おいしい中国 「酸甜苦辣」の大陸

  • 文藝春秋 (2010年10月29日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (208ページ) / ISBN・EAN: 9784163731605

みんなの感想まとめ

食と記憶が交錯するエッセイは、著者の幼少期から大学時代までの経験を通じて、中国の文化大革命の影響を描き出します。厳しい時代背景の中で育った著者は、食べ物を通じて当時の生活の苦労や喜びを振り返り、思い出...

感想・レビュー・書評

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  • 楊逸さんが中国のおいしいものを紹介してくれるのかと思ったら、ご自身の幼い頃から大学生くらいまでを振り返りエピソードにからむ食べものに触れるようなエッセイだった。
    楊逸さんの幼い頃は文化大革命の時代で、教員だった両親は下放になり一家で地方に移住したり、都会ハルピンに戻ってきてからも苦渋の暮らしが続いたよう。そういう時代の普通の人々の暮らしってなかなか見聞きしたことがなかったので、そういう意味でも読んでよかった。やはり苦しい暮らしのなかでも笑いや楽しみはあるもの。とはいえ、寒い地方に行かされたあげく交通事故で亡くなった長姉などは非常に気の毒。それを機にめっきり老け込んでしまった両親の思いもわかるような気がする。自身がこれまで築いた生活から離され下放されてもしぶとく生き抜くことができるが、わが子は亡くなるとはこたえることだろう。
    いろいろあったあの時代。そうした暮らしにまつわる食べものはおいしかったという思い出よりも、まずかった、食べられたものじゃなかったといったものも多い。でも、それがまたいまとなれば懐かしい思い出になっていることも伝わってくる。

  • 自分と同世代でお茶大を出て作家となった才媛がこんなに苦労し始終お腹をすかせた子供時代を送っていたことに驚く。
    ”往事如煙−つらい思い出もいつの間にか薄い青靄と化し”、不思議とささやかな喜びや幸せのほうが思い出されるのだろう。

    著者らしい、突き放したようなきりっと清冽な表現が、厳しい生活の中でのひとの営みを鮮やかに描き出し、中国東北部の冷たく乾いた空気を感じさせる。表題は軽すぎて合わない素晴らしい随筆だと思う。

    人間とは所詮単純な動物で、いくら思考力があっても、結局、目の前の物と色で、幸にもなれば、不幸にもなる。

  • 昔のことって、特に食に関することって
    大人になっても忘れないし
    懐かしい気持ちになる。
    私の知らない中国ハルビンの、
    時代に翻弄された家族の
    辛そうだけど暖かそうな記憶。
    もう少し丹念にかいたものも読んでみたい。
    しかしこの説明書きはひどいな。
    本読んでないな。

  • 文化大革命の時代に子供時代を過ごした著者の食にまつわる思い出話。
    下放で農村部に強制移住をさせられて一家の暮らしががらりと変わるため、肉票が無い農村部では肉が買えずに動物を飼い、畑でトマトやきゅうりを作り…と一家で過酷な生活を送りつつもその中で楽しみを見出す著者の明るさに救われる思いがしました。
    しかし、農村から呼び戻される時、家畜の面倒を一緒に見ていた飼い犬に起こった出来事は衝撃的でした。当時の著者の心を思うと辛かったです。

  • 初めて楊さんの作品を読みました。写真も多いし読みやすくてよかった。

  • 中国語やりはじめたし、ってことで図書館で何気なく手に取る。面白い。
    まだ共産主義国だった頃の中国で育った著者の話が、食に絡めて書いてある。
    知識人階級だった教師の家に生まれた著者は、歴史の教科書でみたことがあるような、田舎に行かされたり狭い、ひどい家に住まわされたりする。
    これは、ひどい。親も、泣いている。
    でも、筆者はどこまでも良い意味で子どもである。つらさ、悲壮さをまったく感じさせない。
    さらに大人になった筆者がその時々に食べていたものを実に巧みに描く。美味しそうすぎる。悲壮さがぶっとぶ。
    ほんの数十年前にお隣の国がどんな暮らしをしていたのかを、美味しい食べ物たちに囲まれながら読み終える。面白かった。でも、なにか残るものがある。中国に対する印象が変わる。そんな良書だった。

  • お母さんだけが台所に立ってごはんを作り、お父さんはごはんを炊くことも出来ずただ食べるだけという日本にありがちな家族像が中国にはなさそうだ。家族みんなでごはんを作る。これ理想。

