コード・ブレーカー 下 生命科学革命と人類の未来

  • 文藝春秋
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  • Amazon.co.jp ・本 (360ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784163916255

作品紹介・あらすじ

世界的ベストセラー『スティーブ・ジョブズ』評伝作家による最新作!

「未だ知らざる多くのことを私は本書から学んだ」――ビル・ゲイツ絶賛!


「生命科学の最前線を知る絶好の書」――ノーベル賞生物学者・大隅良典氏推薦!

米Amazonで1万レビュー超え、平均4.7★ 。全米ベストセラー遂に上陸!
   
遺伝コードを支配し、コロナも征服。ゲノム編集技術クリスパー・キャス9を開発しノーベル賞受賞し、人類史を塗り替えた女性科学者ジェニファー・ダウドナが主人公。

今世紀最大のイノベーション、「生命科学の革命」の全貌を描き尽くした超弩級のノンフィクション。

ゲノム編集技術を手にした人類は、自らの種を改変するのか。

mRNAワクチンを開発、新型コロナウイルスに勝利した人類。
医療はじめ巨大産業創出への期待が高まる。だがプーチンは予言していた。
「恐れを知らぬ兵士がつくれる」。そしてゲノム編集された赤ちゃんが誕生する。


【下巻目次】
第32章 治療を試みる
第33章 バイオハッキング
第34章 生物兵器│米国防総省も参戦
第35章 人間を設計するという考え
第36章 ダウドナ参入
第37章 賀フー・ジェンクイ建奎─赤ちゃんを編集する
第38章 香港サミット
第39章 容認
第40章 レッドライン─越えてはならない一線
第41章 思考実験
第42章 誰が決めるべきか?
第43章 ダウドナの倫理の旅
第44章 生物学が新たなテクノロジーに
第45章 ゲノム編集を学ぶ
第46章 ワトソン、ふたたび
第47章 ダウドナ、ワトソンを訪問する
第48章 召集令状
第49章 検査をめぐる混乱
第50章 バークレー研究所
第51章 マンモスとシャーロック
第52章 コロナウイルス検査
第53章 RNAワクチン
第54章 クリスパー治療
第55章 コールド・スプリング・ハーバー・バーチャル
第56章 ノーベル賞に輝く

感想・レビュー・書評

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  • 【感想】
    コード・ブレーカー下巻。上巻はクリスパー・キャス9によるゲノム編集ツール開発の話で終了したが、下巻ではそのゲノム編集技術を実際に使用することについてのテーマが語られる。具体的には、人間の生殖細胞を編集することへの倫理的問題と、コロナ対策のためのクリスパー技術の応用などだ。

    2018年に、中国人科学者フー・ジェンクイがゲノム編集技術を用いて、HIV耐性のある双子を人工的に誕生させた。当時の中国では生殖細胞系列ゲノム編集に対する厳しい規制があったのだが、ジェンクイは国の認可を取らず臨床試験を強行する。当然、倫理的に許されるのかという国際的な議論が巻き起こった。
    病人を遺伝子治療することと、胎児になる前の生殖細胞を編集することは全くレベルが違う。いったいどこまで「人間を作り替えること」を許容するべきなのか――そうしたガイドラインはあらかじめ制定しておく必要があるのだが、個人の権利の許容度は国と文化によって異なる。そこで、基本的な倫理的課題に絞って思考実験を重ね、ラインの明確化を行っていく。

