選べなかった命 出生前診断の誤診で生まれた子

著者 :
  • 文藝春秋
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レビュー : 60
  • Amazon.co.jp ・本 (245ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784163908670

作品紹介・あらすじ

その女性は、出生前診断をうけて、「異常なし」と医師から伝えられたが、生まれてきた子はダウン症だった。函館で医者と医院を提訴した彼女に会わなければならない。裁判の過程で見えてきたのは、そもそも現在の母体保護法では、障害を理由にした中絶は認められていないことだった。ダウン症の子と共に生きる家族、ダウン症でありながら大学に行った女性、家族に委ねられた選別に苦しむ助産師。多くの当事者の声に耳を傾けながら選ぶことの是非を考える。プロローグ 誰を殺すべきか? その女性は出生前診断を受けて、「異常なし」と医師から伝えられたが、生まれてきた子は ダウン症だったという。函館で医師を提訴した彼女に私は会わなければならない。第一章望まれた子「胎児の首の後ろにむくみがある」。ダウン症の疑いがあるということだ。四十一歳の光は悩 んだ末に羊水検査を受ける。結果は「異常なし」。望まれたその子を「天聖」と名づける。第二章誤診発覚「二十一トリソミー。いわゆるダウン症です」。小児科医の発した言葉に、光は衝撃をうける。 遠藤医師は、検査結果の二枚目を見落としていた。天聖は様々な合併症に苦しんでいた。第三章 ママ、もうぼくがんばれないや ついに力尽きた天聖を光はわが家に連れて帰る。「ここがお兄ちゃん、お姉ちゃんと一緒に 寝る寝室だよ」。絵本を読み聞かせ、子守唄を歌い、家族は最初で最後の一夜を過ごす。第四章 障害者団体を敵に回す覚悟はあるのですか?天聖が亡くなると遠藤医師はとたんに冷たくなったように夫妻は感じた。弁護士を探すが、 ことごとく断られる。医師から天聖への謝罪はなく、慰謝料の提示は二〇〇万円だった。第五章 提訴それは日本で初めての「ロングフルライフ訴訟」となった。両親の慰謝料だけでなく、誤診 によって望まぬ生を受け苦痛に苦しんだ天聖に対する損害賠償を求めるものだった。第六章 母体保護法の壁母体保護法ではそもそも障害を理由にした中絶を認めていない。したがって提訴は失当。被 告側の論理に光は、母体保護法が成立するまでの、障害者をめぐる苦闘の歴史を知る。第七章 ずるさの意味光の裁判を知って、「ずるい」と言った女性がいた。彼女は、羊水検査を受けられなかった のでダウン症の子を生んでしまった、と提訴したが、その子は今も生きている。第八章 二十年後の家族 京都で二十年以上前にあったダウン症児の出産をめぐる裁判。「羊水検査でわかっていたら 中絶していた」と訴えた家族を訪ねた。その時の子どもは二十三歳になっているという。第九章 証人尋問 裁判では、「中絶権」そのものが争われた。「中絶権」を侵害され、子どもは望まぬ生を生き たというが、そもそも「中絶する権利」などない。そう医師側は書面で主張した。第十章 無脳症の男児を出産苦しむだけの生であれば、生そのものが損害なのかを光の裁判は問いかけた。一方、この女 性は、子どもが無脳症であるとわかりながら、中絶をせずにあえて出産していた。第十一章 医師と助産師の立場から病院は赤ちゃんの生存の決定を家族に委ねるようになっている。障害をもって生まれた子は、 何もしなければ死ぬ子も多い。だが現場の助産師は、そうした中疲弊している。第十二章 判決判決は被告に一〇〇〇万円の支払いを命ずる原告側の勝訴。しかし、それは、「心の準備が できなかった」夫妻への慰謝料だった。光は「天聖に謝って欲しかった」と肩をふるわす。第十三章 NIPTと強制不妊優生保護法下で、強制的に不妊手術を受けた人たちが、国家賠償訴訟を始めて、全国的な広 がりとなった。私は最初に提訴した宮城県の原告の女性を訪ねる。第十四章 私が殺される 「なぜダウン症がここまで標的になるのか」。NIPTによってスクリーニングされることに 「私が殺される」という思いで傷ついている人たちがいる。第十五章 そしてダウン症の子は ダウン症でありながらも日本で初めて大学を卒業した岩元綾は言った。「赤ちゃんがかわい そう。そして一番かわいそうなのは、赤ちゃんを亡くしたお母さんです」。エピローグ 善悪の先にあるもの「どうして私のことをかわいそうって言ったのでしょう……」。ダウン症当事者の岩元の言葉 を伝えると、光は涙をためながら言った。

