快感回路---なぜ気持ちいいのか なぜやめられないのか (河出文庫)
- 河出書房新社 (2014年8月6日発売)
- Amazon.co.jp ・本 (304ページ)
- / ISBN・EAN: 9784309463988
感想・レビュー・書評
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【はじめに】
著者のデイヴィッド・リンデンは『つぎはぎだらけの脳と心』という本で脳が決して完全に合理的ではないが、なぜかうまくやっているという近年の知見をわかりやすく解説した本を出している。
(※文庫化のときに『脳はいいかげんにできている』というタイトルに改変。なぜだろう)
本書は、その不思議にうまくいっている脳の仕組みの中でも特に「快感」に着目した本だ。「快感」やその依存性について、心理学的なアプローチではなく、脳生理学的なアプローチから解説したものである。
【概要】
まずは快感回路の話を進めるに当たって、著者は電極を脳に刺したラットを使ったスキナー箱の実験の話から始める。この有名な実験の結果、報酬回路と呼ぶ複雑な構造 ― 腹側被蓋野(VTA)、内側前脳束、中隔、視床、視床下部など ― に電気刺激を与えることでラットに繰り返し求めさせる「快感」を生じさせることがわかった。この実験の結果を先に推し進めることで、現在ではドーパミン・ニューロンの活性化によって「快感」が生まれることがわかってきている。この報酬を高める仕組みには多様な方法があり、ドーパミン放出を高める(向精神薬)だけでなく、放出されたドーパミンを回収するドーパミン・トランスポーターを阻害する(アンフェタミンやコカイン)ことでも「快感」を高めることができる。
多くの「薬物」が何らかの形でこの快感回路に働きかけていることがわかっている。人類は必ずこういった快感を生む物質を見つけてきた。大麻、コカイン、カフェイン、イボガイン、カート、ヘロイン、ニコチン、アルコール、アンフェタミン、メスカリン、などなど。その働き方はそれぞれだが、いずれもVTAを中心としたドーパミンシステムに働きかけるものである。例えば、タバコのニコチンなどは、かなり迅速性と信頼性が高く依存性が高い類のものであることが解説されている。
個人にも社会的にも問題となる「依存症」は、この快感回路の特性から生じている。依存症が進むと、薬物が惹き起こす快感は抑えられるようになり、不足感が表面化する。そして、一度薬物の摂取を止めたとしても、そのニューロンシステムに残る「記憶」(長期増強・長期抑圧)が続く限り再発は起こりうる。特に、しばらく止めた後に摂取した薬物から得られる快感は、最初に感じた快感よりも相当に大きくなるらしい。残念ながら、薬物の長期摂取により、脳のシステムは永続的な影響を受けるのだ。その証拠として、ラットの実験でコカイン依存症になった個体のシナプスの樹状突起が過剰に成長し、興奮しやすくなっているのだ。掲載された中型有刺ニューロンが棘だらけになっている写真はそのことを如実に示している。
さて、薬物以外にも快感回路を刺激し、一種の常習性を持つものが存在する。本書で扱われているのは、食事、セックス、ギャンブル、である。
食事に関しては、体脂肪とレプチンとの関係が示され、体脂肪が少なくなったことを示す血液中のレプチン濃度の変化が、快感回路が食事の快感を増大する。このダイエットに抵抗する「快感」の存在がいわゆるリバウンドと呼ばれる現象を引き起こしているのである。食欲が快感回路と関係しているのは、VTAでのドーパミンが増えるコカインやアンフェタミンを摂取すると、食欲が減退することからおおむね確認されている。また、病的な肥満症はレプチン受容体の感度に問題があることによって、食事の摂取によって快感を得られにくくなっていることも影響しているらしい。体重の軽重は、身長などの身体的特性を同じ程度80%が遺伝によって決定されると言われている。
もう一つの例がセックスである。セックス依存症を病気とみなすのかどうかは議論のあるところだが、セックスの快楽もまた同じく快感回路を活用していることもまた明らかである。ちなみに、10年以上経過したカップルにパートナーの顔写真を見せたときにもはやVTAのドーパミン中枢に強い活性化は見られなかったらしい。こちらには惰性はあっても習慣性はないらしい(例外はあるが)。また、同性愛や異性愛などの性的嗜好と視覚的な刺激に対する脳の活性化は一致することも示されている。いかにして性的嗜好が形成されるのかは不明なところも多いが、形成された性的嗜好には脳の活動と相関があることもまた明らかになっている。
