知性は死なない 平成の鬱をこえて 増補版 (文春文庫 よ 35-2)

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  • Amazon.co.jp ・本 (388ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784167917869

作品紹介・あらすじ

「知」を愛するすべての人へ

「うつ」でも大丈夫だよ。
どんなに「できること」を失っても、
必ずまた一緒にやっていける。

研究者として最盛期を迎えていた30代の半ばに、
重度の「うつ」で言葉の読み書きができなくなった著者は、
いかに知性を取り戻し、
しかし大学を去ると決めたのか。
能力主義の限界を超える、
新しい社会の見取図はどこにあるのか。
平成の「反知性主義」を検証し、
疫病の令和で孤立する人を励ます
真摯な一冊。

感想・レビュー・書評

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  • 2021年12月17日。
    大阪市北区の「西梅田こころとからだのクリニック」で放火事件が発生。
    たくさんの方が犠牲になった痛ましい事件。

    ここでは「リワークプログラム」が実施されており、多くの人たちが心の病から社会復帰を目指していた。

    事件の数日後の新聞に、本書が紹介されていた。

    著者は、大学の教員時代に心の病を患った。そして、退職を余儀なくされた。

    精神科病棟への入院後、「リワークプログラム」に参加。

    現在では「元歴史学者」として、新たに活動を展開している。


    私自身も、心の病により休職を経験した。

    2014年にリワークプログラムに参加し、職場復帰を果たし今日に至っている。


    「あなたには、あなたの『属性』も『能力』も問わずに、あなたを評価してくれる人がいますか」(P260)

    老若男女が集うプログラムにあっては、肩書を名乗る必要もない。

    ただ、健康になるために、その人そのもの。人間性だけがすべて。

    そうした人と人のつながりこそが、心の病を回復させていくのだ。

    プログラムだけではない。
    ランチタイムの何気ないおしゃべり。
    休憩時間の雑談。

    すべてが有益だった。
    一つひとつが人生の宝物になった。

    病気から回復していった時のことを振り返りたくなり、そしてこれからのことを立ち止まって考えるため、本書を手に取った。

    「知性は死なない」--読了後に、このタイトルが体の中に深く定着していた。

    本書には、著者自身の体験と、それに基づく明晰な英知の言論が輝いている。

    それ自体が、力強いレジリエンスの証であり、歓喜の歌声のようだ。

  • 『元』歴史学者、と與那覇潤氏は名乗る。
    重度の双極性障害のため休職を余儀なくし、今まで『知』という自身の生きる力、そして生活する上での能力が病気によって奪われ、そしていかにして取り戻していったかの記録である。
    『言語』に比重を置いてきた彼が、『身体』に意識を向けることで回復していく。
    …回復は少し語弊がある。きっと回復はしない。病気を通して社会を見る目も自身の弱さも知り、元には戻ることはない。ただ、それは悪いことではない。

    氏が平成の世について感じたこと、天皇制について、政治について、ケアについて、大学についてなど、思考していることはバラバラとしており、病気についても同じトーンで書かれている。
    それが、まとまりなくもあるが、思考を覗いているようでも面白い。

    個人的に気に入った部分。
    コミュニズムを共産主義と翻訳されていることについて誤りだったとする網野善彦について触れつつ、資本ではなく能力を共有する社会について。
    いかに話す能力が高い人がいても、聴衆者がいないとその能力は発揮されない。能力が個人によって高低差があるのは前提として、それは完璧に個人に帰属するものではなく、社会として共有していく考え。

    弱者と定めるのではなく、贈り手と受け手としてまわる、優しい世の中になればいいなと個人的に感じた。

  • 46
    北朝鮮拉致問題の謝罪→加害者の日本、被害者のアジアの対立が必ずしもそうではなくなった
    →対北強硬論の安倍晋三が人気に
    46
    被害者性の椅子取りゲーム
    51
    ごっこの世界
    知識人ごっこの終わり→ひろゆき台頭?

