沖縄女生徒の記録 生贄の島 (文春文庫 そ 1-21)

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  • Amazon.co.jp ・本 (398ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784167133214

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  • 奇跡的にアウシュビッツから生還した顛末を書いた「夜と霧」という世界的名作がありますが、この本も沖縄戦という負けるために戦ったに等しい無謀な本土戦を、10代の女学生(多くは看護師として)の手記や生存者からの聞き取りなどで丹念に拾い上げた歴史の記録です。

    極限状態になった人間は、それほど痛みを感じなくなるのかと思うくらい、爆風で吹き飛ばされても「私の足が無くなった」などまるで他人事のような言葉が頻繁に出てきます。

    作者はあとがきで、「この本は多くの生存者が書いたもので、私は一人の語り部に過ぎない」という趣旨の言葉を残していますが、やはり作家の筆は冴えわたります。

    例えば、助からないほどの重傷を負った兵士を置いて、移動しなければならないシーン。
    「生徒さん、俺たちを置いていくのか」一人の兵隊が言ったとき、幸子は黙っていた。答える言葉がないのだ。彼女は次の患者の枕元に水を置こうとした。するとその兵はまじまじと幸子を見つめた。幸子も一瞬その目を見た。しかし、彼は何も言わなかった。何を言うことがあろう。人間の一生をどんな言葉で縮めればいいというのだ。幸子は顔を背けて次の寝台に移った」

    また、二人の子供がいる両足を失くした自分の父のような年齢の兵隊が、「女学生さん、一緒に連れて行ってください」と言われて「今は薬を運ばなければならないんです。でもまたすぐ戻ってきますからね」。その一言が長い間ツル子を苦しめた。しかし、それはその時には嘘ではなかったのだ。40代の父と10代の娘は、運命に挑戦して、一瞬希望の虹の橋を架けたのだ。虹はいつか消えるが、それがこの世において、全く何の意味もなかったとは考えられない」

    また、多くの兵隊や女学生たちが、迫りくる死を前にしてもなお、「自分の手当てはいいから助かる人を見てあげてください」と他人を気遣うことができる一方で、また最後まで自分のことしか考えないわがままな人間も存在しますが、この生死を前にした違いはどこから出てくるのだろうか?

    しかし偉い軍人さんが13歳の女学生よりも、死を前にしてジタバタする理由を捜せば、年配者ほど人生の抱えている量が違うという見方もできますが、確かに研究する価値がある題材ではあります。

    また、こんな話も。
    戦闘(一方的に攻められているだけですが)が続く状況で、捨てられた赤子を見捨てられず拾ったある女学生(松下)は、避難場所で赤ちゃんが泣き止まないために、「騒がしいと敵に見つかるだろうが、捨ててこい」と叱った兵隊に反論できず、外に出る。松下はそれ以来帰らない。砲撃は間もなく始まった。

    投降を呼びかける米軍に、捕虜になるくらいなら死を選ぼうとした日本人。
    そんな日本人の戦後まで続くメンタリティを作者はこう説明する。
    「彼女たちの命を奪うきっかけをつくったのは無論アメリカの攻撃であった。しかし最後の逃げ道を断ったのは、投降することを許さなかった日本人の信念であり、大人たちの教育であった。戦後1億総ざんげなどという言葉があったが、日本人はどれだけ本気で、この信念の意味を考察しただろうか。(中略)80万人の命を懸けて戦った人がいたにもかかわらず、日本は戦争に負けたという現実を目の当たりに見ているにもかかわらず、まだ為せば成るなどという思いあがったことを言ったのだ。その言葉は戦って死んだ人たちへの侮辱である。この世には死んでもなお、成らぬこともあったのだ」

    この本を読めば、戦場で生死を分けたものは、ほんの少しの偶然と神の気まぐれにすぎないことがよくわかります。

    そして、これだけ悲惨な状況にもかかわらず、年端もいかない女子学生たちが国のため、家族のため、兵隊さんのために頑張って従軍医療員として文字通り体を張って奉仕するのですが、戦場という場にまるで相応しくないほどの健気で明るい姿は、この絶望的に暗い作品に何かホッとさせる救いのようなものを感じさせます。

    この本を英訳して出版すれば、海外でもベストセラーになると思えるほど、優れた戦災ルポとなっていますので、実現を望みたいものです。

  • 200人以上の人から聞いた沖縄戦での女生徒たちと彼女たちと関わった人たちの記録をもとにした小説。学徒を解散し得なかった教師の苦悩や、自決を決めながらも学生たちに「死ぬな」という兵士、精神や気持ちが麻痺していくガマの中の医療風景、凄惨な戦場。

    「もう死んだらいけませんか?」と女学生、「たくさん人が死ななくてはこの戦争は終わらん」と医療放棄する軍医、「下手に苦しんで死ぬよりは、即死のほうが楽だ」と甲をかぶるのをやめ、名も知らぬ人と親子の契を結び、全く知らない女学生と身を寄せ合って死ぬまで一緒にいようと話す…。
    戦争という異常な状況での切羽詰まった判断と行動が胸に迫る。

    辛くて、苦しくて、泣くに泣けずにただ黙々と読んでいたのだけれど、唯一泣いてしまったのは19歳のアメリカ兵の話だった。彼は上陸してすぐに、民家で見つけたアルバムを持ち歩く。そこに写る家族の、その娘達にアルバムを返そうと思ったから。友だちになれるかもしれないと淡い期待を抱いたから。彼はその数カ月後の焼け野原のようになった沖縄の一端で、重なって死んだ一家を発見する。
    誰が望んでこんなことを始めるのだろう。始まってしまったら、もう後戻りはできないのに。

著者プロフィール

1931年、東京に生まれる。作家。53年、三浦朱門氏と結婚。54年、聖心女子大学英文科卒。同年に「遠来の客たち」で文壇デビュー。主な著作に『誰のために愛するか』『無名碑』『神の汚れた手』『時の止まった赤ん坊』『砂漠、この神の土地』『夜明けの新聞の匂い』『天上の青』『夢に殉ず』『狂王ヘロデ』『哀歌』など多数。79年、ローマ教皇庁よりヴァチカン有功十字勲章を受章。93年、日本芸術院・恩賜賞受賞。95年12月から2005年6月まで日本財団会長。

「2023年 『新装・改訂 一人暮らし』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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