感想・レビュー・書評

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  • この感想を書くには自分があまりにも無知過ぎて、どう言葉を選べば良いのか…本当に難しい。
    でも、何か書かないと忘れていってしまう。それだけは避けたい。

    著者の河合香織さんは、自身の出産も非常に困難だったことから、出生前診断の誤診をした医師を提訴した女性の事を人ごととは思えず、彼女に会わねばならないと強く感じたそうだ。
    あとがきには、「取材を始めて5年の月日が経った」と書かれていたから、いかに長く河合さんがこの件とそれを取り巻く様々な問題に向き合っていたかが伺い知れる。

    この本では、優生保護法についても書かれているが、かなり掘り下げて調べ、取材もされている。それは、出生前診断が優生思想と繋がるものだとする考えからに他ならない。出生前診断は突如として現れたのではなく、優生思想から生まれた優生保護法から続くものなのだ。

    出生前診断による「命」の選別。非常に難しいテーマだ。
    その立場に立ったことのない私には、どちらを選んでも心に何らかの禍根は残るであろう、ということくらいしか言えない。

    以下に印象に残ったフレーズをあげておく。

    ・「なんでもかんでも人間がコントロールできると考えて抗っている社会ですが、それが本当にいいことなのかと思うのです」ダウン症児をもつ弁護士の言葉。

    ・「医師の言うことを患者が何でもきく時代ではないのは、間違いない。しかし、医療において大切にされることが、訴訟を起こされないことだとすれば、その代償は大きい」著者の言葉。

    ・「医療者は親の意思決定を支える立場で、本当の自分の思いを隠していなければいけません。育てていくのは親御さんです。けれども、どこまで親は意思決定できるものなのでしょうか?子どもの立場に立ったらどうでしょうか?本来はその子どもの生命力で生きるか生きられないかは決まるのだと思います。
     思い障害があれば、生きていても苦しいことも多いかもしれない。けれども、中絶の痛みの方がもしかしたら大きいかもしれない。餓死の方がずっと苦しいのかもしれない。なぜ親がそれを決められるのでしょうか」高田助産師の言葉

    ・「女性の権利運動の成果として中絶が合法化された欧米諸国とは違い、日本では歴史的に中絶と優生が抱き合わせの状態から始まったため、退治条項を議論するときに優生思想との関係を避けて通れない。
    勧告があったのちも、国会などの公の場において、あるいは新聞やテレビなどのマスメディアにおいて、胎児の障害を理由とした中絶、いわゆる胎児条項についてはほとんど踏み込んだ議論がなされることは未だない」著者の言葉

    ・光はずっと命を選択する時は、「崖に落とされそうになって指一本でつかまっているギリギリのところで判断する」と話していた。原告光の言葉を著者が引用

    ・「重視されるべきは女性の自己決定権なのか、障害者の尊厳なのか、公共政策なのか、医療なのか」優生保護法を巡る裁判を受けて著者の言葉

    ・「絶対の悪もないし、絶対の善もねえんだよな、本当は。その人にとっては悪でも、別の人にとっては善だよな」光の父の言葉

    2019.11.30

    • naonaonao16gさん
      ロニコさん、こんにちは!

      今更ながらにコメント失礼しますm(_ _)m
      この本、わたしも気になっていて、いつか読みたいなーと思っているんで...
      ロニコさん、こんにちは!

