高校生科学オリンピックの青春 理系の子

  • 文藝春秋
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  • Amazon.co.jp ・本 (357ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784163750804

感想・レビュー・書評

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  • 子どもながら驚くような発明が、と思ったのだけれど、そういう例は多くなくて、むしろそのさまざまな境遇にありながら、サイエンスフェアという目標に挑む青春ドラマ、だった。多様性の中から突出するものがでるのだなあ、そこがアメリカの良さなのかなあと我が国に照らして少し残念な気持ちにもなったのだけど、巻末に日本人の素敵な例も出ていた。しかしアメリカではそうした高校生の研究にもスポンサーがつくこと、特許や奨学金など、そっち系が目当てで、ということもはっきりと伝わってくる。まさに、必要は発明の母、ということか…。

  • インテル主催 高校生の科学オリンピックの話。
    ノンフィクションはいい。

    大好きなことに真剣に深くこだわりを持って本気で取り組むことの大切さを学んだかな。

  • こんなことが実際にあるのですね。

  • 全く縁のない、遠慮したい「理系」の世界。それなのに、その道へ至る背景はとても興味深く、わくわくするものだった。こんな人生もあるんだなぁ、と。
    やりたいことをやる、それだけのことが、実は難しい。でも、それをやり遂げようとする人は、必ず、それを助けてくれる人と出会えるものらしい。
    科学にまつわるニュースにも、これからはちょっと興味を持てそうだ。

  • 熱闘甲子園という番組がある。甲子園出場校を一校ずつ掘り下げてドラマを伝える番組なのだが、この本は、まさに熱闘サイエンスフェアである。

    情熱を持つって素晴らしい!自身の興味を発端として熱意と努力でこれを大人に認めてもらうまで昇華させる。

    その過程において高校生ならではの悩みや葛藤を丁寧に拾っているので、甥っ子を応援しているような気分になる。

    章ごとに11人を紹介し、最終章でフェアの様子が描かれる。ソロが徐々にアンサンブルになっていくオーケストラのようだ。わかりやすく言えば、ドラクエ4。

    「子」と入っているので教育書のようであるが、その実は人生指南。好きなものに情熱をかけている姿は、年齢など関係なく尊敬できる。

    さすが、成毛さんのイチオシ!

  • 2013.1.11読了。

    アメリカらしい情熱、極端さ、チャレンジ精神はそこかしこに溢れているが、何より魅力的なのは「無限の可能性は叶えてこそ、突き詰めてこそのものだ」ということの具現化だ。

  • 意欲に寄り添った教育の大切さ。産学連携の良い例。(もちろん良いだけではない。)

  • アメリカのサイエンス・フェアに参加する高校生のドキュメンタリー。このフェアで発表される研究は大学院レベルを上回るものが多いそうです。

  • ただただ、泣けるノンフィクション。アメリカの科学教育が最強な理由。

  • p17
    p17
    ある男子生徒の家族は、打ち捨てられたトレーラーに住み、暖房もなければ、湯も出ない大変貧しい暮らしを強いられていた。そこでこの生徒は、1967年型のポンティアックのラジエーターの69個のソーダの空き缶、そのほか町でかき集めたガラクタを使って太陽エネルギーを利用した暖房器具を作り上げた。また、ある女子生徒は、自閉症を患った従妹のために、読み書きを学んだり他人と交流できるようになる治療プログラムを考案して成果をあげ、国じゅうの学校で採用されるにいたった。とある町では、自殺が多発して警察を悩ませていたのだが、サイエンス・フェアで披露された”セラピー・ホース”の利用によって、外傷後ストレス障害を水際で食い止めることに成功した。
    素粒子物理学や熱力学の難問に取り組んだ生徒たちは、研究とは関係ないところで困難に遭遇するが、それは不屈の精神の持ち主でも挫けそうになるほど辛い経験だ。数十億ドルを売り上げる巨大企業デュポンの使っている発がん性化学物質が漏れ出していることを問題にした女子生徒は、テロリストの容疑をかけられてFBIから捜査されることになった。
    その一方で、思わず訪れた嬉しい驚きに心を躍らせる生徒たちもいる。ある少年は四十二万ドルの賞金を獲得し、トロフィーがフットボールチームのものとともに校内に飾られ、さらに『グッドモーニングアメリカ』にも出演して、番組のなかでガールフレンドに呼びかけて学校のダンスパーティーに誘ったのだ。
    生徒たちの栄光と挫折をつぶさに眺めながら、彼らが世界にを変革するさまをまのあたりにしてきたが、それだけではなく、サイエンス・フェアによる経験が心に深く組み込まれていく過程をつぶさに眺め、どのゆな大人になっていったのか、この目で確かめることができた。サイエンス・フェアのおかげで、少年拘置所に入れられていたふたりの男の子は、自分たちが予想上に賢いことを知った。ハンセン病を患った女の個は、どれほど望みがないと思われる病気でも、前向きに追求していけば克服できることを知った。

