フェーバー)
p.194,195
「火はいいなあ。なぜだと思う? 年なんか関係なく、誰もが惹きつけられるのはなんでだ?」ベイティーは炎を吹き消し、また灯した。「それはな、火が永久運動だからだ。人間は永久運動をつくりだそうとしてきたが、いまだに成功したためしがない。まあ、ほぼ永久運動に近い、といったほうがいいか。一度火をつけたら、一生燃え続ける。火とはなんぞや? 謎だ。科学者は摩擦がどうの分子がどうのとご託を並べるが、あいつらにもほんとうのところはわからんのさ。その真の美は、責任や因果関係を破壊してしまうところにある。問題が重くなりすぎたら、炉にぶちこめばいい。」
p.263
「“目には不思議なもの、びっくりするようなものを詰めこめ。十秒後には死んでしまうつもりで生きろ。世界を見ろ。世界は、工場でつくった夢、金を出して買う夢よりずっと幻想的だぞ。保証だの安全だのを欲しがるな。世のなかにそんな動物はいない。”」 -
すごい本だ。
もしも、政府が国民から知識を奪い思考能力を奪い国のために争いへと駆り立てようとしようとするときには、真っ先に焼かれるような。
「本はなにもいってないぞ!人に教えられるようなことなんかひとつもない。信じられることなんかひとつもない。小説なんざ、しょせんこの世に存在しない人間の話だ、想像のなかだけの絵空事だ。ノンフィクションはもっとひどいぞ。どこぞの教授が別の教授をばか呼ばわりしたり、どこぞの哲学者が別の哲学者に向かってわめきちらしたり。どれもこれも、駆けずりまわって星の光を消し、太陽の輝きを失わせるものばかりだ。
お前は迷子になるだけだ。」
本の存在の許されない世界で、主人公のモンターグは昇火士として本を燃やし続ける。しかし、ある少女との出会い、通報を受けて駆け付けた一軒の家、そしてそこに住む老婆とのやりとりから、自分の行動に疑問を持ち始める。
政府の政策により、本は燃やされ、子どもは幼いうちからひったくられるように学校へ、家族で語らうためのポーチは取り壊され、国民にはひたすらに娯楽が提供され続ける。国民は従順に娯楽を消費し続け、子どもがいなくてせいせいすると喜び、本が燃えるのを見て楽しみ盛り上がる。憂鬱や悩みは排除されるべきものと忌み嫌われ、それを見ないようにするために更に娯楽を消費する。
読んでいてぞっとした。これが約70年も前に書かれたお話。このディストピアは確実に近づいているんじゃないか…売れなくなっていく書籍、つぶれていく本屋。こわい。
昇火士の隊長であるベイティーは、本に対してなにかを抱きだしたモンターグを諭すためにこう言う。
「いろいろなことに、なぜ、どうしてと疑問を持ってばかりいると、しまいにはひどく不幸なことになる。」
「哲学だの社会学だの、物事を関連付けて考えるような、つかみどころのないものは与えてはならない。そんなものを齧ったら、待っているのは憂鬱だ。」
「お前は迷子になるぞ。」
以前新聞記事で、「ネガティブ・ケイパビリティ」という言葉を専門家の方が説いていた。「生半可な知識や意味付けを用いて、未解決な問題に拙速に帳尻を合わせない。中ぶらりんの状態を持ちこたえる力」だという。即事的に答えを求めない、自分の中で解答を保留し、その居心地の悪さと同居する、それに耐えうる力。最近の人はそれを我慢できない、待てない傾向にあるらしい。集中力が短くなっているというのもどこかで見かけた。(一説には金魚よりも短いとか?!)情報が短時間で飛び交い、短い言葉や動画に娯楽性を見出して、短時間にたくさんの刺激を受けることができるようになったからかな。それって、まさにこの物語の中の国民と同じだ。
「フィルムもスピードアップだ、モンターグ、速く。カチリ、映像、見ろ、目、いまだ、ひょい、ここだ、あそこだ、急げ、ゆっくり、上、下、中、外、なぜ、どうした、だれ、なに、どこ、ん?ああ!ズドン!ピシャ!ドサッ!ビン、ボン、バーン!要約、概要、短縮、抄録、省略だ。政治だって?新聞記事には短い見出しの下に文章がたった二つ!(略)」
今まさにこの物事への反射スピード、思考速度、結果を出す速さはこれに近づいていないか。いいね、黙れ、RT、消えろ、すき、ばか、!、?