  • 単純に中華料理の紹介などが書いてあるのだろうと
    タイトルだけ見て思って、読み始めると何か毛色がちがった。
    楊逸さんの幼少からの記憶を辿る料理にまつわる本だった。
    料理とその時代、楊逸さんの暮らしぶりの記述が一連の物語
    のようで面白い構成。それがまた中国でのことなので、より
    興味深い。見たこと、聞いたことない食べ物がいっぱいでてきて。
    楊逸さんのことを知りたい方にはぜひおすすめ。

  • 題名だけを見て、中国人料理家の本かと思って手に取ったら、読み始めて全く違うことがわかった。
    この作者楊 逸は、1964年中国で生まれ育ち、貧乏ながらも楽しく子供時代を過ごしたが、1970年に両親が教育者でお母さんが地主の娘だというだけの理由で一家で農村へ「下放」させられる。
    氷点下2、 30度の窓もドアもない所へ移住させられ、電気もガスも水道もなく、畑をしたり家畜を飼ったりしながら生き延びる。読めば読むほど壮絶である。
    だが彼女はユーモアたっぷりにそれを記している。
    文化大革命が終わって都市部に戻れても、苦労は続く。住むところがなく高校校舎の3階に一家で入居した時も煙突がないため料理のたびに煙に苦しむ。
    やっと台所を外に建てても、ご近所のテレビから出火した火事で服や持ち物全てを家なうなど苦労が続く。
    この本では、その度にどのような食事をしたかという事を、写真入りで説明している。重苦しい内容なのに、それを感じさせない。それは作者の持つユーモアであり、芥川賞作家の持つ優れた文章力から来るものだろう。中国版大草原の小さな家といった感じで読む人をわくわくさせる力がある。

  • 決して文章はうまくないけれど、下放されたときのことも著者が書くからただ悲惨なのではなくどこか希望とおかしさを感じさせることができるのだろう。

    中国の東北のお料理が食べたくなった。写真がなぜかとてもおいしそう。

    割と海南島に行き始めの頃に海口の東北料理のお店がおいしかったのを思い出した。

  • 年代としては自分の両親よりもずっと若い世代の中国の農村での風景を綴っているが、文章から伝わるイメージは、もっと古い時代の風景が映るような、年代のギャップというか錯誤感を感じるエッセイであった。

    【付箋メモより】

    「当時の農村は厳しい共産主義制で、その数年前までに、各農民の家にあった金属製の鍋類を全部上納して、製鋼の原料としていた。食事はというと、村の役所に用意された大きな鍋が一つだけで、時間になれば村民が集まってきて、同じものを食べる「大鍋飯」制度が取られていたという」(p96)

    「一昔前には、どこの村にも屠戸(豚や牛を屠る技術者)という専門職があったが、革命後には、たとえ自分の腕であろうとも、商売に使うと資本主義になる恐れがあるので、その職業も自然消滅してしまった」(p98)

    「豚の体は宝、という中国の古い言い伝えがある。皮から内臓まで、捨てるところが一つたりともないという意味だろう」(p102)

    興味深かったのは、中国の共産主義制度と、屠戸(豚や牛を屠る技術者)の存在。
    このことについての専門書ではけっしてないが、こういった部分も見え隠れしているところが、私にとっては読んでいて大変興味深かったし、もっと深く知りたいなとも思った。

  • 楊逸の子ども時代が、当時の食べ物の思い出とともに語られる。
    文化大革命で極貧生活を強いられたことも書かれているけど、そういう苦労話のなかに子どもを大切にするご両親の温かさとか、一家の力強さとかが感じられるエッセイだった。

    楊逸と西原理恵子って、どーんとして動じなさそうなとこが似てるなぁって思ってるのは私だけ?

  • 40~50年ぐらい前の中国の家庭料理で文化を紹介している。読んでいると、日本の終戦から高度経済成長までの暮らしに、相通ずる点が多ように思えます。決して裕福とはいえないけど、心温まる1冊です。
    (saika)

  • 「おいしい」というタイトルから庶民的なおいしいものを紹介するエッセイだと思って手に取って読んでみたら,
    文化大革命前後に子供時代を過ごした著者の生々しい記録だった.
    (文章としてはあっさり読みやすいのだけども)

    「すっぱい」一つとっても,「饐えて食べられたものじゃない」ものや「酸味が癖になり懐かしくなる漬け物」が出てきたりと,
    苦しい生活ながら味に対する感覚が豊かに表現されているところに
    とても興味を引かれた一冊.