    ■核にとり憑かれた少年
    p43
    テイラーは核融合炉をひとりで作り上げたのではなかった。

    カール・ウィルスという一風変わった大学院生が必要なノウハウを伝授し、ビル・ブリンズミードという海賊のような専門家が、炉を作ることに協力してくれた。

    博愛主義者のジャンとボブのデイヴィッドスン夫妻は、国内で一、二を競う頭脳明晰な子供たちが網目から落ちてく現状を憂い、学校を創設してそのユニークな才能を伸ばす教育を実践し、テイラーはその恩恵に浴した。

    最後になったが、忘れてらないのは、辛抱強い両親ケネスとティファニーが、テイラーの邪魔をしなかったことだ。親として大声をあげたくなったときでも、感情を抑えこんだ。

    こうした人たちは、自らすすんで疑う気持ちを捨てた。そして、機会さえ与えれば子供は驚くべきことを成し遂げると信じたのである。

    ■ゴミ捨て場の天才
    p17
    ある男子生徒の家族は、打ち捨てられたトレーラーに住み、暖房もなければ、湯も出ない大変貧しい暮らしをしいられていた。そこでこの生徒は、町でかき集めたガラクタを使って太陽エネルギーを利用した暖房器具を作り上げた。

    p45
    「これは太陽エネルギーによって部屋を暖め、湯をわかすヒーターなんです」とギャレットは説明した。

    p48
    氷点下以下に下がる冬場は、ギャレット家はさらに深刻な問題に直面する。トレーラー・ハウスの暖房は石炭ストーブ一つであり、燃料の石炭は高価なうえ、妹のグウェンドリンが喘息の発作を起こす原因ともなった。

    毎晩、グウェンドリンは咳き込んだ。数週間おきに呼吸ができなくなるほど激しい発作に襲われ、一時間も車をすっ飛ばして病院に担ぎ込むのだった。

    p49
    子供たちの前では涙を見せなかったが、ギャレットは母の苦悩がわかっていた。ある日、母が途方にくれていることに気づき、ギャレットは母の寝室までついていってベッドに腰掛け、小指を立てて言った。

    「約束だよ。なにもかもよくなるからね。そのうち、ぼくが母さんと家族みんなの面倒を見るんだ」

    p51
    妹グウェンドリンが幸いにも九死に一生を得てから、ギャレットは変わった。今では毎日放課後、母が授業を行なっている教室で何時間もコンピューターに向井、石炭を使わずに家を暖める方法はないか調べた。

    p59
    この装置を家につないだ。数時間でトレーラー内の気温は摂氏七度上昇した。ヤジー一家は、暖かく静かな家眠ることができた。グウェンドリンの苦しそうな息や咳は治まった。

    p60
    ギャレットは、高いところが怖いのだ。ダグは励ますように言った。

    「サイエンス・フェアに出場する中学生として行くんじゃないんだよ。ナヴァホ族として行くんだ。ナヴァホのことなら、きみは誰にも負けない。みんなに教えてやるんだ」

    数日後、ギャレットははじめての飛行機に乗り込んだ。

    p69
    外の世界でギャレットが我慢できなかったことはなんでしょうと尋ねると、ジョージアは即座に答えた。

    「生活するために散財してしまうことでしょう。一生懸命働いて得たものは、育ててくれたものに返さなくちゃいけないから」

    言葉を換えて言えば、ギャレットは、故郷が教えてくれたことを忘れなかったのだ。母なる大地、父なる空が惜しみなく与えてくれる贈り物への感謝の念を深く心に刻み込んでいた。将来、ギャレットはネイティブ・アメリカンのために貢献していきたいと思っている。