    筆者は、ゲノム編集には2つのラインがあると考えている。
    ・生殖細胞系列ゲノム編集と他のバイオテクノロジーを分かつライン
    ・危険な遺伝性疾患を排除するための「治療」と、人間の能力や特徴を向上させるための「強化」を分かつライン
    この2つのラインを軸に、どこまでが倫理的に許される医療措置であるかを議論していく。
    例えば、「本当の障害」と、「障害とは言えない不利な特性」の違いについて。本文中では聾と同性愛が挙げられている。聾が不利益をもたらすことは、人間にとっても他のどんな動物にとっても、事実である。逆に、ゲイや黒人であることの不利益は、社会の姿勢に起因するものであり、そうした姿勢は、変えることが可能であり変えるべきだ。
    そういうわけで、聾を防ぐために遺伝子技術を使うことと、性的指向を変えるためにこれらの技術を使うことは、道徳的に区別できる、というわけだ。
    ―――――――――――――――――――――――――――――
    本書のラストは、クリスパー技術の副次的恩恵で結ばれる。
    コロナは社会に壊滅的な打撃を与えたが、同時にかけがえのない恩恵も与えてくれた。それはクリスパー技術の開発促進と、研究者間での協力関係の醸成だ。
    パンデミック以前、研究者間のコミュニケーションや協力は制限されていた。大学は、どれほど小さな発見でも、それに対する権利を主張し、大規模な法務チームを作って特許出願の妨げになる情報共有を阻止していた。「彼らは科学者同士の交流をすべて、知的財産権の取引に変えてしまった」と、バークレーの生物学者マイケル・アイゼンは言う。
    しかし、コロナウイルス感染症を倒すための競争にそのようなルールは課せられなかった。ダウドナとチャン、そしてほとんどの研究機関は、自らの発見をウイルスと戦う人が誰でも利用できるようにした。この取り組みが、研究者間のみならず国家間の協力を可能にした。世界中の科学者がコロナウイルス配列のオープン・データベースに貢献し、2020年8月末までに、そのエントリ数は3万6,000件にのぼった。
    パンデミックは、科学者に自らの使命の高潔さを思い出させたのだ。

    そして、コロナは科学者だけでなく、私たち市民にも科学の重要性を再認識させてくれた。だれもがウイルスの危険性とワクチンの重要性を認識した。感染症に関する検疫の方法も繰り返し報じられ、認知されるようになった。なにより、「科学は偉大だ」という意識が人々の間に広がった。2020年8月には、医学部への出願数が前年より17%も増えたという。
    コロナは、科学を日常生活に取り込んだのだ。

    ダウドナがオジギソウの丸まりへの好奇心から科学者を目指したように、世界を救うのは、純粋な好奇心である。そして、次なる科学者たちの芽は、今この瞬間にも生まれ始めている。

    上巻のレビュー
    https://booklog.jp/users/suibyoalche/archives/1/4163916245

    ――――――――――――――――――――――――――――――
    【まとめ】
    1 人間をどこまで編集してよいか?
    遺伝子編集技術によって病気を治療することは道徳的である。では、遺伝性疾患を持たずに生まれてくるようDNAを書き換えることは許されるのか?そして、容姿、健康、知性といった遺伝的要素を強化するために遺伝子編集を行うこととの違いはどこにあるのか?

    「生殖細胞系列」のゲノム編集は、個々の患者の特定の細胞にのみ影響する「体細胞」のゲノム編集よりはるかに簡単だ。親が子どものために環境上の優位性を買うことは許されているのに、遺伝的優位性の購入を禁止できるだろうか。


    2 クリスパー・ベイビー誕生
    2012年7月、中国人科学者、フー・ジェンクイは中国でシーケンシング技術を商品化するための会社を設立する。当初、ジェンクイはそのシーケンサーで発生段階の初期にあるヒト胚のゲノムの配列を解析し疾患遺伝子の有無などを調べていた。しかし、2018年初頭には、ヒトゲノムを解読するだけでなく編集する可能性について検討しはじめた。

    2017年7月にコールド・スプリング・ハーバーで行った講演で、ジェンクイは、廃棄された生存能力のないヒト胚でCCR5遺伝子を編集したことについて説明した。この実験はすでに中国の他の研究者が行い、倫理に関する国際的議論を引き起こしていたので、彼の発言はそれほど注目されなかった。
    しかしこの時、彼が言わなかったのは、遺伝子修正を施した赤ちゃんを誕生させる目的で、生存能力のあるヒト胚でゲノムを編集する計画をすでに立てていたことだ。つまり、次世代以降に遺伝する生殖細胞系列のゲノム編集を企てていたのだ。