このスピード感、そしてこのスピードで物事を結論付けようとするこわさは深刻だ。世の中には正解がひとつに決まっていないことの方が圧倒的に多いだろうし、理想のゴールはあっても、いろいろな要因が絡み合ってして、解決できないことだって山ほどある。だから解決を急ぐとこは難しいし、一面的に正解を決めつけてかかることは誰かの不幸の上に成り立っていることが往々にしてある。しかし今、それを待てなくなってはいないか。自分も含めて。新聞記事は、こう続く。「(分かりたいという欲求の)言いなりにならないのが、知性。分からないという状況に耐え、悩むことは本来、価値がある知的な能力なので、恥じることではないのです。」
思考は人に疑問をもたせる。本を読めば読むほど、知りたいことは増え、知識は深まり、更に疑問は増えていく。知れば知るほど世の中には円満解決やゴールへの近道などないのだと思い知らされて苦しくなる。ときには迷子になりそうになる。考えることを止め、娯楽に押し流され、思考停止の言いなりになってしまえば、悩むこととは無縁なんだろう。ただ、一度本を読み、自分で考える苦しみと知る喜びを知ってしまえば、もう本を読まなかった頃へ、何も考えずにいた頃へは戻れない。モンターグが無意味に笑わなくなったように。クラリスがもう二度と学校へはいかないように。希望にや使命感に満ち溢れているわけではない。けれど、歩みを止めないのだと、祈りにも似た気持ちで歩き続けることを選んでしまう、どうしても。モンターグの出会った年寄りたちのように。
老人のひとり、グリンジャーが静かに語る、不死鳥の話。
「われわれも似たようなもので、おなじことを何度も何度もくりかえしているが、われわれにはひとつ、不死鳥が持ち得えなかった美点がある。われわれは、自分がいまどんな愚行を演じたか知っているという点だ。われわれは過去一千年のあいだにどんな愚行を重ねてきたか知っているのだから、それをつねに心に留めておけば、いつかは火葬用の積み薪をつくって、そのなかに飛びこむなどという行為を止めることができるはずだ。愚行を記録している人間をもう少し集めるとしよう。全世代、そろえたいな。」
本を読むことのありがたさと尊さを感じられる本のお話。それでも、本を読みます。 -
読み出して直ぐ、背表紙にある通り抒情的な文章だと感じる。
読み慣れていない私は、SFでこういうのも有りなんだな~と新鮮に思った。
昇火士(ファイアマン)のモンターグは、ある夜クラリスという17歳の不思議な少女に出会う。
「あなた幸福?」
別れ際にそう問われたモンターグは、「おれは幸福じゃない」と本当の心境に気付く。
そこから次第に自身の周辺の人々や、社会の在り方に疑問を持ち始め、行動に起こしていくモンターグ。
小さき者が社会に抗った先に待ち受けるものとは…。
長編ではないし、文章自体は読みやすいのかもしれない。
けれど、個人的には"主語は誰(何)?"とか"もう少し説明を加えたト書きが欲しい"とか、思うところが沢山あって読みづらかった。
結果、入り込めなくてページをこなすだけの読書になってしまった。
(翻訳の仕方のせい?)
う~ん。。。ストーリー展開は楽しいのにな。
やっぱり翻訳本はなかなか馴染めないなぁ。-
2024/01/13
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ああ分かりますぅぅ!
私も放り投げそうになりましたもん。
そうか、訳ではなくて、この人だからダメだったのかな。
実はここに100分de名著の...ああ分かりますぅぅ!
私も放り投げそうになりましたもん。
そうか、訳ではなくて、この人だからダメだったのかな。
実はここに100分de名著の華氏451度もソラリスも未読で積んでます。2024/01/13
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SF初心者の私だが、いざ読み始めるならということで、ディストピア小説の古典的名著である本作を手に取った。
慣れない翻訳小説ということもあり、読了までに時間を要したが、間違いなく読んでよかったと思える一冊だった。
舞台となるのは本が忌むべき禁制品とされる世界。
多くの人々はラウンジ壁と呼ばれるスクリーンの映像と、巻貝と呼ばれる小型ラジオから入ってくる情報だけに耳を傾け、自分で考えることを放棄していた。
そんな社会で書物を焼き尽くす職『昇火士(ファイアマン)』として働く主人公・モンターグは、好奇心の塊のような少女・クラリスや、本と共に命を散らした老婆に影響を受け、次第に禁忌とされる書物に惹かれていく。
昇火士として働きながらも、隠れて本を集めるようになっていくモンターグ。しかし、彼の嫁であるミルドレッドはそれを昇火士へと密告し……。
