人魚ノ肉 (文春文庫 き 44-2)

著者 :
  • 文藝春秋
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  • Amazon.co.jp ・本 (442ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784167910822

感想・レビュー・書評

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  • 人魚の血を飲めば不老不死に、
    人魚の肉を食べれば、妖に取り憑かれる。

    人魚というと外国のお伽話に出てくるイメージが強いが、しかし、それは幕末の京都に実によく合っていた。
    史実をなぞりながら、そこに人のものではないものの何かを重ね、美しくも恐ろしく悍しい物語が出来上がった。

    わたしはこの時代に疎いので多少読むのに時間がかかったが、興味がある人には堪らないのではないかと思う。八百比丘尼伝説も恥ずかしながら知らないので、こちらは後にきちんと調べておこうと心に決めた。
    最近ミステリー続きで、ストーリー重視の本ばかり読んでいたので、こういう想像力が掻き立てられるような描写や、心が掻き乱されるような文章を読めてよかったと思う。

    想像力といえば、人魚の肉の描写が何度か出てくるのだが、腐るギリギリのとても美味しい魚肉ソーセージというイメージだった。わたしの想像力って乏しいなと少し悲しくなった。

  • 幕末、坂本龍馬や新選組隊士がもし人魚の肉を食べていたら・・・不老不死、吸血鬼、ゾンビなどなど、歴史上の人物がさまざまな異形に変身してしまう伝奇テイスト歴史もの連作短編。

    まず事件は土佐で起こる。少年時代の坂本竜馬と中岡慎太郎、そして岡田以蔵の三人が浜辺で死にかけの人魚をみつけ、以蔵と竜馬がそれを食してしまう。人魚の肉といえば、八百比丘尼の伝説にあるようにそれを食べれば不老不死になるはず・・・だったのだけど。竜馬には、それが意外な形で現れ・・・(「竜馬ノ夢」)

    以蔵が悪戯半分で新選組隊士の平山五郎に人魚の肉を食べさせる。平山五郎は隻眼。しかし人魚の肉を食べてから何故か死角のはずの左目側が見えるようになり・・・(「妖ノ眼」)平山五郎は新選組でもかなり初期の頃の、芹沢鴨の腹心。隻眼の事実を上手く利用してあって、人魚の肉を食べることによる効果が不老不死だけじゃなくバリエーション豊富なのは面白い。

    隊士のひとり安藤早太郎に「人魚の肉」を勧められ本気にせずそれを食した近藤・沖田・斉藤の三人。近藤と斉藤に変化はないが、沖田は喉の渇きに襲われ、次第に人間の血と肉への欲望を押さえられなくなり・・・(「肉ノ人」)新選組もののドラマだと大抵、池田屋で沖田総司が血を吐くことになってるけど、こちら、血を吐いてたんじゃなくて斬った相手の血を啜ってたってのが、斬新(という問題でもないけど・笑)

    なぜ安藤早太郎が人魚の肉を所持していたのかは、次の「血ノ祭」で明かされる。この話が一番オリジナル伝奇小説ぽく、歴史とは無関係なオリキャラも多数登場。八坂にいた女陰陽師(実は異端の切支丹)と大塩平八郎、祇園祭や京都の風習などよく調べてあったと思う。ただ商人(男性)が「~どすえ」は言わないんじゃないかな。

    安藤早太郎から残りの人魚の肉を譲りうけた年少隊士・山崎林五郎(山崎烝の弟)は、佐野七五三之助にそれを食べさせる。高台寺党の分離後の合流を画策した佐野と仲間たちは、大石鍬次郎らによって暗殺されるが・・・(「不死ノ屍」)死んだと思ったらいきなり蘇生して大石に斬りつけたというゾンビめいた佐野七五三之助のエピソードは有名だけれど、それを人魚の肉由来の不死に絡めるとは、なるほど。

    会計係でありながら隊の金を使い込んで切腹になった河合耆三郎の介錯に失敗した沼尻小文吾は以来河合の亡霊に悩まされている。数年後新選組は敗走、近藤勇の処刑を見た沼尻は今度は近藤の首なしの幽霊を見るようになり・・・(「骸ノ切腹」)これは本書で唯一ある意味「良い話」かもしれない。沼尻が河合の介錯で醜態をさらしたというのもわりと有名エピソード、そこから武士の象徴である切腹すら許されず斬首になった近藤の無念を結びつけたのは上手かった!

    高台寺党への潜入スパイを命じられた斉藤一は山口次郎と改名するが、もう一人の斉藤一が現れて・・・(「分身ノ鬼」)ドッペルゲンガーなのかコピーなのか分身のタイミングは謎ながら、斉藤一→山口二郎→藤田五郎と改名するたび数が増えていくのは私も面白いなと思っていたので(間に三郎と四郎の時期もあったんじゃないかとか)それを分身と結びつける発想は面白かった。最初の分身前に鏡が出てきたので、左右反転したら面白いなと思ったのだけど(斉藤一は左利き説・右利き説両方あることを利用して)そこまではなかったので残念。ちなみに本書では左利き説採用。

    最後の「首ノ物語」で岡田以蔵のその後がようやく語られる。といっても、彼は土佐で斬首されすでに首だけになっているけれど。結局、不老はまだしも不死というのは必ずしも僥倖ではない。どんなに苦しくても死ねない不幸はむしろ拷問だ。

    全体的に、ちょっとした史実エピソード(※出所が子母澤寛のものは創作との境界が怪しいけれど、平山の隻眼、沖田の喀血、黒猫、佐野の蘇生、沼尻の介錯失敗等)を上手く生かして土台にしてあることで、人魚の肉がもたらす突拍子もない変化に説得力をもたせてあって良かった。新選組についてある程度予備知識があるほうが「そうきたか!」と面白がれるけど、知らなくても歴史伝奇ものとして楽しめると思う。

