夜のアポロン

著者 :
制作 : 日下 三蔵 
  • 早川書房
3.56
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本棚登録 : 285
感想 : 34
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  • Amazon.co.jp ・本 (416ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784152098504

作品紹介・あらすじ

――八時三〇分。俺の炎でお前を焼き尽くす時刻だ……サーカス団の少年は恋人の胸に電極を繋いだ。高慢な太陽神に喩えられた美少年に何が起きたのか。青春の残酷なまでの輝きを映した表題作他、書籍未収録のミステリ中短篇全16篇をセレクトした傑作短篇集。

感想・レビュー・書評

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  • 短編集。ミステリーというか狂気を孕んだサスペンスというか。
    怖いわけじゃないけど、ひたひた迫ってきて最後にちょっぴりゾッとするようなものがあったり、全体的に湿度が高い。
    立て続けに読んだらあてられそうだから、一篇ずつゆっくり読んだ。
    それでも肉欲や子宮がらみの話が続くと、少し倦んでしまった。

    「冬虫夏草」が心に残っている。
    疎開生活とはこのようなものなのか。

    「死化粧」も好きだ。
    小気味よくて、ああもうほら、となる加減が重すぎなくて絶妙だと感じた。いや、冷静に考えると当事者には重いのだけど。

    「ほたる式部秘抄」はミステリーらしく暗号や謎解きがあって明快。
    他のものと比べると爽やかに感じて読みやすかった。

  • 「夜のリフレーン」と対を成す単行本未収録短篇集。76年から96年の16作。
    改めて言うが単行本未収録でここまでのクオリティ。全然書き散らしていないのだ。
    「小説の女王」と呼ばれる所以もここで、小説への愛が小説を書かせているのだ。
    一作ごとに語りの形式を工夫し、作者の好みや興味を突き詰めることで熟成される、短編小説の粋、まさにここにあり。
    ある時代のある女性が感じていた感情のフレイバーが、数十年後のおっさんに、ここまでびんびん響くとは。
    少女的な厭世観に浸されたいという願望が、あるんだ。それを皆川博子が、満たしてくれるんだ。
    しかし皆川博子は甘美な少女時代に読者を封じ込めない。「かつて少女だった成人女性」の視点も忘れないのだ(「閉ざされた庭」)。
    そしてまた、「兎狩り」に描かれた、青年をこじらせたおじさんの恐ろしさよ。中高生のころに「兎狩り」を読んでいたらヤバかっただろう。中上健次レベルの毒。
    それなのにインタビューを読むと、大変チャーミングな御方なのだ。恋しちゃうよ。

    夜のアポロン 兎狩り★ 冬虫夏草★ 沼 致死量の夢★ 雪の下の殺意 死化粧★ ガラス玉遊戯 魔笛★ サマー・キャンプ アニマル・パーティ★ CFの女 はっぴい・えんど ほたる式武秘抄 閉ざされた庭★ 塩の娘

  • 76年から96年までに発表されてはいるものの、単行本未収録であった短篇を集めたものである。著者自身は原稿も掲載誌も残しておらず、編者が当時の掲載誌を捜し集めたという。初出は「小説宝石」をはじめとする小説誌で、今では廃刊になっているものもある。一昔前には駅前の書店などで発売日に平積みされており、その当時は大人が読む本だと思っていた。近頃では書店そのものを見かけないので、どうなっているのかしらないが、なんだか妙に懐かしい匂いのする小説集だ。

    巻頭に置かれた表題作を読み、子どもの頃を思い出した。田舎のことで、サーカスは祭りの日くらいしか町に来なかった。鋼鉄製の球体の檻の中をオートバイがぐるぐると駆け回る演し物は記憶に焼きついている。「アポロン」は、そのバイク乗りの綽名である。本来はスピード・レーサーになりたかったが、それには途轍もない金がかかる。男が選んだのはどこまで行っても飛び出すことのできない鋼鉄の檻の中をいつまでも走り続けることだった。