    2018年11月、ゲノム編集でHIV耐性を獲得した双子が生まれる。双子はナナとルルと名付けられた。ジェンクイは論文の中で「生命を脅かす遺伝性あるいは後天的な病気から解放された健康な赤ちゃんを望む何百万もの家族に、ヒト胚ゲノム編集は新たな希望をもたらすと期待できる」と記している。
    しかし、その論文には、いくつか気がかりな情報の断片が埋もれていた。ルルのゲノム編集では、関連する二本の染色体のうち、適切に改変されたのは一本だけだった。彼女のシステムは依然として、HIVウイルスの受容体を生成しているのだ。さらに、標的でない遺伝子の編集が起きたことや、両方の胚がモザイク(正常な細胞と異常な細胞が存在する胚)であったことも判明した。

    倫理学者は生殖細胞系列のゲノム編集について高尚な議論を重ねてきたが、歴史を作ろうとする野心的な若い中国人科学者によって、突然、その議論は無意味なものになった。世界初の試験管ベビー、ルイーズ・ブラウンや、クローン羊のドリーが誕生したときと同様に、世界はいきなり新たな時代に突入したのだ。

    フー・ジェンクイは2019年末、深セン市人民法院で裁判にかけられ、有罪判決を受けた。


    3 越えてはいけない一線はどこにある?
    遺伝子編集が懸念される対象は、生殖細胞系列でのゲノム編集だ。それはヒトの卵子、精子、初期胚のDNAに変更を加えるもので、生まれてくる子どもおよびそのすべての子孫の全細胞が、その改変された特徴を備える。一方、体細胞編集はすでに一般に受け入れられているが、費用がかかるし永続的ではない。

    筆者は、ゲノム編集には2つのラインがあると考えている。
    ・生殖細胞系列ゲノム編集と他のバイオテクノロジーを分かつライン
    ・危険な遺伝性疾患を排除するための「治療」と、人間の能力や特徴を向上させるための「強化」を分かつライン
    加えて、どこまでが治療でどこからが強化なのかが依然曖昧であるため、治療と強化のあいだに、病気を予防するための遺伝子改変である「予防」のラインや、人間が従来持ち合わせていない(赤外線を見ることができるなど)新たな能力を与える「超強化」のラインが、将来的に足されるかもしれない。

    実際に思考実験をしてみよう。
    「親が自分の子どもに受け継がせない権利を持つべき遺伝性疾患は?」と考えてみる。筆頭はハンチントン病(遺伝子変異による脳細胞の死滅)である。ハンチントン病は致死的であり恐ろしい病気だ。ただ、ハンチントン病を避けるためのゲノム編集では、恐ろしい変異を除去するだけで、他は何も変更しない。これは積極的に許されるケースと言えるのではないだろうか。
    次に鎌状赤血球貧血症(赤血球が変形し、倦怠感や感染症、痛みをもたらす)を考えてみよう。ハンチントン病と同じように苦痛を伴う病気だが、実際にかかった患者であるデヴィッド・サンチェスは、「この病気があるから、ぼくは誰に対しても辛抱強くなれる。どうすればポジテイブになれるかってことも学んだ」「この病気でなかったらよかったのに、とは思わないよ。そうなったら、ぼくはぼくでなくなるから」と語っている。
    サンチェスの賢明な言葉は、より大きな問題を提起する。困難や障害は、しばしば優れた人格を形成し、忍従を教え、立ち直る力を育てる。それは創造性とさえつながっているかもしれない。

    また、本当の障害と、社会の適応能力が低いせいで障害とみなされている特性を、どのように区別すればよいのだろう?聾、同性愛者、肌の色などだ。聾が不利益をもたらすことは、人間にとっても他のどんな動物にとっても、事実である。逆に、ゲイや黒人であることの不利益は、社会の姿勢に起因するものであり、そうした姿勢は、変えることが可能であり変えるべきだ。そういうわけで、聾を防ぐために遺伝子技術を使うことと、肌の色や性的指向を変えるためにこれらの技術を使うことは、道徳的に区別できる。

