賢い血 (ちくま文庫 お 28-1)

  • 筑摩書房
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  • Amazon.co.jp ・本 (254ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784480034762

感想・レビュー・書評

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  • こんなにわからない小説は初めて。まず、ほぼすべての登場人物が相手の言うことを聞いていないし自分の発言がどのように響くかを考えないのでいたたまれない。次に、主人公その他のふるまいの理由が説明されず推測もできない。この小説は、キリスト教的な信仰心を外にあらわすひとが身近にいればなんとなく了解できるのだろうか。わからない、わからない。が、最後まで読まされる重たい吸引力はあった。最後まで読んでもわからないものはわからなかったけれど。

    登場人物たちが彼らなりの論理に基づいて必死に生きており、それがグロテスクに見えるという点で、読んだばかりの『怪しい来客簿』と響き合うところがあった。それにしても「赦される」とか「清潔である」とか始終考えながら生きなくてはならないとは、シリアスなキリスト教信者というのはつくづくハードな生き方のように思う。

  • オコナーっていう名字はアイルランド系なんだね。30年程前にシネイドオコナーというシンガーがいて、ライブ中にローマ法王をディスり、勝手にプリンスの曲カバーして、プリンスに呼ばれて怒られ逆ギレ、唾をはきかけ、殴られそうになった。やっぱそういう反逆精神が強い系統なのですかな。短編集は読んでいて、そっちより読みやすい。やっぱり「怒れる人」にのっかって、独りよがり正義感に浸るのは楽しいなあー。

  • この小説は色んな読み取り方ができそうで何年か後に再読してみたい とりあえず今は喜劇という読み方はできなかった

  • 戦争から帰ってきたヘイズが、40ドルで手に入れたエセックス車のボンネットの上で「キリストのいない教会」を説く。
    ミイラとゴリラに惹かれる動物園で働く少年、偽盲の説教師とその娘、ヘイズを真似た偽預言者と偽説教師…、
    どうしようもないねっとりとした熱い空気の中で救いようのない物語りはどんよりとすすむ。そして最後に見える「針の先のような一点の光」。

    悪に改宗するのではなく、無に改宗したヘイズの説く「《堕落》も《救済》も《最後の審判》もない」「あらゆる真理の背後には真理はない」という教義。こうしてもなおキリスト教を棄てるのではなく、キリスト教へとしがみつくのがなんともわかりにくい。

    訳者あとがきの中にあるオコナーの言葉

    「信仰の熱い人たちの敬虔な言葉に冒されないように私は激しく抵抗しています。」
    「情緒的に満足させてくれる信仰のなかで安穏に暮らしている人のことを考えただけでも、私は嫌悪をおぼえる。」

    というので、なんとなくわかったような・・・。神秘主義的なカタリ派を俗的にしたものなのか?

    この小説で重要な役割を果たすのがヘイズが手に入れる自動車。「黒人が寄ってたかって作った」車ではないちゃんとしたエセックス車で、どこへでも行きたいところへ連れていってくれるはずの車。

    「ちゃんとした自動車をもっている人間は、自分が正しいことを示す必要はないんだ」

    結局、ヘイズはどこへも行くことはできない。

    短篇集でも思ったのだが、ジム・トンプソンの小説と同じ匂いがする。あるいは、グロテスクでくユーモアを排除したアーヴィングか?
    この「賢い血」が出版された5年後に、同じように戦争戦争帰還者と車(ヒッチハイク)をテーマにしたケルアックの「路上」がこの作品が出版された。

    ジョン・ヒューストンが1979年に映画化しているらしい。観てみたい。

  • “「何もないのよ、モーツさん」と彼女は言った。「(…)あなたにあげると言ったものを受けとらなければ、あなたは外の冷たい真っ暗闇の中にいることになるのよ。いったいどこまで行けると思うの?」”

    やすらぎのための信仰を拒絶し、ひとりきりで、“ほかの家も、ほかの町もない”場所へと歩みを進めるモーツの姿に、現世的な幸福を前にみずからの行状を恥じつつも、「だが、それは敵なのだ」とつぶやいた『夜間飛行』のリヴィエールの姿がかさなりました。
    終盤、モーツに好意をいだいた下宿屋の女主人の提示した互いに手をとりあう生き方に対し、彼の出した結論はやはりさびしいものでしたが、彼の行くさきに据えられた針の先のようにちいさな光により、苦しくて辛い道のりながら、作品全体が希望によって締められているように感じました。