読み終えて本を読める幸せを噛みしめるとともに、この『華氏451度』という作品自体がメディア漬けになっている現代社会への強烈なアンチテーゼになっていると感じた。
作中でミルドレッドをはじめとする多くの大人たちは、モンターグをして十代の少女であるクラリスよりも知性で劣ると表現されている。
多くの人物が空疎な情報の海に溺れ、大切な記憶すら思い出せなくなってしまった社会。幸せなように見えて緩やかに滅んでいくだけの社会。
そんな焚書社会に抗おうとするモンターグの目線で彼女らを見ると、まるでドラッグにでも浸かっているかのように思えるが、これはスマホが無くては生きてはいけない現代人となんら変わりないどころか、依存度は本作の舞台よりも深刻かもしれないと、あらためて考えさせられた。
話の大筋からは脱線するが、『消化』を連想させる『昇火』という架空の言葉も面白い。もともと『火を消す仕事』だったのが、時代を経て『火で消す仕事』になったという背景も非常に興味をそそられた。
グレンジャー氏の祖父の言葉、『目には不思議なもの、びっくりするようなものを詰め込め。十秒後には死んでしまうつもりで生きろ。世界を見ろ。世界は、工場でつくった夢、金を出して買う夢よりずっと幻想的だぞ。……』というフレーズは、私のこれからの人生の教訓になってくれることだろう。 -
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らむさん、おはようございます。
ブラッドベリは、とても好きな作家なのですが、短編集ばかり読んでいて、『華氏451度』は、ちゃんと読んだことが...らむさん、おはようございます。
ブラッドベリは、とても好きな作家なのですが、短編集ばかり読んでいて、『華氏451度』は、ちゃんと読んだことがありませんでした。らむさんの、熱く 素晴らしいレビューを読んで、この本を、ちゃんと読んでみようと思いました。たぶん、実家の本箱に、埋もれていると、思います。探すのが、大変なので、図書館で、借りようと思います。読むの、遅くなると、思いますが…。らむさん、素晴らしいレビューを、ありがとうございました!2022/04/02 -
りまのさん、おはようございます。
コメントありがとうございます(^^)
ブラッドベリの短編集、わたしも読んでみようと思います!
海外作品は普...りまのさん、おはようございます。
コメントありがとうございます(^^)
ブラッドベリの短編集、わたしも読んでみようと思います!
海外作品は普段あまり読まないので、ちゃんと読みきれるか不安だったのですが、いまこの時代にこの作品に出会えて良かったと思いました。
りまのさんのレビューが楽しみです(^^)2022/04/02 -
らむさん
お返事、ありがとうございます♡
私の、レビューは、あてにしないでくださいね。
(*˘︶˘*).。.:*♡らむさん
お返事、ありがとうございます♡
私の、レビューは、あてにしないでくださいね。
(*˘︶˘*).。.:*♡2022/04/02
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1953年刊行のSF小説ですが、今読んでも古く感じません。
焚書により知識を封じられ、考えることを禁じられた世界の出来事です。
我々もインターネットやAIによって、権力者から情報操作をされているのではないかと恐れます。 -
華氏451度-この温度で書物は引火し、燃える
近未来を舞台としたディストピア小説
設定が面白そうなので読んでみた
もっと壮大な世界をまたにかける物語かと思ったら
そういうわけでもなく、主人公界隈の話だった
展開や大雑把なストーリーを漫画で例えると、
ハンターハンターのキメラアント編の終盤とチ。
を足したような感じの終わり方だった
若干もの足りなさを感じるけど、
これを1950年頃に書けれるのは凄い
私は全く気付かなかったけど
あとがきで引用された書物の台詞などが無数にあった
それらが分かる人が読めば、更に面白くなりそう -
文庫本の裏表紙に書かれている本書の紹介は下記の通りだ。
【引用】
華氏451度-この温度で書物の紙は引火し、そして燃える。451と刻印されたヘルメットをかぶり、昇火器の炎で隠匿されていた書物を焼き尽くす男たち。モンターグも自らの仕事に誇りを持つ、そうした昇火士(ファイアマン)のひとりだった。だがある晩、風変わりな少女とであってから、彼の人生は劇的に変わってゆく・・・本が忌むべき禁制品となった未来を舞台に、SF界きっての抒情詩人が現代文明を鋭く風刺した不朽の名作、新訳で登場!
