シメール (河出文庫 は 24-2)

著者 :
  • 河出書房新社
4.26
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本棚登録 : 281
感想 : 22
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  • Amazon.co.jp ・本 (377ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784309416595

感想・レビュー・書評

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  • シメール…幻想
    最初の数ページで「あ、好きな本」と思ったのだけど間違っていなかった。

    満開の桜の下に精霊がいた。

    片桐と翔、2人の視点から交互に進む物語。
    友人の息子である翔。
    父の友人である片桐。
    2000年に刊行された物語で人々がまだそれについて今ほどナーバスではなかったのだろうと思うのだけれど、人によっては嫌悪する内容であることは否めない。
    それでも私には美し過ぎる悲劇。

    火事によって、家と祖母と双子の片割れを失った僕と、兄を愛してやまない母と、社会性に乏しい父。
    母にとって不平不満だらけの引越し先のアパートでさえ立ち退きを言い渡されて途方にくれる僕たちの前に現れたのは、大学教授であり画家であり著名人として活躍する社会的成功者である片桐さんだった。
    片桐さんもまた、事故により奥さんを失ったばかりだという。

    片桐の幻想。
    英子の思惑。木原の絶望。翔の希望。
    それぞれの思い込みや勘違いで運命に弄ばれ墜落してゆくひとつの家族の物語。
    『詩人のミューズの結婚』
    詩人は美しいミューズに優しく抱かれ飛翔するけれど逆さに飾ればそれは墜落。

    出会い、戸惑い、希望とただ美しく進む…はずもないと思っていたらやはり…ちゃんと辻褄の合った幕引きをしてくれる。流石です。
    そして一行目に戻る。
    全てはシメールが見せた悲劇。

    今年の18冊目




  • 『この闇と光』が良かったので、他の服部まゆみさん作品を探し、美少年と聞いてこちらを読みました。

    若くして美大の教授となりテレビでも人気の片桐教授。事故により嫁を亡くすが、もともと教授の座を射止めるための政略結婚であり愛惜に暮れる様子もなく、ただ鬱々としていたところに、美少年を発見し猛烈に魅せられる。
    こちらの美少年は双子の片割れであり、現在中学二年生。外見は美少年ながらも、中身は思春期真っ只中の中2病らしく、不登校でゲームに没頭しゲーム作家を目指している。
    教授は彼を手もとに置いておきたいがため、家族ごと自分の広い家に引っ越しさせ一緒に住み始めるが……。

    教授と美少年、それぞれの視点で交互に描かれます。おもしろいのは、教授はひたすら美少年を愛でて耽美耽美しているのに対し、美少年は教授のことはなんとなく素敵なおじさんくらいにしか考えてなくて大半はゲーム脳という、二人の内面の対比。
    そのズレが最終的には悲劇を生み出すのですが。
    冒頭から三分の二くらいまでは、そんな二人と周囲の親や友人や職場の話がゆったりとすすみます。が決して飽きることなく、徐々に近づいていく教授と美少年の心情が丁寧に描かれます。美少年は双子の兄と弟どっちなのか?という謎も解明されないまま(兄弟二人の会話は出てくるが、どちらかが亡くなっているであろうと読んでいると察しはつくのだが、謎が解明されるのは終盤になってから)。
    ラスト100ページで物語が一転。あれよあれよと展開。美少年ならではのラストとはいえ、私としてはけっこう衝撃のラストでした。悲しい。

    美少年の母親に対する心情も、鬱陶しがってるのか好きなのか?まあ思春期だからな…と思って読んでいたのですが、双子の謎が解明されると、なるほどな、と。そんな彼を愛していながら、教授は最後まで観察者であり続けたということなのでしょう。夢見るために、シメールをシメールたらしめるために。うーん何とも言えない哀切。でもそれが心に残る。

