今週おすすめする一冊は、魚谷雅彦著『こころを動かすマーケティ
ング』です。著者は日本コカ・コーラの社長を務めた人物で、本書
は、マーケティングをライフワークとする著者が、コカ・コーラで
の経験を軸に、マーケティングとは何か、ブランドとは何かを語っ
た一冊です。
著者は、1994年にコカ・コーラに転職してから、缶コーヒー、ジョ
ージアの再生を手始めに、数々の話題となるキャンペーンを手がけ、
ヒット商品を生み出すことに関わっていきます。本書は、その過程
を辿りながら、著者の仕事に対する考え方を描いていきます。
よくある成功社長本と言ってしまえばそれまでですし、マーケティ
ングやブランドについての説明も、特に目新しいものはありません。
それでも、本書に読む価値があるのは、人の心を動かすことを仕事
の前提に考える著者の姿勢に学ぶべき点があると思うからです。
商売というのは、モノやお金のやりとりであることは間違いないの
ですが、同時に、それは人の気持ちや心のやりとりでもあります。
今は、むしろ、気持ちや心のやりとりのほうが、モノやお金のやり
とりよりも重要になっているといえるでしょう。ですから、モノや
お金が動かないことを嘆く前に、本当に相手の気持ちや心を動かす
ことをしているかと考える。それが著者の言うマーケティングです。
そして、消費者の心を動かすためには、まずは身近な人の心を動か
さないといけない。一緒に働く人々の心を動かさないような仕事は
消費者の心を動かすこともできないからです。マーケッターとして、
社長として、著者が心がけてきたのはこのことでした。
たかが缶コーヒーでも人の心を動かすことができる。そのことを証
明したのが、缶コーヒー・ジョージアの「明日があるさ」キャンペ
ーンです。代理店の営業マンが制作側の心を動かし、それがクライ
アントである著者の心を動かし、ボトラー会社の心を動かし、消費
者の心を動かしていく。想いが一つになって伝播していく過程は感
動的で、読む者の心までが動かされます。
誰だって心が動く体験をしたい。自分の心が動き、相手の心が動き、
多くの人の心が動く。そういう場面に立ち会い、仲間と体験を共有
してみたい。そう思っているのではないでしょうか。そこにこそ、
仕事することの喜びがあり、生きることの喜びがあると思うのです。
心動かすための心構えについて教えてくれる一冊です。是非、読ん
でみてください。
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▽ 心に残った文章達(本書からの引用文)
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コカ・コーラという商品の場合は120年間、味そのものが変わっ
ていないのです。しかも、瓶のシェイプもまったく変わっていない。
つまり、ハードウェアというか、商品そのもののバリューは、まっ
たく変化はないのです。
効果的なコミュニケーションとは、テクニックではなく自分自身が
情熱を持って人生を積極的に生きること。
マーケティングというのは、気持ちなのです。
あまりにターゲットを絞り込むことは、一見売る対象が狭くなって
いくように思えます。しかし、それは実は「今日」の話です。マー
ケティングというのは「明日」のために行うものです。(中略)
まずは小さな器をイメージし、その器に入れることにこだわり続け
る。そうすると、いつの間にか器から溢れていることに気づけるの
です。
多くの会社で、本社からビジネスが始まっていないでしょうか。本
社の戦略部門が、各部門に戦略を「落とし込む」ようなことが行わ
れていないでしょうか。そうすると何が起きるのかと言えば、お客
さまに戦略が「落とし込」まれてしまったりするのです。過分なノ
ルマが発生したり、最前線の営業担当者が無理をしなければいけな
くなるのは、こういうビジネスプロセスだからです。
重要なのは、新たな価値を提供する意思をもつことです。それがブ
ランドになっていく。ブランドの価値とは、最初からそこにあるわ
けではなく、自然に生まれるものでもない。つくっていくプロセス
が必要なのです。そして生活者によって評価され、認められて、結
果的にブランド価値はつくられていきます。一方的に「つくるもの」
ではなく、「つくられるもの」なのです。
このときに思ったのは、やはり人の心は動かせるのだ、人の心は通
じるのだ、ということ。その代理店の営業担当者は、僕たちクライ
アントの心も動かしたけれど、その前に社内のスタッフの心を動か
したのでしょう。(中略)社内で人の心を変えたからこそ、僕たち
の心を変えることもできた。これこそまさにマーケティングだと思
うのです。
あのCMから元気をもらえた、という声を聞くたびに、僕は本当に
いい仕事ができてよかったと実感できます。人に喜んでもらえるの
が嬉しい。これがマーケッターです。
世の中に存在しなかったような商品や、サービスをつくることだけ
がイノベーションではありません。これほどまでに存在感があり、
すでに存在しているものを、環境や時代に合わせて変えていくこと
もイノベーションなのです。
「お客さま」のいない企業はない。では、その「お客さま」とどう
向き合うか、その理念を表すのがブランドであり、その企業活動こ
そがマーケティングです。
どうして自分はこんなにマーケティングの仕事が好きなんだろう、
と思うとき、過去を振り返って一つの理由を見つけることができま
す。それは、自分が何かをして、それに対して誰かに喜んでもらう
というのが、僕にとっての何よりの喜びだった、ということです。
優秀なマーケッターとは、自然に育っていくものです。人について
考え、人について思い、人を喜ばせたい。人の心を動かしたい、そ
ういう思いを持つことこそが大切であり、頭でっかちにマーケティ
ングをとらえすぎると、マーケティングの神髄の部分には行き着く
ことができないと思うのです。(中略)人を知ること、人の洞察か
ら、すべては始まるのです。
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●[2]編集後記
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週末、早起きした娘が、「起きて~」と言って顔の上に乗っかって
きたのですが、その時、かぶさっている娘の身体を通して心臓の鼓
動が聞こえてきました。トクントクンと脈打つそれは、大人よりも
ずっと早いリズムで、ああ、娘は、こういう時間感覚で生きている
んだな、とわけもなく納得しました。
打つ心臓の回数が多いのですから、同じ時間でも彼女のほうがずっ
と密度の濃い時間を過ごしているはずです。彼女にとっての1日は
大人にとっての2日分くらいあるのかもしれません。明け方、そん
なことを考えていました。
そして、思いがけず聞くことのできた娘の鼓動に触発され、久しぶ
りに自分の心臓の音が聞きたくなりました。そこで、家にあった聴
診器を引っぱり出してきて、早速、胸に押し当ててみました(医者
でもない我が家ですが、観賞用に聴診器が常備してあるのです)。
聴診器を通して、心臓の鼓動が聞こえてくる時のあの感じを何と表
現したらよいのか。。。鼓動は、どこまでも規則正しく、力強くて、
深い洞窟の奥から聞こえてくるような深遠で広大な広がりのある音
として伝わってくるのです。それは、よく言われるような、懐かし
いという感じとはちょっと違くて、大袈裟なようですが、宇宙を感
じさせられる音なのです。その音を聞いていると、生命がその内に
宇宙を秘めているということを実感させられ、生きていることが凄
いことに思えてきます。
自分の中に宇宙がある。そのことを教えてくれる聴診器は、本当に
素敵な道具だなあと思うのです。