- Amazon.co.jp ・本 (274ページ)
- / ISBN・EAN: 9784163903767
作品紹介・あらすじ
おのれと豊臣家の末路を見据えながら、鬼気迫る『明知討』を舞う秀吉の胸に、かつて自らが排した千利休の声が響く。「殿下、共に崖から身を躍らせましょうぞ」―-現世の天下人となった秀吉、茶の湯によって人々の心の内を支配した千利休。果たして勝者はどちらなのか。そして、利休の死の真相は―ー?細川忠興、牧村兵部、古田織部、瀬田掃部ら、千利休を継ぐ弟子たちを通し、二人の相克と天下人の内奥が鮮やかに浮かび上がる。今もっとも勢いある作家が写しだす、戦国を生きる人間たちの覚悟と懊悩、その美しさ。卓抜したストーリーテーリングで読ませる傑作長編!
感想・レビュー・書評
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2016年、第155回直木賞候補作ということで、読んでみました~初読みの作家さん。
なかなかの迫力です。
茶の湯がなぜ、戦国時代の終わりに、あれほど持てはやされたのか?
ふと一抹の疑問が浮かぶことがあります。
織田信長が大名を支配するための新たな方策の一つとして、意図的に盛り立てたという。
戦って奪い取った土地を恩賞として分け与えるのには、限りがあったからだと。
秀吉も当初は千利休を重用しますが、しだいに葛藤が生じます。
侘び寂びを追及した利休だけれど、秀吉の派手好みは認めていたという解釈をとっています。
それは人真似でない本物の個性だから、のよう。
利休は堺の商人であり、武家と深く交わり、茶の湯という芸術を追い求めた、多面性のある人物。
多くの武家に気持ちのよりどころと安らぎを与えもした。
弟子達にとっては、難解な発言をする厳しい師匠。
牧村兵部、瀬田掃部、古田織部、細川忠興。
それぞれのやり方で、違う道を開いていく弟子達も、面白い。
利休がかなり意図的に政治を操作したというストーリー。
え、そこまで?という気もしますが~
殺すか殺されるかという危機もある中を、何とかして生き残っていく戦国時代。
皆が将来を真剣に見据え、天下のあるべき姿を思い描いていた時代だからこそ、そういうこともあり得たかも知れない!
ぞくっとする面白さがありました☆詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
史実を元にしたフィクションであるが、知られざる千利休の人生、戦国時代の天下を揺るがすほどの大規模な戦いが数々と行われていた中で、戦国武将らの癒しがお茶とされていたのである。秀吉と千利休との関係、天下統一の歴史では語られなかった、戦いとその休息とも言われる茶道との深い繋がり、利休が秀吉と明智光秀との戦史に残る事件に大きく関わっていたのではないかとされていること、茶道の普及と戦国政権との繋がり、茶道が時代の変遷とともに、脈々と進化しているのは感慨深い。
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利休の切腹で終わった、利休と秀吉との関係は濃密でありつつ謎が多く、数多の作家の創作意欲を刺激する。
本書では、本能寺の変や中国大返し、文禄・慶長の役の黒幕として利休を描く。秀次切腹の裏にも茶人がいた。
信長以降、戦国大名の間に茶の湯が流行し、茶人が政治に接近していた状況が可能にする想像だろう。 -
千利休、結構好きっすw
歴史、覚えるの苦手なんで、いろいろ読んでも、誰が誰を殺したとか、そうだっけ?とか思っちゃうんだけどww
おのれと豊臣家の末路を見据えながら、鬼気迫る『明知討』を舞う秀吉の胸に、かつて自らが排した千利休の声が響く。「殿下、共に崖から身を躍らせましょうぞ!」・・・って、ホラーだよねぇ~?ww
最初の方、わりと軽い感じだなぁと思ったけど、終盤はなかなかの読み応え!
現世の天下人となった秀吉、茶の湯によって人々の心の内を支配した千利休。
戦国時代が舞台だとすべて戦いになっちゃうのねー。
何やっても常に命懸けって感じ、寿命も縮むってもんです。
茶の湯文化を創出した男とその弟子たちの生き様もまた、武士たちに劣らぬ凄まじさを見せ、ドキドキ、ハラハラ、コワコワなのでありましたw -
千利休の死に関する大胆な仮説(ネタバレなので書かないが)をベースとした、利休と豊臣秀吉、そして古田織部、細川忠興などの利休の弟子たちをめぐるエピソードを描いた短編集。
その「仮説」そのものは、史実的にはあまり価値のないものかもしれない。
しかし本能寺の変から安土桃山時代の終わりにかけてを、利休の「侘茶」を軸にし、短編のそれぞれの主人公の視点から丹念に描くことにより、歴史のダイナミズムを上手く表現し、小説としては読み応えのあるものとなっている。
因みに日経のブックレビューではべた褒め。
http://style.nikkei.com/article/DGXKZO95817580W6A100C1BE0P01
流石にそこまでではないと思うが、伊東潤のベストは間違いないだろう。 -
千利休と秀吉の関係の物語。
信長は所領や褒章として茶道具を使い、茶を政治の道具としていた。一方、秀吉のもと利休は茶道を民衆に開放し、草庵茶・侘茶を作りだす。
しかし、茶席における平等概念により、武士と町人の境目が曖昧になると秀吉は利休を切り捨てた、というのか一般的な説明。
この本では、利休こそが、戦国の世を終わらせるために明智光秀に信長を襲わせ、秀吉に光秀を討つように唆したグランドデザイナーであるとする。
1576年から1615年までの話なので、500年ずらして現代にあてはめながら読み進むと、数十年の間に茶の湯のかたちが変わっていく様子がわかり面白い。
利休の弟子たちのそれぞれの人生も面白い。
利休なきあとに急速に広がるのが、古田織部により創設される武家のための豪華な茶道だが、家康により織部も排除される。織部亡き後は、小堀遠州によって武家茶道が栄えていくという後日譚も。 -
「へうげもの」を読んでいるなら「天下人の茶」を読みましょう。
「天下人の茶」を読んだなら「へうげもの」と読みましょう。
どちらも、己の野心そのまま生き様になり、野心に振り回されて燃え尽き、苦悩と愉悦と達観に塗れた人生を送った愛すべきスキモノたちの物語です。
いい。
「天下人の茶」の方が、黒いですけどね。野心が迸った先にある色味が。それを前提に利休好みを鑑みると、彼の持っていた業の深さを思いしれます。
『ひつみて候』の小堀遠州がいい。ぐつぐつと滾っているものを隠して、それが溢れ出す様がいい。いいねぇ。 -
面白く読み通せた。へうげものと同じように利休が本能寺を画策したということになってるが、さらに秀吉までも傀儡としていたという設定。それを牧村兵部、古田織部、瀬田掃部、細川忠興などの視点から見ている。実は秀吉には数奇者の才があり、利休は黄金茶室も侘数寄の極みと気付いて他の弟子と違うように教えていたといった見方も面白かった。