    「だって、ぼくは月に行く最初のナヴァホになるんだから」

    月に一歩をするすことが無理なのはわかっている。しかし、ギャレットはこれから先の長い旅を恐れてはいない。外の世界はたしかにすばらしいが、故郷に勝るところはない。

    ■わたしがハンセン病に?
    p89
    ひるむ心に打ち勝つには、突っ走るしかない。だからBBはそうした。

    ある金曜日の夜、外出先で友だちからある男の子を紹介され、打ち明けるようにうながされた。「わたし、癩病だったんだ」BBは天気の話でもするように言った。「でも、もう治ったよ。今は元気」

    男の子は目をしばたたいた。「へえ、そうなの」ひとことそう言っただけで、話は別の話題へと移っていった。

    p90
    BBの物語は、悲劇ではない。むしろ逆で、人々に恐怖心を引き起こす病気をどこか、かっこいいものに変えたのだ。ある意味、BBは選ばれたのである。

    極限まで追い込まれ、そこからなにができるのか見つけ出さざるをえない唯一無二の挑戦をするために、多くの国民のなかから引き抜かれたのだ。

    ■鉄格子の向こうの星
    p95
    イーグル・ポイントにはさまざまなギャングが収容されているので、教室の座席を決めるにあたっても慎重さが要求される。

    p97
    ケンは教室のなかに閉じこもっていることにうんざりしていた。少年たちを取り囲む宇宙とは、ほんとうはどのようなものなのか、実体験としてわからせてやる必要があるのだ。

    中庭の北東のはずれまで来るとケンは、バスケットボールを地面に置いた。「これは太陽だ。このボールの大きさに合わせて太陽系のモデルを作ろう」

    「冥王星は?」ひとりの生徒が尋ねた。
    「冥王星は無理だ。この縮尺で旗を立てるとすれば、冥王星ニキロ近く向こうになる」
    「マジかよ!」その生徒は驚きの声をあげた。

    ケンは笑みを禁じえなかった。宇宙の広大さを伝えることができたのだ。

    p107
    この研究を見てケンは、オーリーがたんに頭がいいだけではなく、才能がずば抜けていると思った。ケンは、”邪悪な天才”というニックネームをつけたが、罵言に慣れきったオーリーはまったく気にしなかった。

    p114
    ロイド・ジョーンズの消息は聞いていた。イーグル・ポイントを出ると、彼は奨学金でアリゾナ州立大学へ入学した。しかし、すぐに苦戦がはじまった。授業に圧倒された。環境の変化があまりに大きく、そのギャップを用意に飛び越えることはできなかった。結局、退学したが、ロイドは諦めたわけではなかった。コミュニティー・カレッジの授業を受けることにしたのだ。しっかりと学び、いつの日か、アリゾナ州立大学に復学するつもりでいるという。

    ■ホース・セラピー
    p18
    とある町では、自殺が多発して警察を悩ませていたのだが、サイエンス・フェアで披露された”セラピー・ホース”の利用によって、外傷後ストレス障害を水際で食い止めることに成功した。

    p119
    キャトリンが立てた仮定は単純なものだった。馬はわたしを幸せにしてくれる。でもすべての人を幸せにする力を持っているのだろうか?

    p121
    キャトリンが生まれて三週間後、ブルースは首にしこりがあるのに気づいた。

    癌を抑えこんだと思いきや、また進行しはじめた。このとき、医者から骨髄移植を勧められたが、ブルースの保険はこの手術には適用されなかった。
    「つまり、このまま死ねと言ってるんだな」