【引用終わり】
この紹介文から予想していた本書のイメージと実際に読んでみての感想は大きく異なっていた。
上記の紹介文を読んで、この物語は「1984」みたいな話だと勝手に思い込んでいたが、そこは予想とは大きく異なっていた。本が禁制品となっている時代の背景などは、確かに物語の中で語られているが、それが中心的なテーマではない。もちろん色々な読み方はあるが、紹介文で書かれているような「現代文明を鋭く風刺」したものとしては私は読まなかった。むしろ、特に後半はシンプルなアクション小説的な風合いを楽しんだ。人間にとっての本の大事さも描かれているので、物語は「焚書」である必要はあったのであるが、それも物語の最後の部分で描かれており、全編を通してのテーマではない。
それともうひとつ、これも、読む人によって異なるであろうが、私は物語の最初の2/3はかなり退屈しながら読んでいた。残りの1/3は逆にすごく面白く、一気に読んだ。この後半の部分がアクション小説風であると感じながら読んでいた部分である。感覚的には、前半2点、後半5点(以上)という感じであった。 -
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りまのさん
猫が読んだのは古い翻訳。今は手元に無くて、、、ブラッドベリの本で昔から残っているのは「たんぽぽのお酒」と「とうに夜半を過ぎて」落...りまのさん
猫が読んだのは古い翻訳。今は手元に無くて、、、ブラッドベリの本で昔から残っているのは「たんぽぽのお酒」と「とうに夜半を過ぎて」落田洋子のイラスト。「何かが道をやってくる」司修のイラスト。「十月はたそがれの国」ジョー・マグナイニ のイラストくらいだけ、、、2021/02/12 -
2021/02/12
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2021/02/13
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今年はディストピア小説をさんざ読んできたので、本著を読まずには年を越せない気がしたので、締めくくりとして読んでみました。この状況下で厄落としの意味も込めつつ(笑
読了して感じたのは、ディストピア小説の中では最も希望を感じることができる作品だということです。中盤以降の疾走感はなかなかで、映像化されたらさぞかし美しいだろうなという光景も。最後に読んで良かった。。
さて本著、「本を焼く」という仕事、昇火士(英語だと消防士と同じファイアマン)に就いている主人公。ある晩に風変わりな少女と出会ったことで人生が変わって…というのがあらすじです。
本を焼くのは何故かと言うと、「色んな意見があって矛盾してると混乱するし、誰かを傷つけるような表現がある本は要らない」ということを皆が望んだからだ、というロジックだそうで。
ここらへんで、何となく「1984年」とは違うんだなぁという印象を受け、これって、本著の刊行が1953年だったというのも大きく影響しているのでは、という推論が浮かんできました。
反共マッカーシズムの中ではあったにせよ、ドイツや日本に勝利したアメリカの中のムードはそれなりに明るかったはずで、ある種民主主義的だし、政府そのものをそこまでおどろおどろしく描く必要もなかったのではないかと。
※もちろん、上記が本著で語られた「タテマエ」であって、本著内の政体が民主主義的だと言うつもりは一切ないのですが。
細かいツッコミはあれど、読後感も素敵で、勇気が湧いてくるような一冊でした!
翻訳も、解説を読むに従来のものよりは格段に優れたもののようで、新訳で読めて大変有難いと感じました。
ということで、以下細かいツッコミです(笑
・本文中に出てくる「カブト虫」って、VWビートルで良いんですよね?
・本はダメなのにヘロインはOKなのか… -
禁書を燃やす昇火士
社会を丸め込むには、やっぱりメディアに釘つけさせること。
偏った情報を浴びせ続けて情報を管理すること、
何も考えない方が良い、楽しいのがいいと洗脳することなんだ…と。
人間から思考力を奪うこと、、
ディストピア小説を何冊か読んだがどれもそのようなことが書いてある。
このメディアも今のYouTube等じゃないか、
戦争はドローンでしているようなことも
色んなことが予想されている。
ドンピシャで怖い。
考えることをやめたくない、古典を読みたいと思える本だった -
「本を表紙で判断してはいかんぞ」
この言葉が物語に関係なく自分に刺さりました。
ひとつの方向に向かって疑問も持たずに生きるのは良くない。
そんな読後でした。 -
数年前にオーディブルで英語版を聴いたら、難解すぎてざっくりとしか分からなかったので、いつかまた聴こうと思っていた。
が、手っ取り早く日本語版を図書館で借りてきました。
結果:日本語でも難しかった。でも面白かった。
私の好む未来のディストピアものだが、いつごろの想定かは書いていない。2022年から2回の核戦争に勝利したとあるから、2050年以降じゃないかと想像。核戦争して、またやろう、となるまでにどれくらいかかるんだろう。
1953年に書かれたものだが、空飛ぶクルマ的なものや、巻貝=イヤーポッド、壁=SNS?と、なかなか当たっている。核戦争は辛うじて起こっていないが。
それにしても、スマホの登場を予測していた人はいないと思うので、やはりスティーブ・ジョブズはすごいのだと思う。
8本脚の猟犬は、怖すぎる。
オーディブルに有名俳優が起用される場合、ディレクターとの力関係はどうなんだろう。ティム・ロビンスに演出指導するなんてできなくて、彼のやりたいように朗読させたのではないかと想像してしまう。モンターグもベイティーもミルドレッドもあんながさつなイメージじゃない。かなり残念。
映画も観ようかと思ったけれど、映画ではクラリスが大人の設定になっているということで、迷うところ。17歳&クレイジーっていうのは、外せないところだと思っていたのに。
最後の翻訳者のあとがきは、毒舌すぎではないか。。
著者プロフィール
レイ・ブラッドベリの作品
