- Amazon.co.jp ・本 (332ページ)
- / ISBN・EAN: 9784480092045
作品紹介・あらすじ
著者は高名な精神医学者であるだけでなく、ヴァレリーやギリシャ詩の達意の翻訳者であり、優れたエッセイストとしても知られている。自らの研究とその周辺について周到な考察を展開した「知られざるサリヴァン」「統合失調症についての自問自答」「宗教と精神医学」や、学問的来歴を率直に記した「私に影響を与えた人たちのことなど」「わが精神医学読書事始め」「近代精神医療のなりたち」、精神科医の立場から社会との接点を探った「微視的群れ論」「危機と事故の管理」「ストレスをこなすこと」など、多彩で豊かな広がりを示す17篇のエッセイをまとめる。
感想・レビュー・書評
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【目次】
Ⅰ
精神科医がものを書くとき
わが精神医学読書事始め
宗教と精神医学
私に影響を与えた人たちのことなど
近代精神医療のなりたち
知られざるサリヴァン
Ⅱ
統合失調症問答
統合失調症についての自問自答
公的病院における精神科医療のあり方
精神保健の将来について
Ⅲ
微視的群れ論
危機と事故の管理
エピソード記憶といわゆるボケ老人
「いいところを探そう」という問題
家族の方々にお伝えしたいこと
ストレスをこなすこと
成長と危機の境界――相互作用とカタストロフィーの力学
あとがき
解説「システム」に拮抗する「箴言知」(斎藤環)詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
世評が高く期待して読み始めた。所々門外漢にはつまらないところもあった。「知られざるサリヴァン」の章。
概ね面白く、また、知らない世界のことでもあり興味深かった。また、精神科医としてだけでなく、社会を見る目が正しく慧眼で、三十年前に「成長と危機の境界」を書けたのは信じられない。人としても魅力的で、あっこの人は優しい人だなと思わせる文章がたくさんあって、この一冊でファンになった。
ちくま学芸文庫から出てるものは買い揃えたので、月に一冊くらいの割で読んでいこう。 -
中井久夫さん、というお名前を、なんとなくどこかで知っていたんです。
精神科医さん、っていうのは、色々と文章を書く人が(一般の人向けの文章を書く人が)、多くいらっしゃいますね。
少なくとも、耳鼻咽喉科の人とか、皮膚科のお医者さんよりかは…。
で、大抵そういう人の本は、それほど酷い内容のものは無いなあ、というのが正直な感想で。
なだいなださんなり、河合隼雄さんなり、斎藤環さんなり、ということですが。
(無論、ヒトによって好みはあると思いますし、僕も以上の人たちの本をそんなには読んでないですし、当たりはずれもあると思います)
で、どこかで、中井久夫さんってすごいよーみたいな話は聞いていたんです。
なんだけど、どこかしらかスゴサというのが判りやすくは情報が入らない。
で、なんとなくいつか読みたいけど読んでいませんでした。
特段きっかけという訳でもなく、「お、ちくま文庫から出てるんだ」と思ったことくらいで。(ちくま学芸文庫でしたけど)
読んでみると。
うーん。大変に面白かった。
これまで読んでないのも悔しいですが、
これからいっぱい読めるなあ、と思うと大変にうれしいですね。
(すぐに立て続けに読むことはないと思いますが)
無論まあ、この本に選りすぐりで(僕にとって)スバラシイ文章が集められている、という可能性もありますけど。
中井久夫さんという人は、ネット的な情報で言えば、1934年生まれの80歳、精神科医さんです。終戦のときに11歳、という世代ですね。
精神科医さんとしての業績は、読んでも僕はちっとも判りません。
でも、この本はとても面白かったです。
どういう本かと言うと、
●精神病にまつわる四方山話だったり。
●精神病、医療という観点からの歴史話とか、文化話だったり。
●中井さんの自伝的なエッセイだったり。
●精神科的な健康論だったり。
●パニックとか、心理とかにまつわる話だったり。
という感じです。
総論で言ってしまうと、
