現地嫌いなフィールド言語学者、かく語りき。

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  • Amazon.co.jp ・本 (288ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784422390031

作品紹介・あらすじ

ブルシャスキー語、ドマーキ語、コワール語、カラーシャ語、カティ語、ドマー語、シナー語……。
文字のない小さな言語を追って、パキスタン・インドの山奥へ――。

著者は国立民族学博物館に勤務するフィールド言語学者。パキスタンとインドの山奥で、ブルシャスキー語をはじめ、話者人口の少ない七つの言語を調査している。調査は現地で協力者を探すことに始まり、谷ごとに異なる言語を聞き取り、単語や諺を集め、物語を記録するなど、その過程は地道なものである。現地の過酷な生活環境に心折れそうになりつつも、独り調査を積み重ねてきた著者が、独自のユーモアを交えつつ淡々と綴る、思索に満ちた研究の記録。

感想・レビュー・書評

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  • フィールド言語学者である著者、吉岡乾先生が、自身の調査対象であるパキスタン周辺の7つの言語と、フィールド調査での体験などをユーモアたっぷりに紹介した、アウトリーチの本。

    言葉というものは人々の暮らしや文化と非常に深く関係しているが、それが文字化されていない言語であれば、一層その要素は強いと思う。そして、自称「現地嫌い」の著者の吉岡先生は現地に赴く。

    「現地調査」というと、いろんな国に行けて楽しそう、というイメージがなくもないが、実際には、現地で調査に協力してもらうため、適性のある「インフォーマント」を探すのも簡単ではないであろうし、現地の人がもてなしのつもりで出してくれる食べ物や飲み物は、衛生面などに不安を感じても断るわけにはいかないなど、苦労も多いということがよくわかる。

    また、近年、社会的意味のある研究やわかりやすい研究が好まれがちなことについて、商品開発や特許取得などの金銭的メリットが明白な工学系の研究と違い、いわゆる「文系」の学問は、どちらかといえば、精神の涵養のための分野であって、一朝一夕に社会を豊かにできる類のものではないが、だからといって不要だというのは、「日本社会に精神的豊かさは要らない」といった浅ましく、利己的で、眼前しかビジョンが開けていない発想だと嘆く。
    「それが研究である限り、無駄な研究などないのだ。解ってくれ。」というのは、吉岡先生に限らず、多くの研究者が感じていることだろう。そして、政府はすぐに役立つ研究ではなくても、いつか何かが起きたときに誰かの役に立つように、幅広い分野の研究に研究費をつけるべきだし、研究者は成果を公開したり説明したりする必要があるのではないか。

    ちなみに、言語学者が必ずしもその言葉に達者なわけではないとのことだが、複数の言語を研究し、数年に一度現地を訪れたときに話せること自体、十分卓越した能力だと思う。(私は英語でさえ、しばらく使わないでいると単語が出てこない。。汗)

  • 調査地で生起する全てを喜んで享受し、細大漏らさず研究に資するようガンバル人物をこそ研究者と考えていた節がある。それで自らに失格者の烙印を捺していた僕に、吉岡氏のドライさはいたく響いた。「帰りたい」「時間をロスト」…現地で会う人や彼らの暮らす文化圏への忿懣も、感じたときにはシッカリ表明する(実際口にしたかは不明だが、少なくともテキストとして)。ソレデイインダ〜と肩の荷がほどよく下りた次第。どうも研究者をむやみに理想化していたかもしれない。ゆったりとフィールドワークに臨めそうである。

  • 著者が研究している(ほとんど聞いたことのない)言語自体に興味が湧いた。けれども本書でもっとも面白いと感じたのは「研究のあり方」について書かれた2章と、「なくなりそうなことば」についての3章。特に「なくなりそうなことば」については別に著書があるそうなので、そちらも読んでみたいと思う。研究のアウトリーチの一環(122ページ)だという本書は、それなりに目的を果たしていると思う。けれども変に口語に寄せた文体や「独自のユーモア」は本書の内容を豊かにしていない。地道な研究スタイルをもっとまじめな筆致で記述した方が、読んでいて面白い本になったかもしれない。

  • 知的な冒険の書でした。言語学に関心や知識がなくても、自分の頭を耕そうという気持ちがあれば楽しく読めます。
    一部強弁に感じるところもありますが、著者の知性に対して誠実な人柄を感じました。

    本書の主題からちょっと外れますが、大学で文系を選んでしまった方やこれから選ぼうという方は、第2章を読んでみてください。
    文系の学問って何のためにあるんだろうとか、どんな価値や意味があるんだろうとか、なんで自分は文系を選んだんだろう…といったことを考えたり、誰かに説明するときにヒントになるかもしれません。

    あと、昨今の日本の知的活動のあり方やメディアでの取り上げ方に関する警鐘。「面白ければ良い」だけでは、知は滅ぶ。↓

    「残念ながら、近年日本も〜ワケ知り顔で甘い「研究」を吹聴し、派手な「研究者」を舁きあげて、地味でじれったい研究に勤しむ人々を無下に扱う。圧倒的大学進学率を誇りながら、知的世界との交流を敬遠し、安易な表現の派手な演出にばかり親しんだ。紋切り型でひたすらウケするフェイクへの学術的な反論を煙たがり、「面白ければ良い」という愚にもつかぬ主張で正当化できていると思い込む。負の循環で再生産され続けるその風潮は、社会的同調圧力との乗算で渦巻く瘴気となって四方を覆い尽くし、まつろわぬ者へ社会不適合者の烙印を捺しだす。利益を呼ぶ研究だけが社会に必要なのだ、と。〜」(P123)

