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Amazon.co.jp ・本 (352ページ) / ISBN・EAN: 9784167717322
みんなの感想まとめ
日常の中に潜む深いテーマを描いた短編集で、特に「初七日」や「最後の変身」などの作品が印象的です。何気ない風景や状況が、強烈な感情を呼び起こし、読者の心に深く響きます。特に「最後の変身」は、引きこもり青...
感想・レビュー・書評
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白昼
合わせ鏡のように絶対に奥へと進めない、映画「マトリックス」の地下鉄のように、どこへも繋がらない。夢の中で彷徨っているかのような作品。
初七日
葬式にまつわる物語。墓場まで持っていく、とはよく言うが、戦争経験者は語りがたいことの重さが違う。辺見庸「もの食う人々」で示された日本兵のエピソードとは同じではないにせよ、多かれ少なかれ人道にもとる行為は戦時下なら無理もないことなのだろうなと感じた。
転勤族にとっての帰郷は場所よりも言葉にこそある、というのはそこにいた生活の軌跡が言葉にあるということなのかな。
閉じこめられた少年
作品自体の構造が実験的だった。特異な構造に途中で気づいたけれど、記憶が混濁したように感じられる読書体験だった。
瀕死の午後と波打つ磯の幼い兄弟
道路にある吐き捨てられたガムの黒いシミ、自動販売機で飲み物を買う、その罪悪感と興奮。読んでいる僕は、描かれる景色や心情がなぜ分かるのだろう(日本の地方の均質性の高さゆえか)。物語を読みつつその一つひとつの描写は、物語が描く世界を想起させつつも、記憶の中の荒れた都会の道と、自動販売機があった地元の道を僕に歩かせる。
二つの物語が交わることを今か今かと思いながら読み進めて、そこを重ねるか、という意外さで幕を閉じた。
最後の変身
未読だったカフカの変身を読んでからこの作品を読んだ。本を最初に手にした時にちらっと読んだら、変身をもとにしているようだったからだ。青空文庫は便利だ。
蛾が幼虫から蛹を経て成虫になることを外的な役割の変化と捉える一連の解釈および主人公の独白が、若き日の自分に重なった。この歳になったからか、物語でも報道でも自分のことのように感じることが多くなった。
未消化、不完全燃焼のまま心の部屋の片隅に追いやっていて、不意に視界に入るー何かのきっかけで当時のことがフラッシュバックされる記憶が平野さんの作品によって成仏される気になる。向き合い方がわからないままそのままにしていた記憶に、別の向き合い方を教えてくれる(他の作者でも同じかもしれないが)。
分人主義の著書で語られていた「本当の姿」という捉え方による不都合を徹底的に表した作品だと思った。
著者書評
https://books.bunshun.jp/articles/-/1122詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
「白昼」
ゼノンのパラドックスを思ったが、球体の表面上を追いかける形になった。バカボンが三輪車で旅に出ようとしたように。滴り落ちる時計とは何か。そこからどんな波紋ができるのか。
「初七日」
パッと見、漢字が多い。亡くなってから初七日の繰上げ法要までの一部始終がここにはある。葬儀の話だけではなく、家族のあり方などについても語られる。自分の身の上にも起こっていることだけに、心に深く刺さる。また方言がとても良い。北九州の言葉のようだが、妻の実家のある島根県石見地方も似たしゃべり方をする。広島や山口も同じだろうか。戦争体験についてはどうか。僕の父、義父ともに戦争には行っていない。テレビて聞くか、大岡昇平を読むかくらいだ。実の父に対する人口呼吸は不潔か。子どもが小さかった頃はペットボトルの回し飲みが出来たが、大きくなってからは出来ない。それとはまた別か。猫は何者か。どうにも亡くなった父親がそこにいるような気がしてならないのだが。そして、大声でその猫と対峙しないわけにはいかなかったのだ。戦場の父親と同じように。著者30歳になる前の作品だと思う。父親は幼い頃に亡くしているということだし、自分の経験がもとにはなっていないと思う。もちろん作家だから、取材するなりして書いたのかもしれないが、よくこれだけのものが書けたと思う。僕にとってはすべて50歳を過ぎてからの初めての経験であった。全作品を通して最も印象に残った。