    幕末おたく的にちょっと気になったのは、以蔵が竜馬にえらそうだったこと(※以蔵のほうが年下のはず)と、山崎林五郎の入隊時期(不明点の多い隊士だけど入隊は戊辰戦争始まってからだったはず)くらいかな。あとは貴重な人魚の肉をなぜ他人にほいほい深い恨みも理由もなく食べさせてしまうのかのちゃんとした理由づけは欲しかったかも。

    ※収録
    竜馬ノ夢/妖ノ眼/肉ノ人/血ノ祭/不死ノ屍/骸ノ切腹/分身ノ鬼/首ノ物語

  • 幕末の京都を舞台とした伝奇ホラー。
    坂本龍馬、岡田以蔵、新撰組の逸話には妖の世界との繋がりが…という設定での連作。

    幕末関連の歴史はあまり詳しくなく、新撰組隊士も知らぬ名前が何人か…。しかし、冒頭目次で主要人物の名前と逸話を書いてあるので助かる。
    妖怪や民話等は好きなので、「七人ミサキ」(海や川辺に現れる亡霊なので人魚の仲間?怪異の先触れとして現れた)と思われる七人の遍路や「肉人」等も絡んできて面白い。他はゾンビ(猿の手を思い出す生き返った死者)、ドッペルゲンガー、首無し騎士等がモチーフか。それぞれの逸話をそう解釈したのか!と驚かされる。横向き小文吾の解釈は実際ありそうな気もするし、肉ノ人の沖田総司の行動で、労咳ではないが別の病で千人斬りの願掛けの噂があったという歴史上の人物も居たな…と思い出す。

    全体的にスプラッター・グロ要素が強いが、そういったものよりも龍馬ノ夢、不死ノ屍等の「不死」を扱った作品の方がヒヤリとする怖さがある。

    不満を言えば、作中の人魚の見た目が西洋風の「マーメイド」でありながら日本式の不老不死、他の土着妖怪との接点、邪双門に出てくる存在…と設定が盛り過ぎてごった煮感があった事。どうせなら醜悪な見た目の方が新しい妖怪譚ぽくて良かったかも?
    不死ノ屍のストーリー。不死描写のある七五味助だが、肉しか食べていない筈。対する大石も人間だし…中々怖いラストなのだが全体設定から外れている気がしてモヤモヤする。
    そして七人ミサキが人魚とセットの怪異ならば、作中肉を食べたのも七人(安藤早太郎自身は血肉を食べていないのでノーカウント)だし新たな七人ミサキに…でも良かったかなと

    部分部分で「あーそう来たか!」「好きだなぁ」と思う所と「うーん…」となる所と混ざっていて、悩んだ結果の星3評価

  • 半分程読んだ辺りで自分が新撰組と幕末の歴史にあまり興味が無い事に気付いてしまい面白いのか面白くないのかわからなかった。
    ただ8つの短編がそれぞれ繋がっていたり、ホラーとしては面白かったと思う。血ノ祭が1番面白かった。

  • 【八百比丘尼伝説が新撰組に! なんと沖田総司が吸血鬼!】人魚の肉を食べた者は不老不死になるというが…舞台は幕末京都、坂本竜馬、沖田総司、斎藤一らを襲う不吉な最期。奇想の新撰組異聞。

  • 木下作品は面白いなぁという感想だった。
    宇喜多の捨て嫁よりは書いている過程を想像できる作品だったが、それでも歴史イベントを場面場面でそれぞれの人物になりきって生きるような作風はすごい。

    そして、オチで人魚の血は京都の町に染みこんだっていうのも良かった。
    日本では遷都によってかつての首都は廃れているけれど、京都だけはまだ賑わっている。
    こういった事実や新撰組の史実を巧みに取り入れながら、グルリと見方を変えて(歪ませて?)ホラーにしているのはやはりすごいと思った。
    個人的には斎藤一の名前のギミックが好き(山口次郎、藤田五郎は史実)。

  • 期待していたのと違った。

  • 最近、著者の偏りを感じ、新天地開拓のような作者を探していた。大型書店で歩いていて著書が目に留まった。明らかに作品名が気になった。歴史背景や登場人物も興味をそそり衝動買いの様に買って帰り直ぐに読み始める。

    幕末天地がひっくり返る中、物語は進んでいく300年にも渡り鎖国を続けてきた当時の日本国民は外国人をどう観たか、夷狄 攘夷の嵐、異教切支丹弾圧、当時の人達は外国人そのものが妖の物、怪異であったに違いない、この時代背景で歴史上の人物、出来事に合わせて「人魚の肉」を巡りそれぞれのストーリーが展開されていく、歴史概念・時代背景がしっかりと出来た上での視点が非常に良かった。幕末維新がすきな私は楽しめた。少し くどく感じる点はあったものの各ストーリーの終焉は全てを明かすのではなく、酷いと思われる描写もほぼなく、読者に何か?が残る文章構成も絶妙で小説としての出来は素晴らしいと感じた。歴史観のしっかりとした著者の作品更に深めて読んでみたいと感じさせる一冊であった。

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著者プロフィール

1974年奈良県生まれ。2015年デビュー作『宇喜多の捨て嫁』で高校生直木賞、歴史時代作家クラブ賞新人賞、舟橋聖一文学賞、19年『天下一の軽口男』で大阪ほんま本大賞、『絵金、闇を塗る』で野村胡堂文学賞、20年『まむし三代記』で日本歴史時代作家協会賞作品賞、中山義秀文学賞、’22年『孤剣の涯て』で本屋が選ぶ時代小説大賞を受賞。近著に『応仁悪童伝』がある。

「2023年 『風雲 戦国アンソロジー』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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