    92
    新型うつ病に対して
    112
    大学教員の在り方の変化(大学院重点化)
    118
    フロイト精神分析は自我を想定
    精神病理学は自我を想定しない(統合失調症)
    121
    ハイデガー
    存在者(≒モノ)と存在それ自体(≒機能)を媒介する「現存在」(存在の現れる現場)
    →人間中心主義的な解釈
    →フランスの実存主義
    125
    戦後直後にマルクス主義が流行した理由=無謀な戦争をしたのかを分析的に語ることに成功したとみなされたから
    127
    言語から身体へ
    脱・人間中心主義=『批評空間』
    →身体派 加藤典洋、鷲田清一、内田樹
    (無意識は身体に近いと考えられたが、ラカン は無意識こそ言語のようにできていると考えた)
    136
    デリダとsns

    158
    反知性主義=反正統主義の持つ宗教性
    163
    大学・言語・身体のマトリクス☆
    182
    ビリギャルの本 文庫本化勉強法やテクニックの削除
    →内実はどうでもいい
    =言語より身体
    185
    大学でいちばん学べることは「日本語」
    191
    大学での会員商法的な論文集販売のはなし
    193
    ヘイトと大学での講演の警備のはなし
    →大学自治の破壊だと言われた教授会のはなし
    196
    グローバル人材について
    ・そもそも大学教員自体がグローバル人材
    ・留学生のレベル低下
    201
    人文系について
    後継者は作れない
    203
    初年次教育

    211
    伊藤計劃『ハーモニー』
    言語的理性によって駆動するユートピアに身体的な違和感を覚える
    →「言語から身体へ」とつながる
    218
    「身体が言語(理性)に反発している」
    232
    NEATO
    233
    沖縄基地問題の原点
    234
    沖縄人が日本人だという身体感覚を持てるか
    237
    ロシアの民族の身体に失敗したが、中国にはある
    249
    身体感覚にもとづく権力にたいし、言語による批判は往々にして無力
    252
    天皇退位への批判性のなさ
    ・天皇からくるわれわれの共同体という身体性
    =王の二つの身体

    266
    ボードゲーム
    アフォーダンス
    272
    communism→共存主義
    278
    地頭について
    ・階級化
    282
    新保守主義(レーガン、サッチャー)
    286
    SMAP
    291
    同一労働同一賃金制
    298
    社会で傷ついている=知性を活かすチャンス

    314
    マルクス主義史学が崩壊して以降のマクロな歴史学の失墜がコロナ禍で露呈

    320
    逡巡できなくなること=知性の衰退
    329
    アファーマティブ・アクションのスパイラル
    337
    言葉なき身体
    341
    AIと身体知
    間接話法

  • 研究者の著者が鬱病を患った経験を書かれています
    元々賢かった人のため、本が読めなくなるほど追い詰められる病症がショックだそうでした
    自身の知性に自信がお有りのようでしたので、鈍化していく脳により衝撃を受けたのでしょう
    テストの結果を受けた結果を比較し、鬱がどれだけ知性にあったか説明されています
    周囲が納得して聞いてくれてるのは研究者としての肩書きがあってこそで、社会的地位が低ければ戯言として切り捨てられ誰も聞いてくれなかったと思います
    鬱病に対する誤解も項目に分けて紐解いており、下手な医療従事者より余程精神疾患の偏見を減らせれるでしょう
    しかもこの解説は文春オンラインで公開されており、誰でも読める親切さがあります
    当事者の方でも彼の体験記を読むことで鬱病への理解が深まり、誤解を解くことができるでしょう
    本書の時文には著者の熱が漏れており、快方に向かう様はうつ病当事者に心を与えることでしょう
    下手なうつ病解説書を読むより、Web公開されている箇所を読むだけでもうつ病への世間の理解が進むと思います
    そしてうつ病は未成年の内に掛かるものではないと確信しました
    成人で聡明な方ですらここまで転落するのですからら、若いうちに患ってしまえば人生が詰んでしまうでしょう
    理解が深まるとともに鬱の絶望の底知れなさを知るでしょう

  •  本書は、大学で研究者だった著者が「うつ」になり、苦しみながら治療、リハビリを経て回復していくうつに関するパートと、うつから回復していく過程で、知性とは何なのかを具体例を通して再確認していくパートから成る。