精神医学について言及されている部分は、ちっとも判りません。その業界の人が読んだらえらいこと面白いのかも知れませんが、完全に飛ばし読み。
なんだけど、そういう部分は全体の1/10くらいですね。
他は、精神医学と関係なく面白く読めました。
切り口は、精神医学であれ、宮大工であれ、魚屋さんであれ、俳優であれ。
平たい言葉で考え抜かれた、公平で謙虚なオハナシは面白い。そこから、歴史や世の中についての考察が興味深いです。
でも、恐らく肝心なことはソレではなくてですね。
すごく乱暴に言うと、精神医学と言っても、薬物や手術と言う手段に軸足を置く考え方と、
トラウマとか幼児体験とか、そういう、我々も興味を持ちやすいところから入っていく、なんていうか、カウンセラー的なところに軸足を置く考え方があると思いまして。
で、中井さんに限らず文章を書くような人は大抵後者なんですが。
このなんていうか、親玉みたいな人ですね(笑)。
でも、親玉みたいな言葉が似合わないくらい、ある種謙虚だし、マスコミ受けを拒否する淡々とした人柄が感じられます。
(解説で斎藤環さんが書いていたのは「新書を一冊も書いてないのがすごい」)
そして、やっぱり対人関係、社会関係みたいなところを興味深く考察する姿勢があります。
ま、言ってみれば、「反ヤンキー的」「非ヤンキー的」なる、知性的な観察と考察ですね。
いろいろなエッセイ、文章がありますが、
●対人関係の数だけ人格がある。
●おしゃべりの効能というのは、コミュニケーションじゃなくて、ニンゲンに向かって独り言を言うこと。
●対人関係と緊張、緊張と不安、そしてミスとの関係。
●人間の自我の働き。世界の一部であることと、世界の中心であることのバランス。
●家族関係について、健康について。
●睡眠と排便と健康とリラックスについて。
●自分が言いたいことと相手が聴きたいことのバランスについて。
●日本史の考え方。応仁の乱と高度成長が大きな生活文化誌の境界線。
などなど、唸るような箇所が、ホントに目白押しです。
何度も「そうかあ!」とか「そうだよ!」とか「そうだったのか」と思いました。
さまざまな雑誌原稿や講演をまとめたもので、モノによっては非常に、一般向けだったり、ビジネス組織論向けだったりします。
これは何ていうか、備忘録にするというよりも、血肉に染みて面白かったという感覚ですね。
未見の方は、是非、おすすめです。
そして、ほんとに、謙虚な姿勢、理性主義、現場主義、そして、物凄い力の抜けた強靭な倫理観を感じます。
そして、文章が平易で上手いです。美しい。
そして、とにかく、「全体を統合して一つのイズムにする」ということが一切ない。それが素晴らしい。
だから、なんていうか、一般に向けた、こけおどしの看板的な宣伝がしにくいんですね。
でも、それがほんとに美しいです。とっちらかっている美しさ。素晴らしさ。
中井さんについては、何も知りません。
ニンゲンですから、間違いもあるでしょうし、場合によっては暴論だったり、断言しすぎだったりするところもあると思うんですよね。きっと。
でも、いいんです。
強靭な知性と倫理があって、やっぱり最後には、弱きヒトに対しての優しさ、愛情みたいなものがあります。
これからも、長い時間に渡ってこの人の文章を読める愉しみができたのが、うれしいですね。
絶版本を、多少内容を整理縮小して作ったのがこの本みたいです。
さすが、ちくまさん。パチパチ。 -
中井久夫さんは、精神科医でありながら人文科学への造詣が深く、好きだ。元々京大の法学部に入学したが結核に罹って、確か就職に不利だとかでいわゆる理転をして医学部に入り直したという、文理両刀型の才人である。
斎藤環さんがあとがきで述べているように、中井さんは常に歴史を参照される。本書では精神医学と宗教の歴史的関係性、感染症の歴史等が分かりやすく語られる。
人類は、ペスト、梅毒、コレラ等の感染症によって定期的に大量の人口を失ってきた歴史を持つ。14世紀に流行したペストでは4年間で2億人、1520年の天然痘は5000万人の死者を出した。一方、COVID-19の死者数は約3年間で685万人。決して少ない数ではないけれど、過去の感染症事例に比べれば、テクノロジーの進歩ーー医療技術に加えチャットツール等の「距離を克服する」技術ーーによって死者数を抑制することに成功している。中井氏は感染症の歴史を引き合いに「距離を克服することは危険を伴うこと」と述べるが、進歩し続けるテクノロジーは我々の歴史に地殻変動をもたらしている。