    華やかなボリショイなどとはちがう小屋掛けのサーカス。旅から旅への浮草暮らしの男と女が死を賭した恋の顛末。女は言う「サーカスは、古くさくて、うす汚くて、わびしいものほど、華やかで残酷で素晴らしいんです」。逆説である。皆川博子の描く世界は、陰と陽でいえば陰。内と外でいえば内。表と裏でいえば裏。どこまでいっても明るい外部に抜け出ることがない。逆に、内部は多彩だ。体や心の中に分け入るような物語世界は表からは見えない色や形と冷たいようでいて生温かい人肌を感じさせる。

    書かれた時間の順に並べられている。掲載誌の求めに応じて書きぶりも変わっていったものと思われるが、個人的には初期のものに心引かれる。「冬虫夏草」は、主人公の家に寄生するように棲みついた女のことをいうのだろうか。腐れ縁めいた二人の中年女と若い男の奇妙な同居生活の歪さを通して、頼られることの喜びと煩わしさを被虐嗜虐の快楽にまで突き詰めた意欲作。戦時疎開の記憶が生々しく、ひりひりするような女二人の心理劇が痛い。

    ヒッチコックの『めまい』を彷彿させる「致死量の夢」は、誰でも一度や二度は見た覚えのある「墜落する夢」が主題。人は耐えられないほど辛いことに出会うと記憶に蓋をする。迪子が繰り返し見る墜ちる夢には何が隠されているのか。秘された記憶に閉じ込められた罪が、当事者同士の偶然の再会により一気に噴き出す。小さな公営住宅に暮らす三人の女には自分も知らない過去の因縁があった。短い話の中で二転三転する謎解きの妙味。人の心の深淵に潜む悪意の奔出を描いて秀逸。

    「天井から、肉塊が吊り下がっている。生肉は、かすかに腐臭を放ちはじめている」という穏やかでない書き出しではじまるのは「雪の下の殺意」。雪まつりで賑わう地方のスナックが舞台。開けたばかりの店に同業のミツ子が顔を出す。七年前の雪まつりの晩、ミツ子の姉のトシ子はかがり火に飛び込んで死んだ。云うなら今夜は七回忌。雪に降り込められる北の町ならではの鬱屈が二人の会話に漂う。

    同じ店の台所でマスターの妻、友江が坐り込んで肉塊を眺めている。なぜ友江は呆けたように吊り下げた肉塊を眺めているのか。意表を突く出だし、時と場所、話の筋を限る「三一致の法則」通り、舞台劇を見るようだ。人口三万の小さな町、ほとんどの人は顔見知りだ。封じ込められたような町では男と女の出会いもまた限られる。パイの奪い合いが狂気の賭けを生む。謎は解けても、雪解けは遠い。

    公共図書館に所蔵がなく、故山村正夫氏の書庫から発見されたという曰く付きの「死化粧」。書生と人情本作者のコンビが旅役者の子役の死の謎を解く開化人情譚。『柳多留』からの引用や、湯屋の風情、河原者に対する差別意識、お上の威光を振りかざす巡査、と江戸から明治にかけての人情の移り変わりも視野に入れた謎解き小説だ。山田風太郎ばりの開化物は他の作品と比べると趣きが変わるが、余韻の残る幕切れなど、手馴れたものだ。

    中井英夫に傾倒するミステリー作家が、和泉式部に因む暗号の謎を解くのが「ほたる式部秘抄」。初の長篇ミステリーでジャンルの登龍門であるポオ賞をとったものの、次作を書きあぐねている「わたし」は高校時代からの友人敦子に乗せられて取材で京都旅行中。貴船の宿に泊まった二人は、そこで一人の女の残した暗号を教えられる。急用で先に帰ることになった敦子に煽られ、慣れぬ暗号解読にはげむ「わたし」は、ついにその謎を解く。冒頭と結末部分が受賞後第一作の文章。間に挟まれているのが暗号解読ミステリーという凝った造り。

