イーハトーブ探偵 ながれたりげにながれたり: 賢治の推理手帳I (光文社文庫 か 57-1 賢治の推理手帳 1)
- 光文社 (2014年5月13日発売)
- Amazon.co.jp ・本 (336ページ)
- / ISBN・EAN: 9784334767365
感想・レビュー・書評
-
私は宮澤賢治が好きで、友人といつか必ず花巻に行こうと計画している程なのだが、そんな私が「イーハトーブ」に反応しないわけがない。
このお話は、なんと!その宮澤賢治が探偵となり、様々な謎を解明するという物語。ホームズでいうところのワトソン役は藤原嘉藤治だ。幕開けから「月夜のでんしんばしら」の如く電信柱が歩いたという謎解きから始まり、一気に引き込まれた。
作者の鏑木蓮さんが「彼を探偵にしたいと思ったのは、聖人君子で根暗という世間の誤解を解きたかったから」と言っているように、宮澤賢治には下を向いて歩いている少し暗めなイメージがあるかもしれない。実際は大変明るく、皆を笑わせたりするのが大好きだったようだ。この物語にはそんな賢治のユーモラスなところや、温かい人柄、弱い者の味方である人間味溢れる姿などが描かれていて、「あー、本当に賢治さんはこういう人だった」と宮澤賢治に会ったこともないのに、すごく近しい存在のように思えたほど。
事件の真相も当時有り得そうで、でも斬新な謎解きで面白かった。賢治達が話す岩手弁もいい。これはシリーズ続くようなので、次作も楽しみ。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
推理小説はふたつの効用がある。一つは、頭の体操のクイズ雑誌が根強く売れるように、娯楽として大きな需要があるので利益が見込めるということだ。一つは、犯人を特定するためにはその周りの風俗・社会状況を詳しく描かなければならないから、対象の周りに興味のある読者ならば格好の解説書になるということだ。
世の中に宮澤賢治ファンは多い。かくいう私も、もう既に45年来のファンである。岡山の地から既に二回も賢治を慕って花巻を旅したし、一回は偶然、賢治の旧居前で弟の宮澤清六さんと言葉を交わしたことさえある。
だからこそ、こういう小説には惹かれてしまうと同時に、悪態をつかざるを得ない。
時代はまだ賢治が農学校の教師をしていた頃であり、素封家の家の恩恵を受けながらも嫌っていた時である。友人の藤原嘉藤治をワトソンにして、ホームズのように推理をする。私も泊まったことのある大沢温泉の混浴川風呂から見えた河童の話を見事に推理してゆく。いろんな細かい描写が、あゝ大正11年の花巻はこうだったに違いないと思わせてくれて、嬉しくなる。賢治と父親との微妙な関係にも異論はない。しかし、やはりどうしても賢治が殺人事件に首を突っ込むような、こんな大変なことに二度も三度も入ってゆくのが違和感あってたまらない。いくら、そこから派生した詩や短歌が、それとなく提出されようとも、賢治の作品にこれらの事件が大きく影響されなかったはずはないからだ。事件はフィクションだよと、言われようとも、賢治ファンとしては、作品を穢されたようで、やはり我慢出来ないのである。
そういう意味では、殺人事件にもならない第一章と四章、特に一章は、良くで来ていたと思う。ただ、正直続編は読みたくはない。 -
宮澤賢治を探偵役、その親友である藤原嘉藤治をワトソン役に据えた連作ミステリ。題材からして大人しめな内容かと思いきや、首斬り、人間消失、飼い馬の白骨化と奇想性の高い事件に全篇図説入りのゴリゴリの物理トリックが炸裂するのが清々しい。「かれ草の雪とけたれば」のぶっ飛んだ発想、嫌いじゃないですねえ。賢治の著作や経歴に着想を得ているだけでなく、トリックや動機に当時の風俗や文化水準、土地柄が強く反映され、どこか侘しさが残ります。
-
宮沢賢治を探偵に見立て、宮沢賢治とその親友・藤原嘉藤治の活躍を描いた連作短編集である。時は大正、舞台はイーハトーブ…岩手県である。これまで鏑木蓮が描いて来た作品にはかなり高い確率で岩手県が登場するのだが、鏑木蓮の出身地は京都であり、非常に不思議に思っていた。ある時、鏑木蓮が宮沢賢治を信奉している事を知り、謎が氷解した。従って、この作品は鏑木蓮の本領が如何無く発揮されるものなのだろう。
まるで宮沢賢治が目の前に居るかの如く、ワクワクするような短編ばかりである。我が郷土の誇る宮沢賢治が探偵として大活躍を繰り広げるのだから、たまらない。よほど宮沢賢治と岩手県を研究したのか、宮沢賢治の詩とストーリーが上手く融合し、面白い作品に仕上がっている。
この短編集には、2006年に発表された短編から、書き下ろしの短編まで、四編が収録されている。
『ながれたりげになかれたり』は、花巻の大沢温泉を舞台に描かれたミステリーであり、宮沢賢治の香りが味わえる。宮沢賢治の親友の藤原嘉藤治に見覚えがあると思ったら、現在の紫波のラ・フランス温泉の近くに藤原嘉藤治の暮らした家があったのを思い出した。