    実験的な骨髄移植手術を行う予定があり、ブルースは被験者となる資格があった。かくして手術を受け、新薬を投与されて癌は完治したが、これには代償を払うことになる。

    この医療実験には十五人の被験者が参加し、そのなかで生き残っているのはブルースだけだ。

    どうしてブルースが生き延びているのか、医者は説明できないでいるが、妻のジャネットには、はっきりとわかっていた。ブルースは不屈の意志を持ち、つつましい生活を送ってきたからだ。

    p123
    最初にブルースがキャトリンに教えたのは、人間が馬を訓練するのではないということだった。馬が人間を鍛えるのだ。

    「弱いところを持っていると、馬はそれを感じ取って大きくして投げ返してくるんだ」

    p127
    「なにかというと医者は余命三ヶ月だというのだが、パパはそれがまちがいだと身をもって証明してきんだよ。おまえが高校を卒業するのを見届けるまで、がんばる。そこまでいけたら、今度は大学を卒業するまでだな。その次は、おまえが結婚するまで持ちこたえるつもりだよ」

    p139
    インテル国際学生科学フェア2009に参加する資格を得たのだ。

    ブルースはふたりを抱擁して気をつけて行くように言い、キャトリンに向き直るといかにもブルースらしいはなむけの言葉を贈った。

    「がんばれ。大暴れしてこてんぱんに叩きのめせ」

    ブルースは灰色のヴァンが小さくなって見えなくなるまで見送った。この旅行でどれくらいの金が必要になるのか、考えないことにした。

    ブルースの病気とキャトリンの事故の治療費がかさみ、ホーニング夫妻には娘を大学に行かせる金はなかった。

    奨学金を勝ち取ることは、たんなる栄誉ではなかった。それがなければ、キャトリンは大学へ行けないのだ。

    インテルISEFでは、四百万ドルと奨学金を手にするチャンスがある。それを実現させるには、十五以上の国から集まってきた千五百人をはるかに超えるトップレベルの競争相手を打ち破らなければならない。参加者の多くは、農場にしつらえたキャトリンの部屋など足元に及ばないほど立派な研究室を使っている。

    ブルースは科学者でも医者でもないし、大学にすら行っていない。

    だが、娘には多くのことを教えてきた。


    ■デュポン社に挑戦した少女
    p18
    数十億ドルを売り上げる巨大企業デュポンの使っている発がん性化学物質が漏れ出していることを問題にした女子生徒は、テロリストの容疑をかけられてFBIから捜査されることになった。

    p145
    父と母はケリードラを叱りつけるのではなく、物理学的に教訓を叩き込んだ。

    p148
    パーカーズバーグの住人は、ほぼ全員がデュポン社で働き、それはケリードラの一家も例外ではなかった。父のピートは、化学者として人生の大半をデュポン社に捧げ、退職したばかりだった。六十歳前半の身としては、会社の年金が頼りだ。

    ケリードラは世に言う”デュポンの子”であり、社の信条を規定した暗黙のルールにしたがって育てられたのだ。手持ちのものでベストを尽くせ。与えられた仕事をこなせ。質問をしすぎるな。家で仕事の話をするな。

    p147
    PFOA、デュポン社が使っているこの化学物質が工場周辺の地下水に漏れ出し、地元の人たちの血液のなかからも検出されたのだ。

    p153
    PFOAの危険性それを摂取しないための対策について説明していくうちに、公共奉仕をしている地域を守る一翼を担っているような気がした。しかし、家族と友人たちは、必ずしも好意的に見ていたわけではなかった。

