バンクシー アート・テロリスト (光文社新書)

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  • 光文社
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レビュー : 15
  • Amazon.co.jp ・本 (328ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784334044466

感想・レビュー・書評

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  • 小池都知事が取り上げて、少し話題になったな、というのがこの本を読む前の「バンクシー」に関する知識でした。

    もちろん、今美術に関心が向いていたからかも知れませんが、きっとこの本を通り過ぎてしまったら、おそらくバンクシーのことは、今後の人生で出会うことはないだろう、となぜかそう思ってしまい、つい手に取ってしまいました。

    アートとは何でしょうか?

    定義づけというものは難しく、たとえば、マルセル・デュシャンの「泉」なんかもそうですが、必ずしも、こういうものであると形作ることはできないように思えます。

    この本は、バンクシーに関わるガイドブックとしてはものすごくわかりやすいです。

    が、それだけでなく、アートと否応なく結びつく資本主義など、考えさせられることが縦横無尽に広がっていきました。

    極めつけは、現在残っている作品群は、美術史という、歴史の中の勝者である、と説かれており、ハッとさせられました。
    あくまでこれは、バンクシーに関する本ではありますが、この言葉に、ものすごく引力を感じます。

    「ウォールアート」と言われれると、つい全てを一緒くたにして、単なる犯罪行為だと思ってしまいます。もちろんそれは変わることはないのですが、そこに描く理由を考えたことはありませんでした。
     共感するかしないかは、人それぞれであると思います。ちなみに自分はバンクシーが気になって、画集Wall and Pieceも買ってしまいました笑

  • 世界各地でゲリラ的に出没しストリートに作品を発表し続ける覆面アーティスト バンクシー。そのベールに包まれた活動の変遷と社会的影響などを網羅した入門的ベストな解説書。作品の性格上、多くの批判はあるがそのメッセージには共感しかない。‬

  • バンクシーの作品の軌跡を辿り、風刺画を通して世界や社会を考えるきっかけとなった。弾圧や貧困に喘いでいる人たちにとって、バンクシーは必ずしも英雄ではなく時には批判の対象であることを知った。

  • 横浜でバンクシー展をやっていると知って予習の為に読みました。

    バンクシーの活動を知るガイドブック的な感じで、背景やそれを取り巻く環境などを知る事ができました。

    早く展示を観に行きたくなりました。

  • ・ブルック・ル・ラットはフランス人のアーティスト。1980年代にすでにパリでステンシルのグラフィティ作品を発表し、「ステンシル・アートの父」と呼ばれていました。
    ・人類という歴史を大きく考えると、人間は公共の場所で自由に絵や文章を作ってほかの人々に見せてきました。こうした公共空間が、国家や地方自治体、あるいは私企業や土地所有者によって独占的に、そしてすみずみまで管理されるようになったのは、ごく最近のことにすぎないのである。

    ・バンクシーがブリストルで活動を始めたのは1992年頃。
    ・戦車、爆撃機、爆弾、銃、ミサイルといった武器は2000年代初頭のバンクシーの重要なモチーフ

    ・キース・ヘリング、バスキアに対して好意的
    ・一方、アンディ・ウォーホルに対しては複雑

    ・バンクシーに与えた影響を考えたときに、アメリカのヒップホップ文化以上に、ヨーロッパにおけるグラフィティ文化、とりわけヒップホップ以前からあった政治活動としての落書き化を無視することができません。その中で最も知られた運動が、1950年代にヨーロッパで始まったシチュアシオニストの運動です。
    ・『スペクタクルの社会』
    →視覚を管理されることによって支配されているスペクタクルの社会に、私達は徹底的に受動的な存在に閉じ込められてしまっている。
    ・シチュアシオニストという芸術運動は、スペクタクルの社会において自分たちの生を取り戻すことを目的としていました。