「珍事」
ドキドキしながら読んでいたが、大したオチでもなかった。僕はきっと別の誰かに手を振っていたのではないかと思う。時々あるその手の勘違いはかなり恥ずかしい。
「閉じ込められた少年」
殺すな、しかし深手を負わせろ、周囲にも恐怖を味わわせろ、と思った刹那、ビデオテープが逆回転を始める。今まで感じたことのない不思議な感覚。
「瀕死の午後と波打つ磯の幼い兄弟」
それぞれの人にはそれぞれの事情がある。視点がすっと変わり、宙に浮いた気分になる。おばちゃんは手を離すわけには行かなかった。アスファルトの上を引きづられようと。幼い弟はコンビニと言い、作者はコンヴィニと書く。弟と兄それぞれの事情がうまく書かれている。潮が満ちて来る岩場の恐怖、兄も怖かったことだろう。そして、なんと最後の一瞬二つの話が繋がった。帰りのジュースは飲めたのだろうか。
「les petites Passions」
すべては友人の一つ上の姉が好きな少年の幻想だろうか。夢だろうか。
「くしゃみ」
一時に10回くしゃみをすると壊れてしまうということではないのか。僕は花粉症日誌を付けたことがある。その日何回くしゃみをしたか、何回鼻をかんだか。意識していれば意外と回数を覚えているものだ。確かにくしゃみは相当エネルギーを使う。
「最後の変身」
横書き?ページは右から左?読みにくい。それでも横書きにした意味は。理系寄りの本を読むときは補遺という形で最後に数式を使った証明を載せていたりする場合がある。そのときは最後のページから逆向きに始まる。目の動きを考えても、隣のページに目をやるときは最も長い距離を移動しなければならない。裏のページに移動するときも最長距離である。疲れる。次第に慣れたが。さて、この作品が分人概念の先駆けとなるのだろうか。分人ということば自体は登場しないが、似たような考え方が現れている。カフカの話から両親が登場するあたりまではそれでもまだドラマとして良かった。ネット空間に登場するようになってからはもうとにかく言葉があふれだす。ひきこもりからイジメ加害者、バスジャック、そして酒鬼薔薇聖斗。何らかの役割を得る。度重なる転校。周りに合わせて自分を隠す。本当の自分とはいったい何者か。災害ボランティアが人々のベクトルを揃える。戦争で連帯するのか。何者かでありたい自分、何者でもない自分、その真の姿は何か。いくつもの役割を演じる自分。望まれるのはそいつでなければならない何者か。オーム。本当の俺自身。本当の俺自身ではないという違和感。権威主義に走る。井の中の蛙。孤立。ネット上の才能を抜き取られたカフカのクローン。ホームページ、日記、俺自身をさらけ出す!ネット空間は、挫折したコミュニケーションの死骸の山、孤独なゴミ捨て場。すでに死んでいる作家の作品しか読まなかった。若い作家には嫉妬する。最近売れている作家の書評を書くことでカウンターを上げていく。ボールド体で埋め尽くされる。俺、俺、俺、自己責任では済ませられない。共感できる部分とそうでない部分がある。じっくり誰かと対話しながら読みたい作品である。果たしてこの遺書は日の目を見るのだろうか。
「バベルのコンピューター」
なぜこの文章がここに収められているのか。それが問題だ。中身については問うまい。僕には難しすぎる。それと、注もあわせて読むことが必要であろうか。僕は後からざっと流し読みをしただけだけど。その中でおもしろいのは翻訳について。the23lettersを23通の手紙と訳されているということ。2人の翻訳家が同じように。あり得ない、と著者は相当に憤りを感じているようだ。またカナ表記についてはここでも相当にこだわっているようだ。テレヴィ、コンヴィニ、デイタ、ペイジ、そう言えば、「最後の変身」にはグレーゴル・ザムザとあった。僕はずっとグレゴールと言っていたので読みながらストレスを感じていた。きっと本場のアクセントに近い形で書いているのだろうな。
うーん、図書館で借りた単行本で読んでるのに、文庫の方に入れてた。文庫解説を読んでみたい。 -
「白昼」
何かが後ろからつけてくる
これに追いつかれたとき人は発狂するだろう
背後霊?