    ■もはやこれまで
    p172
    「ママとパパは離婚するんだ」父に尋ねるといきなりこう言われ、何が起こっているのかわからずにセイラは脅えた。

    p174
    姉ラクエルは建設現場で働いているボーイフレンドのトニーと暮らしていた。

    p176
    ある晩、姉ラクエルの部屋でテレビを見ながら、セイラは話をするきっかけを待った。
    「トニーが触るの」

    トニーは子供に対する悪質な痴漢行為の罪で逮捕され、刑務所へ送られた。

    p179
    意欲的な研究だが、予定より遅れがちになった。セイラは大学入学資金を稼ぐためにさまざまな仕事をやりはじめたからだ。

    奨学金を手に入れたいというセイラの切実な思いをターニャは知っていた。

    p180
    トニーの一件があったので、当然のようにセイラは男の子を避けてきた。ランチのときに男の子がすぐ隣に座ると、セイラはそっと椅子を遠ざけた。

    サイエンス・フェアで優勝を勝ち取りたいのなら、妥協し、恥も外聞も捨ててシュワンと組まなければならない。決めるのはセイラだとターニャは強調したが、現実を直視するなら選択の余地はなかった。勝つために、なにをなすべきかは明白だ。

    クラスのたいていの男の子はセイラといちゃつこうとしたが、シュワンはそのような素振りを見せず、セイラにはありがかたった。

    p185
    セイラはこれまで、打ち解けようとして近づいてくる人たちに対して苦手意識を持っていた。しかし、徐々にシュワンに心を許し、彼の家にも行くようになり、研究にも磨きがかかっていた。

    p198
    その日、ソルトレイク・ヴァレー科学工学フェアの授賞式で、セイラとシュワンは最優秀賞を獲得した。

    十数年にもわたってセイラは、必要以上に人と親しくなると痛い目にあうという考えを抱き続けてきた。しかし、その日、心のなかに受け入れてもいい人たちもいることを実感した。

    セイラとシュワンに向き合って抱擁した。男の子と体を触れ合うと思うと、まだ、少し落ち着かない気持ちになるが、シュワンはちがった。シュワンがいてくれたからこそ、セイラは今こうやってステージに立つことができたのだ。

    p190
    ターニャはため息混じりに言った。「セイラは精神的な圧迫を取り除かなければならなかった。セイラはあのような環境で育ったのですから、今回のセラピーは大きな力となりました。内面をさらけ出すことは、たいへん難しいのですが、話すことでほんとうに状況が変わるのだとセイラはわかってくれたと思います」

    セイラとシュワンの研究は、ISEFで優勝できるのだろうか?大学の奨学金を手にするセイラの夢は叶うのか?

    ■手袋ボーイ
    p18
    ある少年は四十二万ドルの賞金を獲得し、トロフィーがフットボールチームのものとともに校内に飾られ、さらに『グッドモーニングアメリカ』にも出演して、番組のなかでガールフレンドに呼びかけて学校のダンスパーティーに誘ったのだ。

    p196
    「ロボットを描いていたんだ」
    そう答えたが、正確には「ウォボット」と発音した。話ができるようになってから、ライアンは言語障害を患っていた。二歳の幼児ならウォボットと言ってもかわいらしいが、八歳にもなると、残念ながらそうもいかない。内気な子供で友だちもいないので、ロボットというのは哀しいけれどもうなずける。ライアンは自分だけの友だちを作っているのだ。

    p197
    ミルクの紙容器からステレオの中身まで、手に入れられるものはなんでも利用してロボットの頭、手脚、胴体を作った。名前はスコーチ。

    p198
    ジョン・マコーネルは木工ショップでのんびりと仕事をしていた。六十一歳のジョンは、物理学者として何十年も仕事をし、ロスアラモス国立研究所を退職したのだ。

    最近、ジョンはメッサ州立大学で学生たちに教えるボランティアをはじめていた。シェリーは息子の指導もしてくれないだろうかとジョンに頼んだ。

    三年生だって?大学生を教えることと、ベビーシッターとはまったく別のことだ。

    ジョンの第一印象は、なんと小さいのかということだった。これはうまくいかないだろう。

    p200
    「それでスコーチはなにができるんだい?」
    ライアンはいつものようにスコーチを動かし、ジョンとライアンはそれを見ながら話をしたが、その様子はまるでヴィンテージ・カーについて熱く語る男たちのようだった。

    約束の三十分は刻々とすぎていき、お互いへの質問は熱を帯びていった。ライアンはどのような質問にも答えられる人にはじめて出会ったので、ドリルの刃のように深く切り込んでいった。