最後のトピックスはギャンブルである。病的なギャンブル依存症は遺伝し、女性よりも男性にはるかに多い。このこともまたギャンブル依存症が脳の仕組みと関連していることを強く示唆する。もちろん、ギャンブル依存症になるかどうかは、周りにギャンブル依存症の知り合いがいるかどうかという環境にも大きく依存はしている。そして、ギャンブル依存症でも、薬物依存症者が経験するのと同じような快感回路の再配線が起きている可能性が高いという。ドーパミン信号を弱めるタイプの遺伝子形を持つ場合には、依存症になる確率が高くなるという。さらに、ギャンブルではリスクと期待のシグナルだけでも快感回路は強く刺激される。
著者はここまでに紹介した「快感」と「依存症」をより一般的なものに拡張できるかと問う。痛みもお金儲けも瞑想も慈善活動も、もしかしたら快感回路の仕組みによって統一的に説明できてしまうかもしれない。そして、快感野球帽という仮想ツールを持ち出して、テクノロジーによって快感回路を安全に依存性なく活性化することができるようになったらどうなるかを問う。そうした場合、テクノロジーよりもそれを取り巻く社会的環境の方が課題になることが多いだろうと予測する。
【所感】
自分や薬物やタバコはやらないのだが、まったくやったことがないからであって、もし薬物やタバコに触れてその快感を記憶すれば、もしかしたら依存症的になっていた可能性はある。食事も強い依存症ではないが、ついついラーメンを食べてしまうことも快感回路に関係はあるのだろうなと思う。麻雀をよくするのだが、もしセンサーを付けて麻雀を打ったら、良い手が来たり、高い手を上がったりするたびにドーパミン・ニューロンが活性化しているのがわかるのではないだろうか。そして、おそらくはゲーム市場はいかに快感回路に強烈にアプローチして依存性を高めるかを業界を挙げて取り組んできたと言えるのではないだろうか。
著者は、快感回路を一般化できないか問い、それに対して肯定的に論を進めているが、おそらく人間社会の発展のいくばくかはドーパミン・システムによって駆動されてきたことは間違いない。自分自身の経験においても、Amazonのサイトでボタンを押して買い物をするたびに脳内でドーパミンが溢れているのをほとんど実感してしまえる。
著者は、「快感野球帽」のように快感すらテクノロジーでコントロールすることができるようになるかもしれない。カーツワイルが予言するようにそれは2020年代にはまだ来ないと予測する。テクノロジーはカーツワイルが指摘するように指数関数的に進化するが、その理解や受容は線形にしか進まないためだ。しかし、それほど遠くない未来において実現してしまうことを想像することは難しくない。例えば、向精神薬はその先駆けになっているとも言えるだろう。
ユヴァル・ノア・ハラリはベストセラー『サピエンス全史』の最後で「快感がありふれたものになったとき、私たちは何を欲するのだろうか」と書いた。快感の仕組みなど脳神経生理学の進展で多くのことがわかるのは素晴らしい。しかしながら、それは見てはいけないものを見ることにもなる。しかし、それを止めることはできない。止められないのであれば、それをどう扱うのかを考えるのが、次の時代の課題となるのだろう。
使われている用語は難しいものもあるが、書かれていることはそれほど理解が難しいものではない。依存症の問題を考えるベースとしての知識の強化という側面もあるが、「快感」の未来の社会性と倫理性を考える上で(将来おそらくは考えざるを得なくなる)、必要なことが書かれている本であるように思う。
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『つぎはぎだらけの脳と心―脳の進化は、いかに愛、記憶、夢、神をもたらしたのか?』(デイヴィッド・リンデン)のレビュー
https://booklog.jp/users/sawataku/archives/1/4772695168
『40人の神経科学者に脳のいちばん面白いところを聞いてみた』(デイヴィッド・リンデン)のレビュー
https://booklog.jp/users/sawataku/archives/1/4309254039
『サピエンス全史(上)文明の構造と人類の幸福』のレビュー
https://booklog.jp/users/sawataku/archives/1/430922671X
『サピエンス全史(下)文明の構造と人類の幸福』のレビュー