    次に、治療と強化のラインについて考えてみよう。
    身長を例に取る。低身長障害を抱えた子どもに、平均的な身長にまで成長できるよう、障害のもととなる遺伝子変異を取り除くことは、許されそうではある。しかし、もともと平均的な身長になるはずの子どもを二メートルにまで成長させることは、許されなさそうだ。この違いは何か?
    そこには「絶対的向上」と「相対的向上」の区別がある。前者は、あなたを含む全員が手に入れたとしても、あなたにとって有利な向上である。たとえば、記憶力や、ウイルス感染症への抵抗力を強化する方法があるとしよう。それはあなたに恩恵をもたらすし、他の人が同じようにそれらを強化しても、あなたにとってそれがプラスになることに変わりはない。
    しかし、身長がみんな20センチ伸びれば、平均的身長のラインは上昇し、結局あなたの背は低いままだ。
    これは、ゲノム編集による強化を許可すべきかどうかという問いの答えにはならない。しかし、その道徳基準に含める原則を模索する上で、この違いは、考慮すべき一つの要因を指し示すだろう。その要因とは、社会全体にとって役立つ強化を、個人に相対的な優位性をもたらす強化より優先する、ということだ。

    遺伝子編集による疾患や不利の削除を検討していくと、「人生の目的や目標は何か」という根本的な疑問に行き着く。人生の目的は、痛みや不快感なく普通に生きることなのか?それとも自らの才能や個性を心から満足できる形で発揮し、より深い意味での成功を目指すべきなのだろうか?そうだとしたら、ゲノム編集によって作られたものではない、本物の体験と達成と努力が必要とされるだろう。その目的を果たすには、犠牲や痛み、苦悩、それに、自ら選択するとは限らない困難が必要なのかもしれない。


    4 誰が決めるべきか?
    ゲノム編集ツールはどのように使われるべきか、を誰が決めるか。ここには2つの考え方がある。
    1つ目は個人の権利を尊重して自ら選択する自由を与えるべきだという意見。2つ目は、人間という種にとって最善は何かという観点(ワクチン接種やマスク着用の命令など、公益性を強く尊重する)意見だ。

    現在ゲノム編集に関する決定は、消費者の選択と自由市場の力に委ねられようとしているようだ。お金を持つ人が、治療する形質をスーパーマーケットのように購入していく。これのどこが悪いのか?

    個人の選択に委ねることの問題点の一つは、多様性が失われることだ。個人の選択を尊重するリベラルまたはリバタリアンの遺伝学は、政府が管理した優生学と同様に、最終的に、多様性も標準からの逸脱も少ない社会をもたらす。それは親にとっては喜ばしいことかもしれないが、やがてわたしたちは創造性、インスピレーション、斬新さに欠ける社会に暮らすことになる。
    多様性は社会にとってだけでなく種にとっても好ましい。ただし、社会の多様性を高めるために「子どもの可能性を諦めろ」と家族に言う権利があるのかという問題に当たる。

    もう一つの問題点は、ゲノム編集が格差を永久に固定することだ。親が子どものために最高の遺伝子を買うことを許可すると、不平等は飛躍的に進むだろう。出生に基づく貴族制やカースト的な社会制度を数世紀かけて縮小してきた結果、現在、ほとんどの社会は、民主主義の大前提でもある一つの道徳原則を受け入れている。その原則とは、「機会の均等」である。この「人間は平等に創られている」という信条から生まれる社会の結束は、金銭的な不平等が遺伝的な不平等に変換されるようになると、失われるだろう。ゲノム編集が本質的に悪いわけではないが、ゲノム編集が自由市場の一部となり、富裕層がそこで最高の遺伝子を買って不平等を拡大させる可能性があるのだ。


    5 コロナウイルスとの戦い
    2020年2月末、ダウドナが発起者となってコロナウイルス対策のプロジェクトチームが発足される。プロジェクトのいくつかは、最新のクリスパー技術を活用するもので、クリスパーに基づく検査方法の開発や、ウイルスの遺伝物質を狙って破壊するクリスパー・システムを肺に運ぶ安全な方法を見つけることなどが含まれた。

