プロジェクトぴあの 下 (ハヤカワ文庫JA)

著者 :
  • 早川書房
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本棚登録 : 118
感想 : 9
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  • Amazon.co.jp ・本 (318ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784150314255

感想・レビュー・書評

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  • フィクションだからできること、そしてSFだからできることの限界に挑んだ小説と、ある意味言えるかもしれません。

    自分の中での小説10選を選ぶとしたら、その内の一作は山本弘さんの『アイの物語』です。
    作品で描かれた人間への絶望と、人間の想像力と技術への希望は、自分の中の人間観や読書傾向を方向付けたものの一つだと思います。

    その『アイの物語』と、上巻のレビューで少し触れた同著者の『詩羽のいる街』。この二つの作品の到達点が『プロジェクトぴあの』なのかもしれないと思います。

    上巻の終盤で、ついに宇宙へ行くための足がかりとなる理論にたどり着いたぴあの。しかし、その理論の実証やロケットの開発には、様々な障壁が立ちはだかります。

    前例主義や慣習に囚われた人々と制度。利益を優先する会社。新しい可能性をヒステリックに拒否する人。それに追従し冷笑する、顔の見えない大勢の人たち。
    合理的に、そして柔軟に判断できない人間と社会を、ぴあのたちは少しずつ突き崩していきます。SFらしく夢と理想と、科学論理が不可能に思えたことを可能にしていく。その爽快感が気持ちいい。

    そして人間の欲望を完全に否定しないところも、山本弘さんの人間にドライでいて、一方で本当に世界を変えようとしている思いが感じられて好きなのです。作中の記者会見でぴあのは、自分は「宇宙に行きたい」という自らの欲望のために、スポンサーをはじめたくさんの人を巻き込んでいることを認めます。

    そしてスポンサーも儲けのために、出資していることを指摘し、そのことが輸送やエネルギーコストを下げ、世界の景気に繋がることを挙げ、世界の貧困やエネルギー問題などの解決にも繋がることを示唆します。
    『互いの欲望を満たしましょう――それがベストの選択。みんなが幸せになれる道です』
    そう語るぴあのの夢はついに実現間近に。しかしそこで文字通り、世界の危機とも言える事態が起こり……

    『詩羽のいる街』を読んだときも思ったのですが、この「人間の欲望を世界のために利用する」というのが、山本さんが出した「どうしようもない人間が、世界をいいふうに変えるための手段」だったのかな、と思います。
    『アイの物語』で人間に絶望しながらも、それでも人間がどうすればいいかを考え、それが『詩羽のいる街』に、そしてこの『プロジェクトぴあの』に繋がったように感じます。

    小説の中で描かれる、宗教家とぴあのの会話や、そして危機を襲った地球のその後が語られる箇所は、驚くほど今の世界の現状、特にアメリカの現状と似ているような気がします。コロナウイルスによる社会不安や不満が、人種差別とあいなり暴動が起きている現状と。

    物語の中でも、現実でも世界と人間に絶望しそうになってしまうのですが、ぴあのの物語は絶望に墜ちそうになる自分を、なんとかつなぎ止めてくれているようにも思えました。フィクションだからできること、SFだからできることが目一杯につめられ、そして、今の現実にも楔を打ち込むような、そんな物語のように思います。

    そして上下巻を通してみると、ぴあのという特殊なヒロインに振り回されつつも、それを楽しんだような物語体験だったようにも思います。結局自分はこういうヒロイン像が好きなのかもしれません。
    海外文学でいうなら『ティファニーで朝食を』のホリー。ライトノベルなら涼宮ハルヒ。そしてこの『プロジェクトぴあの』の結城ぴあの。

    退屈な世界を打ち壊し、自分たちの住む世界を拡張してくれるような、そんなヒロインたち。世間の流行とは少し違うかもしれないけど、自分はまだまだ主人公を引っ張り回し、世界を変えてしまうようなヒロイン像を、捨てきれないのかもしれないです。

    あとがきで山本弘さんの近況が書かれていました。脳梗塞で一度倒れられて、その後『カクヨム』というサイトに入院中の様子を挙げていられたのは知っていたのですが……。

    やや寂しくはあるのだけど「ハードSF」とわざわざ言及しているあたり、含みはありそう。焦らず気長に、また小説の世界に戻ってきてくれたら良いなあ。

    • 地球っこさん
      とし長さん、おはようございます。

      上下巻通して、すごく心に響くレビューでした⭐
      「いいね」ボタンを連打したいくらいです 笑
      書かれ...
      とし長さん、おはようございます。

      上下巻通して、すごく心に響くレビューでした⭐
      「いいね」ボタンを連打したいくらいです 笑
      書かれる方の思いがまっすぐに伝わってくるレビューは、読ませていただくのがとても楽しいものです。
      この作品のとし長さんのレビューを読ませていただいて、わたしまで熱くなってきました。「今日は1日がんばるぞー」って感じです。
      少し話がそれちゃうかもしれませんが、
      わたしはブクログで、つらつら思いのまま書くことができるようになって、こんなおばちゃんになってから、とし長さんのおっしゃる「オタク的な部分やこだわりがコンプレックスでもある自分」を出してもいいんだな……と勇気をもらいました。
      ブクログの世界では、思いのままにいようと思ってます。
      そのおかげでとし長さんやフォロワーさんたちと本読み仲間になれたんですもの。
      あぁ、やっぱり、話がそれてますね(^o^;