    一方ジョンもこれほどずばり核心を衝く質問をしてくる者には会ったことがなかった。しかも、相手は子供だ。ふたりのあいだには、五十二歳という年齢の開きがあったが、ジョンとライアンはうまが合った。

    その広告コピーには”四十年働いたあとで、人生にはふたたび遊んで暮らせる時期が訪れる”とあった。ジョンはこの広告が気に入り、切り取ってデスクの上の壁に貼っておいた。

    今、ジョンはその四十年を終えた。砂場に戻って遊ぶ時期がふたたび訪れたのだ。そしてライアンは、遊びはじめたばかり。

    一時間はあっという間に過ぎた。やがて、二時間。三時間。ジョンは意気盛んで興奮していた。「毎週土曜日にライアンと会うようにしましょうか」

    一時間では物足りないのだとジョンにはすぐにわかった。ライアンは帰って行くときには、いつもがっかりした顔をしていたのだ。そこで一時間は、八時間、いや、九時間、十時間へと延長されることになった。

    ジョンは電気がどのように働くのかということを説明するだけではなく、科学者として電気の世界をどう見ていくべきかということにまで話題を広げた。

    「考えるのではない。想像するんだ」


    p203
    よき指導者とその弟子は、今もまだ、毎週土曜日に会っており、ジョンの妻オードリーの目にふたりは、一心同体に映った。ふたりの身振りがおなじになり、お互い最後まで言わずともその先を理解し、どちらかが言葉を途中で切ると、もう一方が補うという関係になっていたのだ。おかしかことに入れこんだ奇妙な二人組とでも呼ぶべきか。だが、ふたりの関係はうまくいっていた。ライアンは学校の作文にこう書いている。

    「ジョンは祖父のような存在だ。いつどこに行っても、ぼくは孫だと思われる。それがとても嬉しい。ジョン・マコーネルは一番の友だちだ」

    p207
    ライアンは地元紙に掲載されたある記事を読んだ。バーガーキングにいた女の子とは別人だが、やはり耳の不自由な少女に関する記事で、四六時中、通訳してくれる大人に付き添われ、あらゆる発言を知られることはとても気まずいと打ち明けていた。男の子が好きなって告白するときはどうなるの?両親がいないあいだ、女の子だけでパーティーをするときは?かつて人と人の絆を求めて苦しんだ経験を持つライアンには、この気持ちが痛いほどよくわかった。

    ライアンは、バーガーキングにいたあの女の子を助けることにした。手袋を作ろう。これまでの手袋とはまったく違う機能を備えた手袋を。

    p208
    インテルISEF2001では、ライアンの手袋は二十二万ドルの賞金を獲得した。2002年に高校を卒業するまでにライアンが稼いだ賞金は四十二万ドルを超えた。

    『グッド・モーニング・アメリカ』では、ホストのチャーリー・ギブソンに向かって「おはよう、チャーリー」という文字を書いてくれと頼まれた。しかし、本番がはじまるのを待っていたライアンは、数分前にジョンと電話で交わした話が頭を離れなかった。愚にもつかない会話ではなかった。女の子のことについて、男と男が腹を割って話したのだ。

    p208
    本番の数分前にライアンの悩みを聞くと、ジョンは賢明な助言を与えた。

    「ライアン、人生は一度きりだ。ほんとうに言いたいことがあるのに、どうして『おはよう、チャーリー』なんて言わなくちゃいけない?」

    p213
    現在、ライアンはコロラド州デンヴァーに住み、ロッキード・マーティン社で電気工学技師として働き、スパイ衛星や宇宙船を作っている。サイエンス・フェアのおかげで人生が変わったことをライアンは決して忘れない。

    「ぼくほんとうに恥ずかしがり屋の子供でした。サイエンス・フェアでなにが一番大きく変わったかといえば、ぼくのなかに自信が芽生えたことでしょう。学校は理科教育にもっと熱心に取り組むべきだと思いますよ」


    ■イライザと蜂
    p217
    イライザが生まれると、オードリーは新しい夢を描くようになった。娘をスターにするのだ。

    イライザが二歳になると、まずは写真を見てもらおうと、ベビーカーを押してフォード・モデル事務所へ出かけていった。事務所の玄関からなかに入ろうとした時に、フォードの経営幹部がイライザに目を向けて尋ねた。「この子には、先約があるんでしょうか?」

