誘拐 (ちくま文庫)

著者 :
  • 筑摩書房
3.82
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本棚登録 : 899
感想 : 110
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  • Amazon.co.jp ・本 (368ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784480421548

作品紹介・あらすじ

東京オリンピックを翌年にひかえた1963年、東京の下町・入谷で起きた幼児誘拐、吉展ちゃん事件は、警察の失態による犯人取逃がしと被害者の死亡によって世間の注目を集めた。迷宮入りと思われながらも、刑事たちの執念により結着を見た。犯人を凶行に走らせた背景とは?貧困と高度成長が交錯する都会の片隅に生きた人間の姿を描いたノンフィクションの最高傑作。文藝春秋読者賞、講談社出版文化賞受賞。

感想・レビュー・書評

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  • 一般に「吉展(よしのぶ)ちゃん誘拐殺人事件」と呼ばれる、1963(昭和38)年に起こった営利誘拐事件を題材にしたノンフィクション小説。

    事件の経緯は以下の通りである。
    19630331: 東京の下町入谷で4歳の吉展ちゃん誘拐される
    19630407: 犯人から被害者宅へ7回目の電話。身代金の受渡指示→犯人は逮捕されないまま、身代金だけ奪われる
    その後、犯人の小原保は捜査線上に浮かび、警察は2回に渡り小原保を別件逮捕し取り調べるが、いずれも証拠不十分で逮捕に至らず。
    19650513: 背水の陣での警察による3回目の取り調べ。事件から2年経過している
    19650704: 犯人自白、逮捕。翌日に供述通り吉展ちゃんの遺体発見
    19651020: 第1回公判
    19660317: 地裁にて死刑判決
    19661129: 高裁にて控訴棄却判決。死刑確定
    197112 : 死刑執行

    筆者の本田靖春は、もともとは新聞記者。1955年に読売新聞に入社するが、1971年に退社し、以降、フリーのライターとなる。
    本作品は、1977年に発表されている。事件解決から12年後、死刑執行から6年後のことであった。

    この「誘拐」という作品は、日本のノンフィクション作品の中でも「傑作」と謳われているものであり、また、本田靖春は、ノンフィクション作家として誉れ高い人物である。実際、私にとって本作品は、ほとんど一気読みの面白さだった。

    印象に残ったことは2つ。
    一つは取材、事実確認が行き届いていることだ。作品が書かれた経緯は知らないが、かなり長い時間が経過してしまっている事件を、徹底的に調べている。裁判資料等の書類資料はもちろん、おそらく、関係者へのインタビューを相当に重ねたはずだ。
    二つ目は、それを小説として書く、作家としての腕前だ。小説の形式としては、「インタビューでこのような話を聞いた」あるいは「インタビューでX氏はこのように語った」という形式ではなく(そのような書き方をしている部分もあるが)、物語・小説を書くような形式で書いている。例えば、作品は下記のように始まる。
    【引用】
    公園の南のはずれに、このところようやく成木の風格をそなえて来た公孫樹(いちょう)があり、根元を囲んで円型にベンチが配列されている。その中の南向きの一脚が、いつの間にか、里方虎吉の指定席みたいになった。
    【引用】

    事実を徹底的に調べたうえで、小説形式でそれを作品にする。事実調査の徹底度と、作家としての腕前がなければ成り立たない形式で作品は書かれており、それが、作品に迫力を与えている。

  • 重厚なノンフィクション。とても読み応えがあった。どうも文章が古臭えなと思ったら46年も前に書かれた本だった。多角的な視点で事件を捉えてて、回りくどいなと思う事もあったけどそのおかげで色々時間がくっきり見えた。うまい。

  • 2冊目の三浦英之氏の書籍を読んだ後に、氏が影響を受けた書籍を挙げておられる記事に行き当たり、その中から2冊を図書館で借りてきたうちの1冊。

    「吉展ちゃん事件」というワードだけは耳にしていた世代ではあるが、詳細はあまり知らなかった。

    以前、奥田英朗氏の『罪の轍』を読んでとても良かったのだが、当たり前だが本書とは全く違った。
    あちらは当然フィクションなのだということを今更ながら認識しなおす。
    (しかし、あれはあれで凄くいい。)

    こちらはノンフィクション。
    しかし犯人の親族には実際には取材拒否され、とうとう会えずじまいだったと著者あとがきにある割に、本文では事細かに親族のことが出てきているのだが、そのあたりはちょっとフィクションということ?
    捜査資料や裁判の資料を読み込んだりはしたのだろうけれど…

    時代もあるのだろうが、同じノンフィクションとして比べた場合、私には三浦英之氏の書籍の方が読みやすかった。

    ただ、本書のお陰でやっと「吉展ちゃん事件」について知ることはできた。

    不要だったのは佐野眞一という人の解説。
    「この作品を読む者は、小原の犯行の無慈悲さに戦慄する前に、小原のような誰からも忘れられた人間に何ひとつ手を差し伸べてこなかったこの国の政治の無策さに、あらためて激しい怒りを覚えることだろう。」って!
    冗談じゃない!全然思いませんて!
    裁判長の判決理由の方がごもっともであるし、そもそもこの本の著者もそのような論旨で書いていない。

