- Amazon.co.jp ・本 (207ページ)
- / ISBN・EAN: 9784480430755
感想・レビュー・書評
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魂は万物に宿る。ミノベはそう思っている。
だからこそ、やたらとウォームアップに時間がかかり、1分動いては2分止まり、もうダメェ〜とばかりに8秒間もエラー音を鳴らして黙り込むアレグリア(A1サイズのコピーができる複合機)に対して『怠けている』と思えて、苛立って仕方がない。
わーかーるー!!!
急いでいる時に限って何度も紙詰まりを起こすプリンタ、フリーズするPC、何故か文字化けするファイル、果ては消えるデータ!
相手が機械とはいえ、悪意を持って邪魔してきているのかと思うことは起こる。忙しくて時間がない時を狙いすましたように、それは起こる。
津村記久子さんはお仕事小説の人、というイメージが強いのですが、この本は仕事をする上で日常的に感じる苛々に、それがあまりにも日常的に起こり続けるが故に精神が削られていく様子がリアルに描かれています。
通勤(通学)の満員電車の殺気だった様子を、乗客それぞれの視点から描いた『地下鉄の叙事詩』もまた、あまりにもリアル。
登場人物たちそれぞれのイライラが読んでいるこちらにもうつりそうになりますが、どちらにもちゃんと小さなカタルシスがあるので大丈夫。
面白かったです。
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大型複合コピー機のアレグリア対女子社員ミノベの対決譚。これで話を広げられる作者のクレバーさが好きだ。
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この本の登場人物は、みんな怒っている。その理由に初めは共感するけれども、だんだん「そんなに?」と思ってしまうほど、怒っている。でも、不思議と不快ではない。言いたいことを言ってくれているから。そして、それが過剰な表現になる程、読んでいる側は冷静になる。怒りのデトックスになる本である。
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こういう作品ってあんまりほかにないような、津村さんならではという感じがする。ありがちな話だな、とか思わないところ、展開もけっして安易な解決があったり、ほのぼのしたりしないところが好きかも。ここまでマイナスの感情をこれでもかと書けることがすごいと思ったり。「アレグリアとは仕事はできない」ではコピー機(アレグリアという名前)や、会社の人々、仕事へのイライラ、恨みつらみ、「地下鉄の叙事詩」では満員の地下鉄に乗っている人々のイライラや怒り、それどころか人生への怨念とか呪詛とかまで言えそうな恐ろしい思いが書かれていて、けっこう読んでいてヘビー(とくに「地下鉄」のほうは読むのを挫折しそうになるくらい……)だけれども、ユーモアがあってときどき笑っちゃったもする、そのへんもほかの小説にはない感じ。
こういうイライラとか怨念を、わかるわかると思うのがわれながらこわい気もしたり。だれもがそういう暗い思いをもっているところが今の日本の社会のありようにもつながっているんだろうなあ、とかまで思ったり。
「アレグリア」では、コピー機へのいらいらももちろんわかるけれども、それより、そのいらだちをだれとも共有できないことの孤独感、みたいなことに共感して胸に迫った。人はだれでも、思いを共有したくて、共感してもらいたくて生きているのかも、とか考えたり。ラストではちょっと泣きそうになった。 -
単行本を読み損ねていたところ、文庫化となったので速攻で入手。
個人的には、仕事場では「アレグリア」の仲間たちとは結構うまくやっているので、うまくやっていけない人のお話なのかなあ…と思って表題作のページを開いた。そうじゃなかった。素人の予想なんてやっぱり知れたもんだ(笑)。アレグリアが思うように仕事をしてくれないことへのミノベのいら立ちというよりは、ちょっと機転がきくがために「○○担当」と知らない間にカテゴライズされ、いろいろ降りかかってくることへのめんどくささが肝だと思う。「お前ら、自分でやれよ!アタシだって担当じゃねえし!」みたいな。ミノベは会社でのカーストでは底辺かもしれないけれど、間違いなく仕事のできるヤツだし、先輩もサービスマンも、自分の仕事を忠実にこなしているといえる。上っ面だけでぺらぺらやるのは営業のヤツだけだ、という認識がまた、世界の真実だ。有能で思いやり深い営業担当はいるかもしれないが、そんなものは誤差の範囲だと思う(あくまでも個人の感想です)。
ミノベのやり場のない怒りの描写にも鬼気迫るものがあるけれど、ミノベの怒りがいかなるものかということだけでなく、アレグリアがどこまで暴走するのか、だれもそれを止める人間がいないのか…と、お話のラインがうっすらと、そして次第にそちらにシフトしていくさまが巧みだと感じた。あと、ラストの数行も好き。余計な涙も温かさもなく、でも勤め人の間にある、他人行儀と連帯感の間のごくわずかなシンパシーみたいなものがすくい取られて、ぽんっと空中へリリースされた瞬間のような気がした。