『マコトノ草ノ種マケリ』は、現在の北上市を舞台に密室殺人事件が描かれる。宮沢賢治が、この事件をどう解決するのか…この短編集の最大の見ものだろう。描いている南部藩と伊達藩の境塚は、現在のみちのく民族村に現存している。
『かれ草の雪とけたれば』は、現在の奥州市江刺区が舞台であり、事件の舞台となった岩谷堂町役場は、明治記念館として現存している。
『馬が一疋』は、唯一の書き下ろし。馬が、一瞬にして白骨死体になった事件に宮沢賢治が挑む。
シリーズ第一作ということなので、次作以降も非常に楽しみである。 -
国文学科の卒論に選んだのが宮澤賢治。
小学校の高学年から高校にかけて、心の中で首を傾げながら彼の童話を読み重ねていった。
多くの童話や児童文学とは異なって、どうしてもふさわしい映像を思い浮かべられなかった。それは具象だけでは描ききれなくて、その証拠に、何本もの映画が作られたけれど、どれを観ても賢治の世界観…心象スケッチを再現しているとは思えなかった。
この本を見つけた時、最初は賢治への冒瀆だと感じた。法華経信仰に身を捧げ、妹トシをこよなく愛し、東北の農業振興に尽くした彼を、ホームズに見立てるなんて…。
ところが、である。そこに、私が思い描いたとおりの賢治がいたのだ。ふとしたことに目をつけると、もうそこから目を離せなくなる。誰が話しかけても、もう聞こえない。でも、人一倍の優しさで、ただ謎を解くのではなく、その陰にある苦しみや悲しみを抱える人たちの思いを包みこんで、不幸になってはならない人たちを、決して不幸な結末には導かない。
この作家は私と同じく、賢治を敬愛されているのだと思いました。そうでなければ書けない本です。 -
良かった!おもしろかったです☆そもそも東北弁が良かった。とはいえ、東北弁に馴染みのない人にはちょっと読みづらいかもとは思いました。宮沢賢治のオマージュ⁇的な作品なのかなと思いました。意外にも本格ミステリだし、宮沢賢治の作品にも絡めてあってなかなかおもしろかったし上手いなと思いました。今作で名前を知った、藤原かとうじさんという人も含め、妹のトシさんなど実在する人物も魅力的です。続編も読みたいです☆
-
宮澤賢治は、親友の女学校教師・藤原嘉藤治から、教え子の父親が電信柱が歩くのを見たという、不思議な話を聞く。
まるで賢治の書いた童話「月夜のでんしんばしら」のように。
さらに教え子自身も川を流れる河童を目撃していた━
現場を検分した賢治は驚くべき推理を繰り広げるのだった。
心優しき詩人が怪事件を鮮やかに解き明かす!4話収録。
酷暑に“東北が舞台のミステリーって涼しげで良いんじゃない?”という動機で読み始め。
ながれたりげにながれたり
歩く電信柱と河童事件。
マコトノ草ノ種マケリ
追悼レコードコンサート後の地震と小火騒ぎ、そして医師殺害事件。
かれ草の雪とけたれば
町役場での税務官吏撲殺事件。
密造酒摘発強化。
馬が一疋
毒蛾騒動と馬白骨化事件。
誰かが誰かを思って起こす、優しいけど悲しい事件のお話たちでした。
根底には娘を身売りしたり口減らししたりしなきゃならない貧しさがあるのが…時代とはいえ悲しい。
私の中での宮澤賢治の人物像は、真面目でロマンチストでちょっと根暗なイメージでした。
でも実際は冗談好きで明るかったのね-
作中では病気の妹を思って鬱々(っていうかヤキモキ?)してる部分もあるけど。
そして職業柄?農業に詳しくてクラシック好きなのも。
嘉藤治のことをカトジと呼ぶ理由も言葉を大切にする詩人らしくて素敵だと思いました。
会話が方言なのも、ちょくちょく食べ物が出てくるのも面白かった-
わんこそば(賢治が食べたのは天ぷらそば)、山菜、芋煮、イワナの塩焼き、ひっつみ、クルミ味噌で食べる餅、等地域色がでていて。
※ひっつみ…岩手県の郷土料理。小麦粉を薄く伸ばしたものを手でちぎり、お鍋の中で季節の野菜とともにだしで煮込む料理。具やだしは季節によって様々。
「手で引きちぎる」事を方言で「ひっつむ」と言うことから名付けられた。 -
宮沢賢治のことについては、大して知らない。雨ニモマケズ…からすると、すごく我慢強い人なのかなと思う。そんな宮沢賢治を主人公とした探偵小説。本当にこの本のような性格だったかは置いておいて、素朴でとても優しい。ただ謎を解決して終わるのではなく、犯人たちの生活、その後のことまで考えて推理しているので、やはり優しい。「聖人君子で根暗」が良い方向に描かれている。
-
登場する宮沢賢治の人物像は、イメージ通りだった。犯行の手口も無茶な事はなく、納得感があった。でも、没入感があまりなかった。
なんでだろうか?主要キャストが2人だけなので話の広がりがなかったのかな?
お父さんとの確執、妹とのエピソードなどもっと書ければ盛り上がったんでは。短編だからスペース的に難しいとは思うが。 -
真実なるものの社会性を自覚している探偵を初めて見た。少し新鮮。
各話の最後についている作者の二行ほどの注記は、おしなべて現地を訪れてみるようにと誘っている。
なるほど、文体に透けて見える土地や人への視線が、こうもあたたかく同時に切実なわけだ。