    ・ありとあらゆる制度批判が、過激であればあるほど、マーケットの中で高く評価され、新たな商品として消費されるようになるよいう皮肉な矛盾が生まれている。
    ・ロンドンやニューヨーク、ベルリンといった大都市の多くでグラフィティ文化は花ひらいています。
     それに比較すると、日本のグラフィティはあまり目立つこともなく、断片的に描かれているだけに過ぎない。
    ・年におけるグラフィティの広がり具合は、その国がどのくらい民主的なのか、あるいは、表現の自由が保証されているのかを測る尺度でもあります。
    →ロンドンやニューヨークのようにグラフィティが蔓延している年ほど、クリエイティブで民主的で先進的のように見える。
     権威主義的権力が強力な国ほど年は落書きが少なく、生前としている。

  • ブリストル
     黒人奴隷文化 グラフィティの街
     ザ・ポップ・グループ
     マッシヴ・アタック 3D=グラフィティ・ライター=バンクシー?

    ネズミ= 厄介者=バンクシー自身

    パレスチナの分離壁
    ベツレヘムの世界一眺めの悪いホテル

    グラフィティ=名前を公共空間に書く
     キースへリング、バスキア
    シチュアシオニスト運動
     セックスピストルズ、ジェイミー・リード
      ゴッド・セイブ・ザ・クイーン ⇒バンクシー:モンキークイーン
    デミアン・ハースト

    日の出桟橋のネズミ 2002年ころから2019年まで
     誰にも迷惑をかけていない。 
     ストリートアートは道を歩く市民のもの、公的な議論=民主化


     

  • 小池都知事の一件で、日本での知名度が上がった感があったけど、20年以上活動しているのを本書で知った。正体は諸説あるけど、謎は謎のままであって欲しいと思う。

  • イギリスのストリート・アーティスト、バンクシー。オークションで1億5000万円で落札された瞬間に、絵がシュレッダーにかけられた話は有名だ。ある時はイスラエルとパレスチナの分離壁にステンシルを描き、またある時は大英美術館に侵入して自分のアート作品を陳列し、さらには《世界一眺めの悪いホテル》やディズニーランドをもじった《ディズマランド》を建設するなど活動は多岐に渡る。一般にグラフィティといえば“落書き”だが、彼の作品には、反資本主義のようなブラックユーモアも含まれている。皮肉なことに、彼が生み出す作品もまた高値で取引されており、資本主義の中に組み込まれているのだけれど。

    p52
    都市は誰のものなのでしょうか?
    グラフティ・ライターの活動は、こうした問いを私たちに突きつけます。実際に都市に居住し、生活している圧倒的多数の人びとは、現在では都市で何かを表現する権利をほとんど奪われてしまっています。自分たちが住んでいる都市空間に自由に絵を描くことも許されないのです。
    その一方で、国家や地方自治体、企業は、わがもの顔で都市の景観を自由に作り変えています。私たちは、自分たちでない何者かが作った都市空間に仮住まいをさせられているのです。
    グラフティ・ライターやストリート・アーティストたちの仕事は、名前を与えられない無数の人びと-空間から排除された匿名の人びとが都市の景観を取り戻す試みです、ら
    グラフティが、ニューヨークのブロンクスの貧しい黒人コミュニティの中で、ヒップホップとともに始まったのは決して偶然ではありません。それは、自分たちを支配する人びとによって作られた、自分たちの生活と関係がないどころか、しばしば抑圧的な相貌をもって現れる都市の景観に抵抗し、自らの手に取り返そうという文化と政治の運動だったのです。

    p96
    「二一世紀初頭のイギリス文化を振り返った時に記憶に残る作家は誰か」と一般の人に今聞いたときに、それは、デミアン・ハーストでもアニッシュ・カプーアでも、スティーヴ・マックイーンでもジェレミー
    ・デラー(いずれもイギリス現代美術の最も権威のあるターナー賞の受賞者です)でもなく、確実にバンクシーでしょう。バンクシーは、ジョン・レノンやデヴィッド・ボウイ、ジョン・ライドンやヴィヴィアン・ウエストウッドのようにイギリス文化のポップ・アイコンなのです。