所謂、日本の昭和~平成初期のサラリーマンのキャッチフレーズ、仕事観ーー「猛烈社員」「24時間働けますか」ーーは太平洋戦争で形成された価値観ではないかと中井氏は言う。それ以前の日本人というのはもっと気楽に働いていた。戦時下の「お国のために」という総動員法が、会社への滅私奉公スピリッツ、勤勉なワークスタイルへとシームレスに引き継がれた。「みんな、戦争の時の例外的な労働慣習をそのまま持ち越して、今日まで来たと思うのです」(p309)
日本人特有の働きすぎによって精神を病む人々が後を絶たないというのは、つまるところ、日本はまだ潜在的に戦争の後遺症を引きずっているということなんじゃないか。そう考えると空恐ろしい。戦争体験者が戦争を知らない世代へ、そういうスピリッツを意識的ないし無意識的に引き継いで縮小再生産されてきた。働き方改革等の制度はできても人々の意識や思想はなかなか変わらない。しかし、数世代先になるとだいぶ希釈されて過去の遺物になっているかもしれない。例えば「武士道」というスピリッツを、現代の我々は何となく理解しているが身体化されていないのと同じように。
ある民族の精神の傾向というのは、風土、気候、政治体制等色んな条件によって形成され、変化していくのだと思うが、戦争のような大きな外的要因が加わるとと、一気に負荷がかかって変形するのかもしれない。
○メモ
○精神科医がものを書くとき
15.書くこととは…表現衝動の減圧 「弱さによって」(ヴァレリー)
フィロバティズム(対象の道具化、甘えの拒否)とオクノフィリア(対象への固執、甘えの病理的形態) byバリント
○宗教と精神医学
31.西欧精神医療の起源 体制側の医学、非宗教的(施設収容)と悪魔払い起源(自然神学)
○私に影響を与えた人たちのことなど
56.精神病院の建物 自殺予防の建築学
○近代精神医療のなりたち
62.日本の歴史の分岐点 応仁の乱前後、1960年頃(文化のパラダイムシフト)
江戸時代「医は仁術である」(儒教者が医療にあたる、×神官、仏教)
67.西欧医療の歴史 カウンセラーとしての哲学者
70.感染症の歴史
○統合失調症についての自問自答
140.治療は科学ではないと思う 定石を超えたところからプロフェッショナルな人間としてのしごとがはじまる
152.夢は心の消化器
○公的病院における精神科医療のありかた
160.社会的事例性
171.精神医学の歴史
183.精神の影が脳であり、脳の影が精神である。心は精神から出発し身体や環境を含めたもの
○精神保健の将来について
191.病院が満床率を気にした結果、入退院を遅らせる結果に
○微視的群れ論
205.人間は7,8人の群れが最適 中間的な群れ(30人くらいのクラス)が一番苦手
209.芝居っけのある都市
211.人間とは孤独ではあり得ないが、かといって群れの中でも安心できない不思議な生き物である(バートランド・ラッセル)
215.群れることは触れることから始まる
○危機と管理
240.自殺に向かうひとの行動傾向
250.往診のリアル
○成長と危機の境界
308.日本の滅私奉公スピリッツ 太平洋戦争以後
314.距離が相互作用を阻止する -
わかりにくいことはわかりにくいままで
体系化するということは例外を捨象することだから
自分の能力を過信せず、患者に真摯に向き合う
その、中井先生の真摯な姿勢が何より感じられる。
個別の記述内容より、それこそ多く学びのある本著の要素だ -
文学
サイエンス -
1134円購入2011-06-28
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1980年から94年までの文章ということなので私が読んだ中井氏の文章では古い部類になる。かなりの部分は今までに読んだことのあるような話だが、ストレス・危機管理など割と実践的とも言える話が目に付いた。サリヴァン論もおもしろい。