    ダウドナが編成した検査チームは、IGIの建物の一階に機械と化学薬品の入った箱を運び込み、コロナウイルス検査ラボを急造した。
    ダウドナのチームは、クリスパー関連酵素を利用したコロナの診断ツールの作成を検討する。
    その関連酵素はクリスパー・キャス12とキャス13という分子体だ。キャス12はDNAの特定の配列に狙いをつけ切断することができるが、キャス9と違っていったん標的DNAを切断すると、近くにある一本鎖DNAを手当り次第切り刻む。キャス13は標的の近くにあるRNAを無差別に切断する。これを利用し、一本鎖DNAを切断されると蛍光シグナルを発するように編集してやれば、患者の体内に標的のDNAがあるかどうか、蛍光のシグナルによってわかる。この働きを利用すれば、コロナウイルスなどのRNA配列を検出するツールとして利用できる。

    従来のPCR検査は、多くの複雑な手順と温度の切り替えを必要とする。しかし、ウイルスの遺伝物質(RNA・DNA)を検出するようプログラムされたRNAガイド酵素を活用することで、ほんの一時間程度で、より安価にウイルスを検出できるようになるのだ。

    この検出ツールの作成に先に成功したのはチャンのグループだった。彼らはそれを「シャーロック」と名付けた。
    チャンの研究室は、新型コロナウイルスがまだアメリカ国内で注目されていなかったとき、研究計画書を詳細に説明した資料をネットで公開し、世界中の科学者たちに発信した。これに対してダウドナを科学諮問委員会のトップに据えて発足したマンモス・バイオサイエンシズ社も、検査の詳細を記したホワイトペーパーを公開し、誰でも無料でアクセスできるようにした。

    チェンは次のようにツイートしている。「科学者が協力し、情報をオープンにして共有することをうれしく思う。#コロナウイルス」。
    このツイートは、クリスパーの世界が歓迎する新たな流れを反映していた。これまでは特許や賞を獲得するための熾烈な競争のせいで、ダウドナとチャンをはじめとするクリスパーの研究者たちは、研究内容を秘密にしたり、競合するクリスパー企業を設立したりしてきた。
    しかし、コロナウイルスとの戦いの緊急性ゆえに、彼らは研究をよりオープンにして、積極的に共有するようになった。「この最悪の状況に良い側面があるとすれば、それは知的財産の問題が二の次になり、誰もがひたすら解決策を見つけようとしていることです」とチェンは言う。「今、人々は研究のビジネス面ではなく、実際に役に立つものを生み出すことに集中しています」

    マンモスとシャーロックが開発したクリスパーを用いる検査法は、従来のPCR検査より安価で速い。また、抗原検査法より優れていた。これらの検査法の最終的な目標は、家庭用妊娠検査薬のように、安く、速く、簡単で、かつ使い捨てで、町の薬局で購入でき、自宅でプライバシーを守りながら使用できる検査法を作ることだ。マンモスはそのような検査法を開発製造することを2020年5月に発表する。同じ月に、チャンの研究室はシャーロックシステムを簡略化する方法を開発した。

    また、RNAの活用によって、遺伝子ワクチンという新しいワクチンの可能性が開けた。
    遺伝子ワクチンは、弱毒化したウイルスやウイルスの断片を注入するのではなく、遺伝子や遺伝コードの一部を投与して、ヒト細胞がウイルスの成分を自ら生成するよう導く。そうやって生じた成分によって、免疫システムを刺激する。遺伝子を細胞まで届ける方法としては、成分を作る遺伝子を運搬体(ベクター)となるウイルスに組み込んで運ばせる方法と、DNAかRNAをそのままヒト細胞に送り込む方法の2つがある。