https://booklog.jp/users/sawataku/archives/1/4309226728
『ホモ・デウス 上: テクノロジーとサピエンスの未来』(ユヴァル・ノア・ハラリ)のレビュー
https://booklog.jp/users/sawataku/archives/1/4309227368
『ホモ・デウス 下: テクノロジーとサピエンスの未来』(ユヴァル・ノア・ハラリ)のレビュー
https://booklog.jp/users/sawataku/archives/1/4309227376詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
この本は、メンタリストのダイゴさんがお勧めしていた本です。
本書は、ドラッグやアルコール、高カロリー食、セックス、ギャンブル、さらに運動や慈善行為にまで影響を与える「快感回路❕」について書かれています。
医学的用語や専門用語があり、読みにくいところもありますが、一読する価値あるの本です。
ぜひぜひ読んでみてください -
■ 快楽回路
悪徳なドラッグも、美徳とされるエクササイズも脳にとっては同じ「快楽」である。
■ 依存する
依存してしまうと、思った程快楽を感じなくなる。
しかし、しばらく間を取ってから摂取した場合、以前よりも大きな快楽を得ることが出来る「感作」が生じる。
■ 遺伝
太りやすい太りにくいと言う脳の構造は、遺伝による影響が大きいのは事実である。しかしこれに対して、外的な要因(社会や文化など)の影響も十分に大きい。
よって、先天的な要因と後天的な要因をうまく理解し使い分けて、ダイエット目を標達成していく必要がある。
■ 依存性のある食物
脂肪、糖分、塩など。
近年急激な社会の変容が起こったが、体の構造はそれに追いついていない。
脂肪と糖分と塩分が多いおいしい食べ物を長期にわたって食べ続けると、快楽経路の配線が変わって、欲求を増幅することにつながる。
■ 快感回路を変化させる能力
経験により快感回路を長期的に変化させる能力がある。
人間は様々なものを自由に報酬と感じることができ、抽象的観念さえも快いものにできる。
★ どんなことでも習慣化し長期的に継続することで、苦痛やストレスを快楽に変換し、体の報酬とさせていくことが可能かもしれない。 -
「人間の行動を脳の仕組みから知る」という点において非常に良書。
結局人間も、「快感」を追い求め、プログラムにそって「感じて」「決断して」生きてるとよくわかる。
人間は自分が動物にしか過ぎないという答えにたどり着いた初めての動物だろう。
科学的な本なのに、哲学な気分にさせられた
ヽ(´o`;
快感や科学に興味の無い人でも一読の価値有り。 -
いわゆる「脳の報酬系」から色々な依存症のメカニズムを解説している。
脳の細かい領域や神経伝達物質がたくさん出てくるので、事前知識がない人には少し難しいかもしれないが、ある程度知っていると楽しく読める。
人の脳や身体は本当に複雑ですごいなぁ。 -
感想
生きるための機構が暴走する。個人のせいではなく社会が欲望を煽っていることが原因の一つ。そのことを知った上でいかに快楽回路と付き合うか。 -
文庫化されていたので、読みやすいかと思いきや、難しい。ほぼ理解出来ていない。依存症(報酬系、快感回路)の仕組みを神経科学の方面から解明するもの。悪徳ばかりでなく、良いものとされる行いも脳科学から見ると同じようなものらしい。遺伝要素も多分にあるから、本人ばかりの責任にしてはいけない。けれど、回復するのは本人の責任だという。様々な治療薬は開発されているけれど、解明されていない部分もあり、見通しは未だ厳しい様だ。何事も程々が良いのだけれど、それが難しいのだなと思った。
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脳内物質の放出や脳内部位の活性化の観点から快感について解説する本
依存症患者は強い快感を得ているわけではなく、快感の閾値が高く、そこに達するための渇望のために、依存に陥るというのは、非常に勉強になった。
また、惜しかった結果は、達成したものと同じような快感に感じることなど、パチスロのようなギャンブルは工学的によく計算されたものであることが分かった。
具体的な報償ではなく、情報を得ること自体も快感になっている点については、身につまされた思いで、私も依存症患者の1人なのかもしれないという心持ちになった。 -
脳に電極を埋め込んでマウスや猿、人間を使った実験が多かった。かなり脳のニューロンや化学物質に踏み込んだ話が多いので読み応えがあった。