    四歳になったある日、雑誌用の写真を撮っているときにカメラマンが言った。「きみのために撮っているんじゃないんだよ、イライザ。クライアントが要求する写真の撮影なんだ。動かずじっとして」このすぐ後、モデルの仕事はうんざりなので女優になりたいと母に訴えた。

    p231
    「理系に進むことを考えたらどうだね?きみの研究はみごとだ。理系にはきみのような人が必要なんだよ」

    イライザは驚いた。このときまで、たまたまサイエンス・フェアの世界に迷い込んだだけだと思っていたので、そんなことまで考えてもいなかったのだ。たんに寄り道をしているだけだと。科学ではなく芸術こそ、イライザが情熱を傾けるべき対象であり、進むべき道だった。

    p237
    女優業のことも真剣に考えなければならない。科学の研究は大好きだが、一生付き合っていく相手ではなく、浮気のようなものだと思っていた。まもなく、この世界からは足を洗うのだ。

    p238
    しかし、インテルISEFで、イライザの気持ちを変えてしまうできごとが起こったのだ。

    ■ロリーナの声に耳を傾けて
    p18
    ある女子生徒は、自閉症を患った従妹のために、読み書きを学んだり他人と交流できるようになる治療プログラムを考案して成果をあげ、国じゅうの学校で採用されるにいたった。

    p239
    自閉症の子供たちはたいていそうなのだが、ロリーナ・ピッコーネも奇癖がある。目を合わせることを避けるのだ。

    p245
    変わらなければならないのはロリーナではなく、ケイラのほうなのだ。現状を打破する方法を見つけるのは、ケイラの責務だ。

    p248
    文字の世界への扉を開いたのはケイラだが、ロリーナもケイラの目を新しい世界へ向けてくれた。これまで、ロリーナのことは自閉症の子供だと思ってすませていたのだが、障害の裏に隠れた人間の姿をロリーナはかいま見せてくれたのだ。

    それから四年間、ケイラとロリーナは日曜ごとに会った。バスケットボール、バトミントン、ソフトバレー、バレーボール、ゴルフをやり、同い年の友だちとも付き合いながらも、日曜日にロリーナと会うことを辛いと思ったことは一度もない。ロリーナを深く知ることは名誉なことだと思っている。自閉症はふたりの関係を築いていくうえでの分厚い壁なのだが、ロリーナには努力するだけの価値があった。努力を厭う人たちは、損している。

    p259
    ロリーナは鍵盤からカメラにまっすぐ向き直り、ほんのひとこと、口にした。それはこのときまで、ロリーナの口にのぼったことのない言葉だった。

    「ケイラ、大好きだよ」

    p260
    「自閉症に救いの手を差しのべたいと思っている人たちは、大勢いると思います。ですが、このように学ぶべきだといった融通のきかない方法に固執してしまっている人が多いようです。断定的な考え方から自由になり、ゆったりとかまえてください。ゆっくりと時間をかけて、子供たちを知るようにすればいいんです。彼らの特異性こそ一番すてきなところですから。おかげさまで、わたしの偏見もどんどん打ち砕かれ、心がうんと広くなりました」

    ■第二のビル・ゲイツ
    フィリップは、ニュージャージー州プリンストンで育った。両親のアマンダとジョエルはハーヴァード・ビジネス・スクールで出会い、卒業するとふたりとも、JPモルガン社でよい職にありついて昇進し、代表取締役までになった。

    p265
    9・11以後、どうすればいいのかわからず途方に暮れるばかりだった。

    ジョエルはJPモルガンを辞めた。プリンストンから引っ越し、友人、家族、9・11から遠く離れることにした。十二年間、激しい出世競争をしてきたが、もう潮時だ。これまでの生活には、永久に別れを告げる

    p267
    窓はほとんど割れている。正面のポーチは今にも崩れそうで、床をきしませながら恐ごわと玄関へ向かった。ドアはひずみが激しく、あけるというよりも蹴りあけると言った方がいいだろう。

