マグダラのマリアによる福音書 イエスと最高の女性使徒

制作 : 山形 孝夫  新免 貢 
  • 河出書房新社
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本棚登録 : 36
レビュー : 4
  • Amazon.co.jp ・本 (344ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784309230764

作品紹介・あらすじ

19世紀末、エジプトで発見されたパピルス写本、『マグダラのマリアによる福音書』。そこには知られざるイエス・キリストの素顔が、そしてその愛と信を受ける最高の使徒でありながら、「娼婦」と貶められてきた「マグダラのマリア」の真実がある。

感想・レビュー・書評

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  • ダヴィンチ・コードを読んだ勢いで登録してから、ずっと読んでない。なんどか借りたのに。いい加減に読みたい。

  • イエスに最も近く師事した弟子としてイエスの言葉を伝えている
    イエスから弟子達への伝言は「世界に旅立ち福音せよ」だったと伝えている
    しかし弟子のほとんどが未熟で真理を理解できていないことを知っていたイエスが
    なぜ福音の許可を与えたのかと言うことに大きな謎がのこる
    「その心」を知るよしはなさそうだ

    万物はその根に戻ると言う
    物は無に向かって行くのではなく元々の構成物へと解体されていく
    そこには新しい創造もないし善悪感もない
    ただ万物は元の状態に戻り霊を吹き込まれた魂だけが
    精神性を育み時を越えて永遠の神と共なる休息へと帰る
    真理は裸のままでなく模型や似姿でこの世に到来したと言う
    このことは真理すなわち神をコピーしたと言うことでないと思う
    むしろ姿のない物を形に表すならばこういうことに成るだろうと言う意味での
    創造的表現なのでだと思う

    さらにこの福音書では
    真理に基づくなら肉体的健康と内面的平安の二つとも
    この人生で見出すことができると伝えている
    どちらか一つになるのでもなく一つに溶け込むのでもなく
    二つが勝ち負けもせず対立もせずに共存すると言うことだ

    人間による真理以外の立法は肉体に片寄るが故に
    内面の平安のみならず肉体の健康をも損ねてしまう
    目先の思惑による部分的処置は
    よしんば良かれとしての行為であっても
    必ず真理を外してしまう
    それは個人的な独走でしかなくハーモニーを成さないからである
    「よかれ」の裏に隠された物欲的自我があるからである

    もしも思惑によって真理以外の法をつくるならば
    人間のために作ったはずのその人工的法に人間が支配されることになる

    又、心理に従えとか立法を禁止するのでなく
    真理を実行することが真理となる

    真理から外れることを禁止したり従うことを求めることはすでに傲慢であり
    そのことで真理以外の外れた法を作ってしまうことになる

    内なる自己は魂と心(知性)と霊の三つの部分から成っている
    心は魂と霊との間にあって媒介として機能し幻(真理)を伝える

    人間は肉体と魂と心によって構成されている
    心は最も神的な部分で自己と神(真理)をつなぐ

    心は魂を支配して導く
    心が神へ向かうとき魂は清められて霊的な成熟へ向かう
    性は魂でなく肉体にのみ属しその存在は錯覚に過ぎない

    肉体は魂と離れることで存在をやめ元の混沌とした状態へ戻る
    性は肉体とその情念の世界に属している
    マリアによれば罪は魂と肉体の不正な関係にあり
    魂が肉体に属すと物質的なもろさと情念に支配されて病と死に向かう
    魂が肉体から離れ心を通して霊的存在として自己を認識すれば
    肉体の健康と内面の平安を両立させることができる
    又死体の蘇生でなく魂の救い(成長)をもたらす

    この本のpart2でイエスによる端的な真理が伝えられている
    他で見ることができない無駄のない具体性をもって表現されている

    真理が幻・予言・神・など色々な単語に置き換えられているので
    整理して読むと実に解りやすくなると思う

    ちなみに正典では魂は性を持ち肉体に属している
    だから悪魔に迷わされ
    キリスト信仰によってのみ救われる
    したがって魂を含む肉体の復活(救世主)を待ち望む
    とされている

  • 1896年にカイロで発見された写本には、「正統派」キリスト教義とは大きく異なった内容が綴られていた。この短い文書(しかも全体の半分以上は逸失)は、マグダラのマリアに仮託して、神の下へと至る魂の上昇を通した救いを主張する。初期キリスト教社会における思想の幅広さを垣間見せ、教会権力の確立とともに抹殺されていった、正統派以外のキリスト教の姿を伝えている。本書では、まず発見史が簡単に述べられ、現存するテキストの全文が訳出される。その後ほとんどの紙幅を割いて、そこに述べられた教えと、それがキリスト教史の理解にもたらす意味を読み解いてゆく。

    イエスに従い、復活の最初の証人となったマグダラのマリア。男性中心の組織化を進めた教会は、改悛した娼婦といういわれの無いイメージを彼女に押し付けていった。しかしこの「マリアの福音書」は、彼女が実はイエスの教えを最も深く理解した、最高の使徒だったことを示唆する。イエスの死と復活の後、宣教による迫害を恐れる使徒たちにマリアは、ペトロの要請に答え、真のイエスの教えを伝える。しかし師が最も愛した弟子が女性だったことを受け入れられないアンドレやペトロは、反感を隠そうともせず、その教えを否定しようとする。レビがマリアを庇い、使徒たちはやっとのことで宣教へと赴いていった。

    これまでに見つかっている史料は3篇。1896年、カイロの骨董品市場に売りに出された、コプト語訳のいわゆる「ベルリン写本」と、後に発見された、2種類の3世紀のギリシャ語断片。残存するテクストは、全部で18.25ページの短い作品のうち、最初の6ページ、中間の4ページが欠落している。キリスト教義史的には、ギリシャ哲学の影響を色濃く受けたグノーシス派の中に位置づけられるらしい。

    今我々の知るキリスト教が、決して最初からこのような形であった訳ではないことを知る上で、興味深い著作。さまざまな角度から、この写本の内容とその意義、キリスト教史の中でのマグダラのマリアの位置づけを検証してゆく。読み易くはなかったけれど、ダイレクトに伝わってくる著者の熱い想いに感銘を受けた。

  • おもしろかったけど、少し難しいかも;
    偽典なんだろうけど、あったらおもしろいと思う

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著者プロフィール

ハーヴァード大学神学部教授。古代キリスト教史を担当。主な著書に『マグダラのマリアによる福音書』(河出書房新社)、『グノーシス主義とは何であるのか』(ハーヴァード大学)等で学会の高い評価を得る。

「2013年 『『ユダ福音書』の謎を解く』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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