    2020年12月、コロナウイルス感染症が世界各地で流行する中、2つのRNAワクチンが合衆国で初めて認可され、パンデミックと闘うバイオテクノロジーの先頭に立った。ジェニファー・ダウドナと同僚は、RNAをヒトゲノム編集ツールとして利用し、さらにはコロナウイルスを検出するツールとしても利用した。そして今、科学者たちは、RNAの最も基本的な機能を利用して、わたしたちの細胞をスパイクタンパク質の製造工場に変え、コロナウイルスに対する免疫力を高める方法を発見した。
    2020年に150万人以上を死に追いやったコロナウイルス感染症のパンデミックは、最後の伝染病にはならないだろう。しかし、新しいRNAワクチン技術のおかげで、未来のほとんどのウイルスに対するわたしたちの防御は、以前より格段に速く、効果的なものになりそうだ。
    簡単に再プログラムできるRNAワクチンの発明は、人類の知恵がもたらした超高速の勝利だったが、それは地球上の生物の、最も基本的な側面への好奇心を原動力とする数十年におよぶ研究の上に成り立っていた。すなわち、DNAでコード化された遺伝子が、どのようにRNA断片に転写され、細胞にタンパク質の製造を指示するか、ということへの探究である。同様に、クリスパー・ゲノム編集技術は、細菌がRNA断片で酵素を誘導して危険なウイルスを切り刻む仕組みを理解することからもたらされた。偉大な発明は基礎科学を追求することから生まれるのだ。

    2020年、ダウドナとシャルパンティエはノーベル化学賞を受賞した。発表に際し、スウェーデン王立アカデミーの事務局長はこう宣言した。「今年の化学賞は、生命の暗号を書き換えることに関するものです。この遺伝子のハサミは、生命科学の新たな時代を切り開きました」。

  • ゲノム編集について特に興味を持った。
    病気や遺伝的異常を取り除ければ、とても優れた特徴であるが、生殖細胞系列のゲノム編集については考えさせられる。

  • T図書館本

    上巻は書籍にて読了。
    下巻。様々な研究がなされ、コロナの時代へ。

  • 訳者あとがきに「完璧な作家、完璧な題材、完璧なタイミング」とあるが、本当にそうだ。
    著者が描くのは、深遠な生命の素晴らしさと謎、生命科学の最先端、科学者達の闘い、生命科学が私たちに突きつける倫理上の問題。それらを人間臭いドラマを織り交ぜながらドラマチックに描く。こんな芸当ができるのは、著者ならでは。
    前作のダ・ビンチでは、ダ・ビンチが残した詳細なメモを余白の書き込みまで読み込んだ圧倒的な調査が印象に残るが本書も同じ。科学者達へのインタビューは、あるときは研究室で、あるときは食事を共にしながらと、何度も取材を繰り返し、本音を引き出し、表情を読み取っていることが印象的だ。
    アイザックソンは今何に取り組んでいるのだろう。読み終えたばかりだが、次が気になる。

  • ベストセラーとなった「スティーブ・ジョブスⅠ・Ⅱ」をはじめ、レオナルド・ダ・ヴィンチやアルベルト・アインシュタインなど、偉大なイノベーターの評伝で知られる著者が、2020年にノーベル化学賞を共同受賞したジェニファー・ダウドナ博士の半生を中心に、遺伝子研究の歴史がゲノム編集技術として結実するまでの軌跡を辿る一冊(上下2冊)。

    幼い頃に科学者を志したダウドナが、好奇心と競争心を武器に女性蔑視の風潮や民間企業での挫折を乗り越え、研究者としての優れた資質とチームマネジメントの才を生かしてゲノム編集の鍵となるCRISPR-cas9の構造をいち早く解明し、論文発表に至る過程だけでも圧倒されるが、著者の知的探求はそこに留まらず、研究者同士の複雑な人間関係と競争がもたらすイノベーションの価値や、ゲノム編集が喚起するであろう倫理問題等についても深い洞察を展開することで、CRISPRという世紀の発見が、複数のテーマが幾重にも重なる壮大な物語として描かれている。

    主人公であるダウドナに対し、その活躍を称賛しつつも時に辛辣な意見を述べる一方、ダウドナに敵対するライバルの言い分にも耳を傾けて理解を示す著者の誰に対しても公平であろうとする姿勢は、各界の重要人物からの信頼が厚く、相手の懐に入り込んで本音を引き出す取材の深さと相まって本書の価値を高めており、これまでの著作同様、大作ながら一気に読み進めてしまう知的興奮に満ちた傑作ノンフィクションとなっている。