    ミステリーのジャンルに当てはまるものを集めた『夜のアポロン』は幻想小説を集めた『夜のリフレーン』と対をなす皆川博子の単行本未収録短篇集である。編者の日下三蔵氏も解説で書いているように「クオリティの高さは驚異的」である。これが単行本未収録で、作家自身も原稿や掲載誌のコピーを残していないというのが信じられない。これくらいのものならいつでも書ける、という作家の自負かも知れないが、何とか本にしたいという編者の執念がなければ二度と日の目を見ることはなかったろう。編集者の存在を感じさせる一冊である。

  • 単行本未収録の短篇ばかりだそうだが、これらのどこが「不出来な習作」(著者によるあとがきでの言)なのか。いやまったくすばらしい。編者の日下三蔵氏の言うとおり、驚異的なクォリティの高さに圧倒された。

    著者ならではの濃密な世界にクラクラする。背徳の香りが立ちこめているのに、まったく卑しさがなく上品だ。そして、いつも思うのだが、幻想味の強い小説というのはしばしば読みにくいのだけど、こと皆川作品に限ってはそれがない。実に読みやすく、読者に対して広く開かれている感じがする。

    どれもこれもいいのだけど、特に気に入ったのは、「夜のアポロン」「冬虫夏草」「死化粧」あたりかな。表題作は、子どもの頃見たサーカスの情景を思い出させる。かつてのサーカスは、ちょっといかがわしいような寂しいような、子供心にも単純に楽しいだけのものではなかったように思う。読んでいる間中、頭の中に、鋼鉄の大きな球の中を走り回るバイクの爆音が響いていた。

    「冬虫夏草」は「私生活を作品に投影することは避けている」という著者には珍しく、疎開生活の体験が色濃く落ちているそうだ。戦時中の話をこういう風に書けるとは驚きである。「死化粧」は時代もの。血や汚れまでもが鮮やかで美しく、切れ味の鋭さは随一か。

    あとがきに、「死の泉」上梓以降は「好きな世界をたのしく書くことができました」とある。自分が皆川作品を読むようになったのは、まさに「死の泉」からで、なるほどなるほどと納得。ここに収められたような短篇群は、その土台であり「泥道ですけど、経てこなくてはならない歳月でした」ともあって、長く書き続けてきたことの重みが伝わってきた。

  • 皆川博子インタビュー記念、ミステリ傑作集『夜のアポロン』全収録作紹介|Hayakawa Books & Magazines(β)
    https://www.hayakawabooks.com/n/nc807022ff033

    夜のアポロン | 種類,単行本 | ハヤカワ・オンライン
    https://www.hayakawa-online.co.jp/shop/shopdetail.html?brandcode=000000014172&search=%CC%EB%A4%CE%A5%A2%A5%DD%A5%ED%A5%F3&sort=

  • 『倒立する塔の殺人』で時代と幻想とサスペンスの絶妙な世界にしびれたが、同じ気分を味わえる短編集だった。

  • 雑誌掲載のみで単行本化されたことのない作品を集めた短編集。発表時期は古いもので1976年(夜のアポロン)、あとはほとんど80年代のもので、90年代が1作(塩の娘)。それにしてもいったい皆川博子はどれだけの量の作品を書いてきたのか、膨大すぎて眩暈…。

    基本的にはミステリ系の短編を集めてあり、殺人や人間のダークサイドが描かれている。異色だったのは「ほたる式部秘抄」ミステリ作家の主人公が取材で訪れた京都で、ほたる式部とあだ名された美女の死の謎を解く話で、暗号解読などザ・ミステリーな展開。しかし意外なオチが付くことも含め、収録作中で唯一明るい。

    「死化粧」は、唯一時代物というか、明治初期が舞台で、元士族の青年が、風呂屋で知り合った役者一座の少女殺人事件に巻き込まれる。他の作品は謎解きというよりは殺人に至るまでの人の心の闇の印象の方が強く残った。


    ※収録
    夜のアポロン/兎狩り/冬虫夏草/沼/致死量の夢/雪の下の殺意/死化粧/ガラス玉遊戯/魔笛/サマー・キャンプ/アニマル・パーティ/CF(コマーシャルフィルム)の女/はっぴい・えんど/ほたる式部秘抄/閉ざされた庭/塩の娘