    やはり服部作品はおもしろいですね!他の作品も読んでみたい。しかし著者はもう亡くなられているのが残念です。文庫版復刊ありがとうございます。

  • こうなる以外はあり得ないなという完璧なオチ。
    美少年に魅せられた男の物語と聞いて、『ヴェニスに死す』を思わずにいられないが、『ヴェニスに死す』では主人公自身に破滅が訪れるのとは対照的に、本作では主人公の想い人である翔(とその家族)が破滅の運命を辿っていく。つまり、まさに主人公の片桐は作中で翔が思い描いた「魔王」そのものである。

    退廃美を描いた至高の作品だった。

  • わたしには結構重かった…お父さんの気持ちを考えると辛すぎる。そして母のために兄を演じるしかなかった主人公も…
    決して、片桐さんはヒールではない。それだけに結末はさらに重い。

  • うわぁ…。必ずや何かあると思ったが、最後が…衝撃。一気に読んでしまった。しかし女の厚かましさには終始イライラさせられ通しだった。片桐はいい人ぶっているが、実は冷淡で利己的。木原夫人の自尊心をいいように操り、翔を手に入れるまであれこれ手を尽くすが、その過程で犠牲になった木原が哀れだった。片桐の独り勝ちかと思われたが、そうはならなかったあの結末に満足。翔のもつ美しさ、大人をひれ伏す圧倒的な美神。甘美だった。

  • 服部まゆみさんと言えば…憂鬱で含みのある雰囲気から、ゴシック的モチーフを緻密に、絵画のように組み立てる筆致で、『この闇と光』を初めて読んだ時から、読書に疎かった私を「没入」させてくれた、思い入れの深い作家さんになります。
    本作の雰囲気は、いみじくも作中に書かれた通り…『ヴェニスに死す』『ハムレット』『ロリータ』…といった作品群を彷彿とさせるものがあります。画壇の若き秀才、片桐哲哉が、美少年木原聖(翔)の絶対の美を求めんがために生まれてしまった悲劇が、その流麗な筆致により息付く間もなく次々と展開していきます。ラストのぶつ切り感は否めませんが、それでも見事な悲劇であること! シメールというタイトルの意味から、ゲームの構想や様々なシーンに張り巡らされた伏線まで…丁寧でそして勢いがある…服部まゆみさんでなければこうはいきません…。
    さて、まとまらぬ感想はとりあえずこのくらいにして…もう一度最後の節を読みます……うーん、この哀しい勢いと虚しさ! そうそう忘れることはないでしょうね…

  • 面白かったです。
    幻を求めた為に、ひとつの家族を壊してしまうお話。
    主人公のひとりである美術家の片桐が、もう一人の主人公の美しい少年・翔へ向ける、崇拝と所有欲は狂気じみていました。
    翔には双子の兄・聖がいるようですが、巧みな描写でラスト付近までどちらが生きているのかわからずでした。家族は、生きているのは聖だと思い、でも本人は、自分は翔だと答える。この辺りで、翔も少しずつ壊れていっていたのかなと思いました。
    こちらでも、テレヴィ・ゲームが出てきました。でも面白そうなRPGです。
    人々は転落していき、悲劇的な結末を迎えるのも好きでした。片桐はひとり、空洞を抱えて生きていくのかな。それとも、生を失った翔を本当に飾るのか…片桐ならやりかねない、と思いました。
    うっとりする世界でした。「ナジャ」や「さかしま」を読みたくなり、「詩人とミューズの結婚」は検索しました。綺麗な光の画でした。

  • 美少年に魅せられた男の物語。といっても下心のある感じではなくて、あくまでもその美を愛でる、というような純粋な思いだと感じられるのですが。それでも恋に似た感情なのかも。微笑ましいようにも思えたのだけれど、ぴりぴりと危なっかしい雰囲気が漂う作品です。
    秘密を持った少年、どこかしら歪みを見せる少年の家族、という道具立ても相まって、物語の進み方はとにかく不穏。美しい雰囲気とファンタジックな要素も交えつつ、この生活は絶妙なバランスの上に成り立っている気がしました。だからこそそこに綻びが見え始めた時にどのようになってしまうのか、という危惧が感じられて、それがなんとも言えず不安です。
    そしてこの急激な幕切れ。後に残るのはなんとも言えない読後感……でも最後まで「美しい物語」という印象は消えませんでした。