  • 内容に激しさはないものの昭和の風景が思い浮かびます。
    目を瞑れば昭和の景色がそこにあるようです。

  • 昭和38年に発生した誘拐事件、吉展ちゃん事件を描いたノンフィクション。加害者の暗い過去など時代背景、高度成長期の影の部分がリアルな力作。

    東京オリンピックの直前の台東区入谷で発生した4歳男児の誘拐事件。警察の不手際により身代金50万円は奪われ事件は迷宮入りの様相。だが伝説の刑事平塚八兵衛らの執念の捜査で事件は解決。男児は遺体で発見され、犯人は死刑となる。

    犯人の小原保の生い立ち、親族の悲しい宿命に多くの頁が費やされているところが独特。

    インターネットより前の時代、行方不明となった男児を心配する両親に、多くのイタズラ電話が来るところが現代と変わらず切なくなる。

    警察の初動対応の不手際と隠蔽体質も現代とは変わっていないだろう。

    事件の概要だけでなく時代の空気感をうまく出した、ノンフィクションの中でも傑作の部類であろう。

  • あまりノンフィクションを進んで読んできていないのですが、本書と同事件をベースとした『罪の轍』(奥田英朗)を読みまして本書に興味を持ちました。

    読み始める前にWikipediaで「吉展ちゃん誘拐事件」についてざっと目を通したうえで読みました。

    ノンフィクションというともう少し進めにくいかと思っていましたが、作者が記者であるためか最初から最後まで緊張感が途切れることのない胸が苦しくなるノンフィクションでした。

  • ノンフィクションを初めてしっかり読んだ気がする。今まであまり触れてこなかったジャンル。

    誰か一点の視点では見えてこない事実。
    最初は家族の視点の次が、お前誰やねん、ってなってしばらく頭が追いつかなかったのだが、犯人か、この人、となってからは切り替えられるようになった。
    ページのボリューム的には犯人に寄りそってるような(同情をかうような)書き方だな、と途中までは思ったのだが、最後警察のターンで一気に様相が変わってゆく。

    最後の短歌と地の文の交互のたたみかけがよかった

    2023.10.7
    168

  • 私が生まれた年に起きた事件にも関わらずその名を何故か知っていた、当時、戦後最大の誘拐事件といわれた「吉展ちゃん事件」。今はもう知る人も少ないかもしれない、この事件の詳細をこの作品を読んで初めて知った。

    逆探知、通話記録の提出、報道協定・・・今なら当然のように行われている捜査手法が当時は一般的でなく、この事件を契機に行われるようになったという戦後犯罪史上ターニングポイントにある事件でもある。

    この作品は、オリンピック前年の1963年、一億総中流へと向かう行動経済成長期の日本で、時代に置き去りにされた、東北の寒村出身の不具の男が、このやるせない事件を起こすに至る経緯を、緻密な取材によって丁寧に描く。
    一方、初動捜査で犯人を取り逃がした警察の失態、2度取り調べするも決め手がなく結局事件解決まで2年3か月を要した警察のあせり、迷宮入りかと思われた本件を決着に導いた現場刑事の執念が臨場感をもって描かれる。

    高度経済成長期の犯罪、特に、社会のひずみの中で追い込まれていった多くの犯罪を見るにつけ、時代のせいとは言いたくないが、加害者のその境遇が少し違う方向へ転んでいたなら、こんな痛ましい事件は起こらなかったかもしれないのに・・・という犯罪がある。
    貧困、生い立ちの問題、根強い差別、村社会からの排斥など、現在は想像もつかないほど過酷な環境が犯罪への道筋を作ったのか。
    こうした時代の隙間に零れ落ちた人間たちを、国は掬いとることが出来なかったのか。

    最終章で、小原受刑者が教誨師の勧めで始めた短歌の作品の数々を目にするにつけ、彼がもっと違う環境で生育していたなら、吉展ちゃんも死なずに済んだのかもしれないと思わずにはいられない。
    死刑執行の日、自分を逮捕した刑事へ向けて、看守にことづけた一言が哀しい。
    「真人間になって死んでいきます」

  • 被害者、加害者、捜査の裏側等、色んな角度からの状況が書かれているのが面白かった。
    戦後直後の捜査状況等が分かるのも面白い。

  • 幼児誘拐事件を扱ったノンフィクション作品。
    被害者・犯人・警察のそれぞれの状況を丹念に取材したのが分かる。
    緊迫感を持たせながら一気に読ませる筆力がある力作。

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著者プロフィール

1933年、旧朝鮮・京城生。55年、読売新聞社に入社。71年に退社し、フリーのノンフィクション作家に。著書に『誘拐』『不当逮捕』『私戦』『我、拗ね者として生涯を閉ず』等。2004年、死亡。

「2019年 『複眼で見よ』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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