モーツァルトをきく (ちくま文庫 よ 20-4 吉田秀和コレクション)

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  • 筑摩書房
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  • Amazon.co.jp ・本 (487ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784480423948

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  • 「先進の礼楽におけるは野人也。後進の礼楽におけるは君子也。如用之、則ち吾は先進に従わん」

    先進の礼楽のあり方は野人的。後進のそれは君子のそれ。もし、どちらかを取るかとなったら、僕は先進の方だなーーーーこう孔子はいった。
    私は自分を孔子に類えるというのでなく、孔子がこういったことに、今、大きく賛同しないではいられない、と思っているのである。
     なぜか?近頃、演奏をきいていて、単に楽譜にかいてあるものを正確に再現しているようなもの、非の打ちどころのない整った演奏をきいていると「何か」が満たされないのである。多くの場合、そういうものには退屈してしまう。「ああ、またか。」そうして私は自分に向かって問いかける。「こんなのは音楽じゃないのじゃないか。君は、どう思う?」と。
     しかし、問題は、私が退屈するかどうかではなく、音楽は同じ形での無限の繰り返しに耐えるものであるか、どうか。それとも、私が音楽をきいている時、そこで体験しているものは、私の生きている徴しでしかなく、そうであれば、音楽とは、刻々に変わっているものではないのか。モーツァルトでいえば、一つの永遠に変わらぬモーツァルトが本当にいるのか? そうではなくて、モーツァルトは常に創造的に変わっているのではないか、ということなのだ。
     どうも、むずかしい。私はここで陳腐な美学論議をむしかえす気はないのである。
    それに、正直言って、私にはそういうことをする能力もない。同じもののくり返しに、私は耐えられなくなってきた。音楽は、そういうものじゃないと思う。
    (p13 「モーツァルトとは誰か?」)

    「そこには平静な歓びはあっても祈りはない」
    (p79 「カラヤンとくらべてバレンボイムのモーツァルトは‥‥」)

    「こういうアナロジーは、私たち音楽文筆業者はとかくよく使うけれど、本当は誤解を招きやすいから軽率にやってはならないものだ。それは私も心得ているつもりだが、ここでのピアニストは、ただピアノをひいて、音を出している、美しく磨き抜かれた響きを連ねているという以上の「何か」をやっているのは、どうしたって、きくものの耳から逃れることのでいないものになっている。それくらい、モーツァルトの音楽は、このまれにみる表現的な演奏を身につけた女性の「心と肉体の最も深い内部」にまで、自分のものとしてとり入れられ、溶けこまされたものになりきっているのである。彼女がひくのは、だから、モーツァルトの音楽であるというより、自分の歌なのだ。私がいうのは、そういう意味である。」
    (p209 「ピアノ協奏曲第26番『戴冠式』、27番 内田光子」)

    「そうではなくて、モーツァルトの音楽が、次から次へとかかれてゆく間に、常にモーツァルトであることをやめないにもかかわらず、同じ交響曲でもk183のト短調とk550のト短調とでは、その厚みにおいて、まるでちがう二つの世界のようになったみたいに、かつてのあの繊細巧緻なレース織りみたいな音楽が、『人生』を経験してゆくうちに、自ずと強さと逞しさ、粘り強さを加えてきたものだと考えてはいけないのだろうか。
     同じ人のひくモーツァルトの音楽でありながら、そこに切れ味の正確さ、清潔さだけでなく、表現の切実さ、痛切さが正面に出てきた。しかも、やっぱりこれはヨーロッパの音楽だなと、私に、思わせずにはおかない。私がそう思うのは、変化があり、一種の痛みが加わってきているにもかかわらず、基本に、ある柔らかな甘味があるからである。
    (p329 「ピアノソナタ全集1 ヘブラー」)

    「この演奏の様式は作品にふさわしく、厳しく重厚であり、比類の少ない《精神的品位》さえ感じさすが、しかし、幻想と自由は、それに反比例して、さらに高く飛翔し、また深処に潜りながら自分を解放している」
    (p342 「モーツァルトを求めて グールド」)

    「その歌たちがきいている私の胸をゆすり、魂の奥まで浸透してくる。私の心は、完全に、このテンポを与えられた音楽の浄らかな光の下で、酔う。それはまるで幸福とも不幸ともいいようのない、いや、その二つがもう区別できなくなった世界での出来事のような気がしてくる」
    p416 「コシ・ファン・トゥッテ」ベーム)

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著者プロフィール

1913年生まれ。音楽評論家。文化勲章、大佛次郎賞、讀賣文学賞。『吉田秀和全集』他著書多数。

「2023年 『音楽家の世界 クラシックへの招待』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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