中世を旅する人びと: ヨ-ロッパ庶民生活点描 (ちくま学芸文庫 ア 25-3)
- 筑摩書房 (2008年7月9日発売)
- Amazon.co.jp ・本 (339ページ)
- / ISBN・EAN: 9784480091574
感想・レビュー・書評
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10世紀〜16世紀のドイツに転生させられたとして、一人で生きてくのは難しい。
戦争、疫病、飢饉の危険を運良く避けられたとしても、
生きていくうえでのルールを知らないことには、日々の生活すらままならないだろう。
嚢虫病にかかった家畜の肉を売る肉屋台には、小さな布とナイフがかけられている。
農家から最初に出てゆく犂には卵とパン一斤をつけ、最初に出会った乞食に与える。
道の真中は死の天使が歩むので、旅人はつねに道の端を歩かねばらない。
渡し場に来て三時間呼んでも渡し守が現れない時は、近くの居酒屋で渡し守のつけでワインを飲むことができる。
雑草が騎士の拍車までとどくようになれば、農民はその土地の権利を失う。
農民、浴場主、居酒屋の主人、粉挽き、牧人、羊飼い、渡し守、肉屋、遍歴職人、乞食、放浪者、ジプシー、刑吏、皮剥ぎ、道路掃除人、煙突掃除夫。
語られる多くの職業は歴史学の本流には登場しない賤民達だが、
過度な悲壮感も難解な専門用語もなく、ただ生活の仔細がありのままに語られる。
教科書で語られる地域と国と世界の歴史は、このような文化と社会と生活の歴史なしでは全く無味乾燥なものとなってしまう。
人々の中世のイメージの多くは物語で補完されるのみだが、そのような下地があればなお、
現実と創作の違いを本書で楽しめることができるだろう。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
遍歴の職人、例えば石工は足の位置、ステップによって身分証明を行っていたなど、活き活きとした中世ヨーロッパの庶民の動きが、言葉が、現れてきそうな、そんな本です。
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(2012/10/20購入)
『中世賤民の宇宙』を読み直していたら、こちらも読みたくなったので購入。 -
この本では、中世の庶民、特に市民から差別を受けていた人々を、取り上げています。阿部謹也氏自身の『中世の星の下で』と内容が重なっているところがありますが、視点や掘り下げ方が違うので、たいへん興味深く読みました。
道や橋といった、一見生活と密接な関係を持つところから、肉屋や風呂屋などの職業をきっかけに、中世ヨーロッパの社会を構成していたさまざまな光景を見ることができます。
貴族や騎士・修道院の修道僧・都市の名誉ある市民といった、文書で記録が多く残っている人々については、この本ではほとんど取り上げられていません。多く取り上げられているのは、ほとんど名前も残らないような、差別されていた人々です。
私にとっては、特に、あまりほかの書籍では取り上げられていないジプシー(ロマ)について書かれている部分が、とても新鮮でした。ナチス党が、ユダヤ人だけでなくロマの人々も迫害していたのは、このような歴史の延長線上だと考えれば、とても自然なことだと思いました。
それにしても、キリスト教はもともと、ユダヤ教徒の中で差別されていた人々の側に立ち、彼らから支持されていました(当時はユダヤ教の一派という立場でしたが)。でも、為政者から正当と認められると、今度は差別される人々を作り出すというのは、とても皮肉なものだと感じました。