      これからもレビュー楽しみにしてます⭐
      2020/06/05
    • 沙都さん
      地球っこさん、コメントありがとうございます。

      趣味を語るエネルギーって熱い分、語る場所であったり相手であったり難しいですよね。だからこ...
      地球っこさん、コメントありがとうございます。

      趣味を語るエネルギーって熱い分、語る場所であったり相手であったり難しいですよね。だからこそ存分にその熱を発散できる、この場所はいいなあ、と自分も思います。
      そしてその熱が世界を変えるとまではいかなくても、誰かの行動のきっかけになるかもしれない、と思うと、夢があるように思います。(現にこうやってコメントいただいたり、自分きっかけで本やアニメに触れてもらったり、きっかけになったかもしれないと実感することは時々あります)

      その熱と、熱がものを動かすことをを実感しているからこそ、この『プロジェクトぴあの』も『詩羽のいる街』もフィクションだけど、フィクションで終わらない何かがあるかもしれない、とも感じてしまうのだと思います。

      最近、なかなかフォローしている方のレビューを読む時間が取れていないのですが……、こちらこそ地球っこさんの熱のこもったレビューを読ませていただく機会、楽しみにしていますね。
      2020/06/05
  • 下巻にまとめて感想。
    大天才ぴあのがすばらしいシステムを開発して宇宙に行く夢をかなえるまで。
    アイドルから始まり突き進むその姿はすごい。いろいろな要素が詰め込まれて成功譚として心地よいが、ぴあのとともに歩む主人公の存在感がやや薄いか。

  • 巻末の小林オニキスさんの楽曲「サイハテ」の歌詞を読んだ時自然と涙が出た。ぴあのを見送った後のすばるの気持ちだと思った。それとあらすじの箪笥を“うすのろ"と書くのはすごくかっこいい。

  • 主人公は、意図的に契約に違反する。その犯罪者としてのありようは、森岡浩之の「スパイス」(短篇集「夢の樹が接げたなら」収録)の主人公に近い。

  • 面白く、知的好奇心をくすぐられ物理学好きとしては終始ワクワクさせられたことは確かだが、個人的には好きになれない話だった。若い女性が大学にも行かず、宇宙を目指すためにひたすら自力で研究し、その資金を集めるためアイドル活動をするという夢に満ちた物語で、その過程はすごくワクワクしたが、主人公のキャラクターが好きになれなかった。天才故のコミュ障であっても、いろんな人との関わりで、人間への見方が変わっていくなど、物語を通して心の成長があって欲しかった。もちろん、自分の宇宙への夢は芯として持っていて変わらない部分もあって良いが、主人公は終始利己的で人間を常に見下し、利用して自分の目的を叶えてしまったことが残念。こういうマッドな女性の話としてある意味キャラクターのぶれがないとも言えるが、利己的な部分が目立ってしまったのが残念。人を好きになるように宇宙を好きになっていいし、そういうサイコっぽいキャラでもいいのだが、だったら嘘をついたり人に助言を求めたり、協力してもらったり他人を巻き込まず、自分の力だけで達成してほしい(もちろん宇宙に行くのは不可能に近いかもしれないが…)ずっと支えてくれていたすばるを裏切ったり、自分への資金提供者を裏切ったあげく協力するよう脅し、人間は頭悪くてイライラするなど、いじめがあったから非人間的になったのではというすばるの途中の推理と裏腹に最後まで人間らしい姿を見せてくれなかったのが残念だし、後味が悪かった。

  • 数学、物理学の細いことは全然わからないけど。

    世界はこんなものではなく、世界はこんなもの。という物語。

    傑作。

  • 近未来SFはこういう希望のある話じゃないとね、と満足していたらあとがきでいきなり希望が奪われてちょっと落ち込んだ…
    でも天才が周りの全員を引っ掻き回す物語はとても好みだった。少なくともぴあのにとってはハッピーエンドだったんじゃないかな…

  • 安定の面白さ。
    物理学のある程度の知識程度ではどこまでフィクションかわからないとこも良い。
    もうこの作者のこういったSFは読めなくなる可能性が高いのは悲しいなあ。

  • 望みに立ちふさがる様々な壁。根拠のない不安や恐れが多い気がする。新しいものには漠然とした不安を感じるのかもしれない。
    手段は手に入れた。どうやって利用するか、彼女の陰謀は複雑で手強い。
    ぴあのは本当に帰ってくるだろうか、帰って来て欲しいな。新しい理論を持って

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著者プロフィール

元神戸大学教授

「2023年 『民事訴訟法〔第4版〕』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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