人間和声 (光文社古典新訳文庫 Aフ 9-2)

  • 光文社
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感想 : 14
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  • Amazon.co.jp ・本 (378ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784334752705

感想・レビュー・書評

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  •  昔ちょっと音楽の勉強をしていたから、和声?人間?とタイトルに目を引かれたのが出会いだった。紹介文によるといわゆる幻想怪奇小説という類の物語らしい。あまり馴染みがない。きっとどうせ完読できないだろうという弱気から手に取るまで時間がかかったが、色々と偶然の後押しもあって読んでみたらとても面白かった。まずはその達成感が嬉しい。
     
     主人公はロバート・スピンロビン、二十八歳。彼は何か大いなる物に憧れ、魂の真の冒険を求めている夢想家だが、臆病さゆえに自ら行動を起こすことはできず、そんな自分の卑小さ平凡さを恥じる謙虚さはきちんと持ち合わせているというところがまた可愛らしくもある、そんな人間である。彼はある日、次のような謎めいた求人を見つけ、胸躍らせて応募した。
    〈勇気と想像力ある秘書求む。当方は隠退した聖職者。テノールの声とヘブライ語の多少の知識が必須〉。
     さてその仕事とは?この聖職者は一体何をしようとしているのか?これが「幻想怪奇」の一番のあんこの部分であることは間違いなく、そのドキドキが推進力となってずんずん読み進んでいく。正直、情景描写については幻想が過ぎて何だかよくわからないところもそこそこあったが、それでも気にせず薄目で読んでいけるほど、スピンロビンという人間の心理描写から目が離せなかった。
     非凡な聖職者スケール氏と出会って、彼に心酔していくスピンロビン。しかもその偉大なるスケール氏の偉大なるプロジェクトに、取るに足らないちっぽけな自分が必要とされているのだ。父親のような威厳と愛情とに満ちた態度で自分に接してくれるスケール氏の期待に応えようと、懸命に仕事に打ち込むスピンロビン(こういうとこ可愛い)。ホームズにワトソンみたいな敬愛関係が築かれてゆく。
     スケール氏の仕事には、他にも二人の女性が関わっている。スピンロビンがテノール、スケール氏がバスであるならば、アルトとソプラノの人物も当然必要なのだ。人里離れた荒野の屋敷におけるこの男女四人きりの生活を続けていくうちに、スピンロビンの心境にも徐々に変化が訪れる。スケール氏の恐るべき仕事が着々と完成に近づいていくなか、愛すべきスピンロビン君はハムレットさながらに思い悩む、これが見どころだ。幻想怪奇小説の形をしてはいるけれど、実は単純なボーイ・ミーツ・ガールの物語だ、とも言える。

     ちなみに原題は”The Human Chord”で、辞書的にはchordは和音で和声はharmonyなのだそうだが、スケール氏の思想はピタゴラスの考えた「天球の音楽」(宇宙は音楽を奏でている、それがこの世の調和すなわちハーモニーを作り出している、という説)を思わせるところがあるので、邦題の「和声」が却って適切なのかもしれない。

  • “勇気と想像力ある秘書求む。当方は隠退した聖職者。テノールの声とヘブライ語の多少の知識が必須”ふしぎな求人に応募したスピンロビンは、人里離れた屋敷で、聖職者スケール氏、その娘ミリアム、家政婦モール夫人と出逢う。
    一言でまとめると「神になろうとして失敗した男」という話。文章は端麗だが冗長。異次元、実験的、神秘主義、怪奇趣味…。

  • 読んだ手触りがゴシックホラーと言うよりは、SFに近いテイストで、ブラックウッドってこんなの長編も書いていたのか!と。
    「カバラ」や「真の名前」を正確にいにしえの発音で発声することで実体を持ち力を得る…と言った(ちょっと日本の言霊に近い感じの)思想。それにより「誰」を召還しようとしているのか、全く知らされないまま実験に巻き込まれていく主人公の青年……。前半の周囲の人物描写からにじみ出す不穏な雰囲気はちょっとクトゥルー作品なんかを彷彿とさせて、そういうのが好きな人にはオススメの作品です。
    青年の神秘体験の描写については、音に色や形を持たせようとして筆を尽くしての描写が圧巻。面白かったー。

  • 2013-5-22

  • 幻想怪奇小説…を期待してたら、これはいわゆるセカイ系?「声・和音・物質の形態・神のような存在」…うまく説明できない幻想世界を回りくどく描く、ってのは全然嫌いじゃないんだけど(言葉が綺麗ならむしろ好き)。単純に好みの問題として、主人公とヒロインの恋愛による心の動きによって物語の世界が傾くのは醒めてしまうんだよなぁ、むーん。でもやっぱり光文社古典新訳文庫、充実の解説!物語前半と解説でしっかり満足!