  • 上巻はダウドナ先生中心の情緒的な話題が多くつまらなかったが下巻面白い。ヒトのゲノム編集の是非は読み応えあり考えさせる。コロナへの対応については内容少なめ。

  • クリスパーキャス9の発明者の、発明に至る経緯と、特許紛争の実情等の、激しい開発競争の状況が明らかにされる。
    中国のデザイナーベビー誕生が話題となったが、その状況についても詳しく書かれており興味深い。
    今後もこの技術の活用が進んでいき、病気との戦いには明るい未来が見える。一方で、デザイナーベビーの問題や、何が病気なのかなど、倫理的な問題は残り、自主規制のような枠組みで本当に大丈夫なのか、リスクの高さからもっと強力な規制の仕組みが必要だと感じる。

  • 特許だったか会社関係の話がちょっと長い、もちろんそこも歴史的には重要なドラマなんだけど、個人的には科学的発見の過程をもっと読みたかった
    それは上巻で出尽くしたのか?

  • ジェットコースターのような展開がとてもスリリングで読み飽きない。下巻はいよいよクリスパー(CRISPR)が実装されていくステージに入る。プレーヤーもバイオハッカーのザイナーやクリスパーベビーを誕生させたフー・ジェンクイらが登場してくる。

    クリスパーに代表されるテクノロジーは「滑りやすい坂道」に例えられている。クリスパーベビーのテーマは批判するのは簡単かもしれないが重い。この後に出てくる第41章「思考実験」、および第42章「誰が決めるべきか?」は生命倫理を扱うテーマだけに、これだけでもじっくり読む価値がある。ここのパートがあるので後半のダウドナらの行動についても理解が追いつくようになる。

    最後はダウドナとシャルパンティエの2人がノーベル賞を受賞して大団円となる。でも受賞したのは彼女たちだけではない。そこまでに多様な人種、国籍、集団、組織、理念をもつ科学者たちがいて、オープン化された科学者たちのネットワークとその歴史があってこそ。フランクリンの苦労もそこで報われたともいえる。

    エピローグにあるアイザックソンの言葉がとてもよかったので抜粋します。
    「わたしたちは導き手として、科学者だけでなく人道主義者を必要とするだろう。そして何よりも、ジェニファー・ダウドナのように、その両方の世界に馴染んでいる人を必要とするだろう。
    だからこそ、わたしたちが足を踏み入れようとしているこのミステリアスだが希望に満ちた新しい部屋を、すべての人が理解しようとすることが有益なのだと、わたしは考えている。
    今すぐすべてを決める必要はない。子どもたちにどんな世界を残したいか自問するところから始めよう。そして、手探りで一歩ずつ、願わくは手に手を携えて進んでいこう。」

  • 3月新着
    東京大学医学図書館の所蔵情報
    https://opac.dl.itc.u-tokyo.ac.jp/opac/opac_link/bibid/2003643773

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著者プロフィール

ウォルター・アイザックソン【著者】Walter Isaacson
1952年生まれ。ハーバード大学で歴史と文学の学位を取得後、オックスフォード大学に進んで哲学、政治学、経済学の修士号を取得。英国『サンデー・タイムズ』紙、米国『TIME』誌編集長を経て、2001年にCNNのCEOに就任。ジャーナリストであるとともに伝記作家でもある。2003年よりアスペン研究所特別研究員。著書に世界的ベストセラー『スティーブ・ジョブズ』1・2、『レオナルド・ダ・ヴィンチ』上下、『ベンジャミン・フランクリン伝』『アインシュタイン伝』『キッシンジャー伝』などがある。テュレーン大学歴史学教授。


「2019年 『イノベーターズ2 天才、ハッカー、ギークがおりなすデジタル革命史』 で使われていた紹介文から引用しています。」

ウォルター・アイザックソンの作品

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