小犬を連れた男 【シムノン本格小説選】

  • 河出書房新社
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  • Amazon.co.jp ・本 (216ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784309206035

作品紹介・あらすじ

刑期を終え出所して以来自殺願望に取り憑かれているフェリックス・アラールは、小犬のビブを唯一の友としてパリの質素なアパートに暮らしている。彼は自らの込み入ったそれまでの人生を、丹念に記述しはじめる。華やかな若い時代、複雑な女性関係、突然の謎めいた転落…。その過程で新たな疑惑と苦悩が心に兆してくる。夜の散歩、小犬のビブの愛らしさ、主人公の孤独と狂気。そして悲劇が訪れる。犬好きだったシムノンが唯一犬を登場させた名作。

感想・レビュー・書評

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  • また、ジトジト陰気に思いつめてやっているね、
    シムノン君。

    でもね、嫌いじゃ無いですよ(むしろ好き)

    主人公は刑期を終え、
    自殺願望を抱えながら静かに質素に暮らす男、
    フェリックス・アラール。

    唯一の友は小犬のみ。

    男の過去が徐々に語られる。

    何故、刑務所へ入ったのかがなかなか明かされず、
    そこがミステリアスであっという間に引き込まれる。

    現在の職場は書店でそこの女主人も
    なかなかの過去の持ち主のようだ。
    これは主人公の想像、ではあるけれど。

    男の華やかな時代、突然の転落…

    この作品は「男の誇りの問題」を扱っていると
    後書きにある。

    どうしても、これだけは、と言う
    誰しもが持っている部分、

    それが誰かによって壊されたとき…、

    フェリックスの行動に共感してしまう部分はある。
    代償は大きいけれど。

  • 刑務所から出所し、パリのアパートで愛犬と一緒に穏やかに暮らす主人公。しかし、あることを機にノートに現在の出来事と過去の出来事をつづっていく。主人公がどのような人物なのか、どうして刑務所に入っていたのか、少しずつ明らかになっていく。

  • ひとと犬の距離感を考える。

    ほんとはもっとびったりべったりしていたかったりもするのかもしれないけれど、でもまあそれもひとそれぞれ、犬それぞれの性格だよな、とはいえきっと犬はひとのことを慮ってつかずはなれずのところにいてくれたりしているのでは、と思うようになった。犬はきっとぼくたちのことをとてもよく見ているし、その時々でぼくたちに必要なものを心得ていて、それについてなにかしら手助けができるとき、それがまあほんのささやかなものであっても、すーっと近づいてきてくれるのだろうな。

    そういう小説。だから、全体の分量からすると、ほんとうに、ちょっとだけ、考え方によっては本筋から離れているかもしれないのでいなくてもいいやっていうひともいるかもしれないけれど、でも、主人公が必要なときに、小犬は反応をちゃーんと見せる。そういうふうに書いてある。いいことだ。

  • 「《ぼく、フエリックス・アラールは四十八歳で、パリ三区、アルクビュジィエ通り三番地に住んでいる……》他の人々の遺書でのように、こうつけ加えるべきか、《心身ともに健康》?」

    冒頭から不穏な事態がほのめかされている。「遺書」?それでは、出す相手のいない手紙がわりに書いているという、この手記は遺書なのか。

    十一月のパリ。ただでさえ冬のパリは寂しい。それなのに、他に借家人とていない倉庫街の屋根裏部屋に犬と暮らす独り者の男。男の最終的な決心が自殺を意味していることは「遺書」という言葉から明らかだが、その理由は何か。男には、別れた妻と息子、娘が近くに住んでいる。さらにもう一組同じ構成の家族がいる。男はそのどちらも遠くから見守るだけで近づかない。それは何故。

    いくつもの謎が提示される。青と黄の二冊のノートに記された手記には、その日の出来事に混じって、男の生涯の回想が記される。子どもの頃のこと、愛犬を手に入れたいきさつ、妻との出会い、今の仕事に就いたきっかけ等々。手記の日数が増えるにつれ、少しずつ男の過去が明らかになってゆく。そして、一日分の手記は愛犬ビブへの呼びかけで閉じられる。このあたりの小出しにされる過去と現在の境遇の微妙な兼ね合いが巧い。特にとんぼ返りをしたり、シーツをくわえて引っ張ったりするビブのしぐさがいちいち愛らしく、陰鬱とも思える中年男のわび住まいに僅かだが温かな灯りをともしている。

    最後に主要な謎は解かれる。なるほど、と一応納得もするのだが、それで終わり、という訳にはいかない。これはメグレ警視物のような謎解き主体の探偵小説ではないからだ。これは一人の男が、なぜこんな生き方をしなければならなかったか。そして、そうした日々を送る自分を男がどう思っていたか。かつてソルボンヌの文学部で哲学を学んでいた男の自己分析は、どこか傍観者的で皮肉さを漂わせるものだ。

    充分に知的だが、それに比べ感情や意志は未発達とも思える男が人生の途上で出会った事態に感情を爆発させ、果断に行動を起こす。その結果が現在の彼の境遇を準備したというわけだ。アイロニカルな作家の視線が強い印象を残す。主人公と彼の雇い主である元売春婦上がりらしい書店の店主の人物造形が素晴らしい。バルザックの『人間喜劇』にも比されるシムノンの本格小説群の一角を支える味わい深い一篇。

    ウィスキーを少しずつすすり込むように飲むことを「シップ」という。評者はシムノンのこの本をシップするように読んでいった。あたかもグラス一杯の酒を一気に飲んでしまい後悔しないですむように。秋の夜長、じっくり時間をかけて、その深い味わいを愉しまれんことを。

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著者プロフィール

1903年、ベルギー、リエージュ生まれ。中学中退後、転職を繰り返し、『リエージュ新聞』の記者となる。1921年に処女作“Au Pont des Arches” を発表。パリへ移住後、幾つものペンネームを使い分けながら数多くの小説を執筆。メグレ警視シリーズは絶大な人気を
誇り、長編だけでも70作以上書かれている。66年、アメリカ探偵作家クラブ巨匠賞を受賞。1989年死去。

「2024年 『ロニョン刑事とネズミ』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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