    ハルピンよりも北の出身の友人はこれを読んだらどう思うかなと
    じっくり話を聞いてみたいと思った.
    その人は一人っ子政策後の裕福な時代に生まれているだけに,
    同じ地方でも違った歴史を聞けるのではないかと思うと楽しみなのだ.

  • 食べ物の話だけど、それだけでなく、時代の話で興味深い。

    しかし犬喰っちゃうんだし

  •  食の話だけでなく、農村への下放の実態とか、中国の歴史がからんでいるのがわかってよかった。

  • 日本に来る前の22年間の思い出を、写真や料理とともに語られていますが、中国はやはりこの文革の時代があったからこそ、食べることにあれほどこだわりまた、ありえないほどの強いエネルギーで生きていられるのでしょう。特に著者のご両親は先生だったので下放させられた経験があり、下放させられるまでは、五人兄弟の中の四番目として街の中で育てられた彼女にとっては、計画経済の中「糧票」という切符によって、米や、小麦は配給制だった経験が詳しく書かれている。しかしながら十分に食べられた記憶はないようだ。私たちはそれほど豊かに育てられたわけではないが、小麦や米を手に入れることに事欠くような暮らしは今まで一度もしたことがないと思う。そういう意味においては日本人が戦時中、戦後と経験した食料不足がどんなものだったのかこの本から垣間見ることができるだろう。

    また下放させられても、表面的には従うが その政府の政策によって人間思想が変わることなんてない決してのだ。日本の士農工商政策と同じようなことだ。表面的に身分を変えたからと言ってたちまちその人々の立場が変わるなんていうことは決してないのだ。特に階級や身分を落とされるときには。逆に農民で文化をなにも与えられずに育った貧しい人間が新しい知識を吸収することはそんなに安々と出来ることではないのだ。特に家族意識が強い中国では下放させられても家族の結束連帯感は強いが、政策によって「大鍋飯」で食う制度になっても平等に人に分けるという意識がなく、食事の遅い女性や子供はいつも食料不足にあえいでいたようだ。文化大革命によって、中国人の思想を変えることが結局できなかったのだ。革命が終わっても、街の人間は街に逃げるようにして帰っただけだったのだ。思想改造しようとしても、脳は結局自分の過去をや経験を置き去りにしては改造することは不可能なのだ。地域によって言葉も違い、肥沃な土地はなく電気も通っていないような地域に生まれ育った子供たちがもっと幸せになれるシステムを早く中国には作ってもらいたいです。

  • 文革のとき、ハルビンから農村に下放された子供時代の思い出がメインのエッセイ。とても読みごたえがあった。5人の子供を抱えて奮闘する楊さんのお母さんはこの時幾つぐらいだったのだろう。地主階級の出で革命を経験したお母さんは、激動の青春時代を送ったに違いない。知恵と経験に感服。自家製餃子、メイクイ餅、ヘイルージャンワインは味わってみたいものだ。作者の写真も珍しい食べ物の様子がよくわかって秀逸。

  • 著者の幼少期の食生活を綴ったエッセイ。貧しくも家族が支えあって生きようとする様子が伝わってきてほっこりする。豊かとは言えない食事なのに、すごくおいしそうに感じてしまうのはなぜだろう。写真も画素数の少ないものなのに、すごくきれいに見えるのはなぜだろう。

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著者プロフィール

(ヤン・イー、Yang Yi)
作家。1964年、中国ハルビン生まれ。
87年、留学生として来日。95年、お茶の水女子大学卒業。
2007年、『ワンちゃん』(文藝春秋)で文學界新人賞受賞。
翌08年、『時が滲む朝』(文藝春秋)で、
日本語を母語としない作家として初めて芥川賞を受賞。
『金魚生活』『中国歴史人物月旦 孔子さまへの進言』(以上、文藝春秋)、
『すき・やき』(新潮社)、『あなたへの歌』(中央公論新社)、
『わが敵「習近平」』(飛鳥新社)、『中国の暴虐』(共著、WAC)など著書多数。
現在、日本大学芸術学部教授。

「2021年 『「言葉が殺される国」で起きている残酷な真実』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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