     2つのパートが混在していて、決して読みやすくはないが、著者が考えながら回復していく過程そのものが本書の構成ということになるのだろう。

     大学の実態がここに描かれているようなものであるのか、大学も組織であり、特に予算と学生数という縛りがある以上、ある意味では悪いところが集約的に現れているのかもしれない。絶望的と言いたくなるが、光明はあるのだろうか。

     

  • 著者の患った「躁うつ病」は能力の下がる病であるという。しかしそうしたつまずきを経て、これまで自分が信じてきた前提を根底から問い直すのは知性を働かせる行為だ。著者に見えて来たことは「能力は個人の所有物ではない」ということなんだろうか。
    その上で「共産主義」を「共存主義」と訳し直し、緩やかな連帯を模索していく。
    共存主義には共産主義のような力強さ(良くも悪くも)はない。けれども「言語」の力でまとめられた異なる集団はかつてのソ連の様に瓦解していくのかもしれず、それに対して共存主義には弱者に寄り添う良識のようなものを感じた。
    世界が政治的、経済的に行き詰まるなか、つまはじきにされた人々が知性を働かせて共存していく。それが令和の目指すべきありようなのかなと思った。

    併せて読みたい。
    「保守と立憲」中島岳志

  • 知能という能力を使う歴史学者が躁うつ病の発症により能力を失い、生きる意味を問い直すことになる。
    文字による知識を否定し、身体への偏重を加速する平成の時代の出来事と重ねながら、喪失と回復までのやや混線した道筋が書かれている。
    知性は死なない、というタイトルに強い決意を感じる。
    『平成史』のよくわからなかった部分の副読本になってる気がする。

  • この本を読んでみて、著者はスマートな思考回路の持ち主だなあと思いました。特に、小泉首相などが”被害者”の立場を巧みに利用して自己演出を図り、まわりをコントロールしているという分析はおもしろかったです。現代にもそういう事象ってたくさん存在しているなあと感じました。ただ、まあ、全体的にみると、首肯しきれないところもたくさんあったので、全体的にのめりこみすぎないようにしようかなと思います。【2024年1月26日読了】

  • 感想
    アイデンティティを支える知性。脆くも崩れ去っていく。しかし身体は死んでいない。感覚に耳を傾けることで自分を再発見する。もう一度歩く。

  • うつとなってから現在(?)までの変遷を通じ、知性について考える内容。

    「中国化する日本」の論理整理がキャッチーかつ要約力溢れていたのを契機に著者に関心を強めたところ、現在に至るまでにキャリアを含めた紆余曲折があったことを知り、やや野次馬根性もあって本書を手に取った。

    過渡期の病状で執筆されたとのことで、荒削りな印象はあるものの、関心領域の整理力要約力はやはり健在。歴史学よりも広範な、しかしspecificな領域を対象とした見取り図を示しながら、やや行儀の良い論旨で結ばれている。以後の著作のプロトタイプ的な面も他評者から指摘されているので、他の著作も読んでみたくなった。

    うつやその克服に関して殊更関心がなくても、十分面白い。アカデミアと社会の関係に関心が高ければ尚のことである。

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著者プロフィール

1979年生まれ。東京大学教養学部卒業。同大学院総合文化研究科博士課程修了、博士(学術)。専門は日本近現代史。2007年から15年にかけて地方公立大学准教授として教鞭をとり、重度のうつによる休職をへて17年離職。歴史学者としての業績に『翻訳の政治学』(岩波書店)、『帝国の残影』(NTT出版)。在職時の講義録に『中国化する日本』(文春文庫)、『日本人はなぜ存在するか』(集英社文庫)。共著多数。
2018年に病気の体験を踏まえて現代の反知性主義に新たな光をあてた『知性は死なない』(文藝春秋)を発表し、執筆活動を再開。本書の姉妹編として、学者時代の研究論文を集めた『荒れ野の六十年』(勉誠出版)が近刊予定。

「2019年 『歴史がおわるまえに』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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