個人的には、併録の『地下鉄の叙事詩』のほうが好み。限られた立場や空間、時間の中に押し込められた人のストレスをこれでもかと書きつけるのが、津村さんは本当にお上手だと思う。それでいて、少しのおかしみとドライさがあるからか、陰惨にならない。大学生男子は性欲まみれだし、リーマン男子は老後を心配し、世の中すべてが敵の勤め人女子と、「普通の人」の内面をこれだけ詰め込んで、展開を読ませないスリリングさがワンダフル。こちらの締めも、鮮やかだけれどお行儀のよくない何かが効いていて、口の端で「やるねえ」と笑って、登場人物に拍手を送ってしまった。
千野帽子さんのてきぱきとした解説も楽しく読めて、この☆の数。 -
「アレグリア〜」
私の部屋はスマホしすぎると、インターネット回線が悪くなる。ネットしすぎないの!って怒られてるのかな〜って思う。
「地下鉄の〜」
SNSとかもそうだけど、なんてことないアイコンの向こう側に変わらない自我が存在すると思うと気持ち悪くなる。 -
中編2編収録。表題作のアレグリアとは、主人公ミノベが働く職場の複合機の名前(※機種名)思うように動かない、使うものを馬鹿にしているかのようなアレグリアの態度に腸煮えくり返るミノベ。実はアレグリアはワケアリで、このアレグリアのせいで何人かが人生(?)を左右されてしまう。
ミノベと同じく私も機械に名前をつけたり声掛けしたりして上手くやっていこうと思うタイプなので(笑)、アレグリアに苛立つ彼女の気持ちはとてもよくわかる。以前職場で使っていた名刺専用プリンターは「そろそろ買い替えどきだね」という話を機器担当者とした翌日、壊れて使えなくなった。以来、プリンターの前で本人の悪口は言わないようとても気を付けているし、できるだけ「ありがとう」「よく頑張ったね」と声掛けしている(真顔)
とはいえ別にアレグリアに人格が・・・!という話ではない。会社の人間関係の機微が、相変わらずよくとらえられていて、さすが津村記久子。
「地下鉄の叙事詩」も読んでいて身がつまされた。本当に、満員の通勤電車の中での自分は別人格だと思う。通勤電車のあの殺気立った空間に入った瞬間に自分もゴルゴみたいになっちゃう。俺の後ろに立つな!みたいな。日常の人間関係の中でならできるはずの気遣いが、赤の他人の集団になるとどうでもよくなるみたいで、不寛容、無関心、無礼、自己中心がまかり通り、非常に居心地が悪く、そういう状況に飲まれてイライラする自分にも疲れてしまう。
4人の登場人物それぞれの視点で電車内の状況が語られる本作、最終的に痴漢退治の話になるが、けしてハッピーエンドではない。不機嫌なOLミカミが、いちばん自分に近いせいか共感できた。おばちゃんになって唯一良かったことは、電車で痴漢にあう確率がぐっと減ったこと。それでもまれに後ろ姿だけで若い娘と勘違いして擦れ違い様にお尻を力いっぱい揉んでいくバカなどもいるが、「お前が今もんだのは40代のババアのケツだよ、ザマア!」と思って溜飲を下げている。とはいえ、女をモノ扱いするのもええかげんにせえよと思うし、たまに追いかけていって鞄で頭殴ってどつきまわしたろかと思うけど大人なので堪えてる。
おっと話がそれました。と、このようなストレスを日々かかえて皆通勤通学しているつらさ、内心の葛藤など、きっと満員電車経験者は「あるある」として読めると思う。オチがどうかではなくて、この着眼点と細部の積み重ねが良かったです。
※収録
アレグリアとは仕事はできない/地下鉄の叙事詩(1.私はここにいるべきではない。私は/2.順応の作法/3.閉じ込められることの作法/4.She shall be exodus. -
仕事がうまく進まない感じがリアルに伝わってくるというか
心境的にはそんな感じっていう
そしてアレグリアみたいなやつに対する苛立ちとか
こんな極端なシチュエーションではないけど、なんか分かるな、みたい
そしてウッカリしちゃったこととか
別にやる気がないとかそんなのではないんだけど、嫌なんかダルいなっていう
なんも考えたくなくて「あー」しか言えない気分を、言語化できてるというか
そして同僚がおなじくOA機器に愛着持ってるシーンとか、なにか得も言えない感動がある
孤独な世界に、同族を見つけたような
案外近くに、仲良くなれそうな人がいたんだっていう
あと営業の人とかに見下されていたりとか
ナチュラルにダルいなって気持ちがわかり味深い
こういう小説が読みたかったな、ていう感じ -
津村記久子さんの小説の人物は、
いつも怒っている。
舌打ちをし、モノに当たり、
脳内で相手をこれでもかというほどに罵倒する。
でも、同時に周囲からの目線も認識していて、
怒るしかない自分のことを、冷静に恥じている。
日頃通勤しながら働きながら、
誰もが何かに怒っているのではないだろうか。
わたしもその1人であり、
いつも自分の心の狭さを思っては虚しく、
やるせなくなる。
それでも皆んな、
舌打ちや相手に殴りかかりたい気持ちを抑えながら生きているんじゃないだろうか。
どこへもいけない怒りの感情を、
この作品が代弁してくれる。
表題作の主人公ミノベや、
後半収録の小説のあの子。
彼女らの怒りと涙に、
わたしは心からの共感と尊敬をする。
津村さんの小説がくれる励まし。
近くには居なくても、
この世のどこかで気づいてる人がいる。
私だけは、分かっているからね。
小説の向こうで津村さんと目が合って、
力強く頷き合った。