  • 幻想的な短編集。一応ミステリ、とされているので。ミステリとして読めるものが多いけれど。一概にくくれるものじゃないですね。しかし幻想にしろミステリにしろ、どの作品も素敵なのは確か。
    お気に入りは「致死量の夢」「死化粧」。おそらく収録された作品の中でも一番ミステリとして読める作品かな。だけど物語を取り巻くあまりに危うい美しさに呑み込まれて、酔いしれたまま結末まで一気に運ばれた印象。
    「はっぴい・えんど」もいいなあ。ある意味最高に素敵なハッピーエンド……?
    そしてラストの「塩の娘」がなんともユーモラスで印象的でした。ちょっとした遊び心も見えて、これが最後というのはなんだかすっきりするかも。

  • またしても、40年以上前に書かれたという驚異のミステリ短編集。
    表題作「夜のアポロン」きっと誰しもが絶望している。自分に、他人に、世界に、愛する人に。
    「兎狩り」この淡々とした残忍さが・・・皆川節だよなあ・・・。
    「冬虫夏草」良い意味で女臭さが際立つ。
    「沼」誰だって見たいものだけを見て、見えないものしか見ることができないのだ。
    「致死量の夢」愛しい名前をただ叫ぶ女。その絶叫をただ聞くともなく聞く女。
    「雪の下の殺意」人知れず行われた駆け引き、身を裂く愛。
    「死化粧」収録作で一番好きです。おさない殺意とひそやかな片恋と、つれないあなた。
    「ガラス玉遊戯」どんなに近くにいても、逆に離れていても、誰しもが自分の寂しさを埋められない。
    「魔笛」百合心中オチ・・・だと・・・。
    「サマー・キャンプ」毒の海で泳いでいるような気色の悪さ。
    「アニマル・パーティ」自分だけは正常だなんて、とんだ思い上がり。
    「CFの女」皆川先生にしてはストレートなミステリ。
    「はっぴい・えんど」・・・な訳ないだろ!!!!!!!!皆川博子作品だぞ!!!!!!????????
    「ほたる式部秘抄」なあんだ、珍しくほのぼのした皆川ミステリ・・・と思わせておいて、ラストのラストで突き落とされます。
    「閉ざされた庭」鬱屈を抱えた少女がそのまま大人になり、誰しもがそのことに気が付かない。気が付いてあげられない。
    「塩の娘」今回の「猫舌男爵」枠。そんなイメージ。皆川先生のこういうノリ、もっと読みたい。

  • 日下三蔵氏の執念が生んだ短編集、とでも言うべきか、版元を超えてタッグが組まれ、「夜のリフレーン」と対を成す一冊。
    いわゆる幻想小説にカテゴライズされる作品が主だった「夜のリフレーン」と異なり、少しヴォリュームがあるミステリーを中心に収められている。
    とは言いつつ幻想的なテイストが横溢するものがあったり、古典芸能の裏側を描いた作品があったりと、中世~近代欧州を舞台とする長編群とはまた趣を異にしながら、実に皆川博子氏らしい物語が並んでいる。
    個人的には、小粋なタッチで遊び心が満載の「ほたる式部秘抄」が秀逸で、強く印象に残った。

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著者プロフィール

皆川博子(みながわ・ひろこ)
1930年旧朝鮮京城市生まれ。東京女子大学英文科中退。73年に「アルカディアの夏」で小説現代新人賞を受賞し、その後は、ミステリ、幻想小説、歴史小説、時代小説を主に創作を続ける。『壁 旅芝居殺人事件』で第38回日本推理作家協会賞を、『恋紅』で第95回直木賞を、『薔薇忌』で第3回柴田錬三郎賞を、『死の泉』で第32回吉川英治文学賞を、『開かせていただき光栄です―DILATED TO MEET YOU―』で第12回本格ミステリ大賞を受賞。2013年にはその功績を認められ、第16回日本ミステリー文学大賞に輝き、2015年には文化功労者に選出されるなど、第一線で活躍し続けている。

「2023年 『天涯図書館』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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