  • フラナリー・オコナーの長編小説。
    著者はこれを『コミックな小説』と表現しているが、一般的に考えられる『コミックな』とは一線を画している(敬虔なキリスト教徒だと理解出来る概念なのだろうか……? うーん……?)。
    読み終えてみると、訳者あとがきにある『「キリストを中心とするのではなく、キリストに憑かれている」南部』という一文がよく解る。確かにこれは『憑かれている』としか言いようがないなぁ。

  • 救済など要らない、イエスなど信じないと言い<<キリストのいない教会>>を説くヘイゼル・モーツは、結局は神の存在を捨て切れなかったのだろうなぁ…と解説まで読んで、ほんの少しだけ理解した。
    言葉に上手くできないけれど、考えさせられる内容だったことは間違いない。
    自分の中でまだ全く読み解けていないので、また折を見て再読したい。

  • たぶんすげえ大事な1冊になる本。

  • 90年代の初めに、UCLAの大学院の先生と、共同事業を行ったことがある。彼は、ノーベル経済賞クラスというのではないが、かなり、トップクラスの理論家だった。アメリカ流産学協同のようなものだった。

    ロサンゼルスの彼の、研究室で、キックオフミーティングをした時のことだった。突然、地震で、大地が揺れた。サンフランシスコ大地震の後だった。

    仕事の話も中断し、皆、思わず、次の揺れに身構えて、沈黙した時だった。当時、ぼくの部下だった、背の高い日本人が、震源はどこで、このパターンからすると余震のおそれは少ないというようなことを、極めて、専門家的に、無骨な英語で説明した。皆、ことの状況をのみこめず、唖然とした。

    ぼくが、彼は、大学院の地球物理学のドクターで、地震予知に関係していたことを説明すると、皆、驚きながらも、破顔した。

    そのあと、黒板に、彼が、カリフォルニアの地形と、震源の図を書いて、ひとしきり、地震予知についての雑談が続いた。

    瘠せたまだ40代前半の教授が、君のチームはなかなか多彩だねと笑いかけてきた。

    まあ趣味人が多いのは事実だね。

    君は何が趣味なのか、と聞かれて、アメリカの小説を英語でゆっくり読むことかなと、村上春樹のようなことを言うと、ぼくも、ぼくのパートナー(恋人のことのようだった)も小説が好きだ。

    最近何を読んでいるかというので、当時、脚光を浴びていたニューヨーク系の若手作家や、Prince of Tideの作家のことなどを話した。

    南部的なものが好きなのだったら、フラナリー・オコナーを読んでみたらいいと彼が言った。Wise Blood, A Good man is hard to findが代表作だ。変な題だが、南部に住む人間の深層を描ききっている。グロテスクに感じるかも知れないがとても崇高だ。彼のSupremeという言葉の発音をはっきりと記憶している。長くのばしたシュー、プリームという発音。

    ニューヨークに戻って、ウォールストリートのトリニティ教会の近くの、行きつけの本屋で早速、ペーパーバックを買って、読み始めた。ただ、英語力のせいか、題材のせいか、頓挫し、十数年が経った。


    ここしばらく、小説と小説をめぐる言葉ばかり読んでいる。

    保坂和志の「小説の自由」という読みやすいとは言えない小説論の中に、フラナリー・オコナーの名前を久々に発見し、懐かしかった。早速、文庫本を買いこんだ。「賢い血」(須山静夫訳、ちくま文庫)、オコナー短編集(須山静夫訳、新潮文庫)。


    軍隊から戻ったヘイゼル・モーツという男が、知らない街で、たまたまかぶっていた説教師の帽子に誘われるように、「キリストのいない教会」を説きはじめ、悲劇的、喜劇的結末に向けて転げ落ちていく様子を描いている。

    10数年前と違い、日本語であり、読み終えるという意志が強かったせいもあり、数日で終えた。そのあと、傍線を引いた部分を読み返してみたが、正直、自分の中で、明確な輪郭を結ばなかった。細部にひきつけられるということもない。

    そんな、充足感のなさをかかえて、オコナー短編集を開いた。川(The river)という短編集だ。

    自宅で開かれたパーティの間、子守に連れられて、外出する4、5歳の少年の話だ。少年を連れて、子守は、病をいやしてもらうために、説教を聴きに川へ行く。

    説教師は岸から三メートルほどはなれて流れのなかに立ち、膝まで水につかっていた。背の高い若い男で、カーキ色のズボンを水面より高くまくりあげていた。(中略)彼は鋭く高い鼻声で歌い、土手の上の歌声を圧し、両手を背にまわし、頭をそりかえらせていた。