  • 長らく入手困難だった『シメール』が文庫化された!!
    河出文庫からは『罪深き緑の夏』からは2作目。角川文庫で代表作が復刊された時から、アチコチで『シメール』『シメール』を連発していたので、河出の復刊2作目が『シメール』と知った時は嬉しかった。
    破滅美、退廃美を具現化したような小説で、この復刊文庫化で、望んでいる人の手に渡るといいなぁと思う。
    で、次は当然、『ラ・ロンド』が来るよね???

  • 2000年の作品の文庫化。河出文庫が次々と服部まゆみを復刊してくれて嬉しい。

    美大出の両親と幸福に暮らしていた双子の聖と翔。外見はともに母の美貌を受け継いでいるが、快活な聖とは対照的に翔は内向的。しかし八歳のときの火事で家を失って以来状況は一変。虚栄心が強く貧しい暮らしに愚痴ばかりの母、性格は優しいが転職を繰り返す生活力のない父。家族の物語は翔視点で語られているので、翔はまるで聖が存在するかのように語っているが、読者の感じる違和感。おそらく、双子の片方は火事で亡くなり、生き残ったほうが二人分の人格を何らかの形で共存させているのだろうなというのはすぐに気づく。そして翔が14才のときに、両親の大学時代の同級生で現在は成功している片桐哲哉と偶然再会、妻を亡くしたばかりの片桐は一目で翔に惹かれ・・・。

    ユイスマンス『さかしま』を翻訳したという片桐のモデルはたぶんこれまた澁澤龍彦かしら。なんだか少年版『ロリータ』か『ヴェニスに死す』っぽいな~と思いながら読んでいたら作中で片桐が自分でそう分析していた。よって、ミステリー的な要素はあまりない。双子のうち本当に生き残ったのはどちらだったのか、なぜ一人二役を演じ続けるのか、いずれも簡単に想像がつく通りだし、大きなドンデン返しも起こらないので、読者は片桐という男の美少年への執着、その遠慮がちな駆け引き、作品全体の雰囲気などを楽しむのが正解と思われます。

    それにしても翔くんは外見は天使のように美しいのだけど、中身が年齢通りのまさに中2で、読んでいるほうが無駄に気恥ずかしくなってしまった。彼が創作中のRPGの内容もだけど、堕天使ルシファー略して「ルシ」とかベタすぎて。まあそんなところも可愛いっちゃ可愛いのだけど。ブルトンの『ナジャ』を若い頃読んだときは感銘を受けたが大人になって読み直したらそれほどでもなかった私としては、そういうところも含めて全体的にこの翔くんという少年を片桐氏と一緒になってウットリ鑑賞するには年を取りすぎたのかもしれない。外見だけは美しい両親の中身がとんでもない俗物だったように翔くんもいつかはただのおっさんになる可能性大で、その現実を見なくてすむように、結末はやっぱりこうなるしかなかっただろう。

    お金持ちの知的で紳士なおじさまが、美少年に心惹かれるという展開はけして目新しくはないし、森茉莉ほど耽美でもないので、それを読み易いと思うか、むしろ物足りないと思うかは判断に迷う匙加減。個人的には耽美度合はこれくらいで良いけど、代わりにもう少しミステリー要素は欲しかったかな。

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著者プロフィール

1948年生まれ。版画家。日仏現代美術展でビブリオティック・デ・ザール賞受賞。『時のアラベスク』で横溝正史賞を受賞しデビュー。著書に『この闇と光』、『一八八八 切り裂きジャック』(角川文庫)など。

「2019年 『最後の楽園 服部まゆみ全短編集』 で使われていた紹介文から引用しています。」

服部まゆみの作品

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