作品紹介・あらすじ
彼女はなぜ、口を閉ざすのか?
殺人犯が黙秘を続ける中、裁判は進む。
担当検事は事件の真相に到達できるか?
私たちにも、トラウマという便利な言葉で人間の心を忖度しようとする
安易な傾向がある。
本書はトラウマが存在するとされる人間の深層にアプローチする際の、
一方的な思いこみや独断がもたらす危険を真摯に問いかけている。
まさに「社会派・本格ミステリー」の達人が贈る傑作(マスター・ピース)である。
――西上心太氏(解説より)
北海道釧館(くしだて)のホテルで起きた殺人事件。殺されたのは有名な精神科医・隈本洋二郎。犯人の女は自らホテルのフロントに電話をかけてきた。殺人容疑で逮捕され、釧館中央警察署に連行された女は、札幌市豊平区に住む主婦と判明。だが彼女は、隈本を刺した事実は認めたものの、それ以外は一切話さない。黙秘の裏に潜むものとは? 事件を担当する検事の森島は真相を探るべく動き出す。
感想・レビュー・書評
絞り込み
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所謂、法廷ミステリーであるがとても重い内容であった。
前半は、裁判所の判事である夫悦朗と佐紀子の娘である弥生が原因不明の発作に襲われ苦しむ内容で始まる。
弥生は、悦朗の教え子で裁判官の石峰と結婚して二歳の娘と家庭を築いているのだが、突然激しい動悸や発汗、不安感や眩暈が続き気を失うことが度々起こるようになる。
病院での検査でも異常はなく、最後は精神科や心療内科を受診。
不安神経症あるいはパニック障害と診断され投薬を受けるが、治ったかに思えてはまた起こる発作。
そして、病院で知り合った女性にセラピーを受けるよう勧められ…
そこからこの家族は、事件へと繋がる道へ向かってしまう。
後半は、事件の詳細が法廷で明らかになるまでのとても長い道のりを少しずつ紐解く内容である。
黙秘を続ける真意が徐々に明らかになっていくのだが、最後の最後まで目が離せなかった。
心の病は、目に見えるものではなく、自分の中での孤独な闘いのような気がする。
誰にも言えない苦しみだからこそ病名などはっきりわからないのではないのか…と思ってしまう。
だから治療法もないのでは…と感じてしまうのである。
実際、信頼できる医師なのかどうかの判断も難しい。
不安なときに病因を究明し適切な治療を行ってくれたら安心して信頼するのかもしれない。
だが、悪意があれば違った方向へと洗脳されてしまうということを知り、怖くなった。
ラストは、家族の絆が修復されたことで安心した。
著者プロフィール
1943年東京都生まれ。東京大学理学部卒。82年『ハーメルンの笛を聴け』で第28回江戸川乱歩賞候補。85年『殺人ウイルスを追え』で第3回サントリーミステリー大賞佳作。〈壮&美緒シリーズ〉に代表されるトラベルミステリー、『自白の風景』『黙秘』『審判』『目撃』『無罪』などの法廷ミステリー、『「法隆寺の謎」殺人事件』『人麻呂の悲劇』などの歴史ミステリーにも定評がある。
「2023年 『殺人者 〈新装版〉』 で使われていた紹介文から引用しています。」
深谷忠記の作品