いや、それはもうひとりの自分だ
誰かに嫉妬されたい自分を
何かに嫉妬する自分がつけてきている
「分人主義」なる機械仕掛けの神を見出す以前には
一応こういう純文学的テーマを持っていた
「初七日」
父親が急に亡くなったあと
葬儀やなんかであわただしく時間がすぎていった
そんな中、なぜか家に猫が入り込み
粗相をしていくという話
この家はひょっとすると相続に関して
面倒を抱えてるんじゃないか
などと邪推しつつ
そんなことよりこれは乙一へのオマージュ作品だろう
なんてことも昔から思っていた
「身内の不幸は猫のかたち」ってね
「珍事」
バカというやつ1等バカ
それと同じで
人の孤独を笑うやつがいちばん寂しいんだ
ま、あるあるですね
「閉じ込められた少年」
いじめっ子への復讐でそいつを刺した少年が
すべてを忘れてしまいたいと願う
「分人主義」という考え方によって
それを実現することができるだろう
いじめっ子たちも少年をいじめたことなど
忘れていそうであるが
「瀕死の午後と波打つ磯の幼い兄弟」
白昼の街中で発生した犯罪と
晩夏の海水浴場で津波に襲われた幼い兄弟
ふたつのドラマに、直接のかかわりはない
かかわりがあるとしても
それは観察者の作為によって見出された関連にすぎない
セカイならぬ世界とはそういうものだ
ということを言いたい作者の脳内世界、なので
細かいところが妙に芝居がかっている
「les petites passion」
希死念慮を抱えたかわいそうな少年の白昼夢
絵に描いたような悲劇の主人公感
彼を処刑するのは彼じしんであるという
謎のストーリーによって
作者は何を得ようとしているのか
「くしゃみ」
個人の行動、あるいは認識などによって
世界の理が変わったりはしない
それが起こり得るのは冗談の世界だけだ
ロマンと冗談はしばしば混同されるもので
そこは難儀な話であるが
「最後の変身」
人間社会は自然にそむく矛盾を抱えており
それ故に様々な機能不全をおこす
たとえば「イジメ問題」もそのひとつ
社会的に抑圧された暴力は
陰険な方法で立場の弱いものに向けられる
この話では、少年時代イジメに加担する側だった語り手が
親の残したローンと介護
そんな将来の負担を悲観することで
無気力状態の引きこもりになるのだが
カフカの「変身」を読みかえしたことから
自らを繭のなかの蛹になぞらえ
いつかすべての矛盾を超越した何者かになることを夢見ていく
そこで例の「分人主義」に通じる発想が出るんだけど
なんでそうなるのって感じの結末だ
それを実行するにせよしないにせよ
語り手が職場でイジメられたとか
人に見限られたとか
そうでなきゃ構ってちゃんでもないかぎりは
こういう発想って出てこないと思うんよね
なんか嘘っぽい書き方も多く
まあプライドの高い八方美人って感じだな
気持ちはわかります
教訓としては、分人を切り捨てられる前にこっちから切り捨てろ
ってとこでしょう
この段階では要するに「親離れしろ」って話でしかないんだけど
これが他責に結びついたときどうなるかね
非情な時代だ
「バベルのコンピューター」
個人間の差異をあるがままに受け入れようとする
頭の古いヒューマニストを尻目に
現代アーティストは
差異がまったく消失した世界の可能性を夢見る
21世紀に入って彼が新たに制作した作品
「バベルのコンピューター」は
あらゆるテキストが文字の組み合わせにすぎないという
ボルヘスの小説から着想されたもの
人に書かれうるあらゆるテキストを
書かれる前から生成するコンピューター群である
それに蓄積された膨大な量のテキストは
いっさいの背景を持たない
その中にあるひとつのテキストに
何らかの意味を見出しうるとしても
しょせんは単なる文字の組み合わせにすぎないのだ
バベルのコンピューターはそのように
あらゆるテキストから特権性を剥奪することで
言葉を操る人間たちの単一性を示そうとする
しかし一方では
あらかじめすべてのテキストを独占した結果
コンピューターが機械仕掛けの神として君臨する未来をも
予感させるのだった
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短編集。最後の変身がすき。
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短編集。瀕死の午後、波打つ磯の幼い兄弟、初七日が良かった。何気ない日常の風景が強烈なインパクトをもって胸に迫ってくる。論理的的確な描写は美さえ感じる。重厚で力のあるフレーズに圧倒された。