      今更ながらにコメント失礼しますm(_ _)m
      この本、わたしも気になっていて、いつか読みたいなーと思っているんですが、なかなか手をつけられずにいます。

      かなり古い作品になりますが、河合香織さんの「セックスボランティア」を読んだ時に、かなり衝撃を受けました。障碍者の性について取材されているのですが。
      こうした分野の社会問題に切り込んで向き合っている河合さんは素晴らしいですよね。

      最近は、妊娠をしても、医師は「おめでとうございます」とは言わずに「どうされますか?(産むか産まないか)」と確認すると、妊娠中の知人に聞きました。
      もちろん、全員が全員ではないと思いますが、様々な事情を抱えている方が多いんだろうなと思います。

      自粛期間が延びたので、読めたらいいのですが…
      背中を押してくださるレビューをありがとうございました。
      2020/05/04
    • ロニコさん
      naonaonao16gさん、こんにちは^_^

      コメントをありがとうございます。

      内容が重いと分かっている本は、「受けとめられる」と思え...
      naonaonao16gさん、こんにちは^_^

      コメントをありがとうございます。

      内容が重いと分かっている本は、「受けとめられる」と思えないと、なかなか読めませんよね。

      今は時間はありますが、精神的には、ストレスが溜まっていく毎日だと思うので、無理なさらずですよー^_^
      2020/05/04
  • ◯テーマは出生前診断の誤診で生まれてきた子に関する裁判の経緯と、当事者の思い。正解がなく、それでいて個人の主張がハッキリと出るため、大変興味深い内容である。
    ◯ただ、ノンフィクションだと思って読んでいると、筆者の表現が大仰に感じることがあった。(苦海浄土の完成度を思い出す)どちらかというと、もう少し淡々とした文章の方が良いのではないかと感じた。
    ◯否応なく、自分がその立場に置かれたらどうするかを考えさせられる。立場的にバランスよく登場してくる人物たちそれぞれの思いが語られる。どれも否定できず、並び立つことも難しいと思わされる。
    ◯しかし、巻末に導き出された結論は、そういった意味では妥当性がある。技術に飲み込まれることなく、命のあり方はいつの時代も常に議論していくことが重要であり、悩み続けていくしかないのではないかと思う。

  • 内容(「BOOK」データベースより)
    その女性は、出生前診断を受けて、「異常なし」と医師から伝えられたが、生まれてきた子はダウン症だった。函館で医師と医院を提訴した彼女に会わなければならない。裁判の過程で見えてきたのは、そもそも現在の母体保護法では、障害を理由にした中絶は認められていないことだった。ダウン症の子と共に生きる家族、ダウン症でありながら大学に行った女性、家族に委ねられた選別に苦しむ助産師。多くの当事者の声に耳を傾けながら選ぶことの是非を考える。出生前診断をめぐる様々な当事者たちの声からつむぐノンフィクション。





    とても...とても考えさせられます。
    子供がもう成人してしまっている私にはあまり関係のない内容なのかもしれませんが 知らなかったことが多くてとても勉強になりました。
    私が妊娠した頃は羊水検査や出生前診断という言葉は知ってはいましたが お医者さんから検査をするかどうか聞かれた記憶はないし、友達から検査をしたという話を聞くこともなかったです。(それほど昔だったからかもですが...)
    出生前診断もあの頃よりさらに新しく進んだ検査になっているようで...
    私には検査をするかどうかも 結果が悪くて中絶をするかどうかもとても決めれそうにありません。
    精神的にも経済的にも育てられるとはとても思えません。けれど 中絶するということを肯定も出来ないです。私の中に中絶は良いイメージはありません。仕方のない場合もあると思いますが 生死を決めていいのかという疑問が強いです。
    立場の違ういろいろな方の話が載っていますが それぞれに頷けてしまう内容で何が正しいのかなんてないんじゃないのか...
    世の中、新しいモノがいろいろ開発されていますが それを使うことによって生じる障害への対策や法律などが確立されないまま進んでしまい 問題が後手後手なように思います。

  • 読み終わって、親、子供、その他関わっている周り方の立場の視点からでは、思いなどは全く違うだろうと。
    特に医療の場では、自分はその場で医療を受けていないけれども家族としての選択の場がある。選択する事、した後にも迷いがあるだろう。結果、自分が望まなかった出来事ならば、選択した時に思い返す。知って良かった事もあれば、知らずに良かった事もある。そこで、人生も変わる。