  • The Human Chord, 1910.
    ジョン・サイレンス先生のブラックウッド。
    (Algernon Henry Blackwood、1869年3月14日 - 1951年12月10日 )

    真名を四重奏で歌うことにより神の力を手に入れる。
    そのために集められた4人の唄い手(詠唱者)。
    和音を醸すソプラノとアルトは恋仲になってしまい神の力か人の世の愛か悩む。

  • 文体の美しさは読んでいてとても楽しいのだけれどももう少しテンポよく進んでくれた方が薄気味悪さだとか、臨場感を保ったまま読み進められたように思えて残念。

  • 設定の奇抜さや怪奇趣味、物語全体に漂うケレン味は結構好みなのだが、いかんせんだらだらとした冗長さが気になっていまいち入りこめなかった。

  • あの古の言語は音の魔術的な力と深く結びついているからだ。ヘブライ語の多くの文字の実際の音には特異な力が潜んでいる。大多数の人間は想像もしないし、もちろん単なる学者は見抜いていないが、心の清らかな者がその並外れた価値を利用する方法を発見すれば、力を使うことができるのだ。

  • 日本人はよく「言霊」ということを言いますが、まあイマドキの、口に出したほうが願いが叶うとかいうポジティブシンキング的なやつじゃなくて、もっと古来からの、信仰だったりあるいは呪術とも結びついたような言霊思想というのがありますよね。諱(忌み名)というのもそこからの派生で「本当の名前」を教えてはいけない=呪われると困るから!みたいな(笑)ことも含めて、名前というのは最大の個人情報で、その人間の全てを顕しているという考え方が古くからあったのだと思います。日本に限らず、そもそも旧約聖書・創世記でも「光あれ」と神様が言えば光が現れるところから始まるわけで、使う者次第で「言葉」そのものが、それを「実体」化し「顕現」させる力があると看做されていたわけで。

    前置きが長いですが、本作はそんな「言葉」と「音」の力で全能者たらんとした男スケール氏の秘書になっちゃった(弟子入りと言ってもいいと思う)スピンロビンくんの物語。奇妙な求人広告に応募して採用されたはよいものの、雇い主は「マッドサイエンティストならぬマッドオカルティスト(※解説より)」で、「言葉」と「音」の錬金術ともいうべき実験と研究を日々かさねている。自分の「本当の名前」をみつけ、それを発声することで、まるで魔術のような力を彼は身につけていて、すっかり魅入られてしまったスピンロビンくんは、スケール氏の可愛い姪っ子ミリアムちゃんに恋してしまったこともあり、彼の実験に協力していくことになるんですが・・・。

    まずこの、スケール氏の発想が個人的にとてもお気に入りで、狂人すれすれのカリスマ性といい、ある意味新興宗教の教祖みたいなんだけど、でもこの教義なら、うっかり入信してもいいとか思っちゃう(笑)。「本当の名前」を「正しい音階」で「正しく発声」することで、その本質の力を自分のものにできるというのは、そんなに突拍子も無い発想ではないと私には思えます。それは1音かもしれないし、壮大な交響曲1曲演奏しても呼び終わらない名前もあるかもしれない。その真理を知ることができれば、確かに全能者たりうるでしょう。結局スピンロビンくんとミリアムちゃんは、そんな壮大な「神になる!」野望よりも、俗世の平凡な幸せを選んじゃうわけですが、私ならきっと、最後まで実験につきあっちゃうだろうなあ。

    たまたま最近読んだ伊藤計劃の『虐殺器官』なんかも、着眼点としてはこのスケール氏の思想と同じというか、同じ力をネガティブに発展させると「虐殺器官」になり、ポジティブに発展させれば『ハーモニー』的世界が実現可能かもしれないと思いました。小説全体としては、くどくどしい部分も結構あるけれど、今から100年以上前にこれを書いたブラックウッドに敬意を表して久しぶりに★5つ付けたい。

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著者プロフィール

1869年、英国ケント州に生まれる。20歳からの10年間をカナダとアメリカで、牧場、金鉱山、新聞社などさまざまな職を経験したのち帰国。1906年に小説家としてデビューし、『ウェンディゴ』(アトリエサード)『心霊博士ジョン・サイレンスの事件簿』(東京創元社)『ケンタウルス』(月刊ペン社)『人間和声』(光文社)など数々のホラー、ファンタジーを発表。1951年歿。

「2018年 『いにしえの魔術』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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