    進んでリスクをひきうけることができるという自負はあった。しかし、今回は度を越している。

    「わたしも、農場暮らしがむかしからの夢なんですよ」

    p271
    二日間の嵐の経験には、また、よい面もあった。フィリップが変わったのだ。ニュージャージー州プリンストンの快適な環境にいたのでは、絶対に変わることはなかっただろう。試行錯誤の連続だが、目の前に危機が迫ったときは、自分で対処するしかなく、誰も助けにきてくれないと学んだのだ。

    p273
    子供たちには、やりたいからやるという姿勢が必要なのだ。そうでなければ、努力を未来へつなげていく活力をそのうち失ってしまうだろう。

    フィリップにぴったりの学校はどこにある?

    フィリップが高校生になっても家庭でも学べばいいのではないか。思っている以上に教えることがあるだろう。

    p275
    学校ではできるだけ子供たちに暇な時間を与えないようにしていること。だが、子供たちにやる気を起こさせるには、忙しく追い立てる以外にも方法はあるだろう。そこで、アマンダは別なやり方をとることにした。

    「やりたいことをやるのというのはどう?」

    これは危険を伴う方法でもあった。逆効果に終わる場合が多い。

    家のなかは静まり返っている。ふたりは退屈してしまうだろうかと心配になった。しかし、子供たちには退屈する時間も必要だ。そのときに耐え忍ぶことを覚える。もはや学ぶことを強制されないので、自らの意思で科目を選び、自由に思考することができるのだ。

    p276
    ほんのごく一部、それもきわめて少数派になりつつあるのが現状だが、アメリカの教育システムに疑問を持ってはじめた人たちもいた。エイブラハム・リンカーン、アルベルト・アインシュタイン、フランクリン・デラノ・ルーズベルト、さらにジョン・ウィザースプーン-プリンストン大学学長-も自宅学習組だった。ならば、ストライク一家も謹んでその仲間に加えさせていただこう。

    フィリップの興味は幅広く、尽きることを知らなかったが、やがて、やりたいことがすべてできる科目がひとつだけあることに気づいた。

    自然科学である。

    p284
    フィリップはハーヴァードに進学し、十万ドル以上の奨学金を手にし、数百万ドルの利益を生む会社を設立した。

    ■世界最大のサイエンス・フェア
    p292
    「芸術に興味はおありですか?それが科学の道を究めるうえで役に立っているのでしょうか?」

    わたしは科学と芸術が大好きです。それどころか、このふたつは完璧なカップルだと思っています、とベル・ハーネルは言った。

    「わたしたちは厳格にものごとを実証していかなければなりませんが、創造力、常識にとらわれてない、とんでもな発想が必要なんです。そもそもの仮説というのは、そこから生まれます」

    p298
    「百人もの審査員がひと部屋に集まって百二十の研究について意見を出し合うところを想像してみてください。まったくの騒乱状態ですよ」後に、ある審査員が打ち明けてくれた。

    「退屈でもあり、背筋がぞくぞくすることもあるんです」

    「ほんとうに難しい問題に対して大勢の人たちが、合意に達するからですよ。論理的な議論の末、大人たちが考えを変えるんです。そんなことが現実の世界で起こるでしょうか?暴力を使わずに、大人が考えを変えるんですよ」

    p299
    評価がはっきり二分する研究は、まさに流れを変える可能性を秘めています。これはわたしだけの見解ではなく、ノーベル賞受賞者をはじめとした多くの人たちも言っていることです」


    ==目次==

    これがサイエンス・フェアだ
    核にとり憑かれた少年
    ゴミ捨て場の天才
    わたしがハンセン病に?
    鉄格子の向こうの星
    ホース・セラピー
    デュポン社に挑戦した少女
    もはやこれまで
    手袋ボーイ
    イライザと蜂
    ロリーナの声に耳を傾けて
    第二のビル・ゲイツ
    世界最大のサイエンス・フェア
    そして、優勝は…
    祭りの終わり

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