    p97
    現代美術は一般に難解だと考えられています。興味がない人に現代美術の話をすると、「ああ、私はそういう難しいものはわからないから」という反応が返ってくることは少なくありません。多くの場合に、「わからない」という反応には「私には知識がないから」とか「教養がないから」という謙遜が付け加えられます。
    美術の専門家はそれを字義通り受け取り、現代美術について「教えよう」としたり、極端な場合は美術の鑑賞教育の必要性を説いたりしがちなのですが、実際には「私はそういう難しいものはわからないから」という発言の背後には、もっと複雑なメッセージが込められています。それは、しばしば反権威主義や反エリート主義、反スノビズム、あるいは専門的知識に耽溺するあまりにほかの知識のありかたに不寛容な人びとに対する軽蔑が含まれているのです。
    ポップ・カルチャーがユーモアとともに救い出そうとするのは、公的な言語から消されてしまっている複雑な感情の起伏です。バンクシーの人気は、このポップのブラックユーモアに支えられているのです。

    p100
    皮肉なことではありますが、こうした政治的ラディカルさは、後期資本主義と呼ばれる現在の資本主義と矛盾するものではありません。むしろ現在の資本主義-物質的生産物に支えられた製造業ではなく、文化やメディア、情報やサービス、金融、知的財産など非物質的生産物に支えられた新しい経済-は、ありとあらゆるラディカルなものや逸脱したもの、例外的なものを、ダイナミックに資本主義に組み込むことによって成長しています。
    バンクシーも例外ではありません。バンクシーのさまざまな政治的なジェスチャーもまた、資本主義によってたえず捕捉され、資本主義の中に組み込まれています。バンクシーは、資本主義の最大の批判者であると同時に新しい資本主義が生み出したポップ・アイコンであるのです。この矛盾に満ちた両義性はバンクシーの危うさかもしれませんが、同時に魅力でもあるのです。そして、このことが二一世紀のイギリスのポップ・カルチャーにおけるバンクシーの位置を特別なものにしたのでした。

    p106
    一九八〇年代末までは、東西冷戦の象徴だったベルリンの壁がグラフィティ・ライターにとっては重要な展示場所でした。ベルリンの壁が崩壊し、資本主義経済の一元化によるグローバル化の中で、ベルリンの壁よりもはるかに巨大なパレスチナ・イスラエルの分離壁が、新たなグラフィティ・スポットになったのでした。

    p128
    ちなみに、タイトルの《ベター・アウト・ザ・イン》は、飲みすぎや誤って毒物を食べてしまった時に使われるフレーズですが、バンクシーによれば、「スタジオのような室内で描かれた絵画は、決して野外で描かれた絵画ほどよくはならない」というセザンヌの言葉からインスパイアされたということです。

    p159
    また、自分自身では手を動かさずに、多くのスタッフを雇用して作品を大量生産するようすは、同じように多くのスタッフを雇用して巨大プロジェクトを動かしているデミアン・ハーストや村上隆のような現代美術作家に対する揶揄-あるいは安易な模倣-にも思えます。

    p225
    特に現代資本主義において重要な役割を果たしているのは「視覚」です。スペクタクルの社会において、私たちの生活は、テレビや映画、広告や都市の景観などありとあらゆる「視覚」を管理されることによって支配されてしまっているのです。そして、このスペクタクルの社会では、私たちは徹底的に受動的な存在に閉じ込められてしまっています。

    p278
    現在の資本主義は、資本主義や社会から逸脱しているように見えるあらゆる過激なもの-政治的なものであれ道徳的なものであれ-を素早く資本主義の中に回収し、商品化のプロセスに組み込んでいきます。

  • 光文社新書のアート本には、本書のように期せずして傑作に出会う場合が多い。

    バンクシーについて、自分はなんと無知だったのか。
    それがそのまま、現代のアートシーンの裏返しでもある。

    価値観を転覆、反省させる書き込み。必然的に政治と経済抜きには、表せない。

    欧米と日本の公共空間をめぐる違いの指摘も興味深い。

  • 【配架場所、貸出状況はこちらから確認できます】
    https://libipu.iwate-pu.ac.jp/opac/volume/523526

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