  • 面白かったです。
    タイトルの通り、筆者はフィールド言語学者でありながら、ブルシャスキー語が通用するパキスタンの奥地に行くことを億劫に思っています。そんな筆者のエッセイ集ですが、世界に正書法の存在する言語が半分しかないことや、方言と言語の区別は非常に曖昧であることなど、興味深いトピックが出てきます。
    個人的には、「フンザ人からパキスタン人へ」という話が好きです。フンザ人は、筆者が10数年追いかけているブルシャスキー語の母語話者で、フンザ谷というパキスタン奥地に住んでいます。筆者は当初、彼らの村的なあたたかさに感動しており、フンザ人自身も1974年までフンザ藩王国に属していたこともあり、下界のパキスタン人と俺たちは違うという強い意識を持っていました。それが、いつの間にかインフラが整備され、観光客も増え、普通のパキスタン人のようにお金大好きになってしまったことを、筆者は嘆いています。
    僕個人としては、経済が発展して田舎が商業主義的になってしまうことは、必ずしも悪ではない。都市から来る観光客こそ商業主義や資本主義の恩恵を受けており、田舎の住人にそうであるなと求めることはエゴだと思います。一方で、インターネットの発達もあるとは思いますが、経済発展により景観は一様になり、人々の嗜好やライフスタイルも均一化する流れがあります。我儘だとは思いつつも、すれていない素朴で美しい土地が残って欲しいと願わずにはいられません。

  • フィールド言語学。話者が少なく文字もない絶滅危惧の言語が話されている現地を調査し記録する学問。ブルシャスキー語はパキスタン北部の孤立言語。その他ドマーキ語などいくつか解説があるがそれぞれ2頁見開き程度。学習するには足りない。辺境滞在記というにも情景描写が少ない。都度思ってることなどが綴られるが強い主張でどこかに持っていかれる心配もない。読んで何かの役に立ったのか?解説しようとすると言葉が出ない。あれは何だったのかと考えてその世界に浸っている。居心地は悪くない。読後の思索はいつだって途中。遥かなる旅は続く。

  • この本のおすすめキーワード:笑える 勉強になる

    真面目な文体で大ふざけ。インドアで日本から出たくないフィールド言語学者(専門はパキスタンで話されている言語)というだけでも面白いですが,かたい文章で実はふざけていることに気づくと,すっかり吉岡さんのファンになります。大げさではなく,一文字一文字がおもしろい。注までおもしろい。ときどきはさまれるスケッチもおもしろい。ゆる言語学ラジオファン必見ですね。

    金沢大学附属図書館所在情報
    https://www1.lib.kanazawa-u.ac.jp/recordID/catalog.bib/BB28759782

  • 予想してたよりずっとおもしろい。
    多分この人が書かれているのであろうと思われるブログもそうだけど、内容もおもしろいんだけどそれ以上に、この人の書く文章を読むのが楽しいのだということを実感している。
    時々ある。語彙の選び方や語り方そのものが好きな文章。あの愉悦はどこからくるのだろう。

    ともかく。
    パキスタン北部あたりをフィールドに、もしかしたらこの後なくなってしまうかもしれない言語を記録し研究している方の書くものだから、そのへんのバックパッカーが書いた旅行記よりずっとおもしろいのは当たり前。
    フンザとかカシミールとかバルティスタンとか場所も場所。
    そして何より、人嫌いなのか人好きなのかわからない著者のつぶやきが、それに共感できたりできなかったりして非常におもしろい。出会い頭にいきなりマウントをかまして来た見知らぬおっちゃんに学者としてフツーに対応したら(←どんなに空気読まれへんねん笑)その村から出入り禁止を食らったこととかめっちゃウケる。

  • 卑屈を装う慇懃無礼、ノーブルな自虐?とでも言えばいいのか。もうちょっと素直な魅力を語ってくれても良かったのでは、と思う。面白い部分も多いが、途中で少し、呪詛かな?と思うレベルの愚痴が続いて… 楽しくないけど、面白くない訳ではない、そんな本。言語学はそもそも面白いものですから…。

  • カシミール地方を中心に調査活動をしている著者による随筆。現地での悲喜交々(もとい愚痴)、調査や研究の対象としての言語の解説、日本における人文分野の研究環境の現状への苦言等、笑える箇所も身につまされる箇所もあった。「いい歳して文句ばっかりだな!」と思わないことは無いが、その分著者の言葉に真実味を感じ、信頼できる。

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著者プロフィール

国立民族学博物館 准教授/総合研究大学院大学 准教授。専門は記述言語学、ブルシャスキー語、地域言語研究。主要著書・論文に『フィールド言語学者、巣ごもる。』(創元社、2021)、Eat a spoonful, speak a night tale: a Ḍomaaki (hi) story telling(Bulletin of the National Museum of Ethnology, 46 (4), 2022)、「ブルシャスキー語の名詞修飾表現」(プラシャント・パルデシ、堀江薫編『日本語と世界の言語の名詞修飾表現』、ひつじ書房、2020)がある。

「2023年 『しゃべるヒト』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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