    昔では考えられないくらい出来る技術が増え、怖くさえ思うことも。最近では、倫理ってなんだろう…と。

  • ノンフィクション作家であり、「セックスボランティア」の著書を持つ河合香織さんの著。

    出生前診断という言葉を成人した人なら一度は聞いたことがあるのではないでしょうか。妊婦が胎児の染色体異常について出産前に知るための検査のことです。

    本書は、出生前診断を受けて陰性と伝えられた女性が、誕生した我が子がダウン症だった事例について裁判を起こしたことがきっかけで聴取が開始され、様々な立場からこの事柄についての視点を提示する本となっています。

    女性は「診断結果が陽性と知っていれば、人工妊娠中絶を選択した確率が高く、そうなれば児の得た苦痛は無かった」とし、そのことに対する損害賠償請求を行いました。
    それに対する医師側弁護士とのやりとりや著者が傍聴席で聞いた一連の流れから「出生前診断とは」というところに焦点をあてて本文が進行してゆきます。

    「様々な立場」と書きましたが、具体的には
    ・我が子が「ダウン症」だとわかっていたら産まなかったという人(妊婦とその夫、妊婦の父)
    ・ダウン症の児を里子に出した女性
    ・ダウン症の児を里子として預かり、育てる人
    ・無脳症の児を出産した人
    ・出生前診断に関わる医師と看護師
    ・ダウン症当事者
    ・裁判にて医師側弁護を務めた弁護士
    このような人々です。

    出生前診断というものがどういうものか、仕組みは理解できても実際に当事者になってみなければ分からないものだな、と私自身思っていたのですが、当事者であっても(本文中の言葉を借りるなら)「決断というのは、迷って迷って、崖に落とされそうになって、最後の指一本でつかまっているギリギリのところで決めるもの」だということを知り、最後まで正解もなければ強制されたり、周囲から指摘されることでもないのだなと、今更ながらに考えが至りました。

    本書は上記の裁判を中心とした構成になっていますが、「人工妊娠中絶」や「ダウン症」「正常変異」「優生思想」(とくに優生思想は歴史的側面について詳細に記載されています)、「母体血清マーカー検査」「レスパイトケア」など関連する項目について(全く医療の知識のない人間でも)わかりやすく記載されています。
    ずっと心の片隅にあったモヤッとした疑問の正体は「優生学」に基づくものなんだ、ということが分かり個人的には腑に落ちた本でした。

    著者も何度も試みた結果叶わなかったわけですが、この件に関わった医師本人から聴取ができていたら、今後出産を控えた人のみならず、ほぼ全ての人間がこの問題に向き合うきっかけとなり得た本ではないでしょうか。
    (”医師”という立場からの視点を補完する目的として、本書では別の医院の医師からの聴取が記載されています)

    大変勉強になりました。

  • これは考えせられる本です。
    出生前診断をめぐる裁判を題材に、医師や病院関係者、子の親、ダウン症の子を持つ親、ダウン症の子本人など、いろいろな人から見た問題点が綴られています。

    自分は、これから子を持つ親の立場ではないが、孫のことを考えると他人事ではないと思いました。
    この本をきっかけに、みんなが議論できるようになれば、良いのかなと思います。

    特にこれから子どもを持つ可能性のある世代の方は必読です。少なくとも自分の中ではどうしたいか時間をかけて悩んでほしいです。

  • とても考えさせられる本だった。出生前診断の誤診で誕生したダウン症の子供。たった三カ月でこの世を去った。誤診した医院を提訴した母親への取材をまとめたノンフィクション。提訴した心境は複雑。母親だけでなく、ダウン症の当事者、ダウン症だと分かって産んだ人、被告の弁護士、医療側などへの取材から多角的に出生前診断による命の選別という行為の意味に迫る。読んでもどうしたらよかったのか分からない。分からないものなのだろう。また読んでみたい。そういう作品でした。

  • 出生前診断の誤診によって生まれたダウン症の子に関するノンフィクション。詳細なインタビューと描写で涙なしには読めません。自分だったらどのように考え、判断を下すか、をずっと考えさせられます。奇しくも国による強制不妊手術に関するニュースが取り上げられており、合わせて考える機会になりました。生命の選別はどこからなのか、不妊治療で元気な精子と卵子を選ぶのは命の選別には当たらないのか。答えはないものの、十分に議論すらされていない現実を突きつけられました。