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個人的に興味深かったのは、カフカの「変身」をモチーフに、引きこもり青年の独白調で綴られた「最後の変身」です。
自分が「変身」したのは、肥大した自尊心と外殻に囲われた腐りきった中身、そして自らに課してきた「役割」であるとし、自らの半生を振り返る。
(ちなみに「役割」というのは、後の平野作品に出てくる「分人」の概念に近しいのかな)
ただの独白なのに、これほどまでに臨場感と迫力を出せるのは、やはりすごい筆力だと思います。ここだけ横書きなのも面白くて、「インターネットの日記なんかを覗き見ている感覚」なんだそう。なるほどなるほど。
他の作品、特に小品とも呼べる短編については、大胆な比喩も多く、正確に意味を把握するには至っていませんが、何か現代社会の脆さを表現しているようで不思議と感心してしまいました。 -
平野啓一郎の小説を読んでいつも思うのは、彼はとても「ブンガク」を着こなすのがうまい、ということだ。
つまり、彼の小説は一種のファッションのように自分には見える。
彼の小説には決定的に何かが欠けているように感じるのだ。
「初七日」などがその顕著な例で、(ところどころ脇の甘さは見られるが)描写は美しく、いかにも文学らしい「死」も描かれていて、オチもそれなりにしっかりとしている。
なのに、何かが足りなく感じる。
恐らく彼は、たまたま小説を書くのがとてもうまかったから小説を書いているだけで、別に絵がうまければ絵を書いて、作曲の才能があれば音楽をやっていたんじゃないだろうか。
(対照的にあれだけ小説を書くのを嫌がっている中原昌也の小説はその「何か」に溢れているように思う)
むしろ平野の作品が面白いのはその実験的な作品の方で、この本では「バベルのコンピューター」や「閉じ込められた少年」は面白く読んだ。
多分平野啓一郎は「ブンガク」という服を脱ぎ捨ててめちゃくちゃをやったら、もっと面白い作品が書ける人なんじゃないかと思う。 -
タイトルは好き
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11/13
中篇はイマイチだな、という印象。
実験的な試みをする短編か、作りこまれた長編か。
横書きの意図が解説のとおりなら些か安直かと。 -
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精密機械のように組み上げられた文章。
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9つの短編の中で、私は「最後の変身」が一番興味深かった。
カフカの変身への考察を交え、主人公の現実を描くという発想にも斬新さを感じたし、主人公がただダラダラと語っているかの様にみえて社会風刺や皮肉や的確な主張を散りばめる文章力が凄いとしか言いようがなく、ただただ感嘆するばかりの本当にすごい作品だった。 -
091111
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2009.9.6-28.
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この方はほんとに賢いんだろうなぁと思う。
でもちょっとズシっとくる。。
たまには頭使ってシリアスになりたいときにお勧めです。 -
(2009.5)
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非常に実験的な短編集。精巧な表現力には相変わらず舌を巻く。
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『最後の変身』はこの短編集の中でも半分程度を占めるが、それだけに、好い感じに狂気を含んでいる、読み応えのある小説となっている。
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ヒトと社会をいろんな角度から描き出す、
なんだか絵画みたいな本。
「最後の変身」はその分ちょっと安直な気がしたけど、
カフカの『変身』論として現代社会を描くって、興味深い。
読書に頭の休憩とか浄化とか癒しを求めるあたしには、
不向きな作家さん ではある。
でも、社会を投げ捨てずに闇を見つめる視点を、感覚を、
ひさしぶりに思い出した。 -
2007年9月30日読了
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