- Amazon.co.jp ・本 (378ページ)
- / ISBN・EAN: 9784167460037
感想・レビュー・書評
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今は便利なモノで、寄席や落語会で聴いた噺の演目がわからなくても、話のキーワードを幾つか「ググる」と演題がわかることがある。わたしの場合、そういうときのネタは、大抵が珍品か、上方のネタで、「話には聞いていたこのネタだったのか」と思わず感心してしまう。もっとも本来なら、各協会や団体がちゃんとした「ウェブ落語辞典」のようなものを整備するものなのに、やる気がないのはわかりきっているので、仕方なくネットで検索をしているのだが。
本当のことをいえば、東大落語会の「落語辞典」のような本を持っていればいいのだが、何せ高い。5000円近くする本を、落語会・寄席に2回は行ける金を払ってまで買おうとは思わない。ただ、隣町の図書館にこの「落語辞典」があって借りたことがあるのだが、さすがに1000を超えるネタが確認できるということは何物にも代え難いのだろうけれど、やっぱり二の足を踏んでしまう。
そこで探していたのが、この本。矢野誠一さんの「落語讀本 精選三百三席」(文春文庫)。1989年の出版ですでに絶版。アマゾンでもネットの古本屋でも手に入れることが出来るが、状態が確認できないのがイヤで、買わずにいた。それが訓練校が近くにあるおかげで足繁く通うようになった神田・神保町のキントト文庫で見つけた。以前に一度、この店で見かけたのだけれど、その時は急ぎの用があって後で買おうと思って、次に行ったらもう売れてしまっていた。だから、今回は長い間待ち望んだ「再会」だった。
題名通り、この本に収録された演目は三百三席。江戸落語はもちろん上方落語(上方落語を元ネタにした江戸落語も含めて)もあるし、次回の「雲助蔵出しふたたび」でネタだしされている「姫かたり」や、喜多八師が高座でかける「莨の火」なども入っている。あらすじや、十八番にした藝人・噺家のことも書いてある。
それよりもなによりも、素晴らしいのは以下の点。矢野さんらしいウンチクが語られているが、それが全くイヤミではないこと。いわゆる「落語評論家」という人たちも含めて、落語を長く聴いてきたという人に限って、自分なりの落語に対する思いを熱く語りたがる、それはそれで個人的なことだから別にかまわないのだけれど、それを上から目線でいかにも、ああだこうだ、と言われると、ちょっとウンザリしてしまう。けれど矢野さんは、ご自身の筆の運びがそうさせるのか、カツカツした文章ではなく、藝人との逸話や噺の思い出を淡々と書いているのがいい。一つ一つの演目を読んでいると、それらがすーとあたまの中で想起されて、思わず納得してしまう。
もちろん資料性はあるし、巻末には索引、落語の演目の場合、一つの噺に対していくつもの題があることがあるけれど、それらも含めて掲載されているし、何より文庫本だから、持ち運びに便利、鞄の隅にでも突っ込んで寄席や落語会に行くことができる。
同様な本は今売られているもののなかにもあるだろうけれど、文庫本というのはないし、たとえ古本として1500円という価格が高いとしても、探して買っておく価値は、今まで書いたことから十分にあると思う。
ちなみにネットでは程度にもよるが、1000円から1500円で売られている。詳細をみるコメント0件をすべて表示