  • 出生前診断、人工中絶、障害など、答えのない問いが次々と投げかけられる。

    人工中絶は優生保護法の観点でのみ認められていることを初めて知った。命に関する倫理観と自由な選択を支える科学技術とのせめぎ合いが、歪んだかたちで体現されてしまっていると感じた。

    お腹に宿った命は、いつから命なのか。
    子どもを産むということは、すべてを受け入れる覚悟をすべき。それは偽善ではないか。
    何もかもを選択できるということは、むしろツラいことなのではないか。

    自身が母となってみて、母親としての本能的な感覚に日々驚く。我が子への愛情のあまり、コントロールできない感情が芽生える。それは個々人で異なるであろうし、その感情を良いかたちでアウトプットできるとも限らない。
    しかしながら、子どもは例外なく母親を求める。
    その関係性が切なく、母親としてどうあるべきかを考えさせられる。

    生まれることは死と隣り合わせである。
    そのことが昨今の出産においては、忘れがちになっている。
    それは幸せなことであるが、大切なことも忘れ去られていないか。

    本書を読みながら幾度も涙し、命の重さを改めて考えさせられた。

  • 母体保護法に胎児条項がないため「経済的理由」を援用したことに対して、国を訴えた弁護士の言葉が心に残った。堕胎は、現在も経済的あるいは身体的理由しか許されておらず(だから、単に産みたくないのが理由であっても、どちらかにこじつけて行っている)、どちらでもないのに堕胎した場合は堕胎罪が適用される。胎児の異常が判明した妊娠の大半が中絶していても、法的な根拠は議論すらされない。「堕胎罪はあっていい、全員産むべきだと結論づけられればそのような社会設計をすべきです」(P166)堕胎罪があっていいかはともかく、全ての子どもを受け入れる社会設計になっていないことが問題なのだと思う。そういう社会設計をしようとすら、誰も思ってない。
    子どもの障害のある無しに関係なく、全ての子育てのサポート(もちろん就労支援、生活支援とも連携して)を国家レベルで責任持ってやります、となれば、虐待を受けて死ぬ子どももいなくなるだろう。安易に産んだ奴が悪いってのは、なし。だって、子どもには責任ないから。
    そもそも完全な子どもなんていないんだから。たとえ出生前にいろいろな障害が分かったって、育ててみて初めてわかるその子の特徴があるし、何が幸せかそうでないかは、本人が感じることで、他人が規定するものではないのだから。障害イコール不幸ではない。
    とはいえ、本当のところは当事者になってみないと分からないのが難しいところだとは思う。他人はなんだって言えると言われたら黙るしかない。

    中期中絶や重い障害の子を治療しないことで死に至らしめることは、いかに現場の、特に医師の指示を受けて働く看護師や助産師が苦しむか、というところも見過ごせない。新しい命を受け取る仕事をしたいと頑張っているのに、命を奪う片棒を担がされるのだから。本当はそんなことをしないで済む社会にすべき。
    「子どもを持つというのは未来に対する希望」(P235)という言葉は、政治家がまず噛み締めて欲しい。日本の出生率が下がっているのは未来に希望が持てないからですよ。どんな子どもも受け入れられる社会を作れば、命の選別で苦しむ人も減るし、子どもを産みたい人も増えると思う。
    子どもに対する責任を親から社会に移動させたい。
    子どもは親が責任持て、という窮屈な社会を変えることで、この出生前診断に関する問題も変わるのではないか、そうすれば命の選別に苦しむ人も減るのではないかと思う。
    立場によって考えも異なる難しい問題に果敢に挑んだ良書。

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著者プロフィール

河合香織(かわい かおり)
1974年、岐阜県生まれのノンフィクション作家。神戸市外国語大学外国語学部ロシア学科卒。
2009年『ウスケボーイズ-日本ワインの革命児たち』で小学館ノンフィクション大賞を受賞。ほか、『セックスボランティア』『絶望に効くブックカフェ』などの作品がある。

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