    「あなたがたがなぜきたか、わたしにはわかっているかもしれない」と彼は持ち前の鋭い鼻声で言った。「わかっていないかもしれない」

    「もしあなたがたがイエスさまをもとめてきたのでなければ、わたしをもとめてきたことにはならない。川のなかで苦痛を取り去れるかどうかを見に来ただけならば、イエス様をもとめてきたのではない。あなたがたは川のなかに苦痛を捨てることはできない」と彼は言った。

    ・ ・・・・・・・

    それから彼は顔と両手をあげて叫んだ。「わたしがこれから言うことをよく聞きなさい、みなさん!川は一つあるだけで、それは《命の川》、イエスさまの血でできたのです。あなたがたが苦痛を置かなければならないのはその川です。《信仰の川》《命の川》《愛の川》イエスさまの血でできた豊かな赤い川です、みなさん!」

    彼の声は柔らかで音楽的になった。「すべての川はそのただ一つの《川》から流れてきて、まるでその《川》が大海であるかのように、またそこにもどるのです。そして、もしあなたがたが信ずるならば、その《川》のなかに苦痛を置き、取りのぞくことができるのです。なぜならば、それは罪を運び去るためにつくられた《川》だからです。それは苦痛そのもので満ちた《川》です。苦痛そのものです。《キリストの御国》に流れていって、洗い清められるのです。ゆっくりとです、みなさん、わたしの足の周囲を流れているこの赤い水の川と同じようにゆっくりとです。」

    外出から帰った、少年は、何かを気づき、家を出、川で再生しようとして溺れるという話だ。

    奇妙さと取りとめなさにおいて、賢い血と同じ印象があった。しかし、今度は、川で叫ぶ、若い説教師の姿が鮮烈に描かれていた。読んでいるぼくに、ひとつの気づき、あるいはこの作家に対する、ある種の繋ぎ目を発見したような気がした。

    キリストの姿を、何度も、何度も、蘇らせること、キリストの人生を現実の時間の中で、何度も、反復する、説教師たちの姿の中に、キリスト教というものの信仰の生地のようなものがある。人々はキリストという物語を反復する中で、自分たちの罪の意味を確認し、それによって救済されようとする。

    キリスト教的罪の意識を、一種の神経症として片付けるのは簡単である。ただ、資本主義という物語の中に組み込まれて以来、ぼくたちの生活の中で、楽天的な現世肯定型の物語(そのようなものが日本にそもそもあったのかどうかは別としても)の力は弱まっている。そんな中で、罪、現状の苦痛を前提として、それを癒す物語を求めるという力学の力は大きい。

    アメリカに住んでいた時、TVエバンジェリストという、テレビを通じての説教やラジオを通じての説教などを聴くことがあった。新興宗教的なものや、押しつけがましい宗教的なものへの嫌悪感はあったのだが、なぜか、引き込まれてしまうところがあるのも事実だった。

    言葉の力、もっと正確に言えば、魔力というものが存在する。言葉は人を救えるし、言葉は人を殺すこともできる。そんなことを、週末の早朝、ゆるやかに流れてくる言葉の中に感じた。優しい呪文がゆるゆると身体をつつみこんでいくような気配。

    仏教というものの合理性を愛する反面、父親が、死ぬ間際に、仏教関係の本で面白いものは何もないと吐き捨てるように言ったことを思いだす。良い悪いではなく、世俗の言葉の力としてのキリスト教は手強い。 そしてぼくたちは世俗の言葉の力によって、生かされ、殺されるというのも現実なのだ。

    夭折の作家、オコナーは、人々をキリストの物語へと引きずっていく情熱のリアリティを見事に描き出している。それは、自らが苦痛の中で生きた彼女のリアリティを土壌として表現としての豊穣さを達成しているのだろう。

    誰かが、紹介してくれた本は、必ず読むというのが、数少ないぼくの原則である。

    10数年ごしで、ようやっと、あの瘠せた、シャイな学者の好意にこたえることができた。

  • 図書館の推薦図書にあった1冊。すっとタイトルが気になっていたので読んでみましたが…。
    訳者のあとがきで著者の哲学というか宗教観は少しわかったけど。「賢い血」は何だったのかは、謎のままでした。
    キリスト教徒にとっての救いとは何か?
    ほとんど明確には示されることのない、でも確かに示されているはずの「救